第2話 黒宮藤花

「では、いってきます。お母様」


「いってらっしゃい。車に気をつけてね。お勉強がんばってね!」


 優しい母に見送られ、気持ちも晴れやかに藤花は学校に向かう。


 黒宮家 長女、黒宮くろみや藤花とうか


 将棋好きの父が、女流棋士のタイトル『倉敷藤花くらしきとうか』の響きの美しさからとって、そう名付けられた。


 名門、天流てんるしょうせい学院2年の17歳。


『ロングの黒髪』に『金縁のめがね』

 身長は168センチ。


 成績は学年トップ。性格はまじめで明るいのだが、そんな藤花をクラスメイトは時折、奇異な目でみていた。


 その理由、事あるごとについて出る


方舟はこぶね様』……だった。


 運動会や文化祭などの学校行事に取り組む際も、藤花はすべてに『永遠とわの方舟』の教えをクラスメイトに説いていた。


「フォークダンスなんてありえないです。20歳になる前に異性に触れては体がけがれて天に昇れなくなってしまうんです!」


「だめだめ。文化祭程度のことで感動して泣くなんて。泣くのは身内の者が亡くなった時だけにしなきゃ。天に昇れなくなっちゃうよ。方舟様がそう仰っているんだよ」


 さすがに不気味がる生徒もいた。


 しかし、藤花はまったく動じることはない。自分の信じるべき道を、ひたすらに胸をはって生きていた。







 そんな藤花ではあったが、今から5年前、小学6年の時『永遠の方舟』をめぐり、ある出来事に見舞われていた。




 1学期のある日の給食の時間。




「おい! 黒宮! なんでお前だけ給食じゃないんだよ!」


「えっ? これは方舟様のお米とお野菜だよ。私はこれしか食べちゃいけないんだ。そういう決まりなの。天に昇るためだから……」


「天に昇る? なんだ? 方舟様って。きしょ! 宗教か? 変わってんなぁ」


「信仰の自由、知らないの?」


「こないだニュースでやってたよなぁ。へんな宗教信じてる奴らが悪いことして警察に捕まってたの」


「やめて。そんなインチキな宗教と方舟様を一緒にしないでっ!」


「ふん! 一緒だって! どうせ、その弁当の中にも変なものが入ってんだぜ! 方舟菌だぁ!」


「やめてよっ!! 方舟様を侮辱しないでくれる!? 許さないからっ!」



「そこ! ケンカしない!」



 担任の教師が注意して、その場はおさまった。


 その後も、教師のいないところで、その男子生徒による藤花に対する『方舟様いじり』は続いていた。


「お〜い! 方舟菌!」


「方舟様はうんこするのか?」


「方舟様は金儲けが趣味なんだろ?」


 さすがに、温厚な藤花も限界が近づいていた。そんなある日、藤花は和室の方舟様の神棚に願った。


「あの男子に天罰を与えて下さい。私はもう我慢できません。許せません。方舟様をあんなにバカにするなんて……」


 その2日後だった。


 交通事故にあい、その男子生徒は重体。意識は回復するも、両足は切断を余儀なくされ、車椅子生活をしいられることとなった。



 それからである。


 藤花の方舟様への信仰心が、一層増したのは。


「方舟様はすごい。私は方舟様にちゃんと見守られているんだ。選ばれた人間なんだ……」
















「おはよう。藤花っ♡」


 ひとりの美少女が、駅に向かう藤花に声をかけてきた。


「あっ、おはよう! 杏子あんこちゃん♡」

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