「鼻毛」と「父」

 私には母親が二人と、父親が三人いる。


 生みの母親。

 養女として育ててもらった母親。

 

 そして、生みの母親の夫。

 養女にもらわれた先の父親。

 再婚した父親。


 以上が母親と父親の構成である。


 ややこしい話だが、中二になるまで私は養女だということは知らずに育てられた。

 従って、物心がついてから両親だと思っていた二人は、私とまったく血の繋がらない人だったのだ。

 中二にもなればそこそこ難しい話も理解できる年頃だけれど、理由はどうあれ、本当のお父さん、本当のお母さんがこの人たちじゃないの? という衝撃は並大抵のものではなかった。

 本当の――と思うあたりが中学生っぽくもあったが、その反面、信じることができずリアルでもなかった。


 私に「養女」だと告げたのは、生みの父親だった。

 ある日、昔からあったショッピングセンターのフードコートの辺りで顔見知りの佐藤さん(仮)という、おじさんに出会った。

 滅多に会わないというのに、馴れ馴れしい態度をとってくるので私の中では苦手なおじさんだった。 

 

「あんた、元気だったの?」


 私がいくら子供と言えども本人を目の前に、しかも堂々と「あんた」と呼ぶのは佐藤さんしかいなかった。


「ちょっとおいで」と手招きされ、二人で休憩ベンチに座った。


 いつもとは違う空気を出していたから、何か大事な話をされるのだろうという予感はした。


「あんた、なんでいっつも小遣いやってるかわかる?」


「下さい」と頼んだ覚えは一度もないから、当然、そんなこと知るかよと心では思ったが、私は首を左右に振って見せた。


「俺、あんたのお父さんだからね」


 大人になってから考えると、何のタイミングだよ? と笑い飛ばせるくらい見事で突然の告白だった。

 けど、これがまた不思議なことに、《そんな予感》がしていたのだ。


――あー……やっぱり。


 嘘ではない。


 わかんないけど、わかる。

 わかるけど、わかんない。

 

 それだけ言って私の前から立ち去ったのだ。


――ていうか何?


 涙が出たのは、ショッピングセンターからほど近い自宅に帰るまでの間だった。


 なぜ、その時に言う必要があったのか、思い返せば今でも腹が立つ。


 自分の子供に対して、そんな大切な話をそんな場所で、しかも軽~~く言っちゃう感覚が人として最低だ。


 佐藤さんがそんな身勝手な大人で、しかも自分と血の繋がった父親ということに私はとてもがっかりした。

 

 私の(育ての)両親より少し若かった佐藤さんは、小学生の私にポンと一万円もお小遣いをくれたり、ポンと服を買ってくれたりする、謎の金持ちおじさんだった。


「母さんには言うんでないよ」


 と、すごい目力と北海道弁特有の言い回しで、財布から出した聖徳太子さんを一人くれる。


 間違っても裕福ではないと自覚していたし、しかも小学生だし、正月でも誕生日でもない日に聖徳太子を手にする事に罪悪感すら感じて、親に黙っていられるはずなどなかった。


「佐藤さんに会ったんだけど……」


 母の顔色が変わる。


「どこで?」


 キツイ口調で訊くのだ。

 

 ――私、悪いことしてないのに、どーしてそんな怖い顔されなくちゃいけないの?


 いつからか、ごく稀にしか出会わないのに、佐藤さんのことを口にするのが嫌になった。お小遣いを貰おうが貰わなかろうが、とにかく母が怪訝な顔になるから、その名前を口にすることも気が引けてしまったのだった。


 その時の私にはわからなかったけれど、佐藤さんと私が偶然会うことすらも、母の中ではご法度だったのだろう。


 とても大切でありシビアな話なので、隠していてもいつか私にバレてしまう話なのだろうけど、育ての母に「私って養女だったの?」言い出すこともできず、信頼していた担任に放課後、「先生、私、養女だったみたいで」と、それだけ言うと涙が流れた。そして少しだけスッキリできた。


 母とその話をすることになったのはそこから少しあとのことで、家庭訪問で担任から報告を受けたらしい。


 母と向かい合って話しても、不安で悲しい期間をようやく乗り越えていた私は、それ以上、何も聞きたくなかった。


 だからといって、グレる――とか一切なく、至って普通の中学校生活を満喫するしかないと思って過ごしていた。


 そんなことでグレる勇気もなかったし、不良になるという憧れもまったくなかったし、親に対して反発もしなかったけれど、そこから不信感がずっと残ってしまった。


 

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