08話.[勘違いするなよ]
なんか眠れなくて夜中に玄関前に出てきていた。
正直、今回も徹夜になりそうな気がした。
まあでも、そうなったらそうなったで別にいい気がする。
そうすれば夕方頃まで寝られることになって時間も上手くつぶせるだろうから。
「まだ起きていたんですか」
「姉さんこそ疲れているのに休まなくていいの?」
「私は明日お休みですので大丈夫です」
姉は横に座ると「こんな時間に起きているのは久しぶりです」と言った。
家の前であれば怖いということもないようだ。
「結局、泉君はまだ麗さんのことが好きなんですか?」
「好きだよ? でも、そういうのを表に出さない自信はあるよ」
抱えているだけなら誰にも迷惑をかけない。
こうしてこっちの家に戻ってきたからにはきっと麗はいつも通りに戻ってくれることだろう。
それで僕はまた家事をしたりのんびりしたりする生活に戻すんだ。
「弟贔屓なのかもしれませんけど、泉君はしっかりいつも通りでいられていると思います」
「はは、それならよかった」
「あとは本当に麗さんですよね」
「時間はあるから大丈夫だよ、絶対に姉さんに迷惑をかけたりしないから安心して」
一緒にいる時間を減らしたり増やしたりせずに普通の感じでいればすぐに戻る。
それに麗だっていつまでも同じままではいられない。
そうでなくても本格的に働いているということで疲れるんだからね。
だからご飯とかを作ってサポートしたかった。
家でぐらいはゆったりのんびりと過ごしてほしかった。
そんなことを考えつつ夜空を見ようとしたら、がちゃりと扉が開けられてそちらに意識を向けた。
「……楓果、ちょっと泉ちゃんと話したいからいい?」
「はい、分かりました」
強いというわけではないからそろそろ寝かせておかなければならない。
そういう点でも彼女が来てくれたのは普通にいいことだった。
「いまから歩こうよ」
「危ないよ、寝て起きてからなら付き合うよ」
「お願いだから」
「じゃあ……ちょっとだけだよ?」
ここで拒んでしまったらまたきっと同じ感じになってしまう。
少しだけでも付き合うことで多少はいい方向へ傾いてくれるだろうか?
横を歩く彼女がどんなことを考えているのかは分からないまま。
また同じような展開になる可能性もあるというのが……。
「……楓果に言われたら戻ってくるんだ」
「言動と行動が合っていない気がしたんだ」
不貞腐れて逃げているわけではないにしては戻ってこいと言われても聞こうとしなかった。
それではまるで説得力がないというか、これまた馬鹿なことをしてしまっていたことになる。
「明日からまた頑張るからさ、許してよ」
「家事を頑張ってほしいわけじゃないよ、私が言いたいのは……」
「その点も大丈夫、麗に迷惑をかけないようにするから」
自分でもここまで冷静に対応できるとは思っていなかった。
もしかしたら本格的に動く前に振られたからというのもあるのかもしれないし、彼女が気持ち良く感じるぐらい真っ直ぐに拒絶してくれたからというのもあるのかもしれない。
ひとつ言えるのは決して曖昧な好意ではなかったということと、気持ちが軽かったからこの程度で済んでいるというわけではないことだった。
「そろそろ戻ろうか、いまなら寝られる気がするんだ」
「寝られなかったから外にいたんだ」
「うん、また急に寝る場所が変わったからだろうね」
できれば徹夜なんかにならない方がいいに決まっている。
ただ、お昼に寝るというのも気持ちいいことだからお昼寝をするのはありかもしれないと考えつつ歩いていた。
「待って」
「ん? どうした――これはどういう意味でしているの?」
振ってしまったからこれぐらいは~というやつなのだろうか?
好きな人に触れられているのは嬉しいけど、正直、あれだけ拒絶されたうえでされても喜びよりも困惑するんだなと初めて分かった。
「最近はしていなかったから」
「そっか」
家に着いたらすぐに別れた。
信用している相手のパワーというやつがすごいということも知った。
あとは早く起きて家事をしなければならないというのもあったから。
「……泉ちゃん」
「どうしたの?」
「……今日はここで寝る」
「うん、いいよ」
彼女が側で寝ていても寝られないということはなかった。
いつもより一時間もゆっくり寝てしまったものの、七時には動き出した。
姉も麗も昨日無理したからなのか九時を過ぎても起きてくることはなく――あ、もしかしたら僕がいるから家事をしなくていい、みたいな考えもある可能性がある。
でも、全て任せてくれればいいから家でぐらいは休んでほしかった。
「……おはよー」
「おはよう、ご飯を作ってあるけど食べる?」
「うん、食べたい」
「分かった、じゃあ温めるね」
詳しく聞いていなかったから実は少し不安になっていたんだけど、本人が慌てているわけではないから今日は彼女も休みということなんだろう。
寧ろ仕事に行かなければならない日なのにこんなにゆっくりとしていたら困ってしまう。
「別にここで待っていなくても持っていくよ?」
「手伝おうと思って、これまでは泉ちゃんに頼りすぎてしまっていたから」
「いいよ、そもそも麗がいてくれているだけで十分なんだから」
最近はともかく、姉にとっても麗の存在は大きいと思うんだ。
この前みたいになにか失敗してしまっても吐くことで落ち着けるかもしれない。
麗だってなにかがあったら言ってくれればいいんだ。
僕も姉もちゃんと聞くから抱え込まないでほしかった。
とにかくご飯を食べてもらう。
僕はリビングに道具を持ってきて課題をやることにした。
部屋でひとり静かにやっているよりもこっちの方がやる気が出そ、いや……。
「……そんなにくっつかれると困るんだけど」
「泉ちゃんのせいで寂しい気持ちになったから」
流石にこうして触れられていたら完璧に抑えることなんてできるわけがない。
あ、だけど麗としてはこれで本当に抑えられるかどうかを試しているわけか。
口先だけなら人間はなんとだって言えるもの。
また雰囲気を壊されたくないから、そういうことならこの行為にも意味がある。
「流石にそろそろ姉さんを起こさないとね」
「あ、そういえば今日、羽刈君と遊びに行くって言っていたよ?」
「えっ、それなら早く起こさないとっ――……って、動けないんだけど」
「お昼からだから大丈夫」
というか、そっちの方は順調ということなのかな?
姉はそういう雰囲気に気づいたりしていないのかな?
それとも、分かっておきながら仲良くしようと動いているとか?
「ね、課題をある程度やったらご褒美をあげる」
「さっきも言ったけどいてくれているだけで十分だから」
「ハグがいいかなー?」
全く話を聞いてくれないという……。
それでも課題をと頑張っていた結果、二時間が経過してくれた。
姉も十一時ぐらいには起きてきて準備を始めたから危ない雰囲気になることはなかった。
……好きな人にこんなにくっつかれている状態で課題を頑張れた自分を偉いと褒めたいぐらいだった。
「行ってきます」
「気をつけてね」
「はい、夕方頃には必ず帰りますから」
羽刈君がいてくれるのであれば安心できる。
仮にそのまま泊まることになっても問題ないと言える。
だって姉も羽刈君もしっかりしているからだ。
問題があるとすればこのまま麗がこの距離感でいることを決めた場合となる。
「麗、ちょっと買い物に行こうよ」
「え、食材はあるよ? 何回も簡単に行けないからって買い溜めしておいたし」
「誕生日プレゼントは渡せなかったからなんか麗が欲しい物を買いたいんだよ」
「……あれをくれればいいよ、誕生日なのにお詫びとして贈られることになるのが複雑だっただけだし……」
「あれも渡すけどなにか探しに行こう」
ずっと課題をし続ける必要はない。
毎日数時間かは向き合っておけば八月前半には必ず終わるから。
それよりもせっかく彼女もこうしていてくれているんだからそっちを優先するべきだろう。
「あ、二千円以内でよろしくお願いします」
「そんなのいいから二度と離れたりしないで」
「高校を卒業するまではああして戻ったりしないよ」
で、今回もまた掴まれて動けなくなってしまった。
なんで男の僕がどうにもできないぐらいの力を有しているんだろう……。
まあでも、なにかがあった際に役立つかもしれないからその強さはいつまでもあってくれた方がいいかと片付ける。
「お昼寝しよ、君のせいで最近寝不足気味だったんだよね」
「分かった」
今回は客間でそうすることになった。
夏だからこちらはタオルを掛けておけば十分だ。
ぐいぐい近づいてくるのも試されているのだと考えておけば納得できる。
「はい、ご褒美として手を握ってあげる」
「ありがとう」
「それじゃあおやすみ」
「おやすみ」
手を繋いでいるわけだから横を向いて寝るわけにもいかずに天井を見ていた。
この部屋でゆっくりすることはなかったからなんとなく新鮮だったりもする。
また、この部屋の床は畳となっているからなんか冷たくて気持ちがよかった。
「……まだあるの?」
「あるけどそれで迷惑をかけないから大丈夫」
「君は未成年なんだよ?」
「そうだね、だからこそ抱えるつもりでいるんだよ」
もっとも、僕が二十歳になった頃にはもう無理だと思う。
けどそれでいいんだ、そんなことがあったといつか笑える日がくるはずだから。
振られない人なんていないんだから恥ずかしがる必要なんかない。
「それならいいよ」
「うん、だから気にしない――」
「そうじゃなくて、付き合ってあげてもいいよ」
なんでそんなことになるのか。
体を起こしてみたら麗も同じようにしてこちらを見てきた。
依然として手を握られている状態だけど、不自然に力が込められているとかそういうことでもなかった。
つまり、勢い勝負ではなくあくまで自然な感じで~ということなのかな?
「まずは一ヶ月って設定してやってみようか」
「待って待って、なんで急にそうなるの?」
「どこかに行かれるぐらいならその方がいいからだよ」
「心配しなくても行かないよ。それに僕にとっては得だけど、麗にとって違うんだからさ」
冷静になった方がいい。
それならあのとき断った意味がなくなる。
もう本当に、神に誓っていいほど傷ついたとかそういうことはなかったんだ。
僕としてはこれからもいままで通りの感じでいられれば十分なんだ。
……欲張ってしまうところがあるからそんなことを言われて揺れないわけがない。
それでも、だからこそ止めなければならなかった。
「麗、無理しなくていいんだよ、本当にどこかに行ったりはしないから安心してよ」
「無理してないんだけど」
「いや、気持ちがいいぐらい真っ直ぐに断ってくれたのが麗なんだよ? それなのにいまこうしてこう言っているって無理している以外のなにものでもないでしょ」
何度も繰り返されたら駄目になる。
結局なにもかもを変えていまこうしてここにいるからだ。
つまり、自分の決めたことなんてほぼ守れていないのと同じこと。
「……私にこう言ってほしくて当てつけのように戻ったりしたんじゃないの?」
「いやだからそれは――」
「同じだよ。泉ちゃんは私達のためって言ってくれたけど、私にはそういう風にしか見えなかったから」
戻るにしてもタイミングが悪かったというやつか。
でも、経験値が低いからああいう極端なことをするしかなかったんだ。
そういうことも分かってほしい。
こちらだって無理だなんだと言われたら大人しく従っているんだから、一方的に要求する自分勝手人間というわけではないはずだった。
「泉ちゃん」
「……いやでも、本当に麗にとっていいことはない――いたたた!?」
「私がこう言っているんだからそこはどうでもいいの」
「わ、分かったから思いきり掴むのやめて!」
はぁ、骨が砕かれるところだった。
実は肉体労働系の仕事だったりは……ないよね。
じゃあなんでこんなに握力が強いんだろうか……。
「あ、さすがにまだ外ではいちゃいちゃできないけど、そこは我慢してね」
「分かった」
まだ同情みたいなところもあるから勘違いするなよ、ということか。
「でも、家でならどんどん触れてくれればいいから」
「ちょっと待って、僕はそんなべたべた触れたりしないよ?」
「だけどこの前、触れたくなるって言っていたでしょ?」
言ったうえに触れてしまったわけだから違うと言うのは説得力がない。
駄目だ、いまはとにかく止めてくれる姉が帰ってきてくれないとこうなる……。
いやでも、ここまで言ってくれているのに頑なに拒むような人間でもありたくなかった。
そもそも好意はまだあったんだからこんなことを言われて嬉しくないわけがない。
「そこは年上として発散させてあげないとって思ってね、だってそうしないと暴走した君に襲われてしまうかもしれないし……」
「襲わないよ」
「許可しても?」
「……まだそのときがきていないから答えられないよ」
ここで襲うなんて言ったらそれこそその瞬間に終わりだろう。
僕としては健全なお付き合いというやつができればいいからこのままでよかった。
あ、許可してくれるのであれば抱きしめたりぐらいはしたいかなー……と考えているけど。
「ありがとね」
「いやほら、私は面倒くさい絡み方をしちゃったから……」
「そこは僕が悪いということでお互いに片付けよう」
ちょっと雰囲気が怪しくなりかけていたからご飯を作ることにした。
今更気づくなんてちょっとアホみたいだけどこれぐらいの緩さでいいと思う。
なんて、ただ正当化しようとしているだけかと片付けた。
それでも悪く考えてばかりいるよりはいいかとも片付けておいたのだった。
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