07話.[ふたりを追った]

「どうしよう……」


 麗の誕生日がきてしまった。

 まあでも、渡すべきではないのは分かっている。

 なにで悩んでいるのかはこれをどうするのか、ということについてだ。

 捨てるのももったいないし、かといって、使うのも微妙な気がする。

 自分ために買ってきたわけではないからこういうことが起きる。

 なので、結局押入れのダンボールの中に突っ込んでおくことにした。


「また歩きに行くの?」

「うん、なんか好きになったんだ」

「そうなんだ、それなら気をつけてね」

「うん、行ってきます」


 こうしてただ母と会話をしているだけでも父に嫉妬されるからなるべくすぐに終わらせたい。


「いい天気だな」


 何気にもう終業式も終わって夏休みになっているからこうでもしないと莫大な時間をつぶせないというのもあった。

 幸い、歩く程度ならそこまで汗をかかなくて済むというのが大きい。

 なんとなく今日は海辺まで行ってみることにした。

 泳げるような場所はないけど、波の音が聴ければそれでいいからと片付けて。

 あれからもう二週間ぐらいが経過したものの、こっちはなにも変わったことはなかった。

 当たり前と言えば当たり前で、気にしていたのは麗の方なんだからこうなるんだ。


「おお」


 沖縄みたいに透き通っていて綺麗、なんてことはないけど見ていると落ち着く。

 昔、夕方に見たときは不安になる感じだったのに時間帯が違うだけでここまで変わるんだから面白いと言える。

 丁度段差があって、丁度日陰だったからそこに座ってゆっくりすることにした。

 海を見たり、うつむいてみたり、綺麗な青空を見てみたりして過ごした。

 オレンジ色に変わり始めてからよくなにもしないでこんなに長時間いられたなと自分に呆れたぐらいでもあった。

 飲み物を飲み忘れていたから炭酸ジュースを買って飲んだら最高に効いた。


「ただいま」


 ほとんど同じ体勢でいたからなんか今更になって疲れていることに気づいた。

 こうなったらすぐにお風呂に入って足を伸ばしてしまうのが一番だと考えて直行しようとしたんだけど、


「あれ?」


 見覚えのある靴があって足を止めた。

 なんとなくリビングに入ってみたら予想通り、靴の主である横松さんが母と楽しそうに話していたという……。


「なんでここを知っているの? あと、どうして来たの?」

「楓果さんに教えてもらったの、どうして来たのかはプールへ行ってきたからよ」

「早いね」


 一緒に行くメンバーのふたりが特殊になるから早めを意識したのかもしれない。

 それかもしくは、気温がこれから高まるだろうからと彼女が避けたか、羽刈君が我慢できなかったの二択かなと想像してみた。


「それと、今日は麗さんのお誕生日だったから、というのはあるわ」

「それならいてあげてよ、麗は横松さんのことを気に入っているからさ」

「連絡しても反応してくれないから諦めた形になるわね」


 ごめん、そういう感じにしてしまったのは僕のせいだ。

 結局、離れたところで意味がないみたいだ。

 だからって戻っても変わらないなんて言うつもりはない。

 それではまるで正当化したいみたいだからできるわけがなかった。


「いいの? お誕生日の日ぐらい会ってもいいんじゃない?」

「今年はこれでいいよ、いまの僕が行っても余計に酷くさせるだけだから」


 夏祭りとかも今年は全て諦めるつもりでいる。

 中途半端な感じでは駄目なんだ、やるからには極端にやらなければならない。

 すぐに変えてしまうようならするべきではなかった。

 相手を振り回してしまうようなことはなるべくない方がいいからだ。


「それに横松さんが来てくれただけでもありがたいよ、そうじゃないと今日みたいに海を見ながら朝から夕方までゆっくりすることになるからね」

「え、海に行っていたの?」

「入ってはないよ? 日陰で延々とゆっくりしていただけだよ」


 少なくとも八時間ぐらいはいたわけだからちょっと笑えてくるぐらいだった。

 多分、他の人でもこれはできないと思う。

 まあ、他の人はする必要がないだけとも言えるけど。


「そんなのじゃ駄目よ」

「あれれ、なんか物凄く真っ直ぐな指摘だね」

「私が気になるの、だから変えなさい」

「わ、私様系なの?」

「は?」


 怖ぁ、なんで急にこんなに変わってしまったのか。

 腕をがっしり掴まれていて、とてもじゃないけど離れることはできないレベル。

 母は空気を読んで先程出ていってしまったから助けを求めることもできない。


「行きましょう」

「絶対? どうしても?」

「ええ、どうしても、よ」


 彼女の目力が怖くて従うことになった。

 そもそもの話として、別に僕が不貞腐れて避けているわけではないから会うのは余裕だ。

 ちなみにそのことを言ってみても「それならなおさらのことよ」と言われるだけで駄目だったという。

 でも、確かに平和な感じにしておけば気持ち良く過ごせるのは確かだ。


「着いたわね」

「そうだね」


 というか、彼女は何時からあの家にいたんだろう。

 僕がもっと時間をつぶしてきていたらどうしていたんだろうか。

 夜でも気にせずに歩いたりしそうだから気をつけてほしいと願っておくことしかできない。


「押すわよ?」

「うん」


 夏休みに入ってからは働く日を増やしているから家にいるかどうかは分からない。

 そうなってくると在宅状態であっても麗が出てくるとは限らないし、そもそも今日まだ帰ってきていない可能性もある。

 それでも逃げる必要はないから結果が分かるまでじっと待っていた。


「……泉ちゃん達だったんだ」

「はい、今日は私が無理やり彼を連れてきたんです」

「無理やり? それはどうして?」

「このままじゃ駄目になってしまうからです、彼も麗さんもこのままでは自然に過ごせません」


 微妙な点は家事をしながらでも余っていた時間が実家に戻ったことで更に増えたということだった。

 何故か意地でも手伝わせてくれないのが母だからどうしようもない。

 疲れているだろうからと肩もみをしようとしても断られてしまう。


「僕は麗が嫌だろうから実家に戻ったんだけどね」

「それにしても唐突すぎるでしょう?」

「でも、最近の僕を嫌いだって言ってきたからそれを直すためにも離れる必要があったんだよ」


 これがいまの自分だからそれ以外の自分にはできそうにない。

 ただ、自分だけが困るというわけではないからどうしても直す必要があった。

 またあの家で気持ち良く過ごせるようにね。

 単純に登下校が大変だからというのもあるし、やっぱり家事をすることができていた日々の方がよかったというのもある。

 結局自分のためだけに行動しているんだろと言われても仕方がないことだけど。


「なるほどね、そのことは教えてもらえなかったから知らなかったわ」

「ほら、振られたという情報だけで十分伝わるでしょ?」


 聞きたいということならそういう情報だってなんでも吐こう。

 相手の悪口を言っているとかそういうことではなく、僕が現実を見せられたというだけの話だから話したって自由だ。

 気になるのはそんなことを聞いて面白いのか、ということ。

 相手が失敗とかをして喜べる人間であれば面白いのかもしれないけど、彼女からすれば無価値の情報だからこういうことになる。


「……ふたりだけで話さないでよ」

「ふたりには不貞腐れて実家に戻っているわけではないことを分かってほしい」


 言ってしまえば結構簡単なことだった。

 つまり六月以前の自分に戻してしまえばいいということだ。

 調子に乗らずに対応できればきっとなんとかなる。


「つまり、麗さんのためなのね」

「うん」

「それなら私がでしゃばるのは違うわね、ごめんなさい」

「いやいや、悪いのは僕だから気にしなくていいよ」


 被害者面するつもりもないから安心してほしい。

 少しだけ時間がかかるからまだ実家で過ごすけど、夏休み後半ぐらいになったら間違いなく戻せている自信しかなかった。


「送るよ」

「いいわよ、ここからは近いから」

「いいから、このままひとりで帰らせるのは違うからさ」


 もうそうしたことがあるんだから変な遠慮はいらない。

 あとまた遠いところまで帰らなければならないから炭酸パワーが欲しかったんだ。

 彼女の家の向こうの方にスーパーがあるから丁度いい。


「暑さは克服――ぐぇ」


 流石に後ろからタックルは怖い。

 すぐに振り返ったからなんとかなったけど、実行した側も危ないんだから気をつけるべきとしか言えない。

 変な感情を持ち込んで滅茶滅茶にしたのは自分だ、それでも、それとこれとは違うというやつだった。


「……一緒にいるだけで簡単に好きになっちゃう子だから心配になるんだよ、だから私も付いていくから」

「それはいいけど休まなくていいの?」

「そうやってふたりきりになろうとしても無駄だから」


 なんと言われてもいいから気にしないで歩いていく。

 とにかくいまはささっと送って家に帰りたかった。

 今更になって眠たくなってきたから仕方がない。

 やはりなんにも疲れないわけがないんだ。


「送ってくれてありがとう」

「来るときは連絡をしてね、そうじゃないと今日みたいに待たせてしまうから」

「分かったわ、それじゃあまたね」

「うん、またね」


 麗が付いてきたことで再度あそこに行かなければならなくなった。

 いまは実家で過ごしているということを分かっているはずなのに意地悪だ。

 大体、あんなことを言われなくても誰だって好きになるわけではないんだ。

 横松さんだって一緒にいてくれなくなってしまうから嫌いなんだとしてもやめてほしい。


「じゃ、風邪を引かないようにね――って、な、なにっ?」


 彼女はこちらの両肩を物凄く強い力で掴んできた。

 それからこっちを見つつ「……寄っていきなよ」と誘ってきた。

 一瞬、彼女の家のような気がしたものの、そんなことはありえないと片付ける。


「いいよ、いまは特にしたいこととかもないからさ」

「……謝るから戻ってきてよ」

「だから不貞腐れているわけじゃないからね? もしそうならいまこうして普通に一緒にいられないよ」


 自ら悪い雰囲気にしていない時点で分かってほしかった。

 八つ当たりをしているわけでもないし、責めたこともないのになんでなのか。

 もう嫌いだからなんでもそういう悪い方に見えてしまうということなら諦めるしかない。


「お家の前でなにをしているんですか?」

「あ、お疲れ様」

「はい、ありがとうございます」


 それこそここで帰ったら逃げた扱いをされそうだから入ることにした。

 とにかく姉には余計な負担をかけたくない。

 なんて、一番面倒くさい人間でいる僕が言うのは違うか。


「どうぞ」

「ありがとう」

「麗さんもちゃんと飲んでください、すぐに部屋にこもってしまうんですから」

「あ、ありがとう」


 違う人の家に来ている気分になった。

 それなりに過ごしていないとこうなるんだと分かった。

 一年半の間帰っていなかった実家のときに感じても普通だと片付けられるけど、まだ一ヶ月も経っていないのにこう感じるなんて思わなかった。


「一ヶ月は会わないようにしていたんじゃないんですか?」

「そうだったんだけど横松さんの圧に負けたんだよ……」


 でも、もうこうなってしまったら丁度よかったかもしれない。

 持ってきていたあのマグカップを渡しておくことにする。

 押入れの奥に突っ込んでおくぐらいなら本人に渡してしまった方がいい。


「誕生日おめでとう。でも、僕のせいで変な感じになっているからこれはお詫びの品として受け取ってほしいかな」


 会うべきではないと考えておきながら他者を理由に会いに行く。

 渡すべきではないと考えておきながら丁度いいとか正当化して渡してしまう。

 そりゃまあ振られて当然だと言われるような自分勝手なそれに笑いそうになってしまった。

 本当に神に誓って傷ついていたとかそういうことではないけど、あのとき真っ直ぐに拒絶してくれてよかったとしか言えない。


「……そういうつもりならいらない」

「そっか」


 余計なことを言わなければよかったと気づいたときにはもう遅い。

 時間も遅いから今日はこれで帰ることにする。

 また封印するのは違うからこれは使おうと思う。

 視界に入る度にこういうことがあったんだと覚えていられればそれでいいだろう。

 それも自分が受けなければいけない罰のような気がした。


「ただいま」

「息子が不良に育ってしまって残念だ」

「はは、そうだね」


 いや本当に父がこういう態度でいてくれるのはありがたかった。

 母と仲良くしていて嫉妬されるよりもよっぽど気持ちがよかった。

 流石に毎日海のところで時間をつぶすのは無理があるし、こうして夜まで出歩いていても不審者扱いされるだけだから部屋にこもっておこうと決めた。


「麗ちゃんと仲直りできたの?」

「いや、できなかったよ」

「そうなんだ……」

「自分が原因でそうなっているのに上手く仲直りできるつもりでいる方がおかしいからな」

「もう、お父さんっ」


 横松さんに言われたからって行ってしまった僕が悪い。

 あのときだって強気な対応ができればよかったのに僕にはそれができなかった。

 そうやって誰かが動いてくれることでもしかしたら~なんてことを考えてしまったのかもしれない。


「大丈夫だよ母さん、父さんが言っていることは事実なんだからね」


 お風呂に入って寝ることにした。

 物理的にも精神的にも疲れてしまったから仕方がない。

 夏休みなんだからせめて物理的に疲れるようなことにならなければいいかなと、課題をしている間にどんどん時間が経過してくれればいいかなと考えた。


「泉くん、楓果ちゃんが来てくれたよ」

「えっ?」


 もう、なんですぐにそういうことをするのか。

 仮になにか文句を言いたいのだとしても朝とかにすればいいのに馬鹿なのかな?

 とりあえず部屋にこもっているわけにもいかないから出てみた結果、姉の隣には羽刈君もいてくれてほっとした。


「利用してしまってごめんなさい」

「いえ、ひとりで歩かせたくないですから」

「ありがとうございます」


 これはやっぱり単純に利用したというだけなのかな?

 それとも、彼だからこそ頼んでいるということなのかな?

 ちなみに彼は「ちゃんと話し合えよ」と言ってリビングから出ていった。


「正直に言います、泉君も極端なことをしているのは確かですけど今回悪いのは麗さんです」

「待って、味方をしてほしくて離れているわけじゃないんだよ。そもそも姉さんと麗が仲悪くなったらなにもかもが意味なくなってしまうんだよ」


 姉を安心させるために誘ったんだ。

 まあ、それを台無しにしたのも僕だけど、だからってその発言は納得できない。

 これならまだあのときみたいに怒ってくれればよかった、というのに、残念ながら姉は変える気はないようだとすぐに分かった。


「どういうことですか?」

「あれ、言ってなかったっけ? 姉さんが安心して過ごせるようにと麗を誘ったんだよ。それでまあ僕が距離感を見誤って好きになってしまってこれに繋がっている、というところかな」


 そうか、あの日はいきなり怒られることになって詳しく説明していなかったか。

 姉も怒ることはなく「そうだったんですか」と言っていた。

 姉のためにしたはずなのにごめんと謝りたい気持ちでいっぱいだった。


「ごめん、だけど本当に麗が悪いわけではないから」

「横松さんが動きたくなった理由、分かった気がします。本当にこのままではお互いに駄目になってしまいますよ」

「大丈夫、今度こそ会いには行かないから」


 羽刈君には悪いけど送ってもらうことにした。

 頼むからこっちのことではなく彼と向き合ってあげてほしい。

 間違っても麗を責めるようなことがないようにしてほしい。


「って、こんなことをするからあんな感じになるのか」


 すぐに変えてださいけどそもそもこれがおかしかったのかもしれない。

 なので、両親にお礼を言ってからまとめた荷物を持ってふたりを追ったのだった。

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