06話.[壊してしまった]

 生きているだけでちゃんと前に進んでくれるからよかった。

 目標を達成したら次の日に進めるというシステムじゃなくてよかった。

 もしそうなら僕はずっと前に進めなくなるから。


「こっちはどう?」

「あ、それはいいね」


 今日は久しぶりにお勉強会というやつを開催していた。

 ◯◯はどう? と聞かれたらいいかどうかを答えるだけの簡単なもの。

 だけど何度も言っているようにこのときは楽しそうだからそれでいいと思う。

 意味がないことなんてこの世には沢山ある。

 それでも最初から全てをそうやって片付けてしまうよりはいいだろう。


「そろそろ夏になるわね」

「そうだね、汗っかきだから少し困るかな」


 臭うかもしれないからその点でも気になる。

 そういうのもあってどっちみちいまの距離感ではいられないというやつだった。

 まあ、僕がいま言っているのは精神的にではなくて物理的な話なんだけど。


「いますぐにでもプールに行きたいぐらいだわ」

「え、暑いの苦手なのに意外だね」

「だからこそよ、今年こそ克服しなければならないの」

「でも、年々気温が上がっているわけだからね」


 三十三度とかでも結構やられていたから難しい気がする。

 あと、姉と一緒で無理しようとするからそこも心配になるところだった。

 頼まれてもいないから動くこともできないというのがもどかしいところだ。


「そのときは楓果さんも麗さんも誘って一緒に行きましょう」

「いいよ、羽刈君も誘わせてもらうけど」

「そうね、その方がいいわ」


 羽刈君であれば変なのが来ても守れることだろう。

 何気にプールとかそういうのが得意ではないからいてくれなければ困る。

 なんでだろうね、お風呂はいいけどああいうのは何故だか苦手なんだ。

 僕としてはみんなが楽しんでいるところを見られればいい。

 水につかって遊ぶことだけが~なんてひとり内で誰かに向かって言っていた。


「八近、俺と楓果さんって仲良くなれていると思うか?」

「仲良くなれているんじゃないかな、最近はよく羽刈君の話をするよ?」


 この前は麗がいなかったということでその話ばっかりだったものの、戻ってきてからは普段通りに戻ったのか彼の話をよくするようになった。

 結構アプリを使用してやり取りをしているみたいで、面白いとか優しいとかそういうことばかりを言っている。

 こちらとしては彼の気持ちを知っているからもっと動きたいんだけど、それをしたらいまのいい感じの状態が壊れてしまうかもしれないという不安からできていない。


「……それなら今度、ふたりきりでどこかに行きたいんだよな」

「言ってみなければ分からないね」

「そうだよな」


 姉も麗みたいにその気がなければはっきり言えるだろうか?

 その点だけは本当に不安になる。

 ただ、彼のためにも曖昧な態度はやめてあげてほしい。


「よし、頑張るか」

「応援してる」

「おう、ありがとな」


 寧ろ彼にはいっぱい動いてほしかった。

 そうすれば僕も自然とそう動けるから。

 あとは麗のあのよく分からない状態のときに一緒に過ごすのは大変だからだ。

 横松さんとかが来てくれれば抑えてくれるのは分かっている。

 だけどそれだと利用しているみたいになってしまうからやりたくなかった。

 こちらがそのために誘うのではなく横松さんの方から来てくれるのであれば別だけどね。

 とにかく、今日言うわけではないらしく付いてくることはなかった。

 横松さんも用事があるということですぐに別れることになった。

 つまり、ある程度の時間になれば僕は麗とふたりきりになってしまうわけで……。


「ただいま」

「おかえり」


 あれ、それだけ言って客間にこもってしまった。

 部屋の前で立っていても怪しいからこちらも着替えるために部屋に移動する。

 あのよく分からない態度を続けるならこれの方がいいのかもしれない。

 大体、僕は避けてなんかいないんだからそう言われても困るんだ。


「出てきませんでしたね」

「そうだね」


 一応帰ってきた姉に頼んで呼んでもらったけど出てこなかった。

 そういうのもあって、せっかくこうして家にいるのに結局温かい状態では食べてもらえないという悲しい感じだった。

 それでも仕方がない、一緒に食べたくないならこうなるのが普通だ。

 いつも通り姉には先にお風呂に入ってもらって、こちらもまたいつも通り洗い物とか洗濯物を畳んだりしていた。


「私はもう部屋に戻りますね、今日は疲れてしまったので」

「うん、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 なんとなくすぐに部屋に戻るようになったのは羽刈君とゆっくりやり取りをするためになんじゃないかと想像してしまった。

 駄目だ、これはあくまで僕がそうであってほしいと願っているだけだ。

 馬鹿なことを考えていても意味がないからお風呂に入ってしまうことにする。

 そもそも考えごとなんてベッドの上でやればいいんだからね。

 幸いまだ十九時半過ぎというところだから時間だけはいっぱいあるんだ。


「あれ?」


 もう一度リビングに行ってから戻ろうとしたら客間の引き戸が開いていて止まる。

 リビングは真っ暗だから間違いなく誰もいないことを示している。

 それなのにこれって……と、また嫌な予感が……。


「あ、いた」


 よく見てみたら玄関の鍵が開いていたから出てみた結果、すぐのところに麗が座っていてくれて助かった。


「麗、ご飯を――」

「なんでそんなに普通でいられるの」

「なんでって、麗は普通のことをしただけだからだよ」


 受け入れるのも、そして断るのも彼女の自由だ。

 それで僕はなにかをする前に振られたというだけだった。

 そんなことで逆ギレをするような人間だと思われていたのなら悲しいな。

 まあ、あんな流れで言ったりはするなという話ではある。


「本命が現れるまではこんな感じでいさせてよ、駄目なら抑えられる気がしないから実家に戻るけどさ」


 別に手に触れたりとかしない。

 僕はあくまで挨拶をしたり、これまでみたいに会話をしたいだけなんだ。

 いまのままであればそういう変な欲求とかも出てこないから正直、ここから先も彼女次第だと言える。


「むかつく、最近はなんで急にそんな感じなの」

「なんでだろうね」


 横に座ったら距離を作られた。

 昨日の時点で答えは分かっているわけだからいちいち傷ついたりはしない。

 そのことを考えて少し距離を作っていたのにこれなんだからなにも気にならないということではないけど。


「横松ちゃんを好きになった方がいいでしょ」

「大丈夫、僕はただこれまで通り麗といられればいいんだよ」


 そんなどうにもならない話をされても困る。

 それこそ困る、むかつくということなら二度と言ったりしない。

 大体これだって向こうが出してきているから言っているだけにすぎないし。


「そんな泉ちゃんは嫌いだよ」

「そっか」


 自分と姉と彼女のために少し離れようか。

 傷ついているとかそういうのは本当にないけど、さっきも言ったようにいままで通りを求めてしまうからきっと駄目になってしまう。

 そうと決めたら速攻で行動するのが自分のため、最低限の物を持って家を出た。

 家事は少しの間だけ頑張ってほしい。


「誰だよ……って、本当に帰ってきたのか」

「うん、ちょっと上手くいっていなくてね」

「はぁ、まあいい、早く休んで学校に行け」


 おお、もう一年半ぐらいここには来ていなかったから懐かしさがやばい。

 特に自分の部屋とかもうね。

 なにかがあっても寝られる場所があるというのは幸せだと言える。

 母がいるから家事はしなくてよくなったものの、登下校に時間がかかるようになったからすぐに寝ることにした。

 明日帰ってきたらゆっくりここら辺を歩いて見てみることにしたのだった。




「え、実家に戻っているの?」

「うん、姉さん達のためにも必要なことだったんだ。だからごめん、もし行くとしても自分だけで行ってほしいかな」


 協力するつもりでいたけど残念ながら羽刈君のために動けそうにもない。

 あそこにはとりあえず夏休みになるまでは行かないと決めたからなにもできない。

 いや、夏休みが終わるまでは実家でゆっくりすればいいか。

 あの感じだったら姉さえいてくれればそれで十分だろう。


「あの約束はどうするのよ」

「あー、それは羽刈君を誘って行ってきてよ」


 絶対に空気を悪くするだけだから行けない、行けるわけがない。

 それにこの前のあれで複数になると誰かが駄目になるということも分かっているからこうしているのもあるんだ。


「なんの話だ?」

「プールにみんなで行こうという約束をしていたの、けれど八近君が行く気がないから……」

「行きたくないなら仕方がないだろ。別に仲間外れとかにしたいわけじゃないけど、俺は横松とか楓果さんとかがいてくれれば楽しめるけどな」

「ふふ、あなたのそれは楓果さんといたいからでしょう?」

「まあ……そうとも言うな」


 彼はそれでいい、そのままでいてほしい。

 上手くいく可能性の方が低いとしても悪いことばかり考えてなにもしないのはもったいないとしか言えない。

 大胆に動けている彼が羨ましくなってくるぐらいだった。

 だってこちらはなにかをする前に振られてしまったわけなんだから……。


「あ、もう少しで麗の誕生日なんだよね」

「そうなのね」


 んー、ふたりにとってやっぱりどうでもいい存在なのかな。

 必ず姉の名前しか出さないからなんでって言いたくなる。

 確かに姉も魅力的だけど麗だって同じぐらい魅力的なのにどうしてなんだろう?


「楓果さんの誕生日は来年までこないからアレだなー」

「そういえば早生まれと言っていたわね」


 まあいいか、そこも気にしたところで意味がない。

 大体、僕は好きになってしまったからよく見えすぎてしまっている可能性もある。

 いつだって冷静に見られるのはそういう感情を抱いていない中立的な立場の人なのは確かだ。


「いいわ、私は暑さを克服できればそれでいいもの」

「おう」


 駄目だ、なんか気になるからふたりからも離れよう。

 自分のせいで一気に悪い方に変わってしまった。

 恋愛感情なんて持ち込むからこういうことになる。

 あんな距離感だったからってすぐに求めてしまうのは非モテだからこそだ。


「どうしたの? もしかして失恋した……とか?」

「似たようなものだよ」

「そういう理由だったの、言ってくれればよかったのに……」

「いや、いちいち変なことで困らせるのは違うからさ」


 これは終わった話だから言う必要がなかっただけ。

 こちらはいいから羽刈君に協力をしてあげてほしかった。

 僕が協力するのとは全く違った結果になるだろうから。


「勘違いしないでほしいのはプールとかには僕も行きたかったということかな」

「ええ」

「親しい人達と遊びに行けるのに楽しみにしないわけがないよ」


 僕の方は最初から落ち着けているからあとは麗次第だ。

 離れたことでどうなるのかは一ヶ月後とかに分かる。

 それぐらいの時間があれば変な感情とかも捨てられるから問題ない。

 ただ、離れすぎるとあの家に戻るのが難しくなる可能性があった。

 実は姉に止められたのにそれを無視する形になってしまったのも影響している。

 怒ったら結構の間は許してくれない人だからもういらないという風になるかもしれない。


「私が今日行って話をしてくるわ」

「あ、泊まりに行くぐらいならいいけど余計なことは言わないでほしい。もう既に麗には迷惑をかけてしまっている状態だからこれ以上はしたくないんだよ」

「大丈夫よ、プールに行く日を話し合ってくるだけだから」

「それならよかった」


 こちらは昨日決めていたように散歩をしてみようと思う。

 一年半の間帰っていなかったと言っても過言ではないぐらいだから変わった場所もあるはず。

 下校に少し時間がかかるからそこまで余裕はないけど、それこそ土日とかを使ったっていいんだから気にしなくていい。

 んー、家事をしないとなるとこれからもっと暇になっちゃうな。

 そのときがきたときのためになにか時間つぶしの方法を考えておいた方がいいか。


「泉君」

「え、あれ、今日は早いね」


 校門のところで姉と遭遇した。

 話をしたいみたいだったから変に抵抗せずに付き合うことにする。

 何度も言うけど別に気まずさから逃げているわけではないからそんなことをする必要はない。

 迷惑をかけないために離れる必要があるだけだった。


「どうして言ってくれなかったんですか?」

「ごめん、個人的にはまだまだこれからのことだと思っていたんだけど、残念ながら本格的に動く前に振られちゃったんだよ」


 分かりやすく上手くいっていたら間違いなく言っていた。

 基本的に隠すような人間ではないから今回もそうするはずだった。

 でも、こうなってしまえばもうどうしようもないということになる。


「姉さんと麗と自分のために一ヶ月ぐらいは離れようと思うんだ」

「それは昨日、言ってくれましたよね」

「うん、今回で言えば一番麗のためにこうしているんだけどね」


 羽刈君が出てくるまではこうしていたかった。

 僕とは違うから上手くやるだろうし、勘違いしたりもしないだろから大丈夫。

 姉がそもそも思わせぶりな行為をするわけではないからそうはならないという感じかな。

 僕は麗のそれをしっかり理解できていなかった。

 誰にだってあんな感じで接することを分かっていたはずなのに本当になにをしているのかという話だろう。

 そういうのもあって上手くいってほしかったんだ。

 そうすれば圧倒的な差を見せつけられることになって少しは僕も謙虚になれるかもしれないから。


「楓果さん」

「こんにちは」


 横松さんと一緒に出てきてくれたから助かった。

 時間がかかるから僕だけはここで別れる。

 散歩をするためにも十七時には着いていたかった。

 意外とこれぐらいの時間帯は好きだった。

 空を見てもいいし、前をぼけっと見ながらただ歩くのもいい。

 考えごとをしながら歩いても危ないことに巻き込まれることはないのもいい。


「ねー」

「ん? どうしたの?」

「ボールが木の上に乗っちゃったんだ」


 ボールで遊んでいればどこかにいってしまったとか、屋根の上に乗ってしまったとか、そういうことはよくあることだった。

 幸い、こんな僕でもなんとか取れそうな感じだったから頑張ってみることにする。

 木登りなんて小さい頃にしてからこれまで一切していなかったから少し怖かったものの、不安にさせないためにも笑顔を忘れたりはしなかった。


「ありがとー」

「うん」


 ちなみに飛び降りた際に結構ダメージを受けたけど気にしないで別れる。

 本当に人間って脆いと分かった一瞬だった。

 だってちょっと高いところから降りただけでもぐぇってなるんだからね。


「あれ、なんで外にいるの?」

「いま帰ってきたんだよ」

「それなら中で休めばいいのに」

「どこで休もうと俺の自由だろ」


 仕事で疲れているはずなのに素直に休もうとしないのは社会人あるあるなのだろうか?

 それとも、単純に自分と関わってくれる人がそうだというだけの話なのかな?

 まあいい、いまはそれよりも歩いてくることの方が重要だ。


「お前こそどうしたんだよ」

「僕は恋愛感情を持ち込んで壊してしまっただけだよ」

「恋愛感情ねえ、相手は麗ちゃんか?」

「そりゃそうでしょ」


 姉を好きになったりしたら多分父にぶっ飛ばされる。

 それこそ僕が動かなくても勝手に隔離されていたと思う。

 また、麗以外を好きになったのであればあの平和な時間というのはまだまだ続いていたため、結局はそりゃそうでしょとしか言えないわけだ。


「一緒の家に住むことを決めたからって別にそういうわけじゃないんだぞ」

「そうだね」

「はぁ、非モテだから勘違いしちまうんだよ」

「はは、それもそうだね」


 歓迎されなくたっていい。

 利用しようとしているだけなんだから冷たくされて当然だ。

 部屋とトイレとお風呂だけ使用させてくれればそれでいいから許してほしかった。

 寧ろ迷惑をかけたんだからこういう対応の方がよかった。

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