05話.[準備をしないと]
「そろそろ麗さんのお誕生日になりますね」
「そうだね」
初めてというわけではないから今年もなんらかの物を買って贈ろうと思う。
残念な点はケーキとかそういうのを全部本人が買ってきてしまうことだった。
なんでも家ではそういうことがなかったみたいで恥ずかしいみたい。
それでもケーキとか美味しいご飯を食べたいという欲はあるから毎年そうしているということだった。
「お誕生日プレゼントを買いに行きませんか?」
「うん、行こう」
ちなみに今日は会社の人と遊びに行っているから家にはいなかった。
でも、逆にそれがよかったということになる。
何故なら付いてこようとしてしまうからだ。
「今年はどんな感じにしましょうか」
んー、これがまた結構難しかったりもするんだ。
いやまあ、物を贈って文句を言われたことはないけど、その内ではどういう風に感じているかが分からないから不安になる。
こうして勝手に裏まで考えようとするから足が止まってしまうのかもしれない。
「あ、これとかどうですか? 麗さんはアニメ、結構見ていますよね?」
「こういうのもありかもしれないね」
複数のアニメを見ているわけではなくてひとつのアニメをずっと見ているから絞りやすいのはいい。
アニメキャラがプリントされたマグカップとかでもいいかもしれない。
これなら普段使いができるから飾るだけ、とはならないだろう。
「僕はこれにするよ、考えすぎると駄目になるから」
「分かりました」
「あ、ちゃんと付き合うから安心してね」
お会計を済ませて退店。
姉は他のところを探すことにしたみたいでゆっくりと歩いては寄ってを繰り返していた。
お昼頃になったらご飯を食べて、少し休憩してから更に探す。
どうやらあまりこれだ! という物が見つからないみたいでずっと探し続けていたわけだけど、夕方頃にやっとひとつの商品を選んでいた。
「こんな時間までかかってしまってごめんなさい」
「いいよ、それより早く帰らないと暗くなっちゃうよ」
十八時ぐらいには麗も帰ると言っていたからそれまでには帰りたい。
多分、そうしなければ「なにをしていたの?」と聞かれてしまうだろうから。
今日は理由が理由だけに大変になることが確定しているため、あくまで家でゆっくりしていましたよ感を出したいんだ。
「ただいま」
確認してみた結果、まだ帰ってきていないみたいだったからほっとする。
ただ、休むと歩き回ったことでだらだらしてしまうから座らずに調理を始めた。
問題だったのはご飯ができても、十九時を過ぎても麗が帰ってこなかったことだ。
携帯を確認してみてもなにもきていないから更に心配になる。
「先に食べようか」
「え、でも……」
「多分、このまま待っていても変わらないと思うから」
ささっと食べて洗い物をする。
今日も姉には先にお風呂に入ってもらった。
で、暇なのをいいことに玄関のところでずっと待っていたんだけど、二十二時を過ぎても帰ってくることがなかったから諦めた。
明日は学校があるから夜ふかしをしている場合ではないんだ。
「なにもなければいいけど……」
そういうのが理由になって朝まで寝られなかった。
朝になったら当然のようにいた、そういうことでもなく家は静かなままだった。
それでも行くしかないから家事などをしてから家を出る。
「おはよう」
「おはよう」
ああいうことがあっても彼女ならしっかり切り替えができそうだった。
これも勝手な偏見であることには変わらないから言ったりはしなかったけど。
学校及び教室に着いて椅子に座ったらなんか眠たくなってきてしまった。
それぐらいこの場所も安心できるということなのかもしれない。
「眠たそうね」
「うん、昨日寝られなくてね」
「喧嘩でもしてしまったの? もしそうならすぐに仲直りした方がいいわよ」
「そうだね」
帰ってこなかったとか言ったら食いついてきそうだったからやめた。
とりあえずは寝ておかないと駄目になる。
学校に来ているのに授業に集中しなかったら馬鹿としか言いようがない。
それになにより、元気な状態じゃなければ気持ち良く迎えることもできないんだからね。
「よう」
「おはよう」
駄目だ、友達の声を聞くと余計に眠たくなる。
だから事情を説明してから突っ伏して休ませてもらうことにした。
これがもうやばくて、放課後まで寝てしまえるんじゃないかとすら思った。
まあ、割とすぐにSHRがあるわけだからそんなのは不可能なんだけど。
「楓果さんになにかがあったとかではないんだよな?」
「大丈夫だよ、今日も元気だったからね」
「それならなんで寝られなかったんだ?」
「自分でも分かっていないんだよね」
「おいおい、しっかりしろよ」
いい加減、切り替えをしなければならない。
いまは同居人の心配よりも自分の心配をするべきだ。
油断してはならない、いつでもしっかりしなければならない。
ゆっくりするとしても放課後になってからすればいいんだ。
そう考えていたら眠気とかもどこかにいってくれた。
あくまで僕らしく過ごしていることしかできなかった。
「駄目か……」
今日も同じように待ってみたけど駄目だった。
で、家の中に入ろうとしたときに足音が聞こえてきたから振り返ってみたものの、残念ながらただの通行人だったということで諦めて中へ。
元気にいてくれているのであればそれでいい。
流石に二日連続徹夜は厳しいから死ぬ気で寝て、朝になったら家事をする。
「もう嫌になってしまったのかもしれませんね」
「その可能性も……なくはないよね」
実家で休むのとでは全く違うだろうから。
仲のいい友達の家とはいっても自分の家ではないから落ち着かなかったのかもしれない。
なにより、異性の僕がいるというのが影響していたんだろうなあ。
それかもしくは、試していた可能性もあるのに僕が調子に乗ってしまった結果なのかもしれなかった。
「あ、もう行くよ」
「気をつけてくださいね」
「姉さんもね、行ってきます」
正直に言うとなんか楽しくない。
麗がいないというだけでここまで変わるのは不思議だった。
だってこれまではたまに来るぐらいの存在、僕にも優しくしてくれる存在、程度にしか考えていなかったのに……。
こうなってしまうのであれば一緒に住むことになったのはいいことなのか分からなくなる。
「八近ー」
「あれ、そんなに急いでどうしたの?」
「特に急いでいたわけじゃないんだ。あ、そういえば高目さんをさっき見たぞ」
「そっか」
元気ならそれでいい。
そもそも普通ではないことかもしれないから行きたくなったときだけ行けばいいと思う。
来てくれればいつだっていつも通りの感じで対応をするつもりでいる。
「今日は元気そうね」
「うん、昨日は頑張って寝たんだ」
頑張ればなんとかなることも分かったことだし、これからは同じミスをしない。
「ねえ、もしかしてなにか隠してない?」
「隠してないよ、あ、また今度来たらいいよ」
「楓果さんと話したいから行かせてもらうけれど……」
ふたりに来てもらってひとつ分かったことはそれぞれ別々に誘った方がいいということだ。
どちらかと言えば姉の方を気に入っているというのが理由だったりもする。
麗だって魅力的なんだけどな、別に意地悪してくるわけでもないのにどうしてだろう……。
あ、こうやってたまに消えてしまう人間なんだと分かっていたのかな?
それなら確かに友達としては不安になるものだから無理もないのかもしれない。
「なにもないなら今日行っても問題ないわよね?」
「うん、行きたいなら行けばいいんじゃないかな」
結局こちらがしなければならないことは変わらない。
姉と話している間に調理とかをしているだけでいい。
会社はなにも必ず早く終わるというわけではないため、麗がいなくても忙しいんだな程度の感想で終わらせてくれるはずだった。
「麗さんはどうしたの?」
よくなかったのは彼女が二十時ぐらいまで残ったことだった。
「横松さん、実は――」
これ以上隠すのは無理だから言わせてもらう。
先程まで楽しそうに話していた姉もうつむいてしまっている。
ここで過ごす過ごさないは自由だけど、せめて連絡ぐらいしてと言いたくなる。
「なるほどね、それであなたは寝られなかったのね」
「そうなんだよ、心配で落ち着かなくてさ」
正直に言えば僕は相当麗のことを気に入っている状態だ。
ぐいぐい距離を縮めてくる人だからこちらも自然とそういう風になってしまう。
もちろん麗にとってそれがいいことなのかどうかは分からない。
もしかしたらまた自分のせいでこうなっている可能性もあるわけだからね……。
「麗さんのお家に行きましょう」
「え、別にいいでしょ?」
「駄目です、いまのままではすっきりしません」
ああ、こうなったらもう止まらない。
自分ひとりでどうにかできる気はしないから横松さんにも付き合ってもらうことにした。
まあ、姉としてもせめて連絡ぐらいはしてほしいというところなんだろう。
「ここが麗さんのお家なのね」
「うん、意外と近いよね」
とりあえずは姉に頑張ってもらうことにした。
僕としては来てくれるまで待っていた方がいいとしか思えないからなにも言うつもりはない。
また、もう時間も時間だから本当なら彼女を送らなければならないんだ。
「あなたはどうなると思う?」
「これで変わることはないんじゃないかな」
「へえ、それはどうして?」
「だってもし軽い理由だったとしたら連絡ぐらいはするでしょ? でも、それすらないわけだからさ」
感情的になったところで距離ができるだけ。
なにもしていないことを正当化しているみたいに見えるかもしれないけど、結果的になにもしないことが一番理想通りになる気がしている。
「泉君、お家にはいませんでした」
「え、そうなの?」
「はい、最近はお友達のお家に泊まっているみたいなんです」
まあいいや、とにかく横松さんを家まで送って帰ろう。
姉は暗いところが苦手なくせに無理をするから困ってしまう。
これからは無理をしようとしたら意地でも止めようと決めた。
頑張るのはバイトのときぐらいでいいんだ。
「泉君、あ、あれ……」
「ん? うわ……」
家の前で呑気に突っ立っていたのは探していたはずの麗だった。
こっちを発見するなり「お、どこに行っていたの?」と全く気にしていない感じの彼女に流石に文句も言いたくなったんだけど、
「連絡もしないで馬鹿なんですか!?」
姉が突撃したことによって引っ込んでしまったことになる。
それから泣いてしまったから麗と一緒に落ち着かせた、そうしたらあまり時間も経過しない内に寝てしまったから部屋まで運んできた。
「で?」
「あ、別に避けていたとかそういうことじゃないんだよ、友達にどうしてもって頼まれちゃっててね」
「じゃあ連絡ぐらいしてよ」
「それも気が散るからやめてほしいって言われてね」
それでも次からは姉のためにやめてほしいと頼んでおいた。
泣いている姉を見たくないから仕方がない。
そのためになら他人になんだって頼むことができる。
「むぎゅー」
「……そんなことされるよりもいてくれる方が嬉しいんだけど」
「私もふたりを見たらやっぱりこっちにいるのが一番だって気づいたよ」
ご飯は既に食べたみたいだからお風呂に入らせることにした。
僕は出されていた課題を思い出して部屋にこもる。
……なんだか凄く気恥ずかしかったというのもある。
部屋に逃げれば流石の麗も入ってこないから朝までになんとかすればいい。
「泉ちゃん、入ってもいい?」
「えっ」
どうして今日に限ってこうなるのか。
慌てたせいでこちらが了承する前に入ってきてしまった。
麗はちょっとつまらなさそうな感じで「なんでそんなに慌てたの?」と聞いてきている。
「珍しいね」
「楓果の邪魔をするわけにもいかないからこっちに来たの」
「なんだ、あくまで姉さんが寝ていて無理だからか」
……こうなったら麗の慌てたところを見たい。
このままだと情けないところを見られて終わりとなってしまうから。
少しだけでもレアな彼女を見られたら今日は気持ち良く寝られる気がするんだ。
「お、ちょっと残念だったりする?」
「うん」
でも、一緒に過ごした時間の長さ的に僕はあくまでおまけみたいなもの、そんな人間が照れさせることなんてできるわけがないから諦めた。
また出ていかれても嫌だから話しかけられたら反応する程度に留めておいた方がいい――と考えるんだけどね……。
ただ、最近はそうでなくても手に触れてみたりとか調子に乗っていたからね……。
「楓果は大切な友達だけど、他にも友達はいるんだよね。だからああして優先したくなることもあるんだよ」
「今回の件で決めたけど、ここにいたくないなら無理しなくていいからね? 泊まりたいときだけ来てくれればそれでいいからさ」
「全然聞いてくれてないじゃん、やっぱりこっちが一番だって言ったんだけど?」
「無理しなくていいと言いたいだけだから、もちろんいたければずっといてくれればいいしね」
男性と行動するなら社会人としては夜しか余裕がなくなる。
実家であれば家に上げたりもできるわけだからその方がいいだろう。
あとはやっぱり自分の家の方がゆっくり休めるという点がね。
「私がそうしたら泉ちゃんはまた寂しい気持ちを味わうことになるんだよ?」
「そうだね、だけど大切な人の自由を制限したくないと考えるのは普通でしょ?」
もういてくれなければ嫌だと考えてしまっているんだからそう言ってもいいよね。
もちろん嫌だと言われればやめるし、距離感を改めるために距離だって作る。
そうして完全に綺麗な状態になれてからここに戻ってこようと決めていた。
「大切な存在なの?」
「うん、そうなるね」
「へえ、泉ちゃんは面白いね」
受けを狙って言っているわけではないから違うと言っておいた。
そういう発言も面白いで片付けてしまわれるのであればこちらとしてはどうしようもない。
ただ、いつか彼女にとって本命が現れるまではこの距離感でいたいんだ。
直すだなんだ考えておきながら矛盾しているけど、自分から距離を作ったりなんか本当にしたくないから。
「言っておくけど、泉ちゃんと私が付き合うのは無理だからね?」
「それは成人と未成年ということで?」
「それもあるし、私がそもそも君を選ばないからだよ」
「ははは、はっきり言ってくれるね」
「こういうことに関しては曖昧じゃ駄目でしょ」
Mというわけではないのになんか気持ちがいいぐらいだった。
で、別にいてもよかったのに戻ってしまったからひとりになった。
もうそこそこ遅い時間だから電気を消して寝ることにした。
朝になって起きてから気をつけなければならないと考えたことはご飯のことだ。
昨日までとは違うから麗の分を忘れてはならない、ということ。
「……おはようございます」
「おはよう、もうできるから麗を呼んできてくれないかな」
「分かりました……」
夜に無理して出たりすると翌日の朝は辛いことになると姉本人が言っていた。
だからバイト以外のときは余程の理由がない限りは止めようと改めて決めた。
あ、だけど、それこそ誰かと仲良くなった場合は姉だってそういう時間に行動するしかなくなるんだよね。
まあいい、いまはとにかく学校に行こう。
「なんで避けたの」
「え、避けてないけど」
はっきり言われて傷ついた、なんてことはなかった。
あと、先に出ることはいつも通りのことなのにそんなことを言われるとは思わなかった。
「それよりあんまりゆっくりもしていられないでしょ? ほら、早くご飯を食べたりして準備をしないと」
「泉ちゃんが避けていなかったらこんなことしなくて済んだんだけど」
「避けてないって、そんなことをする必要が全くないでしょ」
延々平行線になりそうだったから帰ったらまた話そうと約束をして別れた。
あれだけはっきり言っておきながら敢えてそんなことを気にするところがなんか面白かった。
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