04話.[よく分からない]
「機嫌直してよ」
「やだ」
もう十八時を過ぎているのに家には帰っていなかった。
あのふたり及び姉とは十七時には解散となって別れているのになんでかこんなところにいる。
「明らかに泉ちゃんには意識を向けていなかったでしょ、あそこで別れたって怒られることはなかったよ」
「さっきも言ったけど僕から誘ったんだよ、だからそんな身勝手なことはできない」
好き好んで嫌われたい人間なんていない。
僕が彼女のことを好きで好きで好きで、成人と未成年の壁があってもなんとか付き合いたいとか考えていたのならともかくとして、あくまで人として好き程度の現状ではできるわけがないだろう。
もちろんふたりきりで遊びに行っていたのなら完全に優先したさ。
だけどそうではないんだからこんなことを考える意味もなかった。
「……じゃあいまから付き合ってよ」
「いいよ、いまからなら麗を百パーセント優先するよ」
「い、言ったからね?」
「うん、守るよ」
で、何故か十分五ぐらいには彼女の部屋にいたと。
お店に行きたいとかそういうことではなかったの? と聞きたくなる。
ちなみに本人はお風呂に入っていていまはいない。
大して汗をかいたというわけでもないのに面白い人だった。
「ただいま」
「おかえり」
今更下着姿で慌てたりなんかしない。
なにも言わなければ向こうも揶揄してきたりしない。
その証拠にすぐに服を着ているだけだった。
「最近は楓果とばかり話していて相手をしてもらえないからね、そういうのもあって今日はここに来てもらったんだ」
「多分、僕に麗を取られてしまうんじゃないかって慌てているんだと思うよ」
「ぷふっ、本当にそうだったら楓果は可愛いねっ」
いや、あの感じだったら可愛いのではなく怖いとしか言えない。
今日は他者がいたからあのように言ってきた、ならいいけど……。
流石にちくりちくりと言葉で刺されてへらへらしていられるような余裕はない。
彼女も別にそれを止めてくれるわけではないから困ってしまう。
「もし酷くなるようだったら実家に帰るからそのつもりでいてね」
「え、嫌だけど」
「そりゃまあ、家事をする人間が消えたら嫌だろうけどさ」
姉のために来てもらっているのにこれでは意味がない。
だから逆効果にならないように動く必要が出てくるんだ。
バイトとかをしていないことから僕だったら戻ったところで問題はない。
高校までは三十分ぐらいかかるようになってしまうものの、悪く言われるよりはよっぽどいいからね。
「あのさあ、私は君を家事要員として見ているわけじゃないの」
「でも、それがなくなったらただの友達の弟だよ?」
卑下するわけではないけどいなくてもいい存在だと思う。
そりゃこれまでのことで問題なく家事をできることを知っている。
寧ろ僕より効率よくできることも知っているわけで、そうなってくると必要なのかどうかが分からなくなってくるというわけだ。
「友達の弟だというのは事実だね、でも、もう友達でいいでしょ」
「待って待って、別にそういうところで引っかかっているわけではないからね? ただ、僕にだって感じる心があるから自由に言われたら厳しいんだよ」
家族が相手だからこそ強気に出ることもできない。
僕にできるのは会わないで済むように距離を作ることだけ。
昔からそうやって対処してきたからすぐには変えられない。
あ、でも、これも僕から誘ってしまったことになるんだから駄目か。
「仲直りして」
「それができるならそりゃするけどさ」
仲良くなれなくてもいいから言い争いみたいにならなければいいと考えている。
そうすればお互いに朝から嫌な気持ちにならなくて済むだろうから。
あと、姉はふたりきりになると途端にいつも通りに戻るというのも問題かなと。
「少し我慢して、そうしてくれたら君がしたいことをなんでもさせてあげるから」
「そんなのはどうでもいいけど、ちょっとぐらい我慢しなければならないのは確かだからね」
そういう言葉に釣られて動くような人間だと考えてほしくなかった。
それに同性でもないのになんでもなんて言うべきではない。
もう二十一歳なのにこれでは不安になる。
流石にこればかりは偉そうに考えてもいいと思う。
「偉い! そういうところが好きだぞ!」
「苦しいよ」
姉はともかく雰囲気を悪くすることもなく終えられて今日はよかった。
あっちが収まればこっちが~となるのが常だから麗のそれにも冷静に対応できた。
それとあそこで別行動を選ばなかったことを自分で自分を褒めてあげたかった。
いやまあ、当たり前の選択をしただけなんだから褒められるようなことではないけどさ。
「そろそろ戻ろうよ、ご飯を作らなくちゃいけないから」
「え、まだいいでしょ?」
「もう十九時半だよ、今度は別の意味で怒られちゃうよ」
動きそうになかったから手を掴んで家を出た。
早くしないと先程決めたことをすぐに変えることになってしまう。
そうなったら彼女にとって嫌な展開になるんだから分かってほしかった。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「いまからご飯を作るから待ってて」
おう、こんな玄関のところで待っていなくてもいいのに。
だけど怒りたいとかそういうことではないみたいで「今日は私もお手伝いします」と言ってくれた。
こちらとしてはありがたいから拒まずに受け入れておくことにする。
それで大体三十分ぐらいで完成させて三人で食べた。
姉は既に入浴済みだったから麗に行ってもらおうとしたんだけど、
「ずっと話していませんでしたね」
姉が言っているように先程から麗がずっと黙り続けてしまっていて気になってしまった。
「なにかあったんですか?」
「麗の家に行ってきただけなんだけどね」
分からないからこれまた洗面所まで連れて行くことにした。
流石にここからは見ているわけにもいかないから戻ろうとしたものの、それができずに終わる。
「泉ちゃんのせいで携帯を忘れたんだけど」
「えぇ、なんであのとき言ってくれなかったの……」
「無理やり連れ出すからでしょ、馬鹿」
そんな理不尽な……。
仕方がないから入ってもらっている間に取りに行ってくることにした。
仕事で必要だということなのと、僕が原因なのは確かだからこちらがしなければならない。
「ありがとね、姉さんが来てくれてよかったよ」
「私なら麗さんのご両親と結構話したことがありますからね」
家がそう遠くないというのもいいことだった。
高目家の前で待っていたらすぐに麗の携帯を持って姉が戻ってきてくれた。
……暗闇が怖いのによくしてくれるよ本当に。
「ちょっとコンビニに寄ろう、なんか甘いものでも買うから食べてよ」
「え、そういうわけには……」
「いいからいいから、麗にもなにかを買っていくつもりだから気にしないで」
まあ、お小遣いからこうしているわけだから格好つかないんだけど……。
それでも悪かったということが伝わればそれでいい。
結局、スイーツ選びも姉任せとなった。
好みをよく知っているだろうから僕が変に選ぶよりはいいだろう。
「ただいま」
今日は歩きすぎて疲れた。
リビングに移動したらテレビを見て笑っていたからお風呂に入ることにする。
こういう確認は麗が住むようになってからしっかりするようにしていた。
事故が起きても気まずくなるし、確認はすぐに終わるからした方が楽でいい。
「やっほー」
「甘いものを買ってきたから食べてよ」
「うん、携帯もありがとね」
「それは姉さんに言ってよ、僕ひとりだったら門前払いされていたかも」
「ないよ、泉ちゃんのことは両親も知っているんだから」
それでも数回しか話したことがないからご両親としては不安だろう。
今回誘ったのはこちらだから警戒されている可能性すらある。
「さっきね、ちょっとイラッとしちゃったんだ」
「え、なんで……」
言うことを聞いてちゃんと彼女の家に行ったのに?
関わってくれる人のことを完全に理解できる日は一生こない気がする。
そもそも全部理解しようと動く方が間違いだと言えるのかもしれない。
「だって泉ちゃんらしくない大胆さだったから」
「手を掴んだだけだよ……」
長風呂派でもないから洗面所から出ていってもらうことにした。
風邪を引かないようにしっかりと拭いて、そして服を着ておいた。
「八近、八近の姉ちゃんが滅茶苦茶好みなんだけど、どうすればいい?」
え、いきなりどうすればいいと聞かれても……。
あ、でも、仲良くなりたいなら一緒にいるしかないか。
難しい話じゃない、上手くいくかどうかを考えなければ単純なことだと言える。
姉も姉であのときは普通に話せていたから相性が最悪ということもないだろう、けどさ。
「楓果さんが気になってしまったのね」
「ああ」
彼女と仲良くして~みたいなことにはならなかった。
いや、これからどうなるのかは分からないけど、勝手にくっつけようとすることの方が気持ちが悪いかと片付けた。
「とりあえずいまは仲良くならなければならないわね」
「そうだな」
それよりどうして麗はイラッときてしまったんだろうか。
やっぱり無許可に手を掴んでしまったことが原因かな?
家に住むことはしてもそこを勘違いするなよ、そう言われている気がする。
ただ、そうしてほしいならもっと距離感というやつに気をつけてほしかった。
「こういうことってあるのね」
「うん、きっかけは結構あるってことだよね」
「あなたの方はどうなの? あんなに魅力的な女性がふたりも近くにいてくれているけれど」
「そう聞かれても一方通行では成立しないことだからね」
こっちから聞くことはしないでおいた。
その気があれば勝手に答えてくれるだろうからそのときを待てばいい。
でも、友達としては言ってくれた方が嬉しいかな。
だって信用できていなかったらそんな大事な情報を教えるわけがないし。
「私にそういう人はいないわ、だから勉強をするの」
「そっか」
「ええ」
意外なのは恋には興味があるということだ。
読書とか勉強をよくしているから勝手な偏見を抱いてしまっていた。
だけど前も言ったように、服とかを選んでいるときは物凄く楽しそうだからそうではないということも分かっている。
まあ、当たり前だと言えば当たり前だと言える。
それだけにしか興味がない人間なんていないだろう。
「今度あなたのお家に行ってもいい? また楓果さんや麗さんと話したいの」
「いいよ」
日曜日なら確実だからと言っておいた。
姉はバイトに行くけど、そう遅い時間まで働いてくるというわけではないから問題ない。
麗と楽しく話しているだけでもあっという間にそういう時間になることだろう。
そのとき僕は違うところで過ごしたりとかそういう風にできるのもよかった。
いやほら、やっぱり邪魔はしたくないからね。
「そうだ、そのときに羽刈君も誘ってあげればいいわよね」
「あ、そうだね、姉さんに会いたいだろうし」
上手くいく可能性は……低い気がする。
姉にとって信用できる、一緒にいて安心できる存在になれれば少しぐらいは可能性が出る。
それでもそれが一番難しいから諦めないでいられるかどうかが試されるわけだ。
もちろん嫌がっていたらこちらが嫌われる覚悟で止めさせてもらうつもりでいる。
「怒らないんでほしいんだけど、あなたには麗さんが凄くいいと思うわ」
「というか、もし狙うとしても姉さんは無理だからね」
「そういうことではないの、言葉では説明しづらいのよね……」
こういう話は虚しくなるだけだから終わりにしておいた。
そもそも姉を除けば麗といるところしか彼女は見ていないわけだからそうなるのも無理はないということになる。
自分の方が凄く合っているとかそんなことは言えないだろうからね。
とにかく、今日も自分らしさを貫いて放課後まで過ごした。
「羽刈君、今日は買い物に行かないといけないんだけど手伝ってくれないかな?」
「別にいいぞ、それなら行くか」
大丈夫、使うつもりなんてない。
可能性は低くても友達としては動いてあげたくなるんだ。
ああして分かりやすく教えてくれたのであればこうするのは悪くないはず。
「って、これだけでいいのか?」
「うん、あ、羽刈君ってご飯は作れる?」
「まあ、それなりにはできるけど」
「それなら手伝ってくれないかな? 大丈夫、ちゃんとお礼はするから
「別にいいよ、それなら八近家まで行く――」
彼は足を止めてこっちを見てきた。
流石にここまできたら分かってしまうか。
どうせならご飯を作り終えたタイミングで、姉が帰ってきたタイミングで気づいてほしかったかなあ……。
「ま、まさか、協力してくれるのか?」
「うん、あ、姉さんが嫌そうにし始めたらその時点で終わりだけど」
「……ありがとな、本当に助かるよ」
大学はそこまで遅い時間になるわけではないからきっとすぐに帰ってくる。
そんなときにご飯が既に作られてあったら嬉しいだろう。
疲れた体で作らなくていいというのが大きいし、今日はバイトもないからこの後はゆっくりできるというのもいいはず。
「ただいま~」
「おかえり」
十七時にはほぼ必ず終わるというのはいいな。
姉にもそういう会社に就職してほしいと思う。
だって暗闇は苦手だし、早く終われば終わるほど次の日も頑張れるはずだから。
「おお、今日も可愛い――お? なんか泉ちゃんが大きくなっちゃった」
「こ、こんばんは」
「はははっ、うざ絡みしてごめんよー」
それから一時間が経過した頃に姉も帰宅した。
羽刈君の方は残念ながら意識しすぎていて上手く話せていなかったけど、後半はふたりとも楽しそうな感じだったから意識を変えてからの一日目としては悪くはなかったかなと。
「改めて凄えな、楓果さんだけではなく高目さんまでいてくれるなんて」
「確かにそうかもしれない」
「いちいち壁を作ったりしないで仲良くしろよ?」
「うん、そんなことをしたらもったいないからね」
彼の家は高目家よりも少し遠かったからある程度のところで別れさせてもらった。
これだって本当は本人にいらないと言われていたのに無理して付いて行かせてもらったんだ。
何故か行きたくなったんだから仕方がない。
もうなんでも仕方がないで片付けてしまえるのは能力のひとつと言えるのではないだろうか?
「ただいま」
「おかえりなさい」
わざわざ玄関まで来なくてもいいと言っているのに聞いてくれなかった。
ただ、今日はこうしている理由が分かりやすいから言ったりはしなかった。
「羽刈君は優しい子ですね」
「うん、羽刈君も姉さんが優しいって言ってたよ」
「えっ、それは……」
「悪口を言われているわけではないからいいでしょ?」
玄関じゃないと話せないというわけでもないからリビングに。
客間はいま麗専用部屋だから気軽に入るわけにもいかない。
で、大きなお姉さんはソファに寝っ転がってぐーすかぐーと寝ていたという……。
風邪を引いてしまうかもしれないから先程の言葉を撤回して運んでしまうことに。
「おー……帰ってきていたのか」
「うん、布団を敷くからそこで寝てね」
「おー……ありがとよー」
十七時に終わるとは言ってもそりゃ疲れるか。
ほぼ毎日八時間働くってどんな感じなんだろう。
やばい、そんなことを考えていたらできるのかどうか不安になってきてしまった。
「んー……もしかして一緒に寝たいのかー?」
「あ、ごめん、ちょっと不安になって――ぶぇ」
「ふぅ、ちょっと眠気もなくなってきたから付き合ってあげるよ」
とはいえ、すぐにどうこうという問題ではないんだ。
それに僕が集中しなければならないのは学校生活だと言える。
……別にこういうことがしてほしくて言ったわけではないんだけど、なんかたまには甘えてみることにした。
「麗は温かいから好きだよ」
「そりゃまあ生きていますからね」
「こうして触れたくなるときもあるんだよね」
手に触れて笑ってみせる。
彼女はよく分からないと言いたそうな顔でこちらを見てきていた。
僕はその間に「おやすみ」と言って部屋を抜け出したのだった。
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