03話.[誘ったんだから]

「――ということになってね」


 麗さんと歩いているところを見られてしまって説明することになってしまった。

 そうしたら彼、羽刈君が「なんだそれ」と言ってきた。

 確かに姉の友達が一緒の家に住むとかそういうことは滅多にないことだ、だからそう言いたくなる気持ちは分かるような気がする。


「つか、八近は綺麗系の方が好きなんだな」

「べ、別にそういうつもりでは……」

「でも、横松もそうだろ?」


 それは確かにそうだけど、あくまで関わってくれている異性がそうだった、というだけだ。

 可愛い系の女の子が近づいてきたらどうなるのかは分からない。

 簡単に揺れるかもしれないし、ふたりと無自覚に比べてしまうかもしれない。

 できるだけそうやって失礼なことにならないようにしたいと思った。


「私がどうかしたの?」

「いや、八近の友達は横松と俺ぐらいだからさ」


 友達の数とかそういうことを気にしたことはなかった。

 誰かひとりでもいてくれれば誰かといたいという欲求は満たせる。

 決してこちらから無理やり絡んでいっているわけでもないため、相手に迷惑をかけてしまってばかりだということでもないはずだった。

 ただ、気になることは確かだから来てくれたら対応をする、その形がやはり一番な気がする。

 もちろん、全て相手任せというわけでもないから恐らく大丈夫なはずだった。


「多ければ多いほどいいというわけではないでしょう? だから、彼にとっては私達だけで十分なのよ」

「まあ、俺も人のこと言えるほど友達が多いわけではないしな」

「私もそうよ」


 羽刈君はともかくとして、横松さんが誰かといるところをあまり見たことがない。

 教室にいるときも読書をしているか勉強をしているかなので、なかなか他者的には近づきにくい感じなのかもしれない。

 一気に変えてくれるような人間がいてくれたら面白く変化しそうだ。


「で、美人なお姉さんが好きなの?」

「き、聞いてたんだ……」

「ええ、あなた達の声はよく聞こえるもの」


 彼女はもう一度「好きなの?」と聞いてきた。

 僕的には優しいうえに話しやすいから好きだと答えておいた。

 相手が可愛いからとか、美人だからとかで簡単に好きになったりはしない。

 そこまで面食い、というわけでもないと思う。

 もしそうだったら僕はこれまでで沢山の女の子に告白をして、振られてきていただろうから。


「羽刈君はどうなの?」

「んー、俺はどちらかと言えば可愛い系の方がいいな、クールな感じより明るくて元気MAXみたいな女子の方がな」


 敢えて彼女に対してこう言っているということは好きとかそういうことはないのだろうか?

 いや待て、最初はそうでもこれからどうなるのかは分からない。

 何気にこうして会話をすることも増えているわけだし、時間を重ねていけば彼女のよさに気づいて意識してしまう、なんてこともあるかもしれない。


「なるほどね、ちなみに私は静かな子の方が好きよ」

「ははは、なんか横松らしいな」


 彼女は決して常にクールという感じではない。

 興味があることに向き合えているときは物凄く楽しそうだったりもする。

 抑えるつもりはないのか表に出すのもあって、そういうところを見たら普段とのギャップで魅力的に見える可能性もあるかも――って、なにを一生懸命考えているのだろうか?


「今度この三人でどこかに行こうよ」

「俺はいいぞ、どうせ土日とかは暇だからな」

「私も大丈夫よ」


 少しだけ近くで見てみたくなった。

 彼は、彼女はどういう反応を見せるのか。

 休日も問題なくいまみたいに過ごせるのであれば相性というのは悪くないということになる。

 僕としてはそれを見られるし、ひとり寂しく過ごすことにならなくていい。


「ふたりが行きたいところに行こうよ、だから考えておいてね」


 尿意を感じてトイレに行くことにした。

 これで戻った際にまだふたりで会話をしていてくれたら、なんて期待しているのもある。

 で、戻ってみたら楽しそうに会話をしていて何故か嬉しくなった。

 取られて喜ぶとかそういう趣味はないだろうから、もしかしたらあんまり他者といようとしていなかった横松さんのことを心配していたのかもしれない。

 だから誰かと楽しそうに話せているそれを見て、みたいになったのかもしれない。


「偉そうだな……」


 お前は誰だよと言われたら終わってしまう話だった。

 大体、来てもらっている側なのにこんな思考は間違っている。

 ちょっと調子に乗ってしまっているから気をつけようと決めた。


「八近も行きたいところを考えておいてくれよ、合わせてもうらばかりなのも気になるからな」

「分かった」


 残念ながら特に行きたいところとかなかった。

 強いて挙げるとすれば近くのスーパーかなと。

 いやほら、家事をしている人間としては仕方がないことだ。

 でも、流石にそのときに行くわけにもいかないから言ったりはしない。

 なので、当日は濁してしまおうと決めた。

 あくまでふたりがどんな感じなのかを見たくて提案したことなので、僕が出しゃばってしまうのは違うことだと言えた。




「ほう、なんか面白そうだね」

「僕的には悪い雰囲気にならなければいいと思っているけどね」


 雰囲気が物凄くいい感じだったら途中で帰るのもいいかもしれない。

 それでも誘ったのはこちらだから相当なことがない限りは帰るつもりもなかった。

 多分、空気を読んでそれをしたとしても二度と来てくれることはないと思う。


「私も行っていい? 日曜日にしてくれれば必ずお休みだからさ」

「多分、大丈夫だと思うよ」

「よしっ、じゃあそれを楽しみにしながらお仕事を頑張りますかね」


 連絡先を交換してあるから横松さんには聞いてみた。

 そうしたら興味があったみたいで、寧ろ『会いたいわ』とメッセージが送られてきたから問題ないと分かった。

 羽刈君には明日聞けばそれでいいだろう。


「私も行きます」

「「え?」」

「日曜日なら私の方もお休みですから」


 麗が来てから変わってしまったのは姉の態度だった。

 彼女と話しているとすぐにこうして不満そうな顔をしながら加わってくるんだ。

 もしかしたら友達を取られているような感じがして複雑なのかもしれない。

 それかもしくは、これが外にいるときの姉なのかもしれなかった。


「流石に慣れない人がふたりもいるのは気になるんじゃないかな」


 羽刈君のハーレムみたいになってしまう。

 きっとそちらにばかり意識を向けることになって、僕の存在を忘れてどんどんと行ってしまうような気がした。

 横松さんと羽刈君がそれぞれ意識を向け合ってこちらを忘れるならいいんだけど、四人全員に忘れられるのはダメージが大きいから勘弁してほしい。


「ふーん、麗さんはいいのに私は駄目なんですね」

「ほら、先に言ってきたのは麗だから」

「そもそも歳の離れた女性を呼び捨てで呼ぶのはどうなのでしょうか」

「求められたから、僕が勝手にそうしているわけじゃないから言われても困るかな」


 まあいいか、そのことも話しておくことにしよう。

 家族と不仲になることは友達と不仲になるよりも面倒くさいから避けたい。

 いま喧嘩なんかしたら追い出されかねないし、実家に戻っても敵視されかねないからどうしようもないんだ。

 だったら折れることも必要だった。


「なんか楓果らしくないなー」

「外ではいつもあんな感じなんじゃないの?」

「違うよ、あんな冷たい顔になったりはしないよ」


 ということは僕への嫉妬、ということかな。

 とはいえ、彼女が来てしまうから無視もできないしで難しい。

 これもまた慌てているよりはいいかということで片付けておいた。

 家事も食事も入浴も全て終わらせていた状態だったから部屋に戻る。


「……入りますよ」


 こういうこともあれから増えた。

 もしかしたら友達の前で弟と仲良くしているところを見られるのは恥ずかしいとかそういうこともあるのかもしれなかった。

 もちろんこれは願望でしかないから言ったりはしないけど。


「あの……」

「どうしたの?」

「……先程はすみませんでした」

「いいよ、自分だけ誘われなかったら仲間外れにされているみたいに感じるだろうからね」


 座ろうとしなかったから椅子に座らせた。

 姉のためにしたはずなのに逆効果になってしまったら意味がない。

 そういう意味でも上手くやれている現状には満足していたんだけど……。


「それより疲れているでしょ? もう寝た方がいいよ」

「泉君といたいです」

「それなら二十三時までは付き合うよ」


 こっちはベッドに座って相手をさせてもらう。

 小さい頃はひとりで寝るのが怖くて姉に一緒に寝てもらったことがある。

 そのときは全く遠慮をすることなくベッドで寝させてもらったことになるけど、流石にいまそれをするわけにもいかない。

 つまり、いたいと言われても一時間ぐらい一緒にいる時間を増やすぐらいしかできない。

 誰か来たときのためにも布団一式は買っておく必要があるのかもしれなかった。


「お友達がちゃんといるようでよかったです」

「来てくれるんだよね、だから本当にいつもありがたくてさ」


 いつかいなくなるとそう考えて過ごしているものの、なんだかんだ続いている。

 色々我慢してくれているだろうから手放しで喜べることではないけど、敢えて自分から離れるような馬鹿なことをする必要はない。


「私にとっては麗さんがそうでした。申し訳ない気持ちになることも多かったですけど、それ以上にこの人が側にいてくれるという嬉しさの方が大きかったです」

「直接言ってあげたらどう? この家の中にいるんだからさ」

「さ、さすがに恥ずかしい――」


 姉が全てを言い終える前に「麗参上!」と入室してきた。

 そんなことだろうなとなんとなく分かっていた。

 仲間外れにされたくないのはこの人も同じなんだ。

 寂しがり屋だから姉にはもっと一緒にいてあげてほしいとすら考えることもあるぐらいで。


「ちょいちょい、なに姉弟で怪しい雰囲気を出しているのさー」

「姉さんが麗がいてくれて嬉しかっただって」

「そりゃそうでしょうよ、だって私は楓果のために動いてあげていたからね!」

「家事とかも手伝ってくれるよね」


 休んでいてほしいと頼んでも聞いてくれることはなかった。

 ただ、それで結局甘えて頼ってしまっている時点で意味がない気がする。

 何度も言われると本人がこう言っているんだからと片付けようとする自分が出てくるんだ。

 しかもそう片付けて受け入れた結果、微妙なことになったことはないから余計に難しくなる。


「それはお世話になっているからだよ。あと、君の相手もしてあげないとすぐに寂しくなっちゃうだろうからさー」

「そうだね、麗が相手をしてくれるのもありがたいことだよ」


 当然だと考えて行動しないようにしたい。

 だからこれからも同じスタンスでいようと決めた。




「はじめまして、高目麗です」

「はじめまして、八近楓果です」


 なんかふたりとも固まってしまったからふたりの名前を言っておいた。

 横松さんにとっては完全に初めて見たということになるからそうなるのもおかしくはない。

 でも、羽刈君は見たことがあるんだからどうして固まっているの? と聞きたくなってくる。


「お、おい、義理の姉なのか……?」

「え、血の繋がった姉だけど」


 あー、だけど確かに似ていないからそう思われてしまっても仕方がない気がした。


「で、一緒に住んでいるんだよな?」

「そりゃまあ、家族だからね」

「おかしいだろっ」


 今日のメインはあくまで横松さんと羽刈君だから落ち着かせて移動を始めることにした。

 麗は彼に興味を抱いたのか横に、横松さんと姉は僕の少し前を歩いていた。

 目的地を決めて歩くよりもこうして緩く歩いている方がいい気がする。

 お店とかそういうのよりいまはお喋りがしたいだろうから。


「楓果さんは来年から働くんですね」

「はい、そういうことになりますね」

「不安なことはありますか?」

「いっぱいあります……」


 僕も来年になったら就職活動をしなければならないから不安になる。

 いや、そうでなくてもいつも通りを続けるだけで大変だから不安なことは常にいっぱいで。

 そういうのもあってふたりの存在は助かっているわけだけど、ふたりの存在が不安の種になることもあって難しいところだった。


「ちょいちょい、横松ちゃんも来ておくれよ」

「分かりました」


 おお、ナイス。

 ふたりが別れていたら意味がないからありがたい。

 姉も自然と下がってきてくれたし、これでひとりぼっちにもならない。


「麗さんがいてくれるとこういうときに安心できますね」

「やっぱりいきなりは厳しいよね」

「はい、私がそもそも緊張してしまうというのはあるのですが……」


 勢いだけで決めて後悔する、なんてことは結構あった。

 でも、誰かと一緒にいたいのは姉も同じだから仕方がないことなのかもしれない。

 暴走する可能性がないこともないからそのときは麗みたいな存在がいてくれればいいかな。

 一番ふざけるように見えて止める側だから必要なんだ。


「それより、綺麗、でしたね」

「そうだね」

「どうやって一緒に過ごせるようになったんですか?」

「この前も言ったけど自然と来てくれるんだよ、だから僕がなにかをしたわけではないかな」


 羽刈君と違って委員会が同じだとかそういうこともないからそれは奇跡みたいなものだった。

 多分、あの教室内で言えば静かな方だったからだと思う。

 つまり言ってしまえば静かだったら誰でもよかったとも考えられてしまうわけで、勘違いして自惚れないように気をつけなければならなかった。


「なるほど、泉君のなにかを魅力的に感じたのかもしれませんね」

「え、だけど最初は本当にお互いになにも知らなかったんだよ?」


 魅力とかそういうのが分かる前に来たから驚いたぐらいで。

 だって入学式の日にはもう話すようになっていたんだからそれは不可能だ。

 だから僕は友達を作るために早めに行動したんじゃないかと考えて片付けてある。


「その状態で泉君に近づくなんておかしいです、だって相手は泉君ですよ?」

「この前からそうだけど、姉さんは僕のことが嫌いなの?」

「そういうわけではありません、でも、近づく理由が見つからないじゃないですか」


 本人じゃないと結局想像や妄想レベルにしかならないからやめた。

 なにもわざわざ今日そんなことを指摘してこなくても……という考えもある。

 まあ、これが酷くなるようだったら実家に戻るのもいいと思う。

 別に両親からなんと言われようと生きていけるからね。


「聞いてきます、そうしないと今日は寝られません」

「ご自由にどうぞ」


 姉が麗達に近づいた後も距離を変えることはしなかった。

 それでも構ってちゃんにはなりたくないから帰ることもしていない。

 二十メートルぐらい離れていてもしっかり付いていけるから問題ない。

 ただ、必要なのかどうかで言えば必要ないでしょと言うしかできないかなと。


「泉ちゃーん!」


 呼ばれたから近づいてみたら今度は羽刈君、姉、横松さんという形に変わった。

 これでもモテモテな男の子に見えるからすごい。

 身長が高いのもあってふたりに負けていないのが影響している。


「ちょいちょい、なに遠慮をしてんのさ」

「麗には言ったでしょ?」

「あ、そういえば素で忘れてた」

「あのふたりがセットなら他はどうでもいいんだよ」


 積極的に会話をしているから相性というのはやはり悪くないんだ。

 頼まれてもいないから動く気はないけど、あれならいつの間にか親密になっていました~なんてことになるのもすぐのことかもしれない。

 問題があるとすれば友達のふたりとも失うことになるということだ。

 まあでも、家に帰れば友達みたいな麗と話せるからいいか。

 今更ひとりになったぐらいでぴーぴー言う人間じゃないんだ。


「泉ちゃん、このまま違うところに行かない?」

「どうして?」

「たまにはいいでしょ?」

「それなら姉さんに言ってから、ぶぇ」

「内緒で行こう」


 彼女の頼みでも流石にそれは選べなかった。

 僕があのふたりを誘ったんだからそんなことはできない。

 で、彼女は不貞腐れてしまったものの、きちんと付いていくことにしておいた。

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