02話.[尚更そう感じる]
「これをこっちに置けばいいんだよな?」
「うん、そうだよ」
ただ授業を受けて帰るだけではなくたまにこういうことはある。
でも、委員会とかがあった方が作業感がなくなるからいいかもしれない。
じっとしているよりもこうしてなにかをしている方が好きだから、というのもあるのかもしれないけどね。
「終わったね」
「だな、あ、暇ならちょっと付き合ってくれよ」
もう放課後だから全く問題ない。
姉が帰宅するのはちょっと遅めだから時間をつぶして丁度いいぐらいだろう。
また、いついなくてなってしまうのかが分からないからあの子以外の子と時間を重ねておくというのは必要なことだと思う。
「ほら」
「ありがとう、お金は後で払うから安心してよ」
少し払えばいつでも
水などが健康にいいと分かっていてもついつい甘い飲み物を求めてしまうというものだ。
ただ、我慢に我慢を重ねたらそれがストレスになりかねないからこれでいい――って、これだと正当化しているみたいになっちゃうかな?
とにかく、これからも適度にこういう甘さに頼っていきたいと考えていた。
「最近気になることができてさ、八近さえよければ聞いてくれないか?」
「いいよ」
「ありがとな。で、なんだけど、八近と横松ってどういう関係なんだ?」
「僕らはあくまでクラスメイトというだけだよ、本当にそれ以上でもそれ以下でもないよ」
いつかはこういうことになると分かっていた。
中学時代も同じような経験をしたから別に驚いたりしたりはしない。
そこからどうなるのかは本人達次第だから分からないけど、関わる相手によっては必ずこうなるわけで。
さて、彼はどういう風に行動するのか。
「そうか? その割にはこの前一緒に出かけているところを見たけど」
「頼まれたからだよ」
「ということは、横松にとってはただのクラスメイトじゃないということだよな」
僕はあの子ではないから分からない。
受け入れている理由はあの子が悪く言ってこないのと、ある程度の時間まで外で過ごせた方がいいからだ。
僕的にはひとりよりも誰かといられる時間の方が好きだというのもある。
「気になっているなら近づいてみたらどうかな」
「いや、俺は単純に共通点とかが見つからないから気になっただけなんだ」
「そうなの? とにかく、僕らはそんな感じだからさ」
忘れてしまう前に飲み物代を渡して彼と別れた。
最初はそうでも仲良くし続けて付き合い始めました、なんてことになったことがあるから今回もそういうものだと片付けておくことにした。
大体、魅力的な異性の方に近づくのは当然のことだからだ。
僕にとって横松さんはそうでも、横松さんにとってそうではないから仕方がない。
それを悔しいと感じたこともなかった。
寧ろ無理をしてこちらの方に来られることの方が気になることだった。
「あ、買い物に行かなきゃ」
こういうときはあまりゆっくりもしていられない。
遠い場所というわけではないけど、それなりに往復するだけで結構時間がかかるからだ。
でも、両親には無理でも姉のためになにかができているというのがよかった。
あそこでなにもしないで過ごし続けるよりも遥かに健全な過ごし方ができる。
そもそも追い出したのは両親だからそっちは気にしなくてもいいだろう。
いや本当に息子に嫉妬する父親とかどうなの? と聞きたくなるけど、いい家を契約してくれているから言ったりはしていなかった。
その都度行けばいいと考えている自分だから買いだめはしなかった。
だから重くて歩きづらいとかそういうことがなくていい。
これまたある程度時間もつぶせるから不効率だと言われてもこの方がいいと考えている。
「遅いぞ少年」
「ちょ、流石に来すぎじゃないですか?」
「楓果から不満をぶつけられたわけではないし、君だって別に拒んできているわけではないでしょ?」
「それはそうですけど、働いているんですから休みたいとか――ああ!」
鍵を開けて勝手に入るぐらいならわざわざ外で待っていなければよかったと思う。
麗さんも正直よく分からない人だった。
姉のことが好きなら姉とだけ話していればいいのに、姉が帰宅するときに来ればいいのにこうしてこっちにも話しかけてきたりするんだから。
「もういっそのことここに住みたいぐらいだよ」
「両親が許可すればいいんじゃないですか? あ、その場合はなんか色々手続きとかも必要でしょうけど」
両親が許可したならこちらはなにも言えない、いや、言うつもりはない。
よく分からないだけで一緒にいたくない人ではないからだ。
それになにより、ああいうことがあった際に確実に姉のためになってくれる。
だったら僕としてもその方がありがたいというものだった。
物理的に自分ができることは少ないから他人を頼ってしまおう、そう決めているわけだ。
「おいおい……。自分で言っておいてなんだけどさ、こんなに美人なお姉さんがいて君は欲求を抑えられるのかい?」
「え、だって姉さんと付き合っているんですよね?」
「そ、そうだけど、もしかしたら君が暴走してしまうかもしれないでしょ?」
「ありませんよ、裸とかで誘惑してきたらありえなくもないですけどね」
結局、男もいる環境で麗さんが耐えられるのかどうかというだけだ。
僕は同級生の女の子が急に家で過ごすことになったなどとならない限りはいつも通りに過ごすことができる。
女の子と話すだけでドキドキ! なんて初な人間ではないんだ。
「無理なら無理でいいですけど、姉さんのためにもそうしてくれた方が僕的にはありがたいです」
ここはアパートとかではなく一軒家だからそれなりに大きな声を出しても問題にならない。
自宅みたいにとまではいかなくても、周りばかりを気にすることになって落ち着かないということはないだろうから言ってみた。
「え、……マジで誘われてるの?」
「姉さんと僕的にはという話です」
すぐには答えを出せるようなことではないだろうし、この話はここで終わらせる。
食材を冷蔵庫にしまってすぐに調理を始めた。
麗さんは先程のことがあったのか、今日は姉が帰ってきても静かなままだった。
ずっと変わらない毎日だった。
下手をしたら飽きてしまうはずなのにそれがこず、それどころか心地がいいと感じているのはそんなに余裕がない生き物だからだと思う。
なにかがあってもすぐに上手く対応できる人間であれば変化を望んだかなと想像していた。
「じゃない」
学校の方は全く変わっていないけどそうじゃない!
あれから一週間が経過したものの、麗さんが来なくてなってしまったのだ。
僕が冗談を真に受けて変なことを言ってしまったばっかりに悪いことになってしまった。
どうすればいい、どうすればあの人に謝れる?
残念ながら連絡先も交換していないし、家も知らないから来てくれなければどうしようもないというのが現実だった。
つまり、来てくれない限りは無理だ。
そしてそれをいま望むのは物凄く馬鹿、ということで、
「はぁ」
どうにもならないからなにもできずにぼけっとすることが増えていた。
横松さんも頼ってきてくれないからこうなるのが当然だとも言えるけど。
もったいないと分かっていても紙パックジュースを買って飲んでしまう。
こういうときこそ甘さのパワーというやつが必要になるんだから仕方がない面もあるかなと。
「帰ろ」
いつまでも残ったところでいいことなんかなにもない。
それにぼけっとすることは家でもできるからそっちですればいいだろう。
今度いつか麗さんが来たときに謝ればきっと許してくれるはず。
僕とはいてくれなくてもいいから姉のためにいてあげてほしかった。
「しょ、少年」
「えっ、あ、お久しぶりです」
「……うん、久しぶり」
おいおい、なんだこの空気は。
別に告白をして振られてしまったわけではないのに滅茶苦茶気まずい。
で、留まっていたら麗さんが「ファミレスに行こうよ」と誘ってきた。
ご飯を作らなければならないと言ったら「その後でいいから」と、そこは変えるつもりはないようだった。
というかこれ、僕が十八時近くまで時間をつぶしたせいで待つことになった、ということになるんだよね?
なら、付き合わなければならない。
それになにより、謝罪をしなければならないんだからそういう場所の方がいい気がした。
「できましたよ」
「楓果には私から連絡しておいたから」
「はい、それなら行きましょうか」
間違いなく断られると思う。
僕がいるからとかではなくて、流石にあそこで暮らすわけにはいかないからという理由でね。
だけどそれは仕方がないことだ。
僕らにはメリットがあっても麗さんにはないかもしれないから。
「いらっしゃいませ」
入店して案内された席に座る。
麗さんがスムーズに注文をしてくれたからすぐにジュースを注いで戻ってきた。
今日はここで食べるつもりだから程々にしなければならないけど、どうせ払うからには飲まなければ損だということで意地汚い部分を晒していた。
「泉君、あの話のことなんだけどさ」
「無理ですよね」
「あー……」
「え? 無理じゃないんですか?」
「……実は一週間の間に君のご両親のところに行ったりもしたんだよ」
へえ、それはまた……意外でもなんでもないな。
姉にとって大学からできた友達というわけではないからだ。
あと、実家にいたときはよく家に来ていたから両親とも話す機会は沢山あった。
そりゃもうコミュ強さんだから一切気にせずに、楽しそうに話していた。
なんなら父が調子に乗って僕の相手としてどうか~みたいな話をしていて、勝手に振られるのは嫌だからやめてくれええ! と願ったこともあったぐらい。
「一応仮の話として話してみたんだけど……」
「もしかして『いいんじゃないか?』とか言われたんですか?」
麗さんは違う方を見つつ頷いてしまった。
あの人達は少しだけ適当すぎるところがある。
ちなみに麗さんのご両親は家賃とか生活費の問題で気にしていたみたいだけど、それも両親が出すから問題ないということで片付けてしまったみたいだった。
で、そうなったからには荷物をまとめなければいけないということで格闘していたらしい。
別に僕のそれに引いていたとかそういうことではなかったことが分かってよかった……か?
「……本当に大丈夫なの?」
「前にも言ったように両親と姉さんが大丈夫なら問題ないですよ」
きちんとそういうことになると電話もしてくれただろうから問題もないはずだ。
部屋だってまだ余っている部屋があるからそこを使ってもらえばいい。
寝具等は買いに行かなければならない可能性が出てくるかもしれないけどね。
「君は……」
「麗さんといられるのは普通に好きですよ?」
姉とか家族以外の人と一緒に過ごせるのは幸せなことだと思う。
姉のために来てくれればこちらも自然と話せるというのはかなり大きい。
自力では年上の人と出会い、そして居続けることなんて不可能だから。
だからかなり恵まれているなーとこの一週間で気づくことになった。
「やっぱり美人なお姉さんにはいてほしいものだよね!」
「そうですね、そのうえで麗さんは優しいですからね」
意外とからかってきたりしないところも好きだった。
そこはやはり年上パワーというか、いつまでも学生気分のままじゃいけないというやつなんだろう。
ただ、麗さんは十七時には仕事が終わるからご飯を作るタイミングが難しくなる。
まあ、どちらにしろ姉が帰宅した頃にはご飯が冷めてしまっているなんてこともあるので、そこまで気にする必要もないのかもしれない。
「あ、運ばれてきたよ」
「はい」
外で食べるのは楽でいいけど、それなりにお金を使うことになることを考えると数ヶ月に一度ぐらいがいいかなという感想になる。
あとは楽をしてしまっていることになるからこれではよくない。
どうしてあともう少し姉を待たなかったんだという後悔もあった。
ひとつのことに対して意識がいっていると他のことには意識が向かないというのは自分の悪いところだった。
「食べ終えたら荷物を運びますよ」
「え、今日いきなりっ?」
「え、そのつもりだったからこそ来たんじゃないんですか?」
別に急いでいるわけではないからこちらとしてはいつでもいい。
先程の感じではもう来てくれることは確定しているわけなので、ここで変に急いだりするとその話自体がなくなりそうだからだ。
「おいおい、どんだけ美人なお姉さんと一緒にいたかったのさ」
「この一週間は麗さんが来てくれなくて落ち着きませんでした」
「あー、取捨選択していたら時間がかかっちゃってね、お仕事だって普通にあったからさ」
「お疲れ様です」
「ありがとう」
食べ終えたら長居をしても迷惑をかけるだけだから退店した。
なんとも言えない気温なのに内はなんともいえない気分ではなかった。
だってこれから麗さんが家に住んでくれるからだ。
姉のために分かりやすくなにかができたということになる。
僕的にも単純に話しやすい人が近くにいてくれていいというのもある。
んー、なんて僕達にとってはいいことなんだろうか。
「こ、ここだよ」
「意外とあの家から近かったんですね」
「会社もここら辺にあるからね」
そうか、そうでもなければあの時間にあそこには来られないか。
色々な偶然が重なっていまがあるということになる。
とりあえず外で待っていたら十分もしない内に麗さんが出てきた。
そこまで多いというわけでもなかったから持って帰るのは大変ではなかった、んだけど、
「泉君、そこに座ってください」
何故か姉が怒っていて一時間ぐらい正座をする羽目になったのだ。
麗さんには冷静にお風呂に行ってほしいとか、部屋で待っていてほしいとか言っていたからいきなり空気が悪くなるようなことにはならなかった。
ちなみにこれは自分だけ置いていかれたことに怒っているみたいだったので、今度一緒に行こうと誘ってみたら許してくれた。
「ふぅ」
正座なんて滅多にしないから足が疲れた。
あと、成人女性がふたりもいるということがなんか面白かった。
まあでも、未成年だけが集まっている状態よりも健全的でいいだろう。
「……なにしているんですか」
「いやほら、私の下着で興奮されても困るからさ」
「興奮しませんよ……」
「というか、さすがに大胆すぎない?」
「知りませんよ、勝手にこんなところにいるあなたが悪いんじゃないですか」
正直に言うともう泣きたかった。
なんで生まれたままの姿を見られなければならないのか。
しかも寧ろじっと見てきていて、そちらが大胆すぎないかと言いたくなった。
「ふふ、可愛いね」
「もしかしてビッチとか言われる人なんですか?」
「違うよ、私はただ感想を言わせてもらっただけだよん」
麗さんは立ち上がると「見てしまったからあげるよ」と言って下着を渡してこようとした。
もちろん受け取ることはしないで洗いに出してくださいと言っておいた。
今更異性の下着でぴーぴー騒ぐような人間ではない。
家族に異性がいると嫌でも慣れてくるというものだった。
「姉さん、部屋に戻ってゆっくり寝なよ」
「んー……」
で、早速麗さんの存在が助かるときがきたということになる。
流石に家族でも気軽に異性の部屋には入れないからありがたい。
力もあるから運んでもらえるというのも大きかった。
「ね、明日はお休みだからお酒を飲んでいい?」
「ご自由にどうぞ」
こっちは洗濯物などを畳んでしまうことにする。
うん、こういうときに誰かがいてくれるというのはいいな。
静かな感じも好きだけど、賑やかな感じも好きだから尚更そう感じる。
まあ、お酒を飲んだからって暴走してしまう、なんてことはないけどね。
「ね、麗でいいよ」
「え、流石にそれはできませんよ」
「いいからいいから、ちょっと試してみて」
「麗、これで満足できましたか?」
「敬語もやめてよ、こうして一緒に暮らすなら家族みたいなものでしょ?」
本人がこう言ってくれているのならとこれまでは片付けてきたわけだけど、相手がちょっと離れていたりする場合はそれでいいのかどうかが分からない。
「守ってくれたら君との約束も守るよ」
「それって姉のために、というやつですよね?」
「うん、まあ私自身が楓果といたいというのはあるけどね」
それなら仕方がないから守ることにしよう。
一番の理由は姉のためにだったんだからね。
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