86作品目

Rinora

01話.[言ってしまえば]

いずみさーん、八近泉さーん」


 急にそんな声が聞こえてきて体を起こしたら声の主が部屋に入ってきた。

 寝てしまっていたことにも気づけたからよかった気がする。

 現在はまだ十八時半とかそういう時間だけど、いま寝てしまったら寝られなくなってしまうから感謝しかない。


「泉君、私はこれからバイトがあるんです」

「うん、さっき聞いたから知っているよ?」

「でも、お外は真っ暗で怖いんです、みなまで言わなくても言いたいことは分かりますよね?」

「分かった、じゃあ行こうか」


 なんで敢えて夜に、なんてのは言う必要がない。

 だってお昼は大学に行かなければならないんだから仕方がない。

 そんな姉も来年からは社会人になる、そうなったらどうなるんだろうね?

 ちゃんと定時に帰れるようなそんな会社だったら冬以外は困ることもないかな?


「何度も言っていますけど、あなたはよくこっちに来てくれましたよね」

「実家にいるといつでもいちゃいちゃを見ることになるからね」


 両親もちゃんとそういうつもりで契約してくれているから助かっている。

 姉と一緒に実家を出ることになった際、言われたことは「これで母さんを取られなくて済むからいいな」だったんだ。

 家賃だって余計にかかるのによくやるよとこっちは言いたくなったぐらいだった。


「じゃ、またここで待っているから」

「いつもごめんなさい」

「いいよ、それじゃあ頑張ってね」


 ひとりで帰らせるよりは安心できていいというやつだ。

 姉がひとりで頑張ろうとすると大抵いいことには繋がらない。

 無理して夜にひとりで帰ろうとした結果、かなり遠くまで行ってしまったとかそういうこともあったぐらいだ。

 そのときはなるべく怖くない道を選んだ結果だとかなんとか言っていたけど、遠くまで迎えに行くことになるぐらいならお店の外で待っていた方がマシだと考えたことになる。

 でも、バイトをしているだけ偉いと思う。

 僕は別に禁止にされているわけでもないのにしていないから尚更そう、ね。


「ただいま」


 ちなみにこの家はちゃんと部屋が複数あるし、トイレとお風呂が別々にあったりもする。

 聞いたことはないけど、とてもじゃないけど安く借りられる家のようには思えなかった。

 姉が働いているのはそういうのも影響している。

 だから僕もなにかをしなければならないという気持ちにはなってくるんだけど。


「レジとか無理だしなー」


 そもそも良好な人間関係というやつを築けなくて駄目になる。

 あとは単純に覚えるのが遅いから足を引っ張るぐらいなら、と考えて正当化しようとしている自分もいるんだ。

 そうでなくても大変なのに変なのが来たせいで余計にストレスが溜まる環境になったら誰だって嫌だろう。

 なので、結局僕は両親のためにではなく姉のために動こうと決めていた。

 家事もせずにぼけっとだらだらしているわけではないから許してほしい。

 で、そんなことを考えてまたゆっくりしようとしていたときのこと、玄関の方からがちゃがちゃと音が聞こえてきて意識を向けた。

 そうしたら当たり前のように扉が開かれて女の人が入ってきて、改めてこれっておかしいよねと言いたくなる感じだった。


「やっほー……って、今日楓果ふうかはバイトだったか」

「あともう一時間ぐらい早く来れば会えましたけどね」

「んー、ちょっち忙しかったんだよねー」


 この人は姉の友達の高目れいさん。

 姉と違って大学には行かなかったから既に社会人だった。

 で、なんでか分からないけど合鍵を持っている、ということになる。

 流石に姉でも友達にそうほいほいと渡したりはしないはずなんだけどな……。


「麗さんはどうして当たり前のように家に来るんですか?」

「え? あれ、言ってなかったっけ? 私と楓果が付き合っているって」

「聞いたことないですけど……」


 姉は結構なんでも話してくれるからそんなことになったら――あ、いや、ちょっと特殊なことだから言えなかったという可能性もある。

 一緒にいられている時間の長さは当然家族であることから僕の方が長いけど、家族だからってなんでも理解できているわけではないからこういうことが起きても仕方がないと言えるのかもしれない。

 別に教えてもらえなくて拗ねているとかそういうことではないことは分かってほしかった。


「とにかくそういうことで私達は付き合っているんだよ、だから可愛い少年の頼みだからって付き合ったりはできないからそこは理解してね」

「そもそも未成年と成人ということで無理じゃないですか」

「いやいや、そういうリスクのある恋愛だからこそ燃える人もいるかもしれないでしょ?」

「僕は違いますから」


 とにかく僕は普通に学校に通って卒業するだけでいい。

 そういうのを狙って行動したところですぐにどうこうなることではないと分かっているため、普通に過ごしている内になんらかのことが起きたら、程度に考えている。

 ないならないで仕方がない、残念ながら僕には縁がなかったというだけだ。


「泉ちゃんはどうなの?」

「死ぬまでに誰かひとりでも現れてくれればいいですね」

「範囲が広すぎる……、いますぐに欲しいとかそういうのはないのかヨッ」

「ありませんね、現れたら普通に嬉しいですけどね」


 興味がないわけではないことも、そういう存在が現れないからって嫉妬して醜く八つ当たりをしているなんてこともないから許してほしかった。

 こちらは自分らしく生きることだけで結構いっぱいいっぱいだったりもする。

 だからいまの感想としてはすぐに変わることはないんじゃないかな、としか言えなかった。




「泉君、おはよう」

「おはよう」


 今日は晴れていてとてもいい気持ちで登校できた。

 学校に着いてからもそのままでいられているというのは大きい。

 ただ授業を受けて帰るだけとはいっても疲れることには変わらない。

 なので、そうやって気分がよくなるようなことがあると嬉しかった。


「今日の放課後に手伝ってほしいことがあるの」

「荷物運びとか? それぐらいなら大丈夫だよ」

「あ、どの服が似合っているのか教えてほしいの、男の子がどういう感じのものを好むのか知りたいから」

「分かった、じゃあそういうことで」


 彼女のことをなんでも知っているというわけではないものの、分かっていることはひとつだけあった。

 それはちょっと不思議な子、だということだ。

 ちなみにこれは将来彼氏ができたときのための勉強みたいなものらしい。

 ただ、僕にだけ聞いたところで偏ってしまうから意味はないと思っている。

 それでも頼ってもらえるのは嬉しいからちょっと利用している状態だ。

 いやだって、異性が当然のようにいてくれているというだけでも嬉しいのに、そのうえでこうして◯◯してほしいと頼んでくれるというのはなかなかないことでしょ?

 縁がなかったからこそそういうことには人一倍興味があるということなんだ。

 ハイテンションになりそうなところを頑張って抑えられているだけでも、自分を寧ろ褒めたいぐらいだった。


「あなたは優しいわよね、騒がしくしないところも好きよ」

「ありがとう、だけど僕らしく存在しているだけだから」


 こういう社交辞令的なものには耐性があった。

 そういうのもあって現在でも問題なく彼女といられているということになる。

 もし耐性がなくて簡単に揺れるような人間であったのならやばかった。

 何度振られても諦めずに動き続ける化け物モンスターになっていた可能性もあるから。


「ひとつ不満があるとすればそれは静かすぎることね」

「え、静かな方が好きなんでしょ?」

「それはそうね、けれど、一緒にいるときに黙られたら不安になるじゃない」


 話しかけてくれればこうしてすぐに対応をする。

 ごちゃごちゃ考えすぎてしまうような人間ではないし、卑下してマイナス思考ばかりをする人間というわけではないからそうなる。

 とはいえ、過信も危険だから丁度真ん中辺りを意識しているというところだった。

 特に異性が相手となると気をつけなければならないことというのは増える。

 あと、姉とか麗さんを相手にするときの自分ではいけない気がした。


「なんでも適度な感じがいいのよ」

「そっか」


 ならこれからも同じようなスタンスでいることにしよう。

 いや、話しかけてきたら相手をさせてもらうというやつが一番楽なんだ。

 話しかけて嫌そうな顔をされるのはもうごめんだった。

 人によっては時間帯や忙しさなどの理由で不機嫌になったりするからね。

 彼女が相手のときだって間違えればそうなる可能性はあるんだから怖いものだ。

 とにかく、放課後まではいつも通り真面目に過ごした。


「泉君」

「うん、行こうか」


 最近は結構なんでもある大型商業施設に行くことが多かった。

 あ、食料品を買うときは少しだけ高いから違うスーパーを利用するものの、こういう洋服とかを見るなら楽でいいと思う。

 お店からお店までの距離も短いというのが大きい。


「これとかどうかしら?」

「うーん、僕的にはシンプルなのが一番かな」


 派手すぎるのはその子のよさを薄れさせてしまう気がする。

 あくまで見てもらいたいのは服を着ている自分だろうから意味がないというか。

 でも、これは本当に人によって意見が変わるからやっぱり意味のない行為だ。

 そのため、本当なら色々な異性に協力してもらって勉強をするのが一番だ。


「ちなみに私はこういう服が好きなの」

「落ち着いた感じだね」

「ただ、人によっては地味だと感じてしまうかもしれないわね」

「好みは人それぞれ違うからどうなるのかは分からないね」


 いいか、こうして服とかを見ているときは楽しそうだから余計なことを言う必要はない。

 大体、それをどうするのかを決めるのは本人だから。

 彼女にとっては意味があるからこそこういうことを続けているわけだし、頼まれて受け入れた僕としては黙って付いていくだけでいい。


「……この行為は欲しくなってしまうのが問題ね」

「たまにはいいんじゃない? なににお金を使おうと犯罪行為に該当しなければ自由でしょ?」

「でも、そう正当化して先月も買ってしまったのよ?」

「それでも本当に欲しくなってしまったのなら仕方がないよ」


 買って後悔するか、買わずに後悔するかの違いだ。

 もちろん、どちらも後悔しない可能性というのはある。

 僕的には残る物にお金を使いたいから悪くはない使用方法だと思う。


「か、買ってくるから待っていてちょうだい」

「分かった、それならソファに座って待っているね」


 彼女と別行動の状態でうろちょろはできないから大人しく設置されたソファに座っておく。

 特になにをしたというわけではないものの、疲れるのは確かだった。

 学校でもただ授業を受けているだけで疲れることがある。

 だからもしかしたら無自覚に気を張っているのかもしれなかった。


「待たせてしまってごめんなさい」

「気にしなくていいよ、受け入れたのは僕なんだ――」


 彼女の後ろにいた人間を見て固まってしまった。

 いや別に特に恥ずかしいとかそういうことではない。

 でも、外でこうして知り合いと遭遇すると少しだけね。


「どうしたの?」

「あ、知り合いがいたんだよ、だけどこっちに来ているわけではないから帰ろう」

「あなたがいいならそうしましょう」


 麗さんは勝手に来るからここで無理して話す必要はない。

 それよりも目的を達成したのなら彼女を早く家に帰してあげなければならない。

 冬というわけではないからすぐに暗くなることはないけど、いつまでも外にいるよりは休めるからそっちの方がいいだろう。


「それじゃあ今日はこれで」

「今日もありがとう」

「いいよ、寧ろ頼ってくれてありがとう」


 彼女と別れてひとり帰路に就く。

 数十メートル離れたところで足を止めると、後ろを歩いていた人物も足を止めた。


「今日はお休みだったんですね」

「そうなんだよ、そうしたらデート現場を目撃しちゃってね」

「残念ながらそういうのではないですよ」


 振り向いたら笑みを浮かべた麗さんがいた。

 それなりに離れていたはずなのにいつの間にか近くにいるんだからすごい話だ。

 だってどうしたって足音とかも大きくなるはずなのに気づけなかったから。

 いやもう本当に別れてから気づけたぐらいだから才能と言ってもいいかもしれなかった。


「でも、お友達がいるようでよかったよ、お姉さん少し心配だったんだ」

「あの子の方から話しかけてくれたんです」

「おお、ということは少しぐらいは興味を抱いてくれているかもね」


 横松さんはそういうつもりで近づいて来ているわけではないと思う。

 ただ、ああして頼ってくるぐらいだから嫌われているわけでもないと思う。

 もう数回はああいうことを繰り返しているのに僕に頼むところが面白かった。

 別に意見を求めているわけではないのだろうか?


「そだ、今日はこのまま泉ちゃんのお家に行っちゃおうかな」

「姉の家でもありますけどね。あ、行きたいならそれでいいと思います」


 こっちは気にせずに家事をするだけだ。

 それが終わったら課題をしてやらなければいけないことを終わらせる。

 休むのはそれからでも十分だからいい。

 麗さんもうざ絡みをしてくるわけではないからよかった。


「麗さんも食べていきますか?」

「うーん、それは申し訳ないからいいよ」

「分かりました」


 姉が帰ってきてしまう前にぱぱっと作り終えることができた。


「まだ帰ってこないの?」

「基本的にこんな感じですよ」


 バイトがない日は急いで帰ってくることもないからこういうことになる。

 夜は苦手だから遅い時間まで帰ってこないとかそういうことはないけどね。

 だけど今日は麗さんも来ているのもあって早く帰ってきてあげてほしいと考えた。

 友達といられているのと、友達の弟としかいられないのは違うだろうから。


「ただいま……」

「おいおい、どうしたんだい?」

「今日は失敗ばかりしてしまいまして……」

「あらら、それならほら、私の膝を使うといいよ」

「ありがとうございます……」


 そういうことは誰にでもある。

 失敗しないようにしようと考えていても何故かそっちに傾いていくんだ。

 そういうときに必要なのは誰かに頼ることだと思う。

 そういうのもあって今日麗さんが来てくれていたのはありがたいことだった。


「泉君もいつもありがとうございます」

「いや、僕はなにもしていないんだからこれぐらいは頑張らないといけないんだよ」


 いまはふたりきりにさせてあげたかったから部屋に戻った。

 ご飯は後でゆっくり食べればいい。

 早め早めに行動していることで時間は余っているから問題ない。

 で、決めていた通り課題をしてしまうことにした。


「よし、終わり」


 真面目にやっておけばこういうときに困らないからいい。


「あ、もしもし?」

「もう課題はやった?」

「うん、いま終わらせたところだよ」


 ああして一緒に出かけた日は必ずこうして電話もかけてくる。

 もしかしたら寂しがり屋なんじゃないかということで片付けていた。


「いまから来れる?」

「うん、大丈夫だよ」

「それなら近くの公園まで来てちょうだい」

「いいよ、僕がそっちに行くから待ってて」


 部屋から出て一応言ってから家を出た。

 で、確かにあのふたりの距離感は近くて、あのとき言っていたことは本当のことなのかもしれなかった。

 まあ、付き合っていようと正直に言ってしまえばどちらでもいいことだ。

 だからそれならそれでいい。


「また付き合わせてしまってごめんなさい」

「いいよ、それより服を見せたかったんだね」

「ええ、どうかしら?」

「似合っているね、シンプルな感じが横松さんに合っていると思う」


 言ってしまえば可愛かったり綺麗な子だったら余程酷い服でもなければ似合うというものだ。

 でも、そんなことを言ったりはしない。

 僕達の関係はあくまでクラスメイトといったぐらいのものだ、そういう言葉を求められているわけではないから勘違いしてはならない。

 なので、少ししたら家までちゃんと送っておいた。

 こういう時間に会うのもいまの状態ならできる限りなくした方がいいとしか言えなかった。

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