伽婢子おとぎぼうこ松雲しょううん処士の著わす所なり。

 凡てすべ若干じゃっかん巻、かねがね神怪奇異の事を言う。

 言辞の藻麗そうれいなるや、吟詠の繁華なるや、人口に膾炙かいしゃする者のあげて言うべからず。

 論語説ろんごせつに曰く、怪神かいしんを語らずと。この書の作、いだきて人をあざむくくのそしりをまぬがれざらんか。

 いはく、しからず。

 それ士の道に志す者の載籍さいせき崇阿すうあ(小高い丘)をさぐり、礼法の淵源えんげんひたし、言をえらび、行を択び、善を積み、徳をかさねて不滅の名を施す。

 もしそれ庸人孺子ようじんじゅし(凡人と子供)の詩書を読むこと知らざる、耳は博聞の明無く、身は貞直の厚無し。虚浮きょふの俗、日々にもつて長ず。偶々たまたま精微の言を聞きて、こうべしつしてひたいしか啾々しゅうしゅうとして退く。経典の沈深なる、載籍の浩瀚こうかんなる、たとえばろうあつめする(太鼓を鳴らす)がごとし。これ何か益あらん。

 伽婢子のこれに書きたるは、言は新奇をふるい、義は浅近をきわむ。怪異の耳を驚かし、滑稽の人を喜ばしむること、いねてこれを得ればめ、みてこれを得ればぶ。

 これ庸人孺子の好みて、読み易く解するところなり。男女の淫奔を言うがごときは、即ち深く誡めんことを念ず。幽明神怪は則ち理をあきらめんと欲す。君子達道の事に非ずといえども、庸孺の監戒かんかい便べんせんと欲するのみ。


寛文六年竜集丙午りゅうしゅうひのえうま正月下旬 雲樵

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