第5話

「おにぃちゃん、これ美味しい!」

「おにーちゃん、ボク、ピーマンが入ってる食べ物を美味しいと思ったのはじめてだよ」


 キャッキャする子供たち、もろみは弟と妹の喜ぶ姿をまるで自分のように喜んでいる。そんな温かな家族の空気を感じて心がホッコリした。


「やっぱすげぇな悠人は。あの弁当を食べた時な、食べる人への愛情を感じたんだ。好きじゃなきゃぁできないな」


 もろみの作っただし巻き玉子に箸を伸ばした、形は崩れて焦げっぽくなっている。広がる甘み、弟妹ていまいへの好みに合わせているようだ。


「もろみさんの料理だってそうだよ。弟たちに美味しく食べて欲しいんだなぁって気持ちが込められているね」

「こ、今回は……お前に……食べて欲しいと思ってだな……いや、なんでもない」


 プイッと明後日あさってを向くもろみ、後ろ姿からでもホンワカしている様子を感じ取れた。


 もろみは家庭的で弟妹かぞくを本当に大事にしているのだろう。こんな人が妻だったらどれほど温かな家庭を気付けるのだろう……高校生ながらにして僅かな時間で家庭を感じ、まるで夕食の楽しいひと時を過ごしたようだった。


「お邪魔しましたー」

「悠人、今日はありがとうな。また料理を教えに来てくれな」


 玄関先でもろみと立ち話をしていると、「おにぃちゃんはいつお姉ちゃんと結婚するのー」と弟が言えば、「ダメよ。お兄ちゃんはわたしと結婚するのー」と妹が騒ぐ。


「ハハハ、じゃあまた来るねー」と、山口家を後にした。


 暗くなった空、小さく煌めく星の下、家に向かって歩いていると、直ぐそこまで近づいている夏を感じる。暖かな風が温かくなった僕の心をさらにあたためた。


「楽しかったなー。僕には兄弟がいないからなー」


 頭の裏で両手を組んで空を見上げると、いつも以上に煌めく星と月光がキレイに光━━


 ━━ドンッ 「キャ」、女性の小さな悲鳴とともに倒れた音。


「ごめんなさい、よそ見をしていて」

「い、いえ……私の方こそごめんなさい」


 起き上がらせようと手を伸ばす。彼女は僕の手に掴まって起き上がるとお辞儀をした。


「ありがとう、悠人くん」


 ん? 僕のことを知っている彼女は……


つぼみさん」


 彼女は小中と同じ学校だった藤村ふじむら つぼみ。一度も同じクラスになったことはないが、中学校でとある出来事をきっかけに知り合った女性である。


「ありがとう。でも良かったー悠人くんで……こんな時間に変な人にぶつかったら何されるかわからないし」

「そうだよね。でもこんな時間まで何をしてたの?」

「えっと……悠人くん、いきなり山口さんに連れて行かれたでしょ。大丈夫かなーって…… (ちょっと心配になっちゃって)ゴニョゴニョ……」


 優しい子だよなぁ蕾さん。わざわざ心配してくれたんだ。


「大丈夫だったよ。心配してくれてありがとうね」


 自然と笑みがこぼれる。


「だって悠人くんは私の恩人だから……孤独だった私に友達を作るきっかけをくれた人だから……」

「いいんだよそんなこと気にしなくて。僕が好きでやったことなんだから。もう遅いし、送るから帰ろう」

「(まったく……優しいんだから)」

「何か言った?」


「なーんにも」と闇を照らすような笑顔を向けてくれた。


 彼女と話すようになったのは中2の夏休み前、今日のような晴れた夜の日だった。



 ○。○。○。 ○。○。○。 ○。○。○。


「ハァ、ハァ。遅くなっちゃったなぁ」


 僕は来栖悠人、中学2年生。先生に呼び出されてしまったせいで帰りが遅くなってしまった……。


「困ったなぁ、今日は僕が夕飯の当番なのに」


 ちょうど公園の前を通りがかったときにブランコの軋む音が聞こえた。


「こんな夜中になんだ……まさか不良がたむろしてる訳じゃないよなぁ」


 気配を悟られないようにそっと草葉の影から覗き込んだ。そこには負のオーラを周囲に撒き散らし俯いている藤村さんを見つけた。

 とは言っても、一度も同じクラスになったことないので名前しか知らないし、周囲からは『100tトンブス』というヒドイあだ名で呼ばれているということ。


「ハァー、 (家にも学校にも帰りたくないなぁー、このまま消えちゃいたい)」


 藤村は地面を蹴ってブランコを揺らす。鎖の軋む音が悲鳴のように聞こえてきた。なんだかこのまま放っておいたら大事おおごとになりそうだなぁ。出来ることなら助けてあげたい。


「あのー」と恐る恐る声をかけた。ビクッとして藤村は振り替える。勢いが強かったせいか顎の肉だけが急には止まれずにぶるんと震えた。


「く……来栖くん? あなたがどうしてここに?」

「なんか不穏な言葉が聞こえたからね。ほっとけなかったというか」

「あー聞かれちゃったんだ」


 藤村の隣のブランコに座って軽く地面を蹴った。静かな空間に優しくブランコの音が染み渡る。


「消えたいとか何があったの?」

「こんなデブスと一緒にいるところを見られたら来栖くんも学校で仲間はずれにされちゃうわよ」


 思わず出た乾いた笑い。「大丈夫だよ、僕はボッチだからこれ以上離れていく人もいないからね」と頭を掻いた。


 僕の方に視線を一瞬向けると直ぐに目線を下げた。


「……実は私、高校生の姉がいるの。お姉ちゃんは美人だから両親から愛されてるし友達も多いの。わたしはこんなでしょ、親たちには馬鹿にされるしクラスメイトからは嫌がらせされるし、こんな人生楽しくないなーってね……」


 軽く握った拳を唇に当てて考えてみる。予想からすると身長は155センチ、体重は80キロ前後といったところだろうか。


「…………」

「こんな重い話し、聞かなかったことにして早く帰った方がいいわ。何があっても来栖くんのせいじゃないから」


「ちょっと聞きたいんだけど、藤村さんって普段どんなもの食べてるの?」

「えっと……朝はカップラーメンかな。私はお弁当を作ってもらえないからお昼は自分でおにぎりを作っていくの、夕飯は買ってきてもらった惣菜が多いかな。残すと怒られるから全部食べるけど……」

「ご両親やお姉さんは?」

「他のみんなは一緒に食べてるわ、お母さんが手作りしたものを食べてるみたい。一緒に食卓を囲んでないから何を食べてるかまでは……」


 うーん……藤村さんの栄養の偏りがひどいな、この場合は食事の改善と運動か……。


「ねぇ、痩せてみない? もうすぐ夏休みでしょ。もし良かったら家に泊まり込みでダイエットしてみんなを見返してやろう。あ、心配しなくて大丈夫だよ。家には母さんもいるし、運動の先生は僕の知り合いに頼むから」


 顔を赤くする藤村。

「えっ、えっ、いきなりそんな……迷惑をかけちゃうし私なんかが……」


 思わず立ち上がってしまった、手を振り払って必死に「そんな人生じゃあ寂しいでしょ。変わるか変わらないかは藤村さん次第、ここで一歩を踏み出そう」と説得した。


「……………… (こんな容姿の私に下心なんて抱きようがないわよね) 分かった、そこまで言ってくれるんだもん。がんばってみるわ」


 藤村の顔がパァーっと明るくなったのだった。

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