第6話

 ○。○。○。 ○。○。○。 ○。○。○。


「いらっしゃーい」


 恵美ははは扉を開けて明るい声で藤村を招き入れた。


「ほ、本当に私なんかがお邪魔しちゃって良かったんですか?」

「あなた、素材は良いのに勿体ないわ。偏食とストレスからくる過食かしら……悠人が栄養をコントロールして運動を彼が担当すればバッチリね……私は母と看護師を生かして健康面をサポートするわね」

「なんで私なんかのために優しくしてくれるんですか……本当に嬉しいです」


 自宅では母と藤村が和やかな雰囲気になっている中、僕は運動担当をお願いしている謙介を迎えに行っていた。

 彼はトレーニングの一貫として理想的な肢体ボディーを作るために日夜励んでいる。その知識を使って彼女用の『健康的に痩せるぞプログラム』をお願いしたのだ。


「ただいまー」

「おかえりー悠人。蕾ちゃん来てるわよ。つぼみって可愛い名前ねぇ」

「お、おばさん……私、母にいつもドングリみたいな蕾ねって言われてて……この名前好きじゃないんです」


 しゅんと肩を落とす。そんな彼女の前に謙介が部屋に入ってきて口を開いた。


「言わせたいやつには言わせておけばいい。藤村は藤村だろ、それを見返すためにここに来たんだ。一緒に頑張っていこうな」


 そんな謙介の言葉に赤くなる藤村、うつむくと蚊の鳴くような声で「け、謙介くん……私なんかが謙介くんと口を聞いてもいいのかな」と小さくなった。


「そういえば藤村とは同じクラスだけど一度も話したことなかったよな」

「えっと、クラスメイトから謙介くんと口をきくなって言われてて…けがれるからって……」

「だから俺のことを避けるような行動をとってたのか。いいか、人は顔だけじゃないんだ。汚れるなんて言うようなやつより藤村の方が魅力的だぞ」


 更に小さくなる藤村、顔が激しく紅潮している。


「謙介はさすがモテモテ男だな、見た目だけじゃなくて心もイケメンだよ」

「あのなー悠人、俺はお前のほうがイケメンだと思ってるんだけどな。ちゃんとすれば絶対にモテるって」

「いいんだよ僕は、自然体でいるほうが楽だし」


「あのー……」と小さな声で喋る藤村に視線が集まる、彼女はチラリと上目遣いになって「来栖くんと謙介くんは中が良いんですね」とぎこちなく笑った。


「蕾ちゃん、ゆっくりで良いから自信を持ちましょう。あまり口を出さないつもりでいたけど、私は話し方を教えることにするわ」


 急な母さんの提案に心配しか無かった。看護師の上長として日夜理不尽な患者と立ち向かい、女の園をまとめ上げる母が教えてどんな結果になってしまうのか……。


 こうして夏休みは藤村が泊まり込みで肉体改造に励み、毎日のように謙介が来てくれる日々が続いた。


 ◆ ◆ ◆


「本当に、悠人くんは料理が上手なんですね。美味しいしカロリー計算バッチリ、お嫁に欲しいくらいですね」

「ハハハ、蕾さんもだいぶ自信がついたようだね」


 実際に彼女の努力は素晴らしかった。謙介の立てた厳しい運動プログラムをこなし、夏休みの宿題もこなし、生活リズムもしっかりと整えた。


「本当に藤村は良く頑張ったよ。これならもうどこにお嫁に出しても大丈夫だな」

「もー、謙介くんったら私のお兄さんみたいー」


 ピンポーン──


「誰だろう、ちょって出てくるね」


 訪ねてきたのは女子高生……ん、蕾さんに似ている?


「始めまして、私、蕾の姉で藤村ふじむら さくらといいます。妹の蕾が心配で様子を見に来ました」


「あらぁ、蕾ちゃんのお姉さんなの~、蕾ちゃんから聞いたわよーとっても優しくて可愛い自慢のお姉さんって」

「そ、そんな……私なんて……両親から蕾を守ってあげられないダメな姉ですから……」


 その声を聞きつけた蕾と謙介が玄関先に走ってきた。


「おねーちゃん?」


 その姿を見た桜は、目を見開いて呆然、

「つ……蕾なの?」

「うん、みんなのおかげで痩せられたわ」と、姉に抱きついた。


「ビックリしたわよ。すっごく可愛くなってるし、肌も髪もキレイになったわね」


 じゃれあうふたりを見ていると心が和む。やっぱり姉妹きょうだいって良いもんだなー。


「じゃあ、最後の仕上げね。蕾ちゃんは私と一緒に来て、悠人はパーティーの買物、桜さんと謙介くんはちょっと家で待ってて」


 母はそう言うと、蕾を連れてどこかに出かけていった。


「じゃあ、僕は夕飯の買物に行ってくるよ。謙介とお姉さんは家で待っていてください」

「あ、あの……いきなり来てご迷惑だと思うので──」

「──大丈夫ですよ桜さん。今日は妹さんの新しい門出を祝うパーティーです。そのためにはあなたが必要なんです。俺と話でもして待ってましょう」


 こうして僕は買物に出かけた。今日のメニューはテーブルの中央にパエリアをドカンと置いてオードブルっぽいのを色々と作ろうかな……せっかくのお祝いだし色とりどりの料理にしたらキレイかな。そうだケーキも作って……。


 料理を作るのは楽しい。誰かのお祝いをするのはもっと楽しい。僕が作った料理をどんな顔をして食べてくれるのかなぁ、美味しそうな顔をしてもらえるだけで満たされる。


 自宅に帰ると料理作りに取り掛かった、謙介と桜さんは折角だからお祝いのプレゼントを買ってくるとふたりで出かけていった。僕の周りには本当にいい人が多い、それだけでとても嬉しい。


 ──そして夕飯、信じられないメンバーが集った。


 僕と母と謙介、蕾さんと桜さん、そして藤村 かえで蕾と桜の母親までこの場所にいたのだ。かえでは立ち上がると深々と頭を下げた。


「本当に申し訳有りませんでした。恵美さんに叱られて気づきました。今思えばなんで娘を虐げていたんだろうって……容姿なんて全く関係なかったのに」

 と、大粒の涙を流していた。蕾と桜は必死に母親を落ち着かせた。


「ほら、悠人が折角作った料理も冷めちゃいますからいただいちゃいましょう」

「凄いですね、息子さんは料理がお上手なんですね」

「蕾さんのお母さん、蕾さんも料理が得意なんですよ」

「そうなの? 蕾」


 優しそうな顔を蕾に向けるかえで。


「悠人くんと比べるとまだまだだけどねっ。元々好きだったから教えてもらったの」



 ○。○。○。 ○。○。○。 ○。○。○。



 「懐かしいわねぇ、本当にあの時に悠人くんと出会ってなければ今の幸せはなかったわ」


 蕾は小さく微笑んだ。


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