第4話

「じゃあさ、学校終わったら家で料理を教えてくれよな」


 目をキラキラさせている山口、その表情から察するに食べさせたい人がいるのだろう。そんな顔をされたら『いいよ』……としか言えないが、家にも事情がある。


「ごめん、僕は家で食事係なんだ。帰って夕飯の支度をしないとならなくて」

「そーいえばお前、いつも学校が終わったらすぐに帰るもんな」


 えっ、山口さんは何でそんなことを知ってるんだ。


 ♪着信音。スマートフォンから軽快なメロディー。ディスプレイには『母』の文字。


「もしもし? かーさんが仕事中に電話してくるなんて珍しいね」

『今日は夕飯作らなくていいからねー。泰代ちゃんと母娘おやこデートするの~。祖母お母さんには私の方で準備しておくからたまには友だちと遊んできなさい』

「ちょっと、夕飯は」━━『ガチャ、ツーツー』


「どうした?」

「かーさんたちが夕飯いらないって。友だちと遊んでこいってさー……まったくボッチだっていうのに」


 鼻の下を掻きながら乾いた笑いが漏れてしまう。


「おー、ちょうどいいじゃん。じゃあ今日は私に料理を教えるということでオッケーだなー。よし、決まりだ!」

 

 ちょっと待て、学校1最凶と呼ばれる彼女に料理を教える? あまりにも普通に接していたせいですっかり抜けてしまったぁぁぁ。


 チラリと彼女に視線を向けるとやる気十分、ガッツポーズまでしている。これじゃあ断ることなんてできやしないぞ。


「おい! どうした?」

「え、あ、はい。何を教えようかと考えていまして……」

「そうだな、野菜を使うやつをお願いしたいんだ。あいつら野菜が苦手でな」


 悲しそうな顔をする山口。あいつらっていったい。まさか族仲間じゃないよな……というか野菜嫌いって……まさか彼女は既に子供がいるのか?


 山口は肩をパシリと叩くと笑顔を向けて屋上を去ってしまった。怖い雰囲気、鋭い目つき、イメージとかけ離れた表情にドキドキしてしまっていた。これぞアニメで良く見る『ギャップ萌え』ってやつかもしれない。



 ◆ ◆ ◆



 ──そして放課後


 6限目の授業が終わると激しい音ともに教室の扉が開いた。


 入ってきたのは山口もろみ、帰宅の準備でガヤガヤしていた教室内が静まり返る。その間を縫って真っすぐと僕の机に向かってきた。

 彼女を大きく避けて道を空けるクラスメイト、我関せずといった感じの山口。教室中からヒソヒソ話が広がる。


「おい、約束だからな。ちょっとつらぁ貸してもらうぞ」


 僕の前に来るや否やナイフのような言葉が突き刺さして僕の腕を掴む。


「(あいつ何やったんだ)」とか「(総長に目をつけられたとか、あいつ死んだな)」なんて言葉が小さく飛び交っていた。


 こんな雰囲気の中、僕に拒否権する勇気なんてない。「はひぃ」と返事をすると、山口はニコリとして僕を引っ張って連れ去り、校外まで連れていかれた。


「悪かったな怖い思いをさせて」

「へ?」

「いやな、普通に接して友だちみたいに連れてくとお前に変な噂が広まってしまうだろ。だからなんか分からないけどヤンキーに連れ去られたって思われた方がいいかと思ってな」


 なんだこの人、僕のことを考えて……もしかしてみんなが思うような人じゃなくていい人なんじゃ……。


「山口さんって優しいんだね。ありがとう」


 僕の言葉に顔を赤らめる。「ば、バカなことを言ってるんじゃねぇ。それより今日は子供が好きそうなメニューを頼む」と照れ隠しなのか片言の日本語で怒鳴れた。


「ハハハ、じゃあ手抜き風ハンバーグにしようかな。野菜も摂れるし子供も好きだと思うんだ」

「なんか手抜きと聞くと私でも簡単に作れそうでいいな」


 覗き込むように上体を傾けて笑顔になる山口、そんな雰囲気にヤンキーのヤの字も感じない。目の前にいるのは可愛らしい金髪の美少女にしか見えなかった。


「なんだその顔……ヤンキー女がこんな感じでキモいとか思ってるんだろ」

「ち、違いますよ。その雰囲気にヤンキーの欠片も見えないから……つい、見惚れちゃって」


「な、何言ってやがる。ホントはこれが素なんだよ。ヤンキーってのは周りが勝手に付けた噂だよ」


 どうやら彼女は、くってきた男をフッたら、腹いせにヤンキーだとか暴力的だとか変な噂を流されたらしい。

 それでボッチとなり、人を寄せ付けないようにグレた格好をするようになり、噂と格好のせいでケンカを吹っ掛けられるようになった。昔から格闘技をやっていたこともあって返り討ちにしてきた結果、今に至るというようだ。


「なんでそれを僕に?」

「なんでだろうな。お前は信用に足る人間だと思ったんだよ」

「じゃあ、そろそろ僕をお前って呼ぶのをやめてもらっていいかな、僕の名前は━━」

「━━来栖悠人だろ。知ってたよ。じゃあ、私はお前のことを悠人と呼ぶ、だからお前はわたしをもろみって呼べ」


 耳の先まで真っ赤になるもろみ、なんだかこの反応は……まさか僕のことを好き? ……んなわけないか。秘密を告白して恥ずかしいんだろうな。


 その後、スーパーに寄ってもろみの家に行った。家は小さな借家の一軒家、ドアを開けるなり元気な声が飛び込んできた。


「「おねーちゃんーおかえりー」」


 バタバタと走ってくる男の子と女の子、小学生の低学年位だろうか。


「ただいまー、今日は料理の先生を連れてきたんだ。うまいんだぞー」

「おねーちゃんの料理だっておいしいときがあるよー」

「そうだよーおねちゃん、10日に1回くらいはおいしいよー」


 ま、まさか……もろみさんの子供? んなわけないか。もし子供なら10才位で生んだことになる。


「弟と妹なんだ。双子でな……うちは父さんと母さんが事故で死んじまってな。私が親代わりって訳だ……。でも勘違いするなよ、金に困ってるわけじゃあないんだからな」

「うん。弟と妹想いのいいお姉さんなんだね」

「ば、バカなことを言うんじゃねぇ、家族が大切なのは誰でも一緒だろ。あたりまえのこと言うなよ」


 照れた顔が可愛い。本当は優しい子なんだろうなぁ……いろんな出来事が彼女の当たり前をねじ曲げてしまったのかもしれないな。


「じゃあもろみさん、キッチン借りるね。一緒に夕飯を作っちゃおう」

「お、おう」


 スーパーの袋から見えたピーマンや人参を見て「わたし人参キラーイ」「ぼくはピーマン苦手ー」なんて子供たちが可愛い声を出してキャーキャー言っていたが、それが逆に絶対に食べさせてやると言う闘志となったのだった。



 ……もろみさんが履いていたイチゴちゃん……妹のって言ってたよな小学生なんだけど……僕はそっと心のなかにしまっておくのだった。



===

悠人くんのクッキングメモ (ストーリー外)


1。人参とピーマンをみじん切りにして少量の油で炒めます (弱火でゆっくりじっくり)

2。1がしんなりしてきたら、余分な油を取り除いて挽き肉を加えてさらに炒めます。

3。挽き肉にある程度火が通ったら、ケチャップとソースを同量入れます。

4。時折混ぜながら余計な水分を飛ばしていきます。

5。お皿にご飯を丸く盛って、4をキレイに乗せます。中央に窪みをつけて半熟卵を落とし入れ、端にミニトマトや千切りキュウリなどを乗せて彩りをつければ完成です。パプリカなんかもキレイですが、苦手な子供が多いので今回は抜きました。

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