第3話

「じゃあ、これが母さんと泰代のお弁当ね」


 可愛らしい布で包んだお弁当箱をふたりに手渡した。

 今まで母の分と2つ準備していたが、今日から泰代の分を加えて3つ、食べてくれる人が増えるのが嬉しくって、つい作りすぎてしまった。


「そ……そんな、悪いですよ」

「いいのよ悠人は料理が好きなんだから。料理は悠人、お金を稼ぐのは私、泰代ちゃんは掃除と洗濯をしてくれてるじゃない。みんなで協力してるんだから遠慮しちゃダメよ」

「そうだよ、泰代が家事をやってくれるようになって自分の時間が増えたんだから」


 ……泰代を家に連れてきた次の日、母が仕事を急遽休んだかと思ったら様々な手続きを終わらせて無事に一緒に住めることになったのだ。


 母はとある総合病院で看護師を担っている。かなり上の立場にいるようで帰りも遅い、幼い頃に父が亡くなってからはずっとふたりで暮らしてきた。


「悠兄ちゃーん」

 何者かが後ろからいきなり腕に抱きついてきた。二の腕に当たる柔らかいものが……無防備すぎるぞ!


「う、羽美ちゃん。女の子なんだからいきなり抱きついたらダメだって」

「おー悠人、ずいぶんと羽美に懐かれたようだな」

「悠兄ちゃんのためだったら何でもするんだから。私はいつでもいいのよ」

「謙介も何か言ってくれよー。あっ、そういえば彼女が出来たんだって、羽美ちゃんに聞いたぞー」


 中空をツンツンつついて囃し立てる。照れているのか頭を掻く謙介紅潮した頬を見る限りうまくいっているのだろう。思うわず僕もニヤニヤしてしまう。


「まぁな、悠人も知っている人だから恥ずかしくてなかなか言い出せなくてな」

「誰なんだよ、お兄ちゃんに彼女が出来たーって羽美が悲しがってたぞ」

「ははは、後で彼女と挨拶に行くよ。にしても羽美のブラコンが悠人にいくとなぁー。従妹同士は結婚できるしお前なら安心だ」

「あのなぁ、ばーちゃんと同じこと言うなよな」


 謙介は僕の首に腕を回して頬をグリグリ、ふたりで笑いあった。


 謙介はモテる。どの学校にもマドンナという憧れの存在がいるだろう。羽美がそうであるように謙介は男版マドンナなのだ。それもあって彼女に危害が及ぶことを恐れて口外していないのかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 ♪キーンコーンカーンコーン──


 4時間目のチャイムが鳴るとみんなが思い思いの場所に散りはじめていく。机を寄せてグループを作ったり購買に向かってダッシュしたり……お弁当持ちのボッチば僕には無縁な世界。


「さー、いつのも場所に行くかー」


 お弁当を持って階段を駆け上がる。向かった先は誰も来ない秘密の場所、いの一番で行かないとバレてしまう。教室でのボッチ飯は目立つし、手作り弁当を広げてからかわれるのも勘弁だ。


 階段を駆け上がり屋上の鉄扉をゆっくりと開く、まだ誰も来ている様子がない。『よしっ』と心でガッツポーズすると、軽やかに秘密の場所であるペントハウスのてっぺんに繋がる梯子階段を上った。


「この梯子を上るときが一番ワクワクするんだよなぁ」


 てっぺんから見回せば学校の敷地全体が見える。テラス席で食べている集団、駐輪場付近に陣取る女性陣などすべてが見渡せる。この場所から見える景色が一番好きなのだ。そんな気分で食べるお弁当を食べればさいk──


 誰もいないはずの場所で大の字になって寝ている女の子がいた。予想外の出来事に頭は混乱し、スカートの中から見えるパ◯ツが体を焼き尽くす。


 思わず口から出た言葉は……


「い、いちごちゃん」


 不足の事態に心拍数は急上昇、思わず一歩二歩後ずさって尻もちをついってしまった。


 ドスン──鈍い音がお刻みな振動を作り出し、反応するかのようにタイミング良く目を覚ます女の子。


「こ、この子は……」


 一気に顔が青くなる。この女性は学校で5本の指に入る有名人のひとりで山口やまぐち もろみ、僕と違った意味でボッチな生徒である。

 レディースの総長を務め、機嫌の悪い時に目でも合わせた日にはボコボコにされるという噂の持ち主なのだ。


「な、なんだお前はっ!」


 捲れ上がったスカートを直して起き上がった。一瞬、頬を赤らめ隙のある表情を浮かべるが、すぐにいつもの鋭い目つきに戻った。


「ごごごゴメン……なさい。わざとじゃないんだ……ここでお弁当を食べようと思って」


 上ずった声をなんとか絞り出す。怖い噂ばかりが入ってくるせいで怖くて仕方ない。無意識に体が逃げていく。


「みーたーなー」。怖い顔をしたかと思えば急に溜息とともに肩を落とし「よりによって妹のパンツを履いてきちゃった時に……」と項垂れた。


 えっと……いつもの威圧するオーラは無く、目の前にいるのは気落ちした普通の女の子。そんな姿にさっきまでの恐怖は心の奥底に沈んでいた。


「あのー、山口さん」……彼女に向かった気持ちに引っ張られるように手が伸びる。それによって自分を取り戻したのか、山口はキッと鋭い目つきになって口を開いた。

「おい、このことは絶対にバラすんじゃないぞ━━」、吐き捨てる言葉、そんな中チラリとお弁当箱に視線が向かった。「━━お、オホン。許してやる……許してやるからその弁当を半分よこせ!」

「えっ? このお弁当を」

「この際だから言っちまうが今日はなにも食べてなくてな、エネルギーを消費しないように私のサボりスポットで寝ていたって訳だ」


 山口はニヤリとすると、空腹を思い出してしまったかのように表情は崩れてお腹を押さえる。腹に視線を向けると僕に聞こえるほどの合奏が響き渡った。


 赤く染まる山口の頬、恐怖のヤンキーだと言う感情は消え失せ友達のよう感じてしまい、「ちょうどよかった、今日のお弁当は作りすぎて困ってたんだ。たくさんあるから好きなだけ食べてよ」と笑顔を向けた。


 山口はその場にドカッっと座り、彼女の指差す対面に座ってお弁当を広げた。可愛らしく彩られた中身のひとつひとつから良い香りが漂い、山口は花の匂いに誘われた蝶のように可愛らしい笑顔になって料理に手を伸ばした。


「う、うまいぞこの弁当! お前のかーちゃん料理がうまいんだな」


 おっとりした表情、さっきまでの顔とのギャップにドキドキしてしまう。美味しそうに食べる山口に見惚れてしまった。


「そのお弁当は僕の手作りなんだ。かーさんは仕事が忙しいから料理は僕の役割なんだよ」


 照れ笑いを浮かべて頭を掻く、そんな顔で美味しいなんて言われたら料理人にとって最高の勲章をもらったような気になってしまう。


「すげーなお前、今度料理を教えてくれよ」

 山口は空を見上げて男のように笑った。そして続けて口を開く。

「実はさー忙しくって昼飯の準備が出来なかったんだ。それで通学路にある石碑に『美味しい昼飯が食べたい』って願ったらここで寝てろって言われたきがしてな。そしたら叶ったわけだ」


 石碑だって! 僕もそう、泰代も山口さんも石碑に願ったら願いが叶った……いや、偶然だろう、そんなことが現実にあるわけがない。


「この場所でいつも寝てるの? 僕はいつもここで食べてるけど一度も見かけたことなかったから」

「違うよ、ここは授業をサボっるときに隠れてる場所なんだ。今日はラッキーだったな。石碑様々、こんなごはんが食べられるならいくらでもパ◯ツなんて見せてやるよ」

「えっあっ!?」


 女の子に免疫のない僕にペロリとした舌を出す姿凶悪な笑顔に思考回路はショートしてしまいそうだ。あまりの恥ずかしさに最凶ヤンキーであることを忘れてしまっていたのだった。







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