Day14 勇者ミリアム(お題・裏腹)
「○■▽◆……」
アルスバトル辺境伯の邸宅の敷地内に建つ迎賓館。
その『和国』を模した庭園に植えられた『桜の姫君』に影丸が故郷の言葉で今年最後の挨拶をしている。
ガスとフランは軒下に庭師が出してくれた竹のベンチに座って、彼の姿を眺めていた。
今日は、ここミリーの実家であるアルスバトル辺境伯の邸宅で家族揃っての夕食会がある。一年前の春、自分が公国の公女で、二人目の勇者と解ってから、ミリーと公主夫妻の間は小さな溝が出来ていた。その溝を埋める為の夕食会なのだが、一人で両親に会うには、まだちょっとキツイので……と彼女に頼まれて、ガスとフラン、影丸も毎回参加している。
「でも、ミリーは偉いよ」
幼い頃から、勇者であることを隠す為、公主の爺やに隠して育てられていた彼女は、父母は産まれてすぐに亡くなったと聞かされていた。それなのに、いきなり、実は時々自分の元を訪れていた伯父夫妻が父母で、従兄が双子の兄だと知らされたのだ。こじれてもおかしくはない。しかし、彼女は一年の時を経て、父母と以前のような親しい関係に戻ることを望んだ。今も祭りのお菓子を作るという公主夫人の誘いに
『一人で頑張ってみる!』
ガスの耳元で囁いて台所へと向かっていった。
「勇者としてもそうだよね」
尊敬していた剣と魔法の先生と同じ、憧れの聖騎士になれたときも『目立ってはいけない』『大人しくしていろ』と行動を縛られ、少し自分を見失いかけていた。しかし、これなら人目に立つことはないだろうと、ガスが自分の店の顧客の魔物の相談事を彼女と組んで受けるようになってから、ミリーは『余り者の勇者』と魔物に呼ばれ、頑張っている。
「だから、オレは君の隣で……」
「主!」
すっかり上手くなった大陸語で影丸がガスを呼ぶ。
「姫君が主にご挨拶をと」
葉を落とした桜の木は雲間から注ぐ日差しを浴び、姫君の名に相応しく枝先を輝かせている。
「『カゲマルをどうかお願いします』ですって」
ふわりと彼女から吹いてきた風にフランが通訳する。ガスは立ち上がると「しっかりとお預かりします」と頭を下げた。
* * * * *
星明かりさえない道をランプの光を頼りにシルベールの『姫様通り』に向かい歩いていく。
今日の夕食会の話題は三日後の星夜祭と、騎士団が捜索している消えた商隊のことだった。
公主の元にも逐一報告が上がっているらしく
『隊には商隊の山越えに同行した、無関係の若い女性や親子連れもいたそうだ。早く見つかると良いが……』
セシルに似た精悍な顔を歪めていた。
その話を聞いてからミリーはいつになく黙りがちになっている。
「ねえ、ガス……」
彼女の口から躊躇いがちな声が闇に流れる。
「私、最近リサさんの家の周りに出るという人影の話を聞いてから、こう……すごく胸がもやもやするの……」
そのもやもやが公主の話に、更に大きくなったという。
「……もし、その商隊にシルベールに来ようとしていたスージーさんがいたら……」
商隊はすでに盗賊に襲われた後で、あの人影はジョンを想うスージーが、坂道の影のように会いに来ているのかもしれない。
「勝手な悪い想像だし、そんなこと考えるのもジョンさんとスージーさんに失礼だとは解っているの。でも……」
自分を戒める心とは裏腹に不安はどんどん大きくなっていく。
「うちの荷が港を出港して四日だから、まだリヨンには着いてないな……」
ガスはふにゃりとした顔を引き締めると顎に手を当てた。
ジョンの手紙を渡す店の者には、何かあったときに先に連絡を持たせて帰すようにと、フランと同族のベテランの伝書スライムを着けているが。
「だったら、オレが『白嶺の方』のお山に行って、山脈を調べてくれるように頼んだ方が早いか……」
『白嶺の方』はオークウッド本草店の顧客でタラヌス山脈の近くの山の主だ。心優しい巨大な白い雌狼で、山脈付近に住む大勢の眷属をまとめている。
ガスはミリーの不安そうな顔を見上げた。勇者の力だろうか、彼女のこういう予感はよく当たる。
「冬籠もり前に一度、この春産まれた御子様の様子を見に行く予定だったし。星夜祭の後にと思っていたけど、明日行ってくるよ」
ミリーが目を見張る。
「……信じてくれるの?」
「ミリーのこういう勘が当たることは、オレが一番良く知っているからね」
ふにゃりと笑うと頭一つ分、背の高い彼女が覆い被さるように抱きついてきた。
「……いつもありがとう……」
「ううん、これがオレの役目だから」
随分前から抱え込んでいたのだろう。怯えの滲む声に背中に手を回しぽんぽんと優しく叩く。
「フランを連れていくから、ミリーはカゲマルと一緒にリサさんのお家の周囲の見張りを頼むよ。カゲマル、もし今度、人影を見つけたら追跡してくれ」
明日からは祭りの週に入り、公会堂事務局は祭りの実行会が使う。リサが家の食堂の手伝いで来れなくこともあり、不思議相談窓口はしばらくお休みだ。
「解った。私もリサさんに食堂のお手伝いが出来ないか申し込んでみる」
「承知」
心優しい勇者を助け、守る。それが生涯、彼女の隣にいると決めた自分の役目だ。
「フラン、帰ったら旅の支度をするよ」
「はい、坊ちゃま」
「私、早起きしてお礼にお弁当作るね!」
「それは嬉しいな」
幼い頃からずっと隣にいた。そして願わくば、これからも。
ランプの明かりに自分の影にと彼女の影が並ぶ。ガスは手を伸ばし、大切な少女の手をしっかりと握った。
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