Day13 勇者セシル(お題・うろこ雲)

 夕闇の漂う切通しの道を二騎の人馬が行く。ペジュール公国側の国境警備隊詰所から、アルスバトル公国側に帰る途中、昨夜降った雪がまだ道の脇に残っているのを見てユリアは細い眉をしかめた。

 月の始めに貿易商フューリー商会から、ペジュールを立った商隊が一月経っても到着しない、という連絡を受けて十日余り。未だにそれらしき痕跡は見つからない。そもそも、このタラヌス山脈は初代『勇者』に追われた魔王が、ここを盾にこの先の半島に立てこもったほど、険しく高い山々が連なっている。初代から四代目までの事業でようやく切通しの道を繋げて馬車でも通れるように整備したものの、今でも大陸有数の交通の難所なのだ。

「だから、アルスバトル側の詰所を通っていない以上、ペジュール側で消えた可能性が高いというのに……」

 数年前、皇国の貴族から婿に入ったというペジュール現公主は国の治世に余り関心がないらしい。再三に渡る騎士団の合同捜索の呼びかけにも関わらず、延びに延びた返事がようやく今日、返ってきた。

「……ロクでもない男を娘婿にしやがって……」

 婿に代を譲った途端、少年時代からの憧れだった学園国家レクスターで勉学三昧の日々を送っているという、先のペジュール伯。それを頭の中でドツいているのか、セシルがギリギリと歯を鳴らす。

「でも、明日からペジュール側でも捜索が出来るようになって良かったですね」

 苦虫を噛み潰したようなセシルの前でひたすら謝っていた向こうの騎士団団長を思い浮かべ、苦笑を浮かべると「まあな」と彼が息をついた。

 セシル……セシル・アルスバトルは初代『勇者』の力を持ち、六代目となる次期アルスバトル辺境伯である。

 彼の信念は『勇者と生まれたからには人の為にその力を使う』だ。それだけにペジュール側の不甲斐なさが許せないのだろう。

「しかし、やはり、商隊には商隊以外の女性や子供達も入っていたか……」

 いくら整備されているとはいえ、女子供には危険が多い道だ。そこで、山脈の麓の町や村では旅慣れた者や隊が、案内料を取って、共に山越えをする者を集っている。今、行方不明の隊にも、そんな若い女性や少年、少女、子供を連れた親子連れが加わっていた。

「早く見つけてやらないとな」

 セシルの声が雪が残る暗い道に響く。ユリアは深く頷いた。

 

 切通しの道を抜けると目の前に針葉樹の森と赤く染まった夕焼け空が広がる。

「うろこ雲か……」

 バラ色に雲の波にセシルの顔が十六歳の少年相応に輝いた。

 精悍な顔に浮かんだ明るい笑みにユリアも笑む。

 ユリア……ユリア・ヴァラティはセシルの秘書で護衛騎士。彼の婚約者でもある。ヴァラティ家は初代『勇者』のパーティの戦士の家。代々アルスバトル家の護衛騎士を務めていたが、今代、ようやく歳の近い男女が両家に生まれた為、ヴァラティ家の念願だったアルスバトル家との婚姻を叶えたのだ。

 婚約を決めたとき、ユリアは二歳だった。そんな彼女に同情したり陰口を叩く者もいるが……。

「もうすぐ星夜祭だな」

 瞬き出した星にセシルが馬を止める。

「四日後ですね。そういえばミリー様がシルベールの星夜祭で一番賑わう『椎の木通り』で相談窓口を務められているとか」

「ああ、この時期の不思議を解決しているらしい。帰ったら是非話を聞かせろと手紙を書いた」

 セシルはこういう不思議話や冒険譚が大好きだ。

「……本当はミリーにも手伝って欲しいのだが……」

 ぼそりと本音を漏らす。だが、それは出来ない。彼女の人生の為にも彼女が目立つことは避けなければならない。

 セシルが顔を引き締める。手綱を引き馬を歩ませる。

「ユリア、明日から合同捜索だ。向こうとの調整を頼む」

「はい」

 夕日の名残の光と星明かりの中、ユリアは彼の後ろにぴたりとついて、馬を進ませた。

 

 家同士の勝手な婚約に怒ったこともあった。

 でも……。

 大切な妹も国も国に関わる者も守ろうとする少年の背を追う。

 今、ここでこうして彼の後ろを着いていくのは私の意志なのだ。

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