Day15 消えない不安(お題・おやつ)
『椎の木通り』の公会堂前広場には、今年のからくり人形劇の舞台が組まれ、メインの大鍋の為の即席の竈が作られている。
『実は私もリサさんのお家の周りに出る人影が気になって……』
見張りがてら彼女の食堂のお手伝いをすることが決まった私は『夕食の仕込みが終わるまで見物してきて良いよ』とリサさんのお母さんに言われて、祭りの実行会への差し入れのおやつを持って公会堂を訪れた。
リサさんと影丸と共に公会堂に入ると、奥のステージから合唱のリハーサルなのか、歌声が聞こえてくる。
今週いっぱい、実行会の本部となっている事務局におやつを渡すと私達は先週の倍以上に増えた屋台を巡った。
例の水中花の屋台が見える。星を描いた紙のぼんぼりや、きらきら光る星飾りを売る屋台。香ばしい匂いを漂わせる焼き栗の屋台に甘い香りのする焼きリンゴの屋台。人も先週よりずっと多く、中には旅行客も見えた。
「賑やかでござるな」
「うん、これが終わったら新年の『新賀祭週』まで祭事はないからね。皆、冬の前のお祭りに気合いが入っているんだ」
それに……。道には仲の良さそうな恋人達が多く歩いている。星夜祭は夜のお祭りなので、その……まあ、恋人達のお祭りでもあるのだ。
なかには祭りを一人で過ごしたくないと、一月以上前から相手になってくれそうな人にアタックする人もいる。
……今年は私も一人ぼっちだけどね……。
五歳で出会ってから、ずっと一緒に星夜祭を過ごしていたガスは今頃、乗り合い馬車の中だ。
今朝、フランを連れて、夜明け前に出立した背中を浮かべながら、私はリサさんに訊いた。
「スージーさんとジョンさんもよく二人で祭に来られたのですか?」
「ええ」
リサさんが道行く人達を見ながら目を細めた。
スージーさんはこの通りの北側にある大通り、料理店や高級宿が並ぶ『小麦通り』の叔父さんの宿屋で修行をしていたという。
「兄とは市場で知り合ったと言ってました」
まだ市場に不慣れだったスージーさんの買い物をジョンさんが助けて仲良くなったらしい。異国のシルベールの洗練されたおもてなしを学ぶ為、頑張るスージーさんにジョンさんは徐々に惹かれていったという。
「リヨンは海の側にあるのでスージーは魚料理が好きで、でも内陸部にあるシルベールでは彼女の口に合う魚料理はなくて、それで兄は彼女が満足出きる川魚料理を編み出したんです」
それがあの川魚のハーブ焼きだった。
「本当に仲の良い二人で……」
一人娘のスージーさんは婿を取って宿屋を継ぐことが決まっていた。そこでスージーさんの叔父さんが、ジョンさんの料理の腕を見込み、彼をスージーさんの両親に紹介して、入り婿に入ることに決まったのだ。
リサさんにとってもスージーさんは良い友人だった。
「私は実は公会堂の常時職員になりたくて、その為にまずは臨時職員で働いているんです」
リサさんは家から出て、一人暮らしがしたいらしい。
「私は物語を書くのが好きなんです。でも家では食堂の手伝いでなかなか時間が取れなくて。それに父が『物書きにはもったいない』と紙を使わせてくれないし……」
リサさんを助けようと彼女が一番忙しい、この時期にスージーさんは叔父さんに頼んで一ヶ月だけ、公会堂事務局に手伝いに来てくれていたのだという。
「……スージー……」
リサさんが西を見る。タラヌス山脈の鋭い頂は、もううっすらと山頂が雪を被っていた。
「では、お母さんには夕方には戻るって言っておいて下さい」
『小麦通り』の料理店で働いているという、従兄に話があると去っていくリサさんを見送る。私は影丸と屋台の間をぶらぶらと歩き出した。
胸に手を置く。あのモヤモヤも不安も治まっていない。
……でも……。
「ガスには悪いけど、どうかこのモヤモヤが気のせいでありますように……」
「影もそう願いまする」
冷たい秋風が吹き抜ける。私は白く輝く高い峰に彼女の無事を祈った。
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