俺はマリーを護りたい 前編
七日ぶりの帰還だった。正門を過ぎ、馬車の扉を開いたところにミオが黙って立っている。
俺は彼女に荷物を差し出した。
「お前も戻っていたのか。首尾はどうだった」
「お帰りなさいませ旦那様。恐れ入りますが馬車の中へお戻りください。お話はそこで」
言うなり、自分も強引に入り込んでくる。使用人たちの誰にも絶対聞かれたくない、それでいて急ぎの内容らしい。
俺も覚悟を決めた。
「調べがついたのか。それで、四人の血縁関係は?」
彼女は数枚、書類を差し出してきた。かなり古い記録紙もあれば、ミオの字で書かれたメモもある。
一番上にあったものを見て、俺は眉をしかめた。
「……『全員あり』。……確かなのか」
「はい。王宮図書館に秘蔵されている貴族家系図に、シャデラン家への養子、再婚などの記録はありません」
「書類上だけじゃない、たとえば、男爵が下女に無理矢理――」
「姉妹は間違いなくエルヴィラ夫人の胎より出産されました」
一番上にあったのは、王都の産院の記録であった。入院患者の名はエルヴィラ・シャデラン。
普通、貴族の家なら自宅に医師を呼ぶものだが、少し難しいお産だったらしく、産気づく前から入院している。細やかな体調の記録が並び、最後には無事、女児を出産――命名アナスタジアと記されていた。
およそ二年後、マリーを出産。こちらは終始安産だったが、前回があって念のための入院だろう。第三子、年の離れた弟については一度だけ、検査のために医師のほうが来訪したとあった。
「……医師の話は聞けたか」
「医師はさすがに、患者の情報は流せないと拒まれました。産婆のほうに駄賃を渡して、その記録と、当時の記憶を頂戴しました」
「記憶……その女は確かにエルヴィラだったのか? 別人が名を騙っていたとか」
「確かです。特徴が一致していました」
「……その時の、夫婦の様子は?」
「二人とも、涙を流して喜んでいたそうです」
「マリーの時も?」
「はい」
「…………退院するとき、ほかの子と取り違えた可能性は?」
「個人経営でベッドはひとつ、ゆえに手厚い看護を謳う小さな産院です。少なくとも、うっかりということはあり得ないでしょう」
そうか、と頷く。だがまだ呑み込むことは出来ない。
たとえばエルヴィラの不貞、それならグレゴールがマリーを侮辱する理由になる。――いや、それもおかしい。発露したなら虐げたりせず悪妻ごと追放するだろう。
それに、エルヴィラもマリーを虐げていた。……むしろ母親の方が……。
俺は鞄から、手紙の山を取り出した。
すべて、シャデラン夫妻からマリーへの手紙だ。マリーに渡すわけにも行かないが、勝手に捨てるのも気が引け、持ち歩いている。
内容はだいたい似たようなもので、「役立たず」「まさか自分が愛されていると思っているのか?」「おまえは騙されている」――だからさっさと帰ってこい、の文言で締める男爵。それに対し、罵倒だけで終わっているのが夫人だった。「醜女(ブス)」「汚らしい赤毛玉」「アナスタジアに詫びて死ね」――俺は封筒を握り潰した。
「……本当にマリーの実親なのか。これが親のいう言葉だと……!?」
「旦那様。親が我が子を無条件で愛し、守り抜くのがひとのサガならば、私はここにおりません」
俺は、言葉をなくし、天を仰ぐしかなかった。
――残念だ。というのが、一番正直な気持ちだった。そんな両親が実在するということと、「あの家と、これから親戚づきあいしなくちゃいけないのか」という二つの意味で。
大体同意だったらしい、ミオが苦笑した。
「マリー様が養子だったら良かったですね」
「俺は、マリー以外が偽物という展開を推してたな。本物のシャデラン一家は、屋敷の地下に埋められていて」
「それで夫婦を処刑しハッピーエンドですか。個人的にはやってしまいたいところですが、いずれにせよ、マリー様は悲しむでしょうね」
それは、その通りだった。
彼らに血縁があろうとなかろうと、マリーにとって大切な家族なのだ。簡単に引き離せば良いというものではない。
……そう、こうして手紙を隠し続けるのだって限界がある。いい加減、返事くらいよこせと殴り込んでくるんじゃなかろうか……
俯いた俺の眼前に、ミオが封筒を差し出した。
「さっき、トマスから預かりました。今朝届いたそうです」
「……。これは……反則じゃないか?」
「いよいよ手段を選ばなくなってきたかんじですね」
ミオも苦い顔。まったくだ。
これを出されたら、マリーに伝えないわけにはいかない。なにせこの家族は血のつながった親子なのだ。俺は現時点、口約束の婚約者。黙って握りつぶす権利など無かった。
『父危篤。すぐ帰れ』
「どうします? これを見せると、マリー様は必ず帰省されてしまうと思いますが」
「…………仕方ない。だが一人では駄目だ。俺も行く」
「駄目です」
ものすごい速度でミオに却下された。こいつ、俺がこう言うの予測してたな? 何故駄目なのかはわかっている。まだ仕事が残っていて、シャデラン領へ出かけている暇はなかった。
「マリー様には私が同伴しましょう」
「いや、商売の方は引き継ぎを完了させてきた。あとは在宅で、婚約式の礼状だけだな。徹夜でそれを済ませれば……リュー・リューが少しでも減らしてくれていればいいんだが」
「旦那様はこのごろ、無理をなさりすぎです。マリー様が心配なのはよく分かりますが、きちんと休んで、我々を頼りになさって下さいませ」
いつも通りの声で、そんなことを言う。ということは、どうやら俺は相当疲れた顔をしているらしい。素直に聞くべきだなと思い直した。
「……では、任せる」
「はい。お任せ下さい」
「ありがとう。……そうだミオ、シャデラン家を訪ねるならコレを持って行って欲しい」
俺は再び鞄から、分厚い紙束を取り出した。なんなら鞄ごと渡した方が良かったかなってくらいの量がある。なんですかこれと尋ねられて、俺は答えた。
「俺からシャデラン夫妻への手紙。これまでずっと無視してきたからな、その返事だ」
「……返事とは。あちらからの言葉は、ほぼほぼマリー様への罵倒しかなかったかと」
「だからその反論。俺の嫁を悪く言うなというクレームと、いかにマリーが可愛いかというのをすべて書き記してみた」
「……ざっと長編小説ほどありそうですね」
「初日にあの荷物が来た日からずっと書いていた」
「仕事してください」
「仕事はしている。睡眠時間を削った」
「寝てください」
「もしシャデランがマリーを少しでも傷つけたら、お前がこれを読み上げて反論してやってくれ」
「嫌です」
ものすごい速度で却下された。
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