シャデラン家には謎がある。

 俺が仕事に行くとき、普段は侍女を同伴しない。ミオには門のところで見送らせている。まして今はマリーがいる。城を留守にさせるつもりはない。

 しかし、俺はミオを馬車の中へ連れ込んだ。御者にはしばらく発進しないよう言いつけて。

 ミオはすぐに察し、俺の側に傅いた。


「……あの手紙、読まれましたか?」

「ああ。おかげで目が覚めた」


 懐から、安っぽい紙封筒を取り出した。

 今朝、マリーに送りつけられた箱に同封されていたもの。中身が床にぶちまけられたとき、ミオはまず真っ先にそれを回収しマリーから隠した。宛名はマリー・シャデラン。送り主はグレゴール・シャデラン。

 男爵家の当主……マリーの父親だ。


「……これを書いたのは、間違いなくグレゴール当人だな? 妻、エルヴィラではなく」

「間違いないでしょう。こちらのカードと筆跡が違いますから」


 ミオが出したのは、こちらも同じ箱に入っていたもの。これはマリーに見られてしまったらしい。吐き気がするような文章が、細く尖ったイビツな字で書かれている。文(ふみ)ではなくカードのメッセージとはいえ、あまりにも簡素で失礼な筆致だった。

 グレゴールの字は太く丸みがあり、字間が狭く行間がやたらと広い。

 どちらも悪筆で読みにくいが、種類が違った。


 俺は改めて、文を読んだ。


 ――マリー。何をしている? なぜ帰ってこない?

 伯爵は財宝を返さなくて良いと言った。お前がそこにいる必要はもう何も無い。何をしている?

 早く帰ってこい。お前の家はここにある。

 そんな城にいたって、お前は幸福になどなれない。帰れ、今すぐに。――


 ミオは嘆息した。


「……夫婦揃って、胸が悪くなるような手紙ですね。実の娘をこれほど罵って、何が楽しいのでしょう。それ下さい、焼きます」

「いや、揃っていない」


 俺は言った。

 そう、揃っていない。この二人は、まったく逆のことを言っている。ミオも二枚の文を読み返し、眉をしかめた。


「……シャデラン男爵夫妻は、マリー様を手放したいのか手元に置きたいのか、どちらなのでしょう」

「ミオ。彼らは『シャデラン男爵夫妻』ではない。『グレゴール』と『エルヴィラ』だ」

「…………夫婦が、揃っていない……」


 俺は、二枚の文を見比べた。筆跡も道具も違うメッセージ……それぞれは、それぞれに書かれたのだ。お互いは、お互いのメッセージを知っているのだろうか?


 マリー。マリーは可愛い。

 俺は確信している。マリーは可愛い。

 素直で優しくて聡明で、可愛い人間だった。たとえ美女でなかったとしても、姉がどれほど美しくても――実の親なら、ただ生きているだけで娘は可愛いものじゃないのか。

 その彼女が虐げられていて、俺は激昂した。姉妹の外見だけで優劣を付けるなんて、それでも実の親かと怒り狂った。

 それが今、静かな疑問に変わっている。

 ――姉妹の外見だけで優劣を付けるなんて。それでも、本当に実の親なのか?――


「ミオ。俺が留守の間に、少しでも調べておいて欲しいことがある」

「……シャデラン夫妻が、本当にマリー様の両親なのか、ですか」

「ああ。それともう一つ――アナスタジア・シャデランが、マリーの実姉なのかということも」


 ミオは神妙に頷くと、影のように馬車を降りていく。

 城に戻れば侍女として、マリーの日々の生活を支えてくれるだろう。それも、彼女の大事な仕事だ。

 だが、それだけしか出来ない女では、伯爵城の侍従頭にはなれないのだ。

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