第10話 告白

「……その後、姉もあちこち鳴沢先輩の行方を聞いて回ったみたいなんですけど、結局手がかりはつかめずに……」

 本間と長友を前に菜々未は言った。

「今に至ると……」

 長友はテレビのナレーションのように言った。

 本間はしばらく難しそうな顔をしていたが、やがて言った。

「じゃ、この鳴沢さんに会ってみましょう」

 菜々未の顔が輝いた。長友も嬉しそうな笑顔になった。

「この人が本当に山崎さんと音羽さんが言うような人だったら、この人、人生ものすごく損してるってことだもんね。少なくとも面接のチャンスはあげましょうよ」

 菜々未は本間に頭を下げた。

「ありがとうございます!」

「でも」本間は真面目な顔で言った。「あくまでも普通に面接をして、うちに合わないようだったらきっぱりお断りするからね」

「もちろんです。よろしくお願いします!」

 菜々未は再び頭を下げた。本間はにっこり笑った。



 三日後の応接室では、本間が鳴沢の面接を続けていた。技能については申し分がなかった。自分で加工した部品をいくつか持参して来ていたが、複雑な旋盤も研磨もきれいにこなし、ばらつきもなかった。NC のプログラミングに加えて、CAD と CAM もできると言う。ぜひとも欲しい人材だった。しかし、冤罪に至るまでの経緯については聞いておかなくてはならない。言いにくいながらも、本間は鳴沢に説明を求めた。特に少女を助けたいきさつを聞きたいと言った。鳴沢は、本間がその話を知っていることに少し驚いたようだったが、本間が山崎から聞いたと言うと納得していた。鳴沢は少女を助けたことと冤罪は関係ないと断った上で、話を始めた。そうして鳴沢が語った、少女をパーティーから救い出したことと、なぜ友人に嵌められたのかという内容は要点だけに留まったが、先日本間が菜々未から受けた説明との間に食い違いはなかった。本間は鳴沢が本当のことを言っていると思った。ただ、菜々未も疑問に思っていたように、なぜ無実を証明できなかったのだろうか。

「これ……、強盗事件ね。自白しちゃったのはなぜ?」

 鳴沢は目を見開いて一瞬呆然としたようになり、何か言葉を紡ぎ出そうとしたができずに額に拳を当てた。本間はあわてた。

「ああ、ごめん。ちょっと立ち入り過ぎちゃったかな」

「……いいえ」と言って、鳴沢はしばらく黙っていたが、「ちょっと思い出すのに時間がかかって」と話を始めた。

「なんと言えばいいのか……。本当に逃げ場がないんです。物理的にも、心理的にも。百戦錬磨の警察官が強気だったり、優しかったり、でも結局はずっと『お前がやったろう。自白しろ』って言われ続けて、『やってない』と言うこと自体が勾留の理由になったりで。無実なんて頑張れませんでした。供述の内容は、『こんな状況だったらお前はどうやる』みたいな感じで言わされるし、一度自白してしまうともう覆せないしで。特に自分の場合は、服を盗まれてそれが犯行に使われたのが決定的な証拠になって……。途中から当時の勤め先が弁護人を付けてくれたんですが、自白後だったのでともかく判決を軽くすることだけで精一杯でした」

「控訴はしなかったの?」

 鳴沢は首を振った。そしてうつむいた。本間は黙っていた。鳴沢が口を開くのを待った。

「そんな金も無かったし……。……贖罪でもあったんで」

「贖罪?」

 鳴沢は頷いた。そして長いこと唇に指を当てて言い淀んでいた。その躊躇の長さに本間が無理はしなくていい、と言おうとする直前に鳴沢が口を開いた。

「自立準備ホームに移る前に、一時帰宅が許されました」

 鳴沢はうつむいたままで言った。

「アパートを引き払って荷物をまとめるために」

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