第4話 男たち

 鳴沢は駅のロータリーに車を停めると、街灯に照らされた歩道を駅舎に向かって歩いて行った。駅舎からの明かりがこぼれる改札の前では、茶髪にスリムなスーツとロングノーズの革靴を身に着けたコウタが四人の男と一緒に立っていた。コウタは電話中で、「あ、そうすか。そうすか。残念ですねー」と言いながら鳴沢に片手を挙げた。そして「わかりました。じゃ、また、次回お待ちしておりますー。はい、じゃ、どーもー」と見えない相手に頭を下げながら電話を切った。

 鳴沢とコウタは風間を通じて知り合った。コウタは風間の知り合いの中では分別のある方で、鳴沢はコウタと気が合った。コウタの家にもよく遊びに行った。しかし、コウタが自ら「ビジネス」と呼んでいるものの中身を知ったときに距離を置いた。それ以来、普段は口も利かない。しかし、今日は風間に頼まれている。

「お疲れさまっす」

 鳴沢はコウタに頭を下げた。

「お疲れ〜」

 コウタはそんな鳴沢をニヤニヤしながら見て、携帯をポケットにしまった。そして、舞依と同様、営業用のスマイルを顔に貼り付けて、連れの男たちに「迎えの車が参りましたので、こちらにどーぞー」と声をかけた。男たちの年齢は様々だったが、誰もがどこにでもいる休日のサラリーマンという風体だった。中でも紺色のポロシャツにスリムなカーキのチノパンを着た男は、細面にメガネでモテそうなインテリという印象だった。

 ぞろぞろと男たちを引き連れて車まで歩いて行きながら、コウタは鳴沢に「一人キャンセルになっちゃってさー。女の子は全員来てる? 五人?」と聞いた。鳴沢は「はあ」と答えた。コウタは「どう? 可愛い? 粒ぞろい?」と尋ねたが、鳴沢は「よく見てなかったんで……。ちょっと……」と言葉を濁した。

「役に立たねえなあ」

 ちっと、コウタは舌を鳴らした。

 全員が車に乗り込んで、鳴沢が運転を始めるとコウタは舞依に電話をかけた。

「あー、もしもし。送迎班ですー。お疲れさまですー。はい。今、駅を出発したところです〜。それで、男性陣なんですが、お一方キャンセルがありまして。はい。女性陣は全員参加ですか? あ、そうですか。そうですか。あ、はい……。えっ、ああ……。ご本人様には同意を? ……『押しに弱そう』って……。あー、じゃ、まあ様子を見ながらってことで。一応こちらのお客様にご連絡しておきますんでー。はい。はい。じゃ、スタンバイお願いします〜。はーい、じゃ、後ほど〜」

 コウタは微妙な笑顔になって、一瞬鳴沢を見て、それから後部座席にいる男たちを振り返った。

「それでは皆さ〜ん、先に集金よろしいでしょうか〜。まず参加費として七千円いただきます〜」

 男たちはゴソゴソとポケットの中の財布を探り始めた。

「会場につきましたら、お目当ての JK とお話を楽しんで、交渉なさってください。交渉成立しましたら、お部屋に行く前に二万円お支払いください。ぽっきり二万円! 後で望外な料金を請求する、なんてことはございませんので。お部屋にはね、必要なもの取り揃えてございますが、足りないものがございましたらお申し付けください。あ、スキンは必ずお付けくださいね。女の子はみんな正真正銘の現役 JK でございますのでね。お手柔らかにお願いしますよ」

 鳴沢は吐き気がした。だからコウタや舞依とは関わり合いになりたくないのだ。今日の運転も伸司が土下座をして頼むまでは頑として頭を縦に振らなかった。

「そして、ぱんぱかぱーん。今日はいいニュースがございま〜す」コウタはハイテンションで続けた。「なんと、本日参加の JK の中に、なんと正真正銘の『処女』が一人おります!」

 後部座席が静かにどよめいた。

「この〜、あれですね。『初物』を頂きたい方は、最初に『交渉権』をご購入いただきます。交渉権は五千円で、二名様まで受け付けます。ご購入頂いた方は、『初物』のお隣に席をお取りしますのでね。その後、ご自分でご交渉ください。交渉開始値は四万円です。高くありません。高くありませんよー。うちは可愛い子限定ですからねー

「はーい、それでは参加費集金しま〜す。七千円お願いしま〜す」

 そう言ってコウタは後部座席に手を伸ばした。男たちはそれぞれ金を渡し、コウタは「ありやとやしたー」と言いながら、助手席に座り直して札束を数えた。それを自分の財布に入れながら、コウタは横目で鳴沢を見ながら「今日、女の子余っちゃうからさ。金払えばお前も入っていいから」と下衆な笑みを浮かべた。鳴沢はちょっと呆然としたような顔でコウタを見た。それから前を向いて少し考えてから「あざっす」と言って軽く頭を下げた。コウタは「え〜? 今日はバカに素直じゃ〜ん?」と言って、鳴沢の背中を叩いた。

 しばらく車を走らせた後、鳴沢は「ちょっと……コンビニに寄っていいすかね?」とコウタに聞いた。少し嫌そうな顔をするコウタに、鳴沢は「軍資金、下ろしたいんで」と言った。するとコウタはニヤリとして「なんだ、いつもは我慢してたんだ」と言った。コンビニで金を下ろした後、鳴沢が車に戻ってくると、コウタは「七千円」と言って手を出した。鳴沢は「えっ」と言ったが、コウタの客の前で争うわけにも行かなかったので大人しく財布から七千円を出して渡した。

 コウタの自宅に着いて下車するとき、鳴沢はグローブボックスの中にあるシリコンのスプレーを取り出した。コウタが気が付いて「どうすんの、それ?」と聞いた。鳴沢はスプレーに目を落として「え、あ、トイレのドアがキィキィ言うんで」と答えた。コウタは「ふうん……。っんとに細けぇな、お前は」と言って、ばたんと車のドアを閉めた。

 全員が中に入ると舞依が出迎えて男たちを部屋に通した。鳴沢が皆より遅れて追いつくとダイニングで舞依が男たちに「リビングで一番手前に座っている緑のセーターの子」と言っているのが聞こえた。男たちはリビングルームの入り口に立って、中を覗いた。そして、それぞれが少女たちの検分を終えて、舞依とコウタを振り返った。鳴沢も急いでリビングを覗き込み、緑のセーターを着ているのは菜々未以外にいないことを確かめた。コウタは揉み手をしながら小さな声で「はい、それではどなたが初物をご希望ですかぁ?」と尋ねた。先程のインテリ風の男と、別の小柄な男が手を上げた。鳴沢もあわてて手を上げた。コウタの眉毛がぴくりと動いた。舞依は何も言わずに鳴沢を睨んだ。

 コウタは鳴沢に「こちらの二人のお客様が先だったんで……」と言った。鳴沢は手を挙げたまま黙っていた。インテリ風の男と小柄な男は鳴沢を見たが、大柄で顔に傷のある鳴沢が二人を見返すとあわてて目を逸らした。コウタはしかめ面で鳴沢に顎で「引っ込んでろ」という素振りをしてから、また営業スマイルに戻って「じゃ、お客様お二人が交渉権ご購入ということで」と男たちに話しかけた。鳴沢は諦めて挙げていた手を下げた。

 コウタは二人から五千円を徴収すると、愛想笑いをしながら「交渉は四万円からでお願いしますよ。それではご案内します」と、二人をリビングに入るように促した。舞依が残りの二人の男を案内して、しばらくしてから鳴沢はリビングルームに入った。

 リビングルームはブラインドが下がっており、間接照明が灯っていた。ムードがあるというよりは薄暗い感じだった。テーブルを囲んでコの字状にソファが置いてあり、テーブルの上には舞依が作ったらしいクラッカーの上にチーズが乗ったものと、缶入りの発泡酒やジュース、そして安いワインと氷の入ったアイスペールがいくつかのグラスに囲まれて置いてあった。入り口の近くに舞依、その奥に二人の男に挟まれた菜々未が座っていた。残りの男の一人は二人のギャルの間に、もう一人は制服組の間に座っており、その隣でコウタは煙草に火を点けていた。鳴沢は黙ってコウタの横に陣取り、ジャケットを脱いで横に置いた。

 コウタはテーブルの上から発泡酒の缶を取ると、「ん?」と言って鳴沢の方に突き出した。鳴沢はそれを断り、自分で缶のジュースを取った。

「まだ運転があるんで」

 コウタは煙草を咥えたまま笑って、「お前は本当に伸司と正反対だな。二人で暴れてたなんて信じらんねぇよ」と言った。

「伸司がああだから、俺が羽目外すわけにいかなくなるんすよ」と鳴沢は答えて、ジュースを一口飲んだ。

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