第8話 舌禍の放浪



銀髪の魔術師。

ここらで見たことは無い。恐らく異邦からの来訪者だろう。

別段珍しい話でもない。


魔術師は土地に根付くものだけど、そもそも土地を持たない魔術師は誰かから土地を奪わないといけない為今回のように違う土地へ潜り込む事がある。

どうせあの少女もこの土地を狙って有権者と争っている所なのだろう。


だから、魔術師ですら無い俺はいつもの様に気にすることも無い……つもりだったんだが。


「被害者は……いるもんな」


今回は少し話が違う。

噂が立つほどに被害者も出ているのなら、それは魔術師の暴走に他ならない。

なにより、今回その被害が自分にまで回って来た。


『鈴の音を聞いた人は結局死ぬんだって』


昨日聞いたそんな噂、それを俺は嘘だと確信している。

あの鈴はただ暗示だ。こちらに来いっていう呼び鈴と大差ない。

だから噂通り死ぬ、なんて有り得ないと思っているがこれ以上被害を出さない為にも絢香さんに言って何か対策をして貰うべきだろう。


帰路から足の向きを絢香さんの家へ変える。


「──────────」


変えてから、また方向を戻した。

いつの間にか足は自宅の方向へ向いている。


「………なんか、嫌な感じだ」


これから絢香さんの家へ向かえば帰る頃は夜だろう。

夜はダメだ、外はダメだ。なによりあの家がダメだ。

他人から2回も止められ、御札まで渡されると流石に気にしない訳にもいかない。


「……今日も帰るか」


俺の弱い意志をどうぞ笑ってくれ。

来週にまで期日が迫っているというのに。

街の人達に被害が出ているのに。

俺はあの家に向かいたくない。


向かいたくなさすぎて言い訳を考えて。

本当は忠告も御札も全く気にしていないが、自分の気持ちを騙す程度には良い材料であった。



鈴の暗示が解けて数分経ったが。


数秒目を閉じれば寝てしまいそうな睡魔。

歩く度ガタガタと鳴る関節。

周りは赤くて目も痛いし、耳は再び悲鳴しか取り込まない。

満身創痍、まさにその言葉が似合うほど俺の体は疲れ切っていたのだから。


帰路へと足を向ける。

さっさと寝たい、それだけを胸に秘めながら。





****





その祈りはがらんどう。

虚ろな思考は万華鏡のように確かな形を持っちゃくれない。


夜は、こんなにも暗かった、だろうか?


月は隠れ住人も居らず、ただ在るのは一人の男。

それも、マトモな人間では無さそうだが。


ハ ア ──────


漏れる吐息は荒れた痩せ犬のそれだ。

痺れた思考は上の空、両の眼は焦点すら合わない。

街頭に照らされ道行くそれは、俯く姿勢も相まってまさにゾンビといった風貌だ。

けれどそれは夜の道を的確に歩く。

障害物があるなら避け、曲がり角はきちんと曲がり、目的地への放浪をただただ続けて─────そしてある曲がり角のカーブミラーに視線を上げた。


ハ ア ─────?


そこに映る何かヨクナイモノを認識しないうちに視線を下げて。再び放浪を開始する。

次はどこに行こうか。



**



人生において、主人公は君自身である。誰もがそれぞれの物語の主人公なのだ、胸を張れ。

そう、教師かテレビかで聞いたことがある。


──────でも、それは本当に胸を張るようなものなのだろうか?


人生において、主人公は君自身───なるほど、これは納得出来る。この世界で唯一の視点が自分自身なんだからそうなんだろう。

しかし、主人公である事イコール胸を張れるとは限らない。

君自身が主人公の物語、それは楽しいものなのか? 普通の生活、普通の日常──────そんな冴えない物語の主人公なんて面白くもなんともない。

凡百ある物語の主人公なんて退屈なだけで誇れるものなんてあるはずが無い。



だから私はここから俯瞰する。

彼の物語を。



感情と表情は誤魔化し。

言ノ葉と行動は反転し。

無意識の殺人は巡りに巡って。

君はその道を歩んでいる。


「運命は、どうやら君を殺すようだ」


さァ足掻け。人の分際で世界の理にどれだけ抗えるのか。

茎から外れた花弁の房は、ただ地に落ちるのみ。

常識という茎は、そのじつ、花を守っていた。

魔術という非常を求めて自ら茎を外した男にとって、それはあまりにも皮肉で──────だからこそ、これ以上のエンターテインメントは存在しない。


笑う視線の先、一人の男がずるずると歩いている。

自ら破滅へと歩む背中にただ1つ、頑張ってねと山中の鉄塔から小さく声援をかけた。

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