第6話 始まりの悪夢
睡眠時、人は記憶を整理するという。
なら、これもどこかで体験したのだろうか?
俺はある動物と対峙している。
それは犬のような見た目だがその様子はまさに狂犬……いや狂犬なんて優しいものじゃない。
獅子と並ぶ体躯、鋭利すぎる牙、ナイフを思わせる大爪。そして白く濁った眼。
その様は正しく凶獣。
野生の狩場に放り出され、食物連鎖の頂点と自惚れていた人間は真の強者を前に動く事すら出来ない。
俺はただ突っ立ったままに────最初の飛び掛りで脇腹を割かれ、続く攻防で腕を足を、そして最後は首を。
割かれ裂かれ分かれ砕かれ、抵抗なんて1つも出来ない。
吹き出す血流は花を飾るように全身を紅く染めていく。
こんな地獄のような状況で幸運だった事は痛みがなかったことに尽きるだろう。
血を流しすぎて動けなくなった獲物はただ成されるがままに。
そうして、俺は犬のような凶獣に食い散らかされる─────────
そうして喰われてる最中。
チリン、と───────それは聞こえるのではなく感じる。それは距離を無視し、壁を無視して送られる僅かな揺らぎの鈴音。
音としては有り得ない届き方だ。
つまりこれは音ではなく、魔術の一種なのだろう。
こちらに来い、という暗示の術式。
この音を感じる度に揺らぐ意識からそういう魔術だと理解出来る。
しかし生憎と既に暗示を受けている身だ。先約がある以上効き目が薄いらしく、多少の不快感はあれど、この程度じゃ操られることは無い。
これが、鈴の音のメリーさん。
貪られる意識の中で俺は都市伝説の1つを解明したのであった。
こちらに来い、だなんて本家に対する皮肉に笑ってしまいながら。
***
「あああああああッッッ!」
泥沼から抜け出すように勢いよく飛び起きる。
周囲にあの獣はいない。
いつもの部屋と窓から伸びる暖かな日差し。
時計は7:35を指している。いつもよりは遅いが朝のホームルームには全然間に合う時間だ。
けれど、その日の寝起きは最悪だった。
気分は悪いし、夢の内容もあってかいつもより頭が重い。
未成年だからまだ分からないが今の状態を二日酔いと言うのだろうか。
醒めない吐き気と重たい頭を切り替えるため洗面台へ向かう。
顔に水でも浴びせて意識を保とうと─────
「なん、だ……これ……」
洗面台の鏡には俺が、俺を見て驚いている。
肌は引き剥がされ、歯形の付いた頬肉が黒い血を吐き出している。
目玉は1個、片方無くなってるがしゃどくろが当然のように立っている。
「なんだよこれ……なんなんだよ!!」
勢いよく水を被る。
混乱する意識を振りほどく。
こんなの有り得ないと自分に何度も言い聞かせて。手で何度も擦って擦って擦って擦って………悪夢なら覚めてくれと願って目をゆっくりと開けた。
「はぁ、はぁ……なんだ、いつもと同じ冴えない顔だ」
安心するように自虐を入れた。
鏡に映るのはいつもと変わらない、肌は引き剥がされ頬には歯型があり目玉は1個の、冴えない
***
歪む視界はヘドロのよう。
ぐちゃぐちゃの人間とドロドロの建物。
過ぎ行く車は人間だった物を次から次に挽き肉へ変える。
順番待ちの隊列は我先にと裂け目へ飛び込み、列から追い出された肉塊は早く死にたいと泣いている。
───────ああ、今日もか。
地獄絵図を流すように見て学校へ急ぐ。
天気予報を見なかったのが祟った、雨が降ってきたらしい。肌に触れた水の感触に空を見上げる。
いや、あれは鳥の死体だ。
死体から抜け落ちた血液が雨となって降っている。
なら傘は要らないか、どうせ直ぐに止むんだし。
血の雨も魑魅魍魎もどうでもいい。
なにより今は1秒でも早く眠りにつきたかった。
**
クラスはいつもの
あと5分もすればホームルームが始まり、その後は1時限の数学だ。
俺の成績が優秀だったなら授業をすっぽかして保健室で寝るのだろうが、あいにく成績は中の中。これ以上落ちては進路に響く事もあって授業は受けておきたい。
席に着いた途端、頭が重くなるのを感じて机へなだれ込む。
瞼を閉じて視界は真っ暗。手足の感覚は抜けきっている。
結果、聴覚だけが生き生きと周囲の
「3組の
そんな当然の事実を、さも驚いたように噂するクラスメイト。
何を驚く必要があるのだろう? 彼女が燃やされたのは3日も前、噂話としては古い情報ですらあるのに。
「私も朝のニュースで見た! 親の人、行方不明の届出だしてたのに可哀想だよね……」
再び聞こえた
どうやらクラスの叫喚は今朝のニュースでいっぱいらしい。
ああ、そうか。皆は本当に知らなかったんだ。知っていたのは初めからそう望んでいた◼️だけだったから。
耐えきれず、意識を下へ落とす。
深い海に未だ果てはない。
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