本編

第4話 平凡的な最後の日


嫌いな暦は数あれど、11月ほど半端で心底恨めしくなる月は無いと白藤はくどうは思う。


11月、季節は秋から冬への変わり目。

と言ってもそれは名目上。天気の差では冬本場の寒さになったり、かと思えば夏のような日差しを照らしてくる───────半端な嫌がらせを繰り出してくる、ほんとに嫌な月だ。


そんな俺もこの月を迎えるのは生まれて17度目。突然こんなことを思い直したのは、まさに今日という日もそういう嫌な環境だったからだ。

外では寒風が肌を刺し、窓を締め切る教室では太陽の暖かさで茹だってしまう。


しかもそれを寝不足の体にぶつけてくるものだから、温かな睡魔に対抗できず机へなだれ込んでしまうのは仕方の無い事なのだ。


授業合間の休み時間。

高校2年の11月。

受験という存在が近いようで遠い、まだまだ遊び盛りな青春の最中。

つまり持て余した元気の塊は急激な環境の変化なんて気にすることも無く、教室は賑やかな喧騒に包まれていた。


一方、俺こと白藤 透はくどう とおるはあまりの疲労感に机へ突っ伏していた。

俺だって花の高校二年生。

少し家庭の事情で一人暮らしをしていたり、父親から家族の縁を切られたりと込み入ってはいるが、それでも青春を謳歌する年齢に違いはないはずだ。


けれど俺は今もこうして倒れている。

連日に渡る深夜の身体酷使は若い体であっても耐えられ無かったらしい。


『硬い……痛い……でも動けない……』


これ、逆に体を痛めているのでは?

そんな悪循環な思考を無理やり無視するように眠ろうとして─────


ふと、微睡みの縁から聞こえてくるひそひそ話。

それはどこの国でも大体同じ、在り来りな始まりの詞だった。


「ねぇ、この噂知ってる?」


クラスの片隅で行われる会話。

それは怖がったり、怖がらしたり────その為にも最後のしめは「死んじゃうんだって」と終わる、そんな都市伝説と同じ系列のお話。


耳を澄まして聞けば『鈴の音のメリーさん』とそれは呼ばれているらしい。

鈴の音がある時聞こえて、そして次に気づくと古い校舎にたどり着いているという。


「それでそれで?」


聞き役の女子生徒が前のめりで尋ねる。

さあ話の大トリだ。

寝不足を癒しながら俺も聞かせてもらいつつ、悲惨な運命にワクワクしていた、のだが。


「そこにはね、一人の女の子がいて助言をしてくれるらしいの」


「……助言? 殺しにくる、とかじゃなくて?」


肩透かしのような感覚。

なんだそれ、と呆れた声が出そうになる。


「そうなの。でもね、その鈴の音を聞いた子は結局死んじゃうんだって。どれだけ助言に従ってもね、運命っていうのがそう定めてくるらしいよ」


「へぇ……怖いんだか怖くないんだかよく分からないね」


まったく同意見だ。

こんな弱いオチをワクワクしながら待ってたなんて、寝たフリをしながら聞き耳立てたこっちが馬鹿みたいじゃないか。


「盗み聞きなんて趣味が悪りぃぞとおる


「いてっ……なんだ、タカか」


軽い衝撃が頭蓋を小突く。

顔を上げるとそこには中学からの腐れ縁である新島 貴也にいじま たかやが呆れた様でこちらを見下ろしていた。


彼の外見は明るい茶髪をオールバックで優しくまとめ、釣り気味の目も相まって正に鷹を連想する。故にあだ名はタカ、初めて聞いた時は単純すぎて笑っちゃったほど彼をよく表している。

なお、現在生徒会にて副会長を務めており生徒会長に振り回される苦労人でもある。


この昼休みもそうであったはずなのだが30分を残して社畜な彼は教室に帰ってきていた。


「まだ昼休み終わってないぞ、生徒会はどうした?」


「会長が『腹痛になるから帰宅します』つって帰ったんだよ。だから今日の会議は無しだ」


「その言い方、完全にすっぽかしてるだろ」


今度こそ呆れたため息が出る。

能力は優秀なのに自由奔放な性格だから下に着いた部下は割を食う────丁度、目の前の彼がそうであるように。


「ああ。それとこんな事も言ってたな。『私は帰るから会議自体は無くなるけど、仕事は残ってるから明日までにタカが片付けておいてね』……だ、そうだ。なあ透、お前はこんな可哀想な親友を置いて帰ったりしないよな?」


「悪いけど俺はパス。タカに手を貸せるほど今は余裕ないしなぁ……」


言葉を言い切る前に欠伸で止めてしまう。

ダメだ、相当ガタが来てるらしい。

思考がぼやけた霧に覆われていく。


「顔真っ青だぞ。なんかあったのか?」


「なにって、そりゃ来週俺の誕生日で」


そこで何とか答えるのを止めた。

まずい、本当に疲れ切っているようだ。


「誕生日がなんて?」


「……別に。深夜バイト始めたから布団が恋しくなってるだけだ」


「なんだそりゃ。親からの仕送りだけじゃ足りないとか何を買うつもりだよ」


タカから呆れたように笑われる。

一方、俺は内心汗だくだ。

跳ねる鼓動で目が覚めたから結果的には良かったが、魔術の話なんてすればまた面倒な事になってしまう。

本当に危なかった。


「てかさ、なんか少なくね。この後普通に日本史だよな?」


タカが教室をぐるりと見渡す。

さっきまで20人居たはずのクラスにはもう3人しかおらず、あと5分で授業が始まるクラスとは思えない。

そこでハッとタカが何かを察した。


「っ! おい、今日って3日じゃねえか!」


「だからどうし………あー、なんか平成の映像見るかなんかで情報処理室だっけか」


「急げ! ハゲ山のやつ怒らせると面倒いぞ」


まさかの移動教室。

タカが生徒会に行ってたら俺置いて行かれてたな、なんて思いながら重すぎる体をなんとか立たして。

タブレットだけ持って、急いで教室を出たのであった。


**


パタパタと廊下に校内シューズの空音がする。

ふと窓から見える体操着の生徒たちが運動場へ並ぼうとしている。

残り時間はかなり少ないらしい。

仕方がない、状況が状況だしボロボロの体に鞭打って急ぐかと脚に力を込めた。


─────途端、クイと袖を誰かに引っ張られ止められる。


「あ、あのっ……」


振り返ればそこには1人の女子生徒がいた。

同じ4組でも、クラス合同科目で見たことないから多分5組でもない。

背は小さい。

白藤の身長は170と平均的だが、その白藤の肩ぐらいに頭のてっぺんがあるほどだ。

栗色のふっくらとした短髪は見ようによって少年のようにも見えてしまう。


そんな彼女は何かを言おうとして、しかし何かを恐れているのか躊躇いがちに俯いてしまう。

数秒の間が空き、急いでいることもあって白藤から問ただそうと口を開いて。

そこで少女は意を決したように顔を上げた。


「夜遊びはっ、あまりしないで下さい。嫌な予感がするんです」


そう言った彼女の目は日本人特有の黒色なのに、そのふちは不思議と蒼色を帯びてる気がした。


「──────っ」


それだけ言うと、真っ赤に染めた顔を背けてどこかへ走り去っていく。

こちらが止める間も無かった。


「何してんだ透、早く行くぞ!」


「─────え? あ、分かってる、今行く!」


前を急ぐタカに合流し、そこから情報処理室までの道のりを雑多な会話で埋める。

うだうだと駄弁るこの時間がとても好きだ。

迫る期日や強迫観念が薄らいで、日常をただ無為に過ごせる。

だから、きっとこの時は油断していたんだろう。


チリン、と不思議な音が風と共に去っていく。

初めの警告は聞き逃していた。

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