第3話 蒼月の深夜にて(裏)



最初は使命感とちょっとした小遣い稼ぎだった。

ある犯罪者がこの土地に隠れている、と知り合いから聞かされて。

そいつを結界に閉じ込めて捕まえる、そんな手筈だった。

なのに────


「なにあのボンクラ……」


(結界の効果を弾く魔術師でありながら、結界内にいる事にまだ気づいていないなんて)


住宅街に仕掛けた結界を、少し遠い駅前のビルマンション屋上から操作していた少女はため息をついた。


犯人を誘い込み鳥籠にするつもりの結界は素人魔術師が入った事で状況を変える。

どうやら奴さんはあの少年を結界の術士だと思い込み、殺そうと躍起になっているようだ。


少女は考える。

あの少年を助けるべきか、犯人を捕まえるべきか。


これは恥ずべきことだから言いたくはないが、結界の維持はこのビル屋上からでしか少女は扱えない。

ただでさえ高度な空間魔術を地脈と屋上に設置してある薄野すすきの家の装置に頼りきったチグハグな術式だ。

そんなだから別の場所で結界を維持なんて、実力に乏しい少女には無理な話だった。


「あぁ!もう! 助ける義理なんてないのに!」


せめてあの少年が魔術を欠片も知らない一般人であったなら助ける理由として完璧であったのに、それを彼は満たさない。

なのに、助けるべきと感じてしまう。

それは魔術師にとっては最悪すぎる性格だ。欠陥と言ってもいい。

必要では無いことを大事だと感じ、プラスとマイナスの計算も出来ていない。

合理性の欠如は薄野すすきの家の没落、その象徴とも捉えられる。


肩を落として項垂れるように逃げ回る少年を見る。

転びぶつかり傷を負って、それでも追いかけてくる凶獣から逃れようと顔を上げている。

そこで、ふと引っかかった。


「あれ、もしかして……」


最初は多少の違和感。

空から見える彼らの鬼ごっこ。それを的確に逃げ回る少年。

それは待ち伏せだろうと挟み撃ちだろうと、詰んでしまう一手前で方向を変え、間一髪で終を避け続けている。

その動きに、そしてある部分に見える微弱な魔力の流れに。


1つ、ある合点がついた。


「……よし、行くか」


マイナスがプラスへと変わった。

助ける理由が見つかったのだ。


「なに安心してんのよ私は…………はぁ、嫌になるなぁこの性格」


ブツブツ呟きながら、少女は足元のカバンを広げる。

茶色の革製アタッシュケースには緊急用の魔術用具が雑多に入っており、少女はそこから1つの武器を取り出した。


それは世界的にはよく見られ、日本でも警察官が持っている種類の銃。

S&WのM500……通称リボルバーと呼ばれている大型回転式拳銃だ。


まあ正確には、そのリボルバーを魔改造し大きさも通常より1回りほど大きくなっているが、まあ使用法は同じだ。問題は無い。


手に掛る、ずしりとした重み。

それに皮肉にも笑ってしまう。

これは私が戦うための武器であり、同時に薄野家の恥だ。


魔術とは神秘に傅き、科学とは神秘を暴くもの。

だから、今私がしているのは恐らく人類の歴史どちらをも馬鹿にしているのだろう。


手に持つ6弾倉のリボルバーに魔力を込める。

リボルバー………銃というものは科学が作り出したものだ。火薬を薬莢に詰め弾丸を飛ばす、科学の英知だ。

しかし私は弾ではなく魔力を込めた。

科学と魔術は水と油のようなもの。

その2つを組み合わすなんて、どちらかが適合せず暴発するだけだろう。


例えば魔力の弾に指向性を与えきれず手元で爆発したり、鉄という成分が魔力と反応し融解したり。

こんな事、他の魔術師からも魔術を知る科学者からも笑わてしまう愚行だ。


しかし、彼女の手に持つそれに目立った変化はない。

暴発もしなければ融解も起きない。

ただ薄野家の魔力光である『赤』を仄かに高めているだけ。


そうして最後に、彼女は親指の絆創膏を取る。

傷一つない綺麗な指先、そこに犬歯を当て薄く噛み切る。

数滴垂れる血液をリボルバーの弾倉に付着させ、その名を呼ぶ。


「起きて告食魔蒐グア・ドロ。ご飯の時間よ」


少女の声に呼応して、付着させた血が弾倉内へと滑り込んでいく。

血を代償にした呪いの武器。先代が開発した、悪魔取引を簡略化した呪具だ。


「機嫌は……まあまあか。もうちょっと可愛げがあってもいいと思うんだけど」


愛銃をポンポンと叩き、それから先を見据える。

ここは高さ200メートルの高層ビル屋上。

向かう先はここから6キロ先の住宅街。


「階段いちいち使ってちゃ間に合いそうにないか」


少女は小さくつぶやくと、少し助走を付けて大きくジャンプ。

高層ビル屋上からの飛び降り。

一瞬にして重力に引っ張られ女は落ちていく。

内臓の浮かぶ感覚と吹き煽られるビル風が酷く鬱陶しい。


女は浮遊の魔術なんて保有していない。そこまで優秀ではないから。

ならただの自殺行為では無いのか、それも違う。

彼女の手には護符。この間買い叩いたそれを自身の胸あたりに貼り付けた。

瞬間、落下する速度が緩やかになる。

浮遊の魔術でも滞空の魔術でもない。

女は目的地へと滑空しながら降りていくのだ。


傍から見ればムササビのようだと笑ってしまう構図だが、勿論ムササビになる魔術でもない。

少し特殊な魔術系統の効果なのだが、それはまた別の機会に。


ともかく女は夜の街を滑空する。

黒いセーラー服を着てるからバレないとは思うが、後に空飛ぶ女なんて噂が立たないよう祈りつつ。

屋根へと着陸した女はそのまま屋根伝いに男の元へと急いだ。



***



辿り着いた時、タイミングとしてはベスト。

相手は目の前の獲物に釘付けで照準を向ける私に気づいてすらいない。


属性は水Agaliarept。弾倉、装填set


こちらに気づいていない、とはいえ走る相手に銃弾を当てるのは困難だ。

ゆえに属性は水。それは拡張のプロセス。

簡単な話、小さい弾丸が当てにくいならそれを大きくして当てやすくしようという考え。


───魔術式 改定────魔術理論 正当────

魔力光が高まる。弾倉内から呻く声が準備の完了を知らせる。

あとは狙って、引き金を引くだけ。


────ドンッ!ドンッ!


引き金を絞ると同時に砲弾のように重い射撃音───しかし反動はほとんど無い。

この弾丸に火薬は無い、ただの魔力の塊に過ぎないから。

つまり、この音は射撃音ではなく拡張音。

数センチサイズから手のひら並みの弾丸へ巨大化する水の魔術、その生成音だ。


その巨大化した弾丸は2匹の獣を貫く。

一体は胸を、もう一体は頭を丸ごと吹き飛ばす。

体に出来た風穴から真っ赤な血を吹き出し魔獣はその生命活動を停止した。


発射からの着弾は1秒に満たない、超強力な魔術武装。

それが薄野家が誇る魔銃、名を告食魔蒐グア・ドロ

興奮しているそれを手で撫でながら、少女はそこへ降り立つ。


ふわり、と綺麗な着地は───しかし少年にはお気に召さなかったらしい。

驚いた声を上げながら魔獣につまづき尻もちを着いてる。

その慌てぶりに少し笑ってしまって────さっきまでの自己嫌悪も薄れていって。


「ええ、助けるつもりなんて無かったんだけど、とりあえず初めは挨拶からね」


なびく髪を抑えて相手に微笑む。

相手を安心させるように、出来るだけ恩に感じさせるように。


「こんばんは、気持ちのいい夜ね」


────そうして少女は少年と出会う。


互いに魔を敷く者同士、この出会いは偶然かそれとも決まっていたものだったのか。

それはまだ分からない。

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