プロローグ
第2話 蒼月の深夜にて(表)
蒼く昏い住宅街は既に息絶えていた。
生命の
だからだろう。住人も皆、死んだように眠っている。
ドアを叩き助けを乞うても1つの返事も返ってきやしないのがその証拠だ。
走る────走る─────走る───
普段運動をしないせいだろうか、もう息は上がっており身体中が悲鳴を上げている。
走る度張り裂けそうな肺や、何度も切り裂かれた傷がジクジクと痛みを訴えてきている。
それでも男に立ち止まる選択肢などなかった。
止まれば、背後から追跡してくる
後方、金属のけたたましい音が先程から死神のようについて回ってきている。
だから走る─────死にたくないから。
痛みを無視する───きっとこの傷より死ぬほうが恐ろしいから。
顔を上げる─────まだ助かる希望を信じて。
そうして、何度目かの見慣れた家屋へと辿り着く。
そこでようやく気づいた。
この迷路のような住宅街。
どれだけ足を進めても駅へは出れない、その理由。
四方の空間を閉じ、外側を内側に無理やり繋ぐ術法。
凡庸な魔術師では発動すら困難を極める空間操作の魔術。
「結界……かよ……!」
地脈すらも利用した逃げ場のない箱庭。
逃げる最中、魔力の展開は1つとして感じていない。
つまり、ここには始めから罠が張られていた事になる。
愚かすぎて笑ってしまう。
最初から相手の手のひらの上だったのだ。
曲がり角、その先からもう1つの
後ずさり、そして続く後ろの殺気に振り返る。
いた─────ずっと追いかけてきていた獣。
見た目は犬種のドーベルマンだが、その四肢から生えているのは鉄の刃。
爪、ではなく刃。
どうやら手足の指に無理やり刺しているのか、黒く濁った血を垂らしながらカツンという金属音を鳴らしている。
カツン、カツン、カツン、カツン
ゆっくりと、しかし止まることはなく。
一本道、その両側から同じ獣が自分を囲む。
もう逃げ道などない。
左右の壁をよじ登ることは出来るだろうが、もう相手との距離はほとんどない。
壁に寄った所で背中を刺されるのがオチだろう────いや、
もう自分に生き残る道などなかったのだ。
ああ、とゆっくりと近づいてくる獣を見る。
俺を殺すべき獲物だと白く濁った目を離さない。
俺の人生ここで終わりか、そんな諦観を胸にもう一度先の展開を視る───がもう俺の眼にはこの先が真っ暗だ。
真っ暗な闇。
それは瞼の裏なのか、それとも灯が消えた自身の未来なのか。
何度も助けられた視界は最後に諦める予測を俺に叩きつける。
あまりに皮肉な結末に薄く笑ってしまって────それと同時に両側の獣が加速した。
対抗? 無理だ。
逃走? 道すらもうない。
男にできることはただ1つ。
来るだろう痛みを我慢するために目を瞑って、歯を食いしばって。
死期が己に追いつくその時を待つしかない───その時。
ドンッ! ドンッ!と重い銃声が駆け寄る金属音に割り込む。
同時に悲鳴────エイリアンのような嫌悪感のある音を声にしながら、差し迫っていた獣が倒れた。
予測にない───いや、有り得なかった音に薄目を開ける。
自分の足元へ勢いよく流れてくる犬の死体。
胸元には大砲で射抜かれたような大穴からどす黒い血がどくどくと流れていた。
(死んでる、のか? 助けられた? いや、でもどこから?)
その時。
ふわり、と隣に降りる黒い影。
「うわっ!」
反射的に仰け反り、足元の獣につまづき尻もちをつく。
軽い痛みと衝撃が尻を襲うが、それを我慢して目の前の乱入者を見上げた。
「─────ええ、助けるつもりなんて無かったんだけど、とりあえず初めは挨拶からね」
血なまぐさい住宅路。
欠片を失った青く輝く満点の月を背後に。
「こんばんは、気持ちのいい夜ね」
そよぐ風の中でこちらに微笑む少女。
なびく髪を抑えて彼女は立っている。
その手には一般人にとって見慣れない獲物を1つ。
月光艶やかに光る黒。
硝煙纏う死の鎌。
日本でも警官が携えているのと同じもの。
一般に
そんな無骨な暴力を、目の前の少女は見蕩れるような笑顔で扱うからまるで現実味を感じない。
まるで夢のような───夢といっても何度も死にかける悪夢ではあるが──こんな冷たい夜の日に。
少年はその少女に命を救われた。
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