第11話 斜陽

 復讐劇というものにも終わりは来る。それは、たいていは悲劇だ。それが狂気を孕んだものだとしたら、なおさら、である。ことメキシコのような荒野においてそれは、俺のような末路を辿ることになる。俺はメキシコ北部の育ちだから詳しくは知らないが、南部の言い伝えに、『トラスカラは復讐する』というものがあるらしい。かつてメキシコには、アステカ帝国が属国としていたトラスカラ王国という国があった。長くアステカの皇帝モンテスマによって奴隷や生贄を供出するため飼われていた国だ。しかし、エルナン・コルテスらスペイン人が征服にやってきたとき、彼らは真っ先にアステカを裏切り、スペインに味方し、アステカ滅亡を手助けした。かくしてメキシコはスペイン領になったわけだが、この言い伝えは何を言いたいかというとだ、どんなに穏やかで、どんなに服従している人だといえ、一度植え付けられた復讐心というものは消えやしないということ。そして、何かきっかけさえあれば、それが爆発して、相手を滅ぼすまで止まらないということ。たとえスペイン人のもとに下ってでも、思いを遂げるまで走り続けるのだ。

 ヒエロニモのおっさんは、きっとトラスカラだ。奴は、村人たちにバルタザールという名の皇帝モンテスマの幻影を見ているのだ。しかし、俺たちは、おっさんにとってのコルテスにはなれない。なぜなら、村人たちは残虐なアステカの神官でも、獰猛なジャガーの戦士でもないからだ。それに俺たちは、冷酷な征服者じゃあない。


 さて、憔悴しきっていた俺たちはというと、なるべく怪しまれないように、さも旅人のフリをしながら、その小さな集落へと入っていった。先ほど、ヒエロニモが狙っていた少年は、野菜の収穫をしているようだ。黙々と仕事に精をだしており、こちらに気づいていない。その防壁も堀もない無防備な村は、およそ盗賊の村とは思えない平和さで俺たちを迎え入れた。そこで家畜の世話をしていた羊飼いらしき青年が、俺たちに気づいた。


「おや?めンずらしぃネぇ。こんな朝っこにお客さんだなんて。夜更け前に、森の方がなんだが騒がしかっだから、何ぞあったんかねとは思ってたんだ。大丈夫かい?盗賊にでも襲われた?最近は物騒みたいだからねぇ。」

「ああ、ならず者に絡まれたってのは、あながち間違いじゃあないかもな。」

「ねえ、あなた。この集落の長か、取りまとめをしてる人に取り次いでもらえないかしら。お話したいことがあるの。」


 エレナが、呼びかけると、羊飼いは家畜が逃げ出さないように柵を閉めてから、ゆっくりと歩き始めた。


「んじゃ、じっちゃのとこさいぐから、馬っこさ降りてついでこい」


 見回したところ、さほど大きい集落ではないものの、ちょうど峡谷に位置しているようで、山の斜面に向かって平屋の家がまばらに建っており、畑と牧場が同じくらいの割合で見かける。古そうな石造りの用水路が整備されているところを見ると、昔からある集落なのだろう。とても一朝一日で出来た盗賊の村ではなさそうだ。羊飼いに連れられて来た厩舎では、老人が黙々と馬の世話をしていた。


「じっちゃに話さあるって奴らつれてきたぞー。」

「ん?おお?なんです、娘さんたち。見たところ、旅人さんのようですが。」


 どことなく気弱そうな老人は、手を止めて俺たちの方を振り返った。


「傭兵ギルド所属のものです。バルタザールって男のお話をお伺いしたくて来ました。」


 エレナは黒い魔石のついたブレスレットを見せた。老人はその魔石の色の意味するところを理解しているのか、少し驚いた素振りを見せた。


「成程、場所を変えましょう。私の家においでください。」


 案内された老人の家は、村の長というには質素で、いかにも農家と言った雰囲気であるが、家の中には狩猟罠や動物の毛皮が飾られており、現役時代は猟師だったのであろうことが見て取れた。


「朝早くにごめんなさい、長老さん。私は傭兵ギルドのエレナ・ヴィジランテです。」

「アタシはバルバラ。弓使いだよ。」

「オレは、アントニア。こいつらからはニアって呼ばれてる。」

「エレナさん、バルバラさん、ニアさん。こんな山奥の集落までようこそ。私はホルヘです。村のもんからは長老だなんて言われてますけど、この集落で他人より長く生きているだけですよ。昔はギルドとも付き合いのある猟師でしたが、今じゃあただのおいぼれです。傭兵さん、バルタザールの一味という話をしましたが、もしや討伐にいらしたのですか。」


 老人は、お茶を入れ出した。エレナがおかまいなく、と制止するが、気にせずに3つ分のカップを持ってきて差し出した。ハーブティーだろうか、香草の匂いがする。


「ええ、話が早くて助かるわ。まずは、やつらについて知ってることを聞きたいの。」


 老人は、少し考えてから、ゆっくりとしゃべりだした。


「我々も奴らには困っているところで、願ったりかなったりです。お金さえあれば私がギルドに依頼を出したものを・・・。えっと、バルタザールのことでしたな。奴は盗品と思われる生活必需品を高値で売りつけてくる悪徳商人です。一度私のところにやってきて、この集落に支店を構えさせろと迫ってきました。もちろん断りました。元々われわれは、マックイーン砦のウォラック商会という店から、生活必需品を買っており、それで事足りていたのです。しかし、先日街から物資を運んでくる途中で、商会のラヴィニアという娘さんが襲われ殺されてしまい、供給が途絶えてしまいました。すると再びバルタザールの隊商の一味が物資を売りつけにきたのです。背に腹は代えられませんから、足りないものを貰う代わりに、高額の代価を払い、支払えなかった分として数日宿を貸しました。しかし、丁度憲兵隊の巡回部隊が見回りにきたので、体よく追い払うことができましたよ。あいつらを快く思ってるやつなんてこの村にはいませんからね。」

「ラヴィニアさんのことは知っています。やっぱり、バルタザールがラヴィニアさんを・・・」

「私もそうじゃないかと思いますが・・・ただ、この村に売りつけるためだけに人殺しまでするだろうかという疑問はありますね。この辺りは盗るものもすくなく、騎兵隊が常駐するマックイーン砦も近いため、盗賊はあまり活動しない地域なのですよ。そんなところで、憲兵隊や騎兵隊ににらまれるようなことをするでしょうか。たしか、ラヴィニアさんは騎兵隊のご息女だったとか。」

「すると、ほかにラヴィニアさんを殺す目的があったってことかしら?」


 エレナが考え込んで、俺の方を向く。そうだな、もう少し核心に迫ることを聞いてみようか。


「なあ、じいさん。この集落の村人でラヴィニアと仲が良かった奴ってのはいるのか?逆に、内心恨んでそうな奴とかは?」

「さあ、みな仲は良かったと思いますよ。人あたりの良い子でしたからね。」

「そうか・・・。ラヴィニアは無防備なところを殺されたって話は聞いてるか?警戒を解いたところを襲われたと。つまり、親しい人物が手引きしてたんじゃねえかって話さ。あー、気を悪くしたらすまねぇが、率直に聞くぜ。この村にバルタザールとつながってそうな奴に心当たりは?」

「・・・ああ、傭兵のみなさんが疑うのも無理はないですね。なにせ、ここの村人がもう少し早く異変に気付いてたらラヴィニアさんは助かってたかもしれないのですもの。憲兵隊の捜査官の方からも同じような質問をされました。」

「で、どうなんだ?」

「はっきり言って、ないですね。この集落自体、その昔、北方戦争のごたごたの際、盗賊に襲われて逃れてきた民が定住してできたものです。盗賊と大差ないバルタザールの犯罪の片棒を担ぐことなんてしませんよ。まあ、村を守るために奴らの物資を買ってしまった私が言えたぎりじゃないですがね。」


 そこで、エレナが口をはさんだ。


「でも、この村にバルタザールの一味が潜伏しているようなんですが、それはどうなんですか?」

「なんだって!?」

「ああ、バルタザールの手下を追ってきたんだが、どうやらこの村に逃げ込んだらしいんだ。」

「集落にまばらに廃屋があるので、どこかに潜んでいるのかもしれないです。何軒か隠れられそうなところがあるのでご案内します。」


 じいさんの口ぶりからすると、盗賊とつながっているというのは俄かに信じがたい。まあ、上辺だけ取り繕ってる悪人かもしれねぇから、用心するにこしたことはない。メキシコのスラムじゃ、地区全体が悪党ってところもたまによくあったが、そういうところの住人は隠そうとも血の「匂い」でわかるもんだ。いまのところ、この村からそんな気配は感じられない。とりあえず、俺たちはじいさんについていって、手下を探すことにした。


「私は手下の居場所がだいたい感じ取れるから、罠にかけようとしたら事前にわかるわ。もし罠だったらニアちゃんに合図するからよろしくね。」


 エレナが俺に耳打ちした。まあ、ヒエロニモレベルの魔法使いが村に潜んでいない限り、この3人なら大丈夫だろう。というか、そんなやつがいたら魔力の質も分かるエレナがとっくに警告している。

 いくつかの小屋を見たが、潜り込んだ奴は居なかった。そもそもエレナの表情で居ないのはわかった。4つめの納屋につながる小道を歩いていると、エレナの顔つきが変わった。


「居るみたいね・・」


 長老の許可を得て扉を蹴破る。蜘蛛の巣が張り巡らされたその薄暗闇に、震える人影がひとつ。けがをしたガラの悪い男。宿屋でバルバラに傷を負わされた弓使いの賊に間違いない。


「やあ、奇遇じゃねえか、アタシのこと覚えてるか?3日も絶ったら忘れちまってるか?」

「長老さん、ちょっと外に出ててね。どんな音がしても、決して中を覗いたらダメよ。」


 二人は剣と弓を手に、男に詰め寄る。尋常な顔つきじゃない。あれは得物を殺す前に弄ぶ時のネコ科の顔だ。


「ねえ、あんたのボス、バルタザールが今どこにいるか知ってる?」

「し、知らねぇ・・・・そんな奴しらねぇ・・・!」

「思い出せるようにさせてあげるわね。」


バチン!と弾ける音がした。


「いぎいいいいいいいいい!!?」


 エレナは、太ももから、錐のような道具を取り出し、勢いよく滑り込ませて男の左小指の爪を弾き飛ばした。


「や、やめてくれ、た、たしかにバルタザールの旦那は俺のボスだ。でも居場所はしらねぇ・・!」


バチン!


「ああああああああああああ!!!!!」


エレナは、再び道具を突き立てて、今度は男の右小指の爪を弾き飛ばした。


「思い出した?もう一発物忘れの薬行っとく?」

「わかった!わかったから!話す!あいつはここには居ない!次の商売の話をするのにマックイーン砦に行ってる。」

「そうか、思い出したか。偉いぞ。じゃあ、ついでに聞くが、ラヴィニア・オネストって女商人を知ってるか?」

「い、いや・・・どこかで聞いたような、どこだったか」

「おや?物忘れが激しいのかい?一度頭の中開けて直接脳みそいじって直してあげよう。」


 バルバラが胸元から小さな金づちのような道具を取り出し、男の後頭部に押し当てようとした。


「あっ・・あっ・・お、思い出しました・・・!ウォラック商会の若手商人です。」

「バルタザールとはどういう関係なんだ?」

「えっ・・・いや、その、商売敵というか、その程度の・・・」

「ふぅん、そうかい。よし、じゃあ話題を変えよう。」

「ねえ、あなたたちはどうして、私たちを、宿屋を狙ったのかしら。バルタザールの指示?」


 エレナが、剣先を男の傷口に押し当てながら詰る。爪を剥がされた男は、苦しそうな表情をうかべながら、白状する。


「デクスター方面に、その、俺たち一味がカモにしてた村があったんだ。襲わない代わりに、食い物とかを用意させてたんだ。そしたら、ある日突然、その村ごと壊滅させられてた。俺たちはびっくりして、身をひそめたら、お前たち二人が着て、そして村の娘が爆発した。」


 男はエレナと俺を見て訴えかける。ああ、ヒエロニモのおっさんが皆殺しにして若い女の死体に爆弾を仕込んだあの惨劇の村の話か。


「それで、どうして襲うことになるのよ。」

「旦那が・・・バルタザールの旦那が、最近、俺らが唾をつけたカモ集落を手あたり次第潰してシマを荒らし回っている奴がいる。もし見つけたら殺せって。」

「なるほど、あなたたちはただの悪徳商団じゃなくて、普通に殺しもするってことね。」

「あっ・・・」

「そんなことはいいわ、本題に入りましょう。ラヴィニアさんを殺したのはあなた達ってことであってる?」

「そ、そいつは違う。カタギはカモにすることはあっても、殺したりはしねぇよ。金の卵を産む鶏を絞めるなんて馬鹿だからな。殺すのはアンタたちみたいなアウトローだけだ。まあ、ラヴィニア・オネストが死んだおかげでシノギがやりやすくなったのは事実だが・・・」


 エレナは、傭兵ギルドのブレスレッドを、バルバラもネックレスを見せつける。男の表情がさらに険しくなった。


「黒<ネグロ>と白<ブランカ>の傭兵だと!?じゃあ、シマを荒らしに来た同業者じゃなかったのか!まさか俺たちにラヴィニア殺しで賞金がかけられてるのか?」

「当たらずとも遠からずってところだね。」


 この哀れな男は、本当に何も知らなそうだ。バルタザールにとっては、使い捨ての尖兵ってとこなんだろう。これ以上聞くことも無さそうなので、縛り上げて、床に転がした。後は長老に引き渡して憲兵にでもしょっ引いてもらうとしよう。


「村人が手引きしたわけではない、バルタザールの部下がやったわけでもない。バルタザール本人は何か知ってるかもしれないが、ほかに真犯人が居るのかもしれねぇな。」

「ええ、とにかくバルタザールを捕まえてみて吐かせるためにマックイーン砦に向かいたいところだけれど、まずは・・」

「この村に来るだろうヒエロニモのおっさんを何とかしないとねぇ。迎え撃ってなんとか説得するか・・・」

「・・・できなきゃ殺すか、二つに一つだな。」


 おっさんが襲ってくるとしたらいつ頃だろうか。奇襲は失敗しており、俺たちがいる以上、早朝の村人各個撃破戦法は不可能だ。その点でいえば、もはやおっさんの目的は達成できないのだ。おっさんもそれは承知しているはず。であれば、おっさんはこの村の襲撃をあきらめるか?いや、そんなタマじゃない。復讐に心を奪われた者は、もはや理屈では動かない。一番復讐にとって障害となるものを排除したがるのだ。

 つまり俺たちの各個撃破を狙ってくるのではないだろうか。であれば、だ。日が落ちて見通しが利かなくなる時が、その仕掛けてくるタイミングってところだな。おっさんには悪いが、こちらにはエレナが居る。おっさんくらいの魔力の使い手が近づいてきていれば、すぐに分かってしまう。つまり、この戦いは俺たちに有利だ。

 夕刻。長老に話をつけて、村人たち全員をひとまず村外れの集会場に避難させることにした。ギルドに理解がある長老が説得すると、村人たちはすんなりと彼の言うことに従った。そうしている間に、だんだんと日が陰ってきている。


「斜陽・・・だな。始まり、そして終わるとしたら、もってこいの頃合いだ」


 かくして、勝者のいない泥を啜る戦いが始まった。俺たちは集落の中ほどにある広場に陣を構えるて待ちわびる。太陽が、すらりと山間に溶けていくと、ほのかに赤い黒のベールとともに、集落を静寂が包んだ。


「来るわ!」


 エレナが叫ぶと、ちょうど日が沈んだ方角の森の暗がりから、突如として、青白い稲妻がほとばしった。それは、集落を突き抜けて、民家に当たった。家屋は、一瞬にして鮮やかに爆ぜて、ごうっと燃え盛り、一束の焚火となった。


「奴だ・・・!」

「話し合いってわけにはいかなそうね。」

「騎兵隊の奴らはいつもこうさ。死ぬまでわかっちゃくれないってやつさ。」


 矢継ぎ早に、民家に向けて稲妻が放たれる。エレナは、自らの近くをかすめようとする光線は剣で薙ぎ払い、無効化するが、如何せんその魔法攻撃の数が多すぎる。エレナだけでは防ぎようがない。


「バルバラ、奴の位置はわかるか?エレナの援護をしよう。」

「ああ、任せな。魔法の発射位置から、おおよその奴の位置は掴んでる。」


 バルバラは、曳光魔法を付与した矢を放つ。明かりが煌々と尾を引いて、その魔法矢は闇を引き裂いていく。弾着、というところで、ばちん!と矢が弾かれた。その瞬間に照明魔法がばらまかれる。ヒエロニモのおっさんの輪郭がぼんやりと浮かび上がるのがわかる。


「やはり、貴殿らか・・・。」


 杖を構えたおっさんは、俺たちと最初に出くわした時と同じ顔をしていた。そう、俺たちを殺そうとしたときの顔だ。エレナが無力化しなければ3人仲良く消し飛んでいたであろう、魔法を放って突撃を敢行してきたあのときのだ。


「よお、おっさん。ここにバルタザールは居なかったぜ。それに、この村の人間が手引したわけじゃなさそうだぜ」

「ニア殿。あなたたちには真実が見えていないようだ。誰にだって間違いはあるから仕方がない。今ならあなたたちを殺さなくてすむから立ち去るがよいでしょう。」

「そのままそっくり返すぜ。おっさん。」


 決して交わることのない言葉は、もはや意味をなすことなく、太陽の消えた狭間に落ちて空虚になる。あとはただ、殺意と殺意でぶつかり合うしか無いのだ。


BANG!BANG!BANG!


 俺の発砲を合図に、バルバラが弓を番えて、放った。彼女の弓の腕は、素人の俺から見ても美しいものだ。弦の擦れる音、弓体がしなる音、風を切る矢。それが一連の流れで行われる。息を吸って、肺に取り込んで、そして吐く。そのくらい自然で、洗練された動きだった。魔力を帯びた矢羽が光を連れて、まさにシューティングスターとでも言うような様相でヒエロニモのおっさんに向かって吸い込まれていく。だが、そんな連続で襲いくる強烈な矢を、おっさんは先読みしていたかのごとく的確性をもって弾き飛ばす。その度に爆ぜた魔力があたりに撒き散らされて、路面や壁石を蛍光色に染めていく。それは、グラフアートのように新鮮で、電子広告のようにうっとおしい。

 近接戦闘のエレナはというと、暗闇の対魔法戦ということで、中々手を出せずにいるが、おっさんの魔力の気配を読み取って、距離を測りつつ動きを予想しているように見える。彼女に魔法がどう見えているのかはわからないが、隙きを狙いつつ、スカートの下に忍ばせたナイフらしき暗器を投げつけている。もっとも、それらはおっさんに当たることは無く、直前で地面に落ちていく。回避魔法の一種なのだろう。

 俺はというと、その二人の間隙を縫って射撃を続けている。幸い、バルバラが撒き散らした蛍光魔法のおかげで、おっさんのだいたいの位置は把握できている。


 BANG!BANG!


 ヒエロニモのおっさんは、俺の弾を逸らせ、バルバラの矢を弾き、エレナの暗器を躱し、攻撃魔法を打ち込む隙を探しているようであった。合間に、杖の両端から小さな魔法弾を俺たちに向けて射出している。その激しい動きは、アスリートにも負けないだろう。

 冷静さに満ちた顔で、落ち着き払った身のこなしで、ただ俺たちを殺すために、ニジンスキーも裸足で逃げ出すような死と復讐のダンスを踊っている。おっさんは、防御魔法と杖術を使い分けて、適切に俺たち3人の攻撃を的確に、効率的に、見ようによっては芸術的に無効化していなしていく。


 DOOOOOOOOOOOM


 おっさんの杖の先から、俺に向けられた殺意が迸る。光の奔流で、あたりが見えねぇ。回避体制を取ろうとする俺だったが、こいつは間に合わないだろう。たとえるなら、光の暴力だ。せめてもの抵抗とデザートイーグルで迎え撃とうとする俺とおっさんとの間に、見慣れた影が飛び込んだ。エレナだ。俺を捉えた魔法の光は霧散するが、エレナが消しきれずに逸れた熱量は、あたりの民家の外壁を打ち砕き、その衝撃がエレナを軽く十数メートルは吹き飛ばした。ぐしゃりと、小動物が潰れるようないやな音とともに崖に叩きつけられたエレナが、ゴミ箱に投げ入れられる古新聞のごとき乱雑さで瓦礫の中に落下する。


「エレナッ!!!!」

「がはっ・・わ、私は・・大丈夫、私に攻撃魔法は・・効かないから・・・。」

「そうじゃねえ、魔法自体は効かなくても、ボロボロじゃねえか」

「それより、ニアちゃんが無事でよかった。」


 瓦礫の中から這い上がったエレナは、頭から血を流していたが、いつもどおりの笑顔で俺に答えた。バルバラが駆け寄りエレナに手を貸す。俺は、マガジンを入れ替えてはとにかく撃ち尽くす、何も考えない頭の悪い全弾射撃でおっさんを牽制する。


「おい、エレナ、一旦下がれ。ここはアタシとニアで抑える。」

「大丈夫よ、ニアちゃんとバルバラに迷惑はかけられないわ。」

「黒タグの“孤高の狂刃様”にとっちゃ、ドーナッツシューターは信用できねぇってか?」

「そ、そうじゃないけれど・・・」


 暗闇に隠され、一時的にエレナたちを見失っていたおっさんだったが、瓦礫の近くにエレナたちがいることに気づいたらしい。手負いをまず仕留めるのは狩りの定石だ。まずはエレナを狙っているというところか。


「エレナ殿、そこですか。おや、バルバラ殿もいましたか。これが最後です、退いてください。ここから去って二度と現れないでください。」

「しゃらくさいねぇ!アタシには、あんたの顔が、『これから死んでください』って言ってるように見えるけど?」


 バルバラはおっさんが一瞬杖をおろした隙きを見て、壊れんばかりに弦を引き絞り、矢を放った。機械車輪が火花をちらして彼女の思いに答える。しかしそれと同時に、バルバラの殺意に反比例するように、エレナが叫び声をあげた。


「バルバラ、だめ・・!」


 バルバラの矢はおっさんの頭に向かって一直線に進んでいった。だが、それはおっさんの頭を射抜くことはなかった。


「が・・は・・ッ・・!なに・・???」


 おそらく、エレナにはおっさんのなんらかの魔法術式が見えていたのだろう。しかし、間に合わなかった。バルバラは何が起こったかを理解できずに目を見開き、おっさんを見て、俺をみる。バルバラの腹には、深々と矢が刺さっていた。それを一気に引き抜いたバルバラは、それを見て愕然とした。まごうことなき、彼女の放った矢であった。傷口から、堰をきってあふれる真紅が、彼女の鮮やかな赤いトップスをさらに濃い朱に染めていた。


「くそ、エレナ・・・ニア・・・悪い・・・」


 エレナをかばうようにして倒れたバルバラを、手負いのエレナが固く抱きとめる。


「ニアちゃん、バルバラはとりあえず大丈夫よ、気絶しただけみたい。応急処置するね。」


 そういうエレナを信じ、バルバラのことを彼女に任せ、俺は向き直っておっさんに相対する。おっさんは、悲しい顔をしながら、俺を見つめている。


「バルバラ殿と私の中間点に、物理エネルギーを反転させる術式を仕掛けておいたのです。彼女の攻撃は、そのまま彼女に反射した。ただそれだけのことです。」

「・・・おい、おっさん。あんたも目的のためにはオレたちを殺すのか?」

「ええ。ニア殿。それが最適解であれば。」

「なあ、あんたの娘がなんで殺されたのかはわからねぇが、何かの目的のために殺されたのだとしたら、おっさん。あんたは、あんたの娘を殺したやつと同じってことじゃねえか。」

「・・・軍隊とは、作戦目標を達成するためには、犠牲が出ようとも突き進むものなのです。目標が対立したとき、そこで起こるのは戦争です。殺されたから、殺す。それが戦争というものなのです。私は、ラヴィニアを殺されるという戦争を仕掛けられた。だから、戦うのです。敵を討つために邪魔になるのであれば、集落もあなたたちも殺すのです。しかし、同時に、起こらなくてもよい戦争は回避すべきとも思います。ニア殿、あなたのこの戦いでの目標とはなんですか。ここにあなたの果たすべき作戦目標があるのですか。」


 おっさんは、一息ついて、俺の顔を伺うが、俺は奴に何も答えなかった。


「・・・はっきりいいます。この戦いは、避けられる戦いだったはずです。しかし、今、あなたたちは、何らかの目標を持って私を邪魔しようとしています。私とラヴィニアの約束を邪魔しようとしているのです。であれば、もう戦争しかないのですよ。戦争になった以上、あなたたちを殺さなければならないのですよ。」


 おっさんの杖は熱を帯びて、ゴッホの絵画のような鮮やかな光輪を纏っている。はたから見ても、ヤバい攻撃の前兆だってのがわかる。それを、エレナとバルバラに向けている。十数秒後には、きっと彼女たちは消し炭とかしているだろう。いや、しかしここで焦ってはいけない。俺はいつものように、ハッパをふかし、デザートイーグルのマガジンを確認する。よし、8発全弾装填されている。


「おっさん、俺には、俺たちには、目標なんて高い理念はないんだよ。ただ、平穏を愛してる、それだけなのさ。」

「ニア殿。昨夜はとても楽しかった。あなたの姿を見て、ラヴィニアが帰ってきたように思えた。ラヴィニアと魔法術を語った夜を思い出したよ。妻のエラが隣で微笑み、私も笑顔で二人に答えるそんなありし日の光景を。でもダメなのですよ。ニア殿。あなたの姿を見る度に、声を聞く度に、復讐心が湧き上がり、もうどうしようもないのです、ニア殿。ああ、ニア殿。死んでもらせませんか、ニア殿。ラヴィニアのために、私のために!!!ニア殿!!!あああああああああああッ!!」


 おっさんは、狂っていた。だが、それ故に、おっさんの矛先を俺に変えることに成功した。そう、復讐心は判断を鈍らせる。俺はそれを、身を持って知っている。


「ニアちゃん!だめ、私達を置いて逃げて!」

「悪いな、エレナ。オレは頭が悪いから、撤退って行為がわからないんだ。」


BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!


「貴殿の魔石は、私には届きません。」


 連続で放った6発の弾丸は、おっさんに届く前に、それぞれ防御魔法で弾かれていく。わかりきっていたことだが、大それた魔法を準備している状況でも、おっさんは俺の攻撃を止められる。そして、その直後に、エレナが叫んだ。


「ニアちゃん、ヤツのチャージが終わった!来る!!」


「・・・おっさん。オレの答えはこれだ。」


 俺にとって、攻撃とはデザートイーグルの一撃だ。致命的に、不可逆的に、相手の命を一瞬で奪う行為、それが俺にとっての攻撃だ。魔法攻撃の理論がどういうものか、まだよくわからないが、少なくとも穴を穿つ銃弾が、俺にとっての魔法なのだ。


BOOOOOOOOOOOOOM


 火薬によって発射された鉄の弾丸が、俺の指から発せられた魔力を纏って火力を増幅されて突き進んでいく。眩い金色は、おっさんの額を目指して加速度を増していく。おっさんの張った防御魔法が弾丸本体を弾き飛ばすが、魔力によって形作られた.44マグナム弾の幻影は勢いを落とすことなく、防御魔法を突き抜けておっさんに襲いかかる。


「ぬうううううッ!!!!」


 おっさんは驚異的な動体視力で回避行動を取るが、その魔弾はおっさんの杖を右腕ごと吹き飛ばした。主を失った魔力が暴走したのか、おっさんの近傍で致命的な光が爆ぜ、おっさん自身がそれに巻き込まれた。血まみれになったおっさんは、その場で倒れ込むしかなかった。

 俺はただ、この歯車の狂った劇に最後の幕を下ろすため、おっさんにゆっくりと一歩ずつ近づく。ひゅうひゅうと肺に穴が空いた、地獄の入り口みてぇな音が聞こえてやがる。おそらく、放っておいても数分で死ぬだろう。おっさんは、ただ苦しそうに俺を見つめている。


「ニア殿・・・ラヴィニアは・・・何を・・・望んでいたのだろうか・・・」

「さあな。あんたにこうなってほしくなかったことを望んでたことだけは確かだろうな。」

「うっ・・・ニア殿、最期のお願いだ・・・真実を・・・見つけては・・くれまいか・・・」

「その依頼、受諾したぜ・・・。」


BANG・・・・


「あんたとは、うまい酒を飲みたかったよ。おっさん。」


 かくして、哀れにも娘を奪われた男、ヒエロニモ・オネストの復讐劇はやはり悲劇で終わってしまった。いや、この復讐劇には、最初から悲劇以外の結末なんてなかったのだ。俺たちが関わらなくても、きっとその最期は悲劇だったのだろう。たまたま引導を渡したのが俺だった、それだけの話だ。


 さて、とりあえずは、エレナとバルバラの手当をしなければ。夜はまだ長く、月は何事もなかったかのような冷酷さで、瓦礫の鳥たちを照らしていた。

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