第10話 狂った朝日

 無法の荒野には、恵みの雨は降らない。嵐は人を奪い去るだけで、決して癒してはくれない。メキシコ、シウダー・フアレスにアントニオ・マルヴェルデという悪党がいた。妹の幸せのために他人を不幸にしてもかまわないと思っていたが、そのために妹を失う羽目になった哀れな男、それが俺だ。もちろん妹を殺した奴は全員地獄に送った。復讐を遂げて、特別に得るものは無かったが、それでも何もしないでいるよりはマシだった。

 魔法と無法の世界で、アントニアという銀髪の少女になっちまった俺は、エレナとバルバラという傭兵の危険すぎるねーちゃんたちとともに、娘の復讐に燃えるヒエロニモというおっさんと出会った。


 虫の声がしている。エレナとバルバラは、寝床でウィスキーのスキットルを空にしていたが、俺はそんな二人をおいて小屋を抜け出し、星が落っこちてくるくらいに散らばった空を見上げた。メキシコよりも、星が近くに見える気がするが。空気が澄んでいるからなのか、それとも、星の並びが地球とは全然違うからなのか。天文学者じゃないからそんなことは俺にはわからない。小屋の外に目を凝らすと、ヒエロニモのおっさんが、切り株に座って夜風に当たっていた。


「よう、おっさん。寝なくていいのか。」

「ああ、ニア殿ですか。私は、これでも騎兵隊の部隊長です。少しの仮眠で活動できるよう訓練しているのですよ。目的のためとあらば、犠牲も厭いません。」


 コーヒーだろうか。香ばしい匂いがする飲み物を飲んでいた。この世界にはウィスキーもあるくらいだから、コーヒーがあってもおかしくはないか。


「ニア殿こそ、外の番は私に任せておやすみください。まあ、落ち着いて寝られるような場所ではなくて恐縮ですがね。」

「あいにく、眠れなくてね。それに寝ずに過ごすのは慣れてるよ。」

 俺はハッパに火を付け、吐いた煙越しにヒエロニモのおっさんを見つめる。


「タバコですか?若いころからやっていると、体にあまりよくないという話を聞いたことがあります。見たところ、貴殿があの中で一番若そうじゃないですか。」

「そいつはどうかな。見た目だけで人を判断するもんじゃないぜ、おっさん。」

「それもそうですね。失礼しました。飲み物はいかがですか?お酒ではないですが。」


 おっさんは、傍らにあった古びたマグカップに、焚火にかけられたポットから液体をそそいでし俺に手渡してきた。一口すすってみるが、なるほど、薫りはコーヒーのようだが、ほのかに薬草の味がする。たんぽぽの代用コーヒーのようなものか。



「ニア殿は、どうして傭兵を?殺しだってするのでしょう。」

 ぱちぱちと薪が爆ぜる音の中、おっさんが唐突に尋ねた。


「ああ、殺した数を数えるのはもうやめたぜ、仕事だからな。なぜ?って聞かれても、気づいたら、こうなってた。」

「じゃあ、そのラピタマギアのような魔法も、その中で覚えたと?」


 おっさんは、俺の腰のガンベルトに目を落とした。手練れの魔法使いからしても、そのラピタマギアという魔法は珍しいのだろう。尤も、こいつは魔法でもなんでもないただのデザートイーグルなのだが。銃の扱いは、メキシコで暮らすために自然に身に付いたものだ。


「まあ、そんなとこだな。自分が生き残るために、気づいたら覚えてたんだ。」

「成程。では、その術式は我流ですか。昼間の感じでは、どうも通常の攻撃魔法は使ったことがないような素振りでしたけれども、魔法を学んだことは全く無いのですか?」

「魔法を学ぶっていう行為が、そもそもよくわからねえな。オレはこいつを手に入れた、こいつを使うために術を覚えた。それだけのことさ。」

「なるほど、直感で、あそこまでの術を使いこなすとは。」


 おっさんは、なかば呆れたようにため息をつきながらも、解説をはじめた。面倒見が良いタチなのだろう。


「まず、いいですか、魔法とは理論です。科学とも言います。空気中に存在している元素(エレメント)を体内に取り込みます。それをどのようなことをしたいかに応じて頭の中で術式を構築し、エネルギーの形で凝縮し、体の外へ取り出し、外界で作用を起こさせるもの。昼間言ったように、術式構築と凝縮に時間が掛かるわけです。単純な魔法であれば、術式を刻んだ燃料魔石を代替に使うことで、誰でもこのプロセスを代替させることができます。日常で使っている生活家具にこれを応用したものがいわゆる『魔法機械(マギストロ・ドメスティコス)』です。」


 魔法機械?あっちでいう家電製品、洗濯機とかオーブンみたいなもんかな。この世界にきてから、見たことは無いけど。たしか、宿屋のおかみさんが「シャワーの魔石が壊れてる」って言ってたけど、この世界では湯沸かし器もこれなのかな。しかしべつに俺はそういうお勉強がしたいわけじゃあない。


「歴史の勉強は、今はいい。どうすりゃ昼間みたいな攻撃がマトモに出せるようになるのか・・・ってのが知りたいんだが?」

「そうですね、難しい問です。先ほどのニア殿の雷撃魔法は素晴らしいものでした。どうしてあの一回だけ出せたのか、私にもよくわかりません。おそらく貴殿の思い描いたイメージが、偶然にもあの雷撃の術式と合致したのでしょう。つまりは、術式の理論を学び、知識として体得し、偶然ではなく必然とする。これに尽きると思います。」

「結局はお勉強か・・」

「そうですね。遠回りや、一見非効率的なことが、最適解ということはえてしてあります。勉強もその一つです。貴重な時間を犠牲にして、知識を得る行為ですから。お嫌いですか?」

「そうだな、直感に頼って生きてるからな。」

「直感も結局は経験、つまりは学習の積み重ねなんですよ。ま、気が向いたらでいいので、あの本、読んでみてくださいね。」

「気が向いたら、な。」


 再び、静寂が包むが、それも長くは続かなかった。バサバサと鳥の飛び立つ音が聞こえた。おっさんと俺は辺りを見回すが、人の気配も馬の気配もしなかった。概ね、中型の肉食動物が小鳥を仕留めそこなったというところか。俺は意を決しておっさんに発端となった事件のことを聞いてみることにした。別に殺しの仕事には経緯なんて知る必要もないが、知っておいて損はない。


「なあ、おっさん。娘さんはどうして死んだんだ?」


 おっさんは、少し戸惑いながらも、考えこむような素振りをした。


「おっさん、実はオレも昔、家族を殺されたんだ。たった一人の家族だった。そして、関わった奴は・・・皆殺しにした。」

「ニア殿、あなたは・・・」

「オレの話はまあ、いい。一体、何があったんだ。オレたちも知っておいてもいいだろ?」

「そうですね。何も知らないのに、賊を襲撃するなんて、あなたたちを危険にさらしてしまうことになりますからね。申し訳ございません。話しましょう。」


 おっさんは、薬草コーヒーを自分のカップに注いだ。ポットはちょうどカラになった。それを一口含んで唇を濡らすと、ゆっくりとおっさんが語り始めた。


「娘は…ラヴィニアは、マックイーン砦のウォラック商会という、騎兵隊にも取引があって、この辺り一帯に顔が利く商家で働いていました。騎兵隊の見習い騎士になら、私の推薦で入れたでしょうに、彼女は、まずは商売のことも勉強したいし、帝都の魔法学院に入学するために自分でお金を稼ぎたいと言って、働き始めたのです。」

「魔法学院ってのは、騎兵隊の給料じゃまかなえないくらい金がかかるもんなのか。」

「ラヴィニアは、私が毎月、孤児のために教会へ寄付をしていること知っていました。その寄付をやめてまで、自分の学費を出してもらうこと憚ったのでしょう。」

「いい娘さんだったんだな。」

「ええ・・・そんな彼女だから、いつしか商会での信頼も得て、過疎集落への行商の仕事を一人で任されるようになりました。あの日も、馬車でこの辺りの集落へ生活必需品の行商に来ていたようです。それがまさか・・・」

「この辺りで襲われたのか。」

「はい。その通りです。所持品はほとんど奪われ、服は剥ぎ取られ・・・嬲られた、と。その後、しばらくは息があったようで、助けを求める声をきいたという村人もいたのです。しかし、彼らは、うち捨てられた馬車を怪しがって近づかず、発見されたときにはすでにこと切れていたというのです。」

「つらいな・・・。抵抗はできなかったのか?」

「彼女には、簡単な防御魔法を教えていました。もし賊に襲われたらそれで防御しつつ逃げるようにと。しかし、彼女は防御魔法を使わなかったようです。」

「使わなかった?」

「現場を捜査した憲兵隊が調べたものの、近くで魔法の残留反応は無かったと。」


 憲兵隊、警察のようなものだろうか。騎兵隊は国防、憲兵隊は治安維持といった棲み分けがされているのかもしれない。いずれにせよ、無法がのさばっているんだから、あんまり期待できる組織じゃなさそうだが。


「それで、攻撃魔法で撃退するようには教えなかったのか。」

「ええ、防御魔法よりも攻撃魔法のほうが簡単ですからね。私も教えようと思ったのです。しかし、彼女は攻撃魔法は未熟なうちは、人を傷つけてしまうかもしれないからと習得しようとしなかったのです。私は、襲ってくる賊など返り討ちにしてしまっても罪にはならないといったのですが。その彼女のやさしさのせいで・・・。」

 

 おっさんは、落ち着くためか、コーヒーを口に運んだ。少し興奮気味に赤らんでいた顔が落ち着くのがわかった。


「じゃあ、その優しさに付け込まれた?」

「そう。そこで私は考えたのです。ラヴィニアは防御魔法を使えなかったのではなく、使わなかったのではないかと。すなわち、襲撃はラヴィニアが警戒しなかった隙をつかれたのではないかと。」

「ほう、じゃあ、警戒しない程度の親しい知り合いが犯人ってことなのか?」

「いいえ、それが、そうではないのです。憲兵隊は結局犯人を挙げられていませんが、私は犯人を知っています。それは、娘が商圏にしていたこの辺りで、嗜好品の販売を行うバルタザールという悪徳商人とその一味だと。前に娘から届いた手紙にも、この辺り一帯を食い物にしているバルタザールという悪徳商人がいて困っていると書かれていました。奴らは裏では非合法な商品も取り扱っており、あまりいい話を聞かない人物です。噂では、盗品の横流しや、強盗、殺人までやる悪党だとか。」

「もしそいつが犯人だとして、娘さんはどうしてそんな奴を警戒しなかったんだ?」

「ええ、普通なら警戒するでしょう。そこで私は、奴の犯罪には協力者がいると踏んだのです。普段、ラヴィニアと取引をしている村人たちが奴に協力していれば、ラヴィニアも警戒せずに接します。そのスキをつかれたのではないかと考えています。」


「そこまでしてわざわざ襲う理由はあるのか?」

「証拠ならあります。彼女の遺品整理をするためにマックイーン砦を訪れた際、酒場でたまたまバルタザールとその一味とすれ違い、見てしまったのですよ。奴が身に着けていた純銀の魔石入りブローチを。それは、私がラヴィニアの15歳の誕生日に、彼女にプレゼントしたものだったのです。ラヴィニアは肌身離さず持っていたはずなのに、彼女の殺害現場から持ち去られ、見つかっていません。それを奴がもっていたのです。動機は・・・商売敵で邪魔になったからなのか、それとも、ラヴィニアをとらえてどこかに売ろうとしたのか、それはわかりませんが。」

「そのブローチは確かに娘さんのものなのか?たまたま似ていただけとか。」

「いいえ、間違うはずがありません。彼女の好きなひまわりをモチーフにした特注品ですから。もちろん、すぐに奴を追いかけました。しかし、このあたりのどこかの集落に逃げ込まれてしまったようなのです。奴はそれ以来、周りを警戒しており、滅多に人前に出てくることは無くなりました。」


「それの逃げ込んだ先がそいつのアジトだっていうのか?」

「アジトというより、集落です。集落が村ぐるみでバルタザールの犯罪に協力しているのです。普段は人畜無害の一般市民のふりをして、裏では盗賊に協力する盗賊村なのです。」

「村全体が盗賊?そんなことあるのか?」

「ええ、マックイーン砦から、デクスターの町の間には、バルタザールに協力していると思われる集落がいくつかありました。善良な村人のフリをして立ち寄った旅人に手をかける、そんな集落ばかりのようなのです。そこで私は、ひとつひとつ潰していくことにしたのです。」

「解決方法は穏やかじゃないが、そんな集落があるのか。世も末だな。」

「そして事件現場に一番近い集落もバルタザールの息のかかった盗賊村だということがわかりました。彼らが瀕死の彼女を助けなかったのも納得がいきます。だって彼らは共犯者なのですから。まさに木をみて森を見ていなかったというやつです。」


 おっさんの言葉には熱がこもっていた。それも致し方ないだろう。なにせ娘の仇の話をしているのだ。俺が妹の死を告げたフアレスの刑事と対面したとき、おそらくはこのおっさんのような気持ちだったのではないかと、今になっては思うね。


「どうしてその集落が盗賊村だってわかったんだ?」

「昨日、弓を持った男がボロボロになりながらその集落に逃げ込んでいったのを見て、ついに確信に変わりました。その男は、私がマックイーン砦で見かけたバルタザールの子分の男だったのです。おそらく、襲撃に失敗して、ボスのいる集落に逃げ帰ってきたというところなのでしょう。」

「そいつ、たぶん、俺たちが追っていた奴だな。俺たちも襲われて返り討ちにしたんだ。俺たちも本拠地を探るために、泳がせたんだが、いきなり誰かさんに巨大な魔力を浴びて、追跡できなくなってしまった。」

「それは申し訳ありません。奴がやってきた方向から、人の気配がしたものだから、君たちのことをバルタザールやその仲間だと勘違いしてしまったのです。しかし、そんなことも明日で終わりです。あの集落を滅ぼして、おそらく潜んでいるであろうバルタザールを打ち倒せば、私はやっとラヴィニアの墓前に顔向けができます。」

「俺たちが既に返り討ちにした奴のなかにバルタザールがいたって線はないか?」

「奴は用心深い奴です。このところ、略奪行為は部下にやらせて、自分は息をひそめているようなのです。だから、迂闊にあなたたちを襲うとは考えにくいでしょう。」

「そういうもんなのかね。」


 俺は、何か違和感というか、胸騒ぎのようなものを覚えていた。それが何なのかはわからないが、言いようのない不安があった。何かを見落としているような。

 ハッパを吸い終わった俺は、軽い酩酊とまどろみの中、薬草コーヒーを飲み干して立ち上がった。ふと思い立って、草むらに向けて腕を伸ばし、昼間の魔法の真似事をしてみる。じりりと焦げるような臭いがして、指先が熱くなるのを感じるが、火花がぱちりとはじけ散って終わった。


「そうですね、コツとまではいかないですが、あなたにとって、相手を打ち倒すイメージを思い浮かべてみてください。たとえば、あなたが使うその魔杖で、敵に相対したとき、どうやって倒しますか?ニア殿にとっての『殺し』のイメージです。」

「成程、オレにとっての『殺し』のイメージか。」


 俺にとっての殺しのイメージは、デザートイーグルの引き金を引くことだろうか。俺の前に敵がいて、俺は銃を抜く。相手が撃つ前に、確実に仕留める。少し離れた枯れ木を見つめ、腕を伸ばし、そちらのほうに向けて指さしてみた


 BANG・・


 俺の指から衝撃波が弾け飛び、枯れ木が吹っ飛ぶのが見えた。


「お見事!」

「なるほど、こういうことか・・・!」


 連続で出そうとするが、指がしびれてうまくイメージがつかめない。


「あとは、正確な術式の構築と、そして慣れですね。敵に相対したとき、いかにブレがなく相手に撃ち込めるかを計算する術式を頭に叩き込み、そして発動するタイミングに慣れていくことです。そうすると、戦闘において確実な攻撃方法となるでしょう。」

「まあ、おいおい、な。・・・しばらくは、今まで通りやらせてもらうよ。」


 俺はガンベルトを叩くと、おっさんは呆れた笑いをあげた。


「ご自分に合ったやり方が、まあ一番ですからね。道具に頼らないでも戦えるということは、頭の片隅にでも止めておいてくださいね。」

「ああ、そうだな。」


 俺たちはそんな話をしながら、夜ふかしをしていた。どこからともなく、夜明けの匂いが立ち込めるのを感じた。


「そろそろ出発しましょう。」

「じゃあ、二人を起こしてこなきゃな。」


 朝、かっこうが鳴き始める前に、朝もやのたちこめる中で、俺たちは小屋を出発することになった。ヒエロニモのおっさんが、先んじて盗賊の根城とやらの様子を見ることになった。俺は、おっさんが消えていった方向に遅らせながら歩みを進める。エレナとバルバラは、眠そうな瞳を浮かべながら、俺についてくる。すると、バルバラが俺に歩みよる。


「なぁニア。昨晩、エレナにも言った話なんだが、騎兵隊ってのは目的のためには手段を選ばない組織だ。隊長級とくりゃなおさら。あのおっさんもそういう輩の可能性があるから、気を付けたほうがいいかもな。」


 バルバラはそっと俺に耳打ちした。


「おっさんだけじゃねぇ。オレはお前のさんのことも、100%信用してるわけじゃねぇぜ。」

「ははは、こいつは手厳しいや」

「だがバルバラは、根は悪い奴じゃねぇってことは分かるぜ。」

「そいつはどうも。アタシも、エレナのことは信じてる。エレナが連れてきたアンタのことは信じるぜ。」


少し離れたところを歩いていたエレナが寄ってくる。


「二人で何話してたの?」

「昨晩、エレナにも言った話さ。」

「ああ...あれね。ニアちゃん。バルバラのこともあんまり信用しちゃだめよ。弱みを握られちゃったら、後が怖いわよ。」

「ハハハ、ニアから同じことを言われたよ。アタシがそんな極悪非道な女に見えるかねぇ」


 俺がおっさんと話した内容を二人にも共有しながらしばらく馬を走らせると、先行していたヒエロニモのおっさんが、馬から降りて立っており、辺りを伺っていた。目の前の開けた場所に、そこそこ大きな集落が広がっていた。畑や用水路が見える。


「3人ともいいですか?あれが私が探し当てた、賊どもの本拠地です。」

「本当にそうなのか?アタシには普通の農業やってる集落にしか見えないのだが。」


 バルバラの疑問をエレナが遮る。


「待って、たしかに、あの集落から、かすかにバルバラの術式の気配がする。昨日追っかけてた弓使いの盗賊だと思う。」

「その盗賊を追っていたこと、昨晩ニア殿にも聞きました。私もあの集落に賊の仲間が逃げ込むのを見て、目星をつけたのです。それにしても、エレナ殿は魔法の気配を見分けることができるのですか。」

「...まぁ、そんなところね。」


 エレナは、やはり自分の能力の話になると、素っ気ない反応をするようだ。何か事情があるのだろう。


「にしてもあんな平凡そうな村がねぇ。」

「バルバラ殿、悪いことをしようとしている人間こそ、善良な者に見えるのですよ。」


 バルバラはそんなもんかねと話し半分に聞いているが、ふと俺は疑問に思った。


「あの村から盗賊の一味をどうあぶりだすんだ?大立ち回りしたら、それこそ賊どもに逃げられちまうだろう?」

「ええ、ですから・・・」


 ヒエロニモは、屈託のない笑顔で、俺たちに告げた。


「皆殺しにするのです。」

「え・・・」

「出会いがしらにかたっぱしから村人を殺していくのです。そうすれば、騒がれることもなく、盗賊共を滅ぼすことができます。」


 夜が白んできている。おそらく農作業に出てきたのだろう。畑には人影が見える。エレナがこめかみを押さえながら、畑のほうを見つめた。彼女の能力で対象の魔力とやらを見ているのだろう。


「魔力の波からして、あの畑の人影は小さな子供に見えるのだけれど、まさかあの子も殺すっていうの?」

「凄いですね、エレナ殿は。気配を感じるだけでなくそんな詳細までわかるのですか。」

「そういうことじゃない。あなたは、盗賊どもを討つために、村の子供まで一緒に殺すのかって聞いてるの!」

「現在子供だろうと、賊に協力する村の子供ですよ?そんな村に育った子供は、いずれ賊になるのです、どこがおかしいのでしょうか?いずれ盗賊になって罪を背負うしか道の無い子どもなら、今殺してあげた方が彼らのためでもあるのです。」

「あなたは教会に寄付してまで、そういう子供たちを救ってあげているんじゃないの?」

「全員を救うことなんて、できないんですよ。犯罪者の目は若いうちに摘んでおけば、孤児の数も減らせるのです。そうすればラヴィニアのような人たちも減らせる。」

「わからないわよ、そんな理屈!!」


 その場の空気が一変した。成程、バルバラがいう「目的のためには手段を択ばない」とはこういうことか。賊を討つためなら、その過程で罪のない子供を殺してもかまわないと。それにしても、エレナがここまで激高するとは思わなかった。もっと他人にはドライなのかと思っていたからな。彼女の過去に触れる何かがあるのだろうか。邪推はよくないが。

 そして、俺の頭には、あるひとつの疑惑が湧いたため、エレナの勢いに乗じて、それをおっさんにぶつけることにした。


「まあエレナ、少し落ち着いてくれよ。なぁ、おっさん、オレとエレナはここに来る前に、何者かに襲われたと思われる集落を見たんだ。」


 俺は一息ついてハッパをふかした。おっさんは煙越しに俺の瞳を見た。


「いきなり、どうしたのですかエレナ殿も、ニア殿も。」

「見たんだよ、女子供みな殺されていた集落を。そこでオレたちは悪趣味な趣向の死体を見たぜ。あやうくひどい目にあうところだった。」


 エレナとバルバラが神経をとがらせているのがわかる。そう、これはハリケーンの前の静けさってやつだ。


「魔石を埋め込んだ死体爆弾の話ですか?私も戦場で見たことがありますが、卑劣な作戦の一つですね。」

「ほう、知ってるのか?」

「ええ。その昔、北方戦線で敵が使った罠の一種です。国境線から奴らが撤退する際、我々騎兵隊同志の遺体に爆発性の魔石を埋め込み、我々が助けようと近付いたら魔力に反応してはぜるのです。」

「どんな様子なんだ?」

「そうですね、とくに若い隊員の死体が使われました。我々の同情を引くためでしょう。卑劣な手です。しかも、魔力が高ければ高いほど反応しやすいので高位の回復術を持つものほどを狙い撃ちにできます。軍医を戦闘不能にすれば、兵站に大ダメージを与えることができますからね。」

「なるほど。」


 俺は、今度はバルバラのほうを向いて話す。


「なあ、バルバラ。『悪趣味な趣向の死体』と聞いたら何を想定する?」

「あー、猟奇的に解体された死体かな?それとも凌辱されて犯された死体かな?」

「普通はそう思うよな。オレは『爆弾が仕掛けられた死体』とは一言もいってないんだ。それをおっさん。あんたは的確に『死体爆弾』と言った。正解だぜ、俺たちは死体に炸裂魔石が仕掛けられた爆弾を見たんだ。どうして、言い当てられたんだ?」

「ニアちゃん、もしかして、それって・・」


「オレは、こう思ってる。オレとエレナが見た滅ぼされた集落は、おっさんがやったんじゃないかって。」


 エレナが表情をこわばらせる。剣を抜こうと右手が震えている。少し間をおいて、氷解したような面持ちでおっさんは話し出した。


「デクスターからこちらに来るとき、初めに通る宿場ですか?だったら、たしかにそうです。それは、私が仕掛けたものです。あそこもバルタザール一味に協力的な村だったので、滅ぼしました。なに、死体爆弾はエサですよ。盗賊たちは私の娘をなぶり殺す連中ですから、若い女が倒れていたらきっと犯すために近づくだろうと罠を仕掛けておいたのです。」


 エレナとバルバラが困惑と嫌悪、そして侮蔑の表情を浮かべた目でおっさんを睨む。


「何を言っているの?あなたが滅ぼした集落はただの村人よ。牛や鶏を育てて細々生計を立てる畜産の村だったはずよ。盗賊の根城でもなければ、裏稼業をしているわけでもないなんの変哲もない集落だわ。」

「エレナ殿、上辺だけではそうかもしれません。しかしあの集落は、バルタザールの一味に宿を提供し、武器を修理してやっていたのです。」

「あのな、普通の村人はオレたちやあんたみたいに強かないんだ。脅されて一時アウトローに協力することだってあるだろうよ。それに目くじら立てて潰して言ったら、この世界から人間が居なくなっちまうぜ?」

「…詭弁ですよ。事実、ラヴィニアは死んだのです。」


 太陽が山の隙間から登り始めている。おっさんは、俺たちを一瞥すると、まるでそれが与えられた仕事のような落ち着きぶりで、畑仕事を始めた少年に向けて、騎兵槍のような魔杖を構えた。


「始めましょう、復讐の狼煙を・・・」


 エレナとバルバラに目配せした俺は、デザートイーグルを抜いておっさんに突きつけた。


「狂った朝日が昇ってきちまったぜ。もう潮時じゃねえか。オレがいうのもアレだが、おっさんあんたのやり方にはついていけねぇんだよ。」


おっさんが振り向こうとしたところでエレナが叫んだ。


「ニアちゃん、魔法がくる!」


BANG..BANG..BANG..


相手の攻撃を阻むため慌てて俺は発砲するが、何か固い壁のようなものに阻まれた。弾丸は明後日の方向に飛び散る。


「ラヴィニアは実際に殺されたのです。あの盗賊どもに!村の連中に!」

「何を言っているのかわかんねぇ。あんたアタマどうかしちまったんじゃないか。」


BANG..BANG..BANG..

再び.44マグナムを打ち込むが、効果は無かった。


「...ニア殿、あなたの魔法は片寄りすぎている。杖からの射出術式にすべての魔力を使っているのかしらないが、飛んでくる魔石の中には攻撃術式が見られない。だからこうして簡単な防御術式で阻まれるのです。惜しい。非常に惜しい。」


 バルバラも弓を射るが、壁に阻まれておっさんに届かない。


「あなたたちの協力が得られないのは残念ですが、私一人でラヴィニアの敵討ちの計画を練り直すとします。」


「逃がすか!マグナム弾がだめならこいつはッ!」


 皮肉にもおっさんに教わった攻撃魔法を試す。指先に魔力が集まってくるのがわかる。しかしうまく攻撃のイメージが掴めず、バチンと破裂音とともに霧散する。


「く、くそ...」


「ニアちゃん、バルバラちょっと攻撃止めて。私が行く!防御魔法なんて私には通用しないんだからッ!」


 エレナが踏み込み、防御魔法を破壊するが、その剣先はおっさんの杖で止められた。


「砲撃を打ち消すのみならず、結界まで破壊しますかあなたは!」

「二人とも今よ!」


 俺とバルバラが防御魔法が壊れた隙を狙う。しかし、弾も弓もやつに届く前に速度を失って地面に落ちる。


「結界を修復した...いや、違うな。速度低下の魔法をニアの魔石とアタシの矢にかけてるのか!?」


 やつは槍でエレナの剣をいなしながらも、別の魔法を発動していたようだ。なんて奴だ。杖を振り上げると、エレナの剣が弾き飛ばされ、エレナ自身も衝撃で後方に後ずさりせざるを得なかった。


「私は私のやりかたで目的を果たします。あなたたちがもし邪魔をするなら、次は殺しますがね。」


 おっさんは馬に飛び乗ると霧のなかに消えていった。


「ちっ・・・ニアちゃん、バルバラ、追うわよ。」

「エレナ、待ちな。どうせあいつはまたここにくる。それより、まずはアタシが痕跡をつけた奴の仲間を見つけよう。この村が、本当に盗賊の仲間なのか確認する必要がある。バルタザールってやつも探さなきゃな。」


 憔悴しきっていた俺たちは、奴を見送るしかなかった。奴はただ一人の正義を押し通そうとしていたのだ。そこにあるのは一つ、愛する人を奪われたという事実だけだ。まるで、あいつはあの日の俺だった。エスペランサが死んだあの夜の・・・。

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