第9話 嘆きの白

 復讐は何も生まないと人は言った。だが俺はそうは思わない。敵に復讐するための道具としてミサイルが生まれ、その弾道を計算するためにコンピューターが生まれたんだ。そのコンピューターをあまねく世界の人々が使っており、だれもがその恩恵をうけている。いや、別に哲学をしようと思っているわけじゃない。俺、アントニオ・マルヴェルデは、復讐から始まって、そして終わった。何かを成したわけでも、誰かのためになったわけでもないだろう。歴史には、アントニオ・マルヴェルデの名前は刻まれず、フアレスの奴らだってそのうち忘れ去る。

 俺は、魔法と無法の世界に少女アントニアの体で転生し、エレナとバルバラというどちらも危険すぎる女たちと、ならず者どもを討伐しに行くために、宿屋を後にした。おかみさんの旦那は、殺された娘への復讐のために、ならず者どもの所へと向かったという。ならず者は今もこの辺りを荒らしまわっており、旦那も帰ってこないところを見ると、結局のところ、復讐すら成せぬまま、死んだのだろう。復讐を成し遂げた分、俺のほうが幸せだったのかもしれないと思う。

 

 俺たち3人は、馬に揺られながら、街道を進んでいく。エレナは時折、遠くを見つめる素振りをしながら、道を確かめている。バルバラが付けた魔導の痕跡を辿っているのだろう。


「バルバラはおかみさんの娘さんや旦那さんには会ったことがあったの?私は話でしか聞いたことないんだけれど。」

「旦那は帝国騎兵隊<インペロヒネーテ>の魔導士だったらしいが、アタシもさすがに詳しくしらないし見たことも無い。娘さんには一度だけあったことがある。短い休みをもらって母親の宿屋を手伝っていたな。あんまり話はしなかったが、気配りのうまい子だったよ。それに、父親譲りなのか、魔法の力があるとかで、将来は研究機関の魔導士か、騎兵隊に入るかって言われていたとか。」

「騎兵隊って、お給料はそこそこいいのかと思ってたけれど、娘さんが住み込みで出稼ぎにいかないといけないくらい薄給なのかしら?そのあたりバルバラは詳しいんじゃないの?」

「・・・アタシに言われても・・・な。」


 バルバラが苦虫を潰したような顔でエレナの方を見ているが、当のエレナは素知らぬフリをしている。俺が二人の話に入っていけないでいると、バルバラ本人がフォローを入れてくれた。

「ああ、ニア。話についていけないよな、ごめん。アタシの父親が帝国騎兵隊(インペロヒネーテ)にいるんだよ。アタシはその後を継ぎたくなくて、家を捨てて傭兵ギルドに入って国中を転々としてるってわけさ。」

「バルバラのご実家、帝都にお屋敷もってる貴族なのよ。てっきり騎兵隊のお給料が良いからなのかと思ってたのだけれど。」

「エレナ、うちの実家の話はよしてくれ。もう、アタシとは何の関係もない話さ。」

「ごめんなさい。誰だって、あまり話したくない過去の話はあるものね?」

「ああ、昨日はからかってすまなかったよ。」


 昨晩、バルバラがエレナの過去の話をしたのを、エレナは覚えていたらしい。俺もエレナの恨みは買わないようにしないとな。


「まあ、なんだ、おかみさんの旦那の話に戻そう。旦那は、教会が引き取った戦災孤児や、騎兵隊員の遺児のために給料の大半を寄付をしてたらしい。おかみさんも、娘さんもそれに文句を言わず、むしろ街道沿いで宿屋をやったり、住み込みで働いたりしてその寄付に協力してたんだと。ほんと大したもんだよ。そんな聖人みたいな家族を、あんな悲劇が襲うんだから、運命ってのはひどいもんだよな。」

「そもそも、寄付のために家族総出で仕事してなきゃ、見舞われなかったってのも、皮肉なものね。」

「それは言いっこなしだよ、エレナ。」


 バルバラは遠い目をして言った。エレナも、そうね。とだけ言って再び魔力を追った。すると、しばらくしてエレナが突然叫んだ。


「二人とも、散開して道の脇に退避して!!はやく」


 咄嗟に俺とバルバラは道沿いの茂みに馬を潜らせる。エレナは馬上で剣を構えて何かを待った。数秒後に突風が吹きぬけた。質量を持った光の渦が、真っすぐにエレナに襲い掛かる。それは風というより、そう、まるでSF映画の極太レーザービームのようなものだった。エレナがそれに向かって剣を振るい引き裂くと、あたりが閃光に染まったあと、弾け飛び、空気が焦げたような臭いを辺り一帯に残した。


 ごうっ・・・と空間を抉り取るような風が突き抜ける。まるでシウダー・デ・メヒコ国際空港付近の住宅地みたいだ。降りてくるジェット機がすぐ上を通り抜けたときこんな轟音を聞いた気がする。


「おい、エレナ!バルバラ!無事かッ!」

「・・・なんて強力な魔法攻撃。ごめん、おかげでバルバラの術式を見失っちゃった。」

「いいよ、アンタが無事なら。アタシもダメ元で付けたやつだし文句なんてないよ。それにしても何だったんだ今の。」

「さっきのは、かなり遠くから撃たれた強力な魔法攻撃ね。これだけの精度で撃ってくるなんておどろきだわ。私じゃなければ、防御しきれずに消し炭になってたかも。」

「まさか、さっきの逃がした賊か?」

「いや、あいつがこれだけの魔法が使えてたら、今頃宿屋ごと吹き飛ばされてたと思うわ。」

「じゃあ一体・・・」


 空気の冷めやらぬ間に、こちらに全速力で馬の蹄の後が聞こえててくる。


「ニアちゃん、バルバラ、とんでもなく強力な魔力を持った人が近づいてくるわ。十中八九、さっきの攻撃の主ね。あれだけの攻撃の後だから、すぐに二撃目は撃ってこないとは思うけれど、十分に気を付けて。」


 エレナもバルバラも、臨戦態勢をとっている。俺も馬上でデザートイーグルを構える。もっとも、テキサスレンジャーの真似事などしたことがないため、馬上射撃でどの程度当てられるのかは未知数だが。

 近づいてきた影は、まるでメキシコ独立革命の銃騎兵の格好をした男だった。銃の代わりに騎兵槍のような武器を構えている。


「私はヒエロニモ・オネスト。帝国騎兵隊(インペロヒネーテ)中央軍所属、第9竜騎兵(ドラグーン)連隊長のヒエロニモ。悪党共め!忌まわしき仇の一味め!どんなイカサマを使ったというのです。あの攻撃を回避するなど小賢しい。」


 奴はおそらく、次弾の魔法の撃つため準備にかかろうとしているようだ。騎兵槍はおそらく魔法杖か何かなのだろう、次第に熱を帯びて力を貯めているように見える。この世界の魔法には本来詠唱とやらが必要なんだったか。おそらくその詠唱のためのチャージタイムといったところなのだろう。すると、そのチャージタイムが終わるとまずいということだ。この至近距離でもういちどアレを撃たれると、さきほどのような回避は難しいだろう。


「おいおい、帝国騎兵隊のしかも連隊長様がなんでこんなところに単騎でいるんだ?あのクソ親父は・・・大総督(グランデ)は、部下に単独行動を許すくらいに耄碌したのか?」


 バルバラが弓を番えたまま、ヒエロニモと名乗った男に尋ねる。男は少し怒ったような口ぶりで叫ぶ。バルバラめ、逆上させてどうするんだ、バカ!


「大総督(グランデ)モンテビアンコ司令を愚弄するというのですか!・・・いや、待て、あなたは、まさかナタリア殿では?!た、大変なご無礼を!本日の騎乗馬はトルエノ号ではないのですか?」


 しかし、ヒエロニモはバルバラの顔を見るなり、武器を下ろした。モンテビアンコ、どこかで聞いた名前だ。バルバラも構えを解き、少し億劫な表情を浮かべながら、返答する。


「アタシはナタリアじゃねえ。ナタリアの姉のバルバラさ。まあ、つまりあのクソ親父、大総督(グランデ)の娘ってことになるが、頭の良さは母の腹においてきちまったみたいで全部ナタリアに受け継がれたみたいだ。顔は似てるかもしれないが、ココが違うだろ。あとこいつはフルミネ。トルエノの兄弟馬だよ。」


 ああ、エレナがバルバラのことを最初『モンテビアンコ』と呼んでいたな。騎兵隊、たぶんこの世界の軍隊みたいなもんだろう。こいつ、そこのお偉いさんの娘だったのか。そして、バルバラは意地が悪いような表情を浮かべ、おもむろに胸を揺らす。その妹のナタリアとやらは、きっと一部分がバルバラと似ていないのだろう。それにしても本人が居ないところでひどい擦られようだ。


「・・・し、失礼した、バルバラ殿。司令のご令嬢…そしてナタリア殿の姉上を間違えて殺してしまうところでした。武器を手にして殺意をむき出しにしていたものだから、ならず者にほかならないと早合点してしまいました。なんとお詫びをしてよいやら。」

「やめてくれ、アタシはモンテビアンコも、騎兵隊も捨てた女だ。それにアタシらは傭兵だよ。あんなんでくたばる程度のもんじゃない。あと、この二人はアタシの連れのエレナとニアだ、怪しいもんじゃないから、よろしく。」


 今度は、エレナと俺が置いてきぼりを食らっていた。湧いてきた疑問に対して、エレナが代わりに切りだしてくれた。エレナは若干疑っているようだ。


「バルバラのお父様の知り合いか何かなのかは知りませんが、なぜ騎兵隊の連隊長さんが、こんな盗賊がいるようなところに、おひとりでいるんです?何かやましいことでもしていたのではないでしょうね?」

「やましいことをしていないかという問いに対しては、『していた』としか答えられないでしょうね。バルバラ殿が仰ったとおり、本来単独行動なんてしないですからね。」

「じゃあ、盗賊と裏で繋がってるとかってこと?」


 エレナは、一度は解いた構えを再び構えなおした。ただ、馬上ではおそらく奴のほうが有利だろう。なんていったってプロだ。バルバラはエレナの意図をはかりかねて、いつでも矢を取り出せるような体制で様子をみている。


「さっきも言いましたが、私は帝国騎兵隊(インペロヒネーテ)の中央軍で第9竜騎兵連隊長を務めるヒエロニモ・オネスト。この帝国と国民に忠誠を誓っています。決して罪なき民を傷つけたりはしないのです。」

「だから、なぜここにいるのって聞いているんです。やましいことしてたんですよね?」

「ああ、私は、本来連隊長として職務を全うすべきところ、無理に一時の暇を願い出て、単独行動をしているのです。ある者どもを、探すために。」

「ある者どもって?」


ヒエロニモは、感情を押し殺したような顔で、一言一言絞り出すようにしゃべった。


「3か月前、私の娘ラヴィニアが、殺されました。最近現れた、ならずものにね。そして私は、彼女に誓ったのです。必ず、復讐して、殺した者どもに報いを受けさせると。そう、私はラヴィニアを殺した男どもを探し出して殺すために、この周辺地域を探していたのですよ。」

「もしかして、街道沿いの宿屋の娘さんのこと?ってことは、おかみさんの旦那さんの魔導士ってあなたのことだったのね。」

「ええ、おそらくそうでしょう。妻のエラ・オネストは宿屋をやっていますからね。」

「まさか、そんな偶然あるのかよ。」


 エレナとバルバラが驚きの表情を浮かべる。俺もてっきり、旦那ってのは死んだものとばかり思っていたが、復讐の機会をうかがって潜伏してやがったのか。たしかにあのすさまじい魔法を使う奴がそう簡単に死んだりしないか。


「貴公は、エレナ殿とか言いましたね。ラヴィニアを知っているのですか。」

「おかみさんから聞きました。あなたが娘さんの復讐をするためと言って出て行ったきり帰ってこないと。あなたもきっと死んでしまったのではないかと嘆いていましたよ。一度、おかみさんの所に帰ってもらえないですか?」


 エレナは、珍しく他人に懇願した。しかし、彼の答えはNOだった。


「それはいけません。私は必ず復讐すると誓った身、それを成し遂げるまでは妻エラにも会いまみえることはできません。もしできれば、あなたたちから、伝えてもらえませんか。もう少しで、復讐は成るだろうと。」

「つまり、仇はもうすぐ討てるということ?」

「ええ、奴らが潜んでいる場所の目星は付いています。彼らを撃ち滅ぼせば、私はラヴィニアの墓標と、宿屋に残してきたエラにすべて終わったことを告げることができるのです。だから、心配しないでお帰りなさいな。」

「アタシらも、この辺を荒らしてる盗賊をぶっ潰しに来たんだ。ヤってからじゃないと引っ込みがつかないんでね。」


 バルバラはおっさんに向かって意地が悪そうな表情を向ける。


「・・・そうか。たしかあなたたちは傭兵でしたね。じゃあ、手伝ってもらってもいいでしょうか。ギルドに正式に依頼しないとダメなのでしたっけ。」

「そうこなくっちゃな。いや、アタシらが受けるっていったらそこからが契約成立だぜ。」


 何故か愉快な一行に、ドン・キホーテみたいな恰好のおっさんが加わった。とりあえず、賊を倒しに行く前に、おっさんのアジトに向かうことにした。


「お恥ずかしながら、私は騎兵隊一筋で来ました。傭兵ギルドのことはよく知らないのです。バルバラ殿は弓をお使いになって、ナタリア殿よりも馬術に優れているとのお噂は聞いておりますが、実際のところあなた達はどのくらいお強いのですか?」

「あー、強さというのも多義的な言葉だし、どう答えていいかわからないが、一応、ギルドには危険な依頼を受けられるかどうかの6段階制のレベルがあるから、これを指標としよう。こいつだと、アタシは『白』、6段階中上から2番目ってとこだね。」


 バルバラはネックレスの魔石を太陽にかざした。光線を反射して純白色に輝いている。


「そしてこっちの金髪はエレナ『孤高の狂刃』って大層な二つ名持ちの剣使いだ。6段階中上から1番目の『黒』、ギルドでもそうそう居ない。安心していい。」

「バルバラ、その言い方やめてっていったでしょ、はあ・・・。」

「そっちのちっこいほうはニア、魔法使い。たしか・・・『緑』だったか?6段階中一番下だが、戦闘に関していえば『銀』や『金』とも遜色ないと思う。アタシも会ったばっかりだから詳しいことはわかんないが、最近エレナに拾われたっていうから、たぶんギルドに入りたてなんだろう?」

「まあ、そうだな。」


 なぜか、この場をバルバラが仕切っている。エレナは機嫌悪そうに、馬上で剣の手入れをしている。


「エレナ殿、あなたは私の魔法をガードしたというより、消し飛ばしたように見えたのだが、あれも何かの魔法ですか。私も魔法はかなり研究しましたが、あんな術式は初めて見ましたよ。世の中にはまだ知らないものがあるものですね。」

「・・・ま、そんなものよ。」


 エレナは至極興味なさげにこたえる。ヒエロニモのおっさんも、エレナのそっけない対応を慮って、それ以上はつづけなかった。そのため、いよいよ俺にお鉢がまわってきた。


「それにニア殿。あなたは魔法を使うのですか。私も魔法には心得がありますから、もし情報を交換できるものがあれば、ぜひお教えいただきたいものです。どのような術式をお使いで?」

「ん?ああ・・・」


 言葉で説明するのが面倒くさくなった俺は、デザートイーグルを抜いて、街道沿いに立っている大樹から落ちてきた3枚の葉っぱに向かって撃った。


BANG!BANG!BANG!


3枚すべての葉が粉々に砕け散ると、銃声だけがあたりに反響した。


「素晴らしい!それは無詠唱高速魔法(ラピタマギア)ですか。その若さで習得しているとは。実は一度だけ使い手の戦闘を見たことがあるのですが、私が見たものとはだいぶ異なりますね。用いている術式の流派がおそらく違うのでしょう。あなたはどこでその術を?」

「まあ、・・・フアレスで、覚えた。」

「知らない流派ですね。どこの地方でしょう。ああ、別に詮索するつもりはありませんよ。」


 本当のラピタマギアとやらは、一体どういうものなのだろうか。一度お目にかかりたいなと思うが、この世界でも珍しい魔法であれば、そうそう見ることも無いだろう。


「ニア殿。ひとつよいですか。」


おっさんが、神妙な面持ちで尋ねてくる。


「ニア殿は、術式の詠唱のスキームをどのように完結させているのですか?杖から魔石を発射しているように見えますが、すなわち、杖に込められた魔石に発火し、高速で射出する術式を無詠唱としているわけでしょう?術式の詠唱を念じるプロセスをどこで代替しているのでしょうか。」

「・・・よくわかんねぇな。」

「魔法の発動は、必ず術式の詠唱を伴うわけで、ラピタマギアとは、巷では『無詠唱』と勘違いされますが、実はそうではないのです。詠唱プロセスを別の場所で代替することで、さも無詠唱で発動しているようにみせているのです。」


 そういうと、おっさんは、馬上槍もとい杖を抜いて構え、数秒念じたのちに、俺と同じように、落ちてくる葉っぱを「魔法」で撃ち抜いた。数枚の葉っぱが爆ぜ、その欠片に触れた周りの葉っぱも連鎖して吹き飛んでいく。


「たとえば、私も、このような小規模魔法であれば、連続で射出することができます。連続で射出しているため、一見2発目、3発目は無詠唱に見えますが、これは1発目の射出前に3秒間の詠唱時間を要しており、このタイミングで並列詠唱(パラレロマギア)を行って2発目、3発目の前の詠唱を代替することで実現しているわけです。ラピタマギアは、この1発目の射出前の詠唱時間を、別の何かに肩代わりする技術なのですが、私も詳しくは知りません。」


 こいつは雲行きが怪しくなってきたぞ。どう説明したものか。下手に「魔法」に詳しい奴が相手だと厄介だな。今後、むやみに銃の実演して見せるのはやめよう。


「詠唱とは計算式を脳内で構築し、着弾して爆ぜる地点をイメージし、具現化するものです。あなたはそれを一瞬で行った。どこかで代替処理を行っていない限り実現できない技です。いや、もしくは、あなたは生まれついての魔力処理能力がとんでもつもなく大きく、一瞬で詠唱処理が終わるのかも?」


 ヒエロニモのおっさんはすっかり考え込んでしまった。まさか、このデザートイーグルが魔法ですらない、機械と火薬仕掛けのびっくり箱だなんて、言えないよな。そういえば、あのヴァラディンガムの野郎が作った疑似.44マグナムは、そのあたりどう処理をしていたんだろうか。おっさんがいってることが本当だとして、あの魔石マグナムは火薬をつかってるわけじゃないから、どこかでその「代替プロセス」を行っていたはずだろう?まあ、ちゃんと「代替」できてなかったからこそ、弾道が安定しなかったのかもしれないが。


「ニアは、お勉強好きなのかい?アタシもエレナもさっぱりだ。」

「いや、オレも実はよくわかってねぇんだ。こいつも感覚で使ってるからな。」

「なるほど、ニア殿は感覚で魔法を発動しているタイプですか。そういう方は、騎兵隊の魔導士の中にもごく稀にいます。であれば、磨けばもっと強力な魔法使いになれるかもしれませんね。私の仮設のとおりニア殿の魔力処理能力が桁外れで高いのであれば、詠唱時間という縛りが緩和されるわけです。これまで、強力だけれども詠唱時間が長すぎて実戦では使えなかった攻撃魔法も、ニア殿の手にかかれば、一線級の魔法として使えるかもしれません。これは大いに研究のし甲斐がありそうですね。」


 変に期待されても困るが、エレナが言ってるように俺の魔法の潜在能力が高いとしたら、サブウエポンとして覚えておいても損はないだろう。


「ヒエロニモのおっさん、せっかくだから、何か簡単な攻撃魔法を教えてくれないか?」

「・・・いいでしょう。」


 おっさんは、持ち合わせた手帳にメモを書きつけ、俺に手渡してきた。そこには、簡単な計算式と、いくつかの意味の不明瞭な単語が書かれていた。エレナとバルバラはそんなおっさんと俺のやり取りを興味無さそうに見守っている。


「その文字を順番に読んで、右の人差し指を、そう、あの低い草むらの方に向けてください。それから、その計算式をイメージして、草むらの上にそっとモノを落とす感覚で撃つ!」


BOOOOM


 俺の指から稲妻のような、音波のような何かがほとばしり、草むらに向かって走り抜けていった。その何かが着弾した草むらがあった場所には、大きなクレーターが出来てしまった。エレナとバルバラが俺の方を振り返り、あっけにとられていた。


「まいりましたね・・・私の想定では、この術式では、雑草がすこし燃える程度のもののはずだったのですが・・・。ニア殿はやはり、何か体内の魔力術式の構成が特殊なのでしょうか。・・・では次は、それをメモを見ずにイメージだけでやってみてください。」


 俺は言われるがまま、さっきと同様のイメージを思い浮かべて、右の人差し指に集中した。ばちっ・・・と鈍い音がして、静電気にでも触れたような痛みを感じて指をひっこめた。


「いッた・・・!なんだこりゃ・・・」

「うーん、うまく制御できずに魔力が逆流したのでしょうか・・・。何回かやってみましょうか。」


 もう一度メモを見ながら何度かやってみたものの、最初の一回目のような魔法を出すことは叶わなかった。そうしているうちに、おっさんが根城にしているという、廃屋へと辿り着いた。


「盗賊の住処がこの近くにあります。私は彼らを根絶やしにするため、この数日廃屋にこっそりと機会を伺って潜んでいました。」

「なるほど、バルバラが痕跡をつけた輩がこっちの方向に逃げてきたのは、やっぱり間違いじゃなかったってことね。」

「さて、日も陰ってきました。汚い場所ですが、食事にしましょう。」


 おっさんが、固いパンや干し肉を投げてよこした。贅沢は言っちゃいられない。俺たちは、エレナがなぜか持ってきていたバターとハチミツを付けて平らげる。


「今日は、早めにお休みなさいな。あなたたちさえよければ、早朝、夜襲をかけようと思います。あなたたちは小屋のソファを使ってください。私は、奴らが通りかからないか見張っておきます。」

「じゃあ、お言葉に甘えますね。」

「アタシらの寝込みを襲ったりしたらただじゃおかねぇからな!」

「ははは、妻に顔向けできなくなってしまいますよ。」


 バルバラの冗談に笑いながら返したおっさんは、どこか寂しい顔をしていた。おかみさんのことを思い出しているのだろうか、それとも死んだ娘さんのことか。


「ああ、ニア殿。そこに初級術式の本が何冊かあります。必要なら持って行ってください。」


 おっさんがテーブルの脇を指さした。新品に見える白色の装丁の本が積まれている。


「いいのか、もらっちまって。」

「ええ、私がそれを渡そうとしていた相手は、もうこの世にいません。持っていても私にとっては嘆きの白い本です。必要な人の手に渡ったほうが私もうれしいですよ。」


 なるほど。俺なんかが代わりにもらっちまっていいのか悩みどころだが、おっさんがそう言うなら、遠慮なくもらうとしよう。その仇をこれから討ちにいくというのだから。

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