第12話 ピンクの若いブタ

 荒野には荒野の摂理がある。罪人が罪を告白するとき、教会は一体何回鐘を鳴らせばいいのだろうか。俺にとっては、この転生世界自体が懺悔室のようなもので、その行いをもって、ただ罪を雪いでいくだけだ。ヒエロニモのおっさんは、復讐という名の妄執に取りつかれたから死んだ、ただそれだけ、それだけなんだ・・・。


 日が昇るころ、俺たちは満身創痍で集落を足早に後にし、マックイーン砦へと向かうことにした。長老は親身に薬品を分けてくれ、応急処置をしてくれたが、そこにはちゃんとした医療施設が無かったからだ。バルバラの馬、フルミネが主人の大事に興奮した様子だったが、背中に朦朧とするバルバラの体を固定すると、大人しく俺とエレナの馬についてきてくれた。エレナも強く体を打っている。本人は大丈夫だと言い張るものの、早く医者にみてもらったほうがいいだろう。集落は朝でたが、マックイーン城塞についたころ、すっかり日が落ちていた。

 俺たちは無言のまま、崩れかけた城門をくぐった。エレナが前に言っていたとおりの猥雑でカオスなつくりの街だ。まるで城壁に寄生するように増改築を繰り返した家屋が熱帯雨林のキノコのごとく生えており、昔テレビで見たアジアのスラム街みたいな様相を呈している。その入り組んだ城壁を縫うような比較的開けた広場に、傭兵のギルドハウスがあった。古びた指揮所でも改造して作ったのだろうか。壁には銃眼が設けられており、ところどころ蝋燭の明かりが漏れている。重たい木戸を開けると、常夜灯がうっすらと揺れる受付には、眼鏡をかけた黒髪長髪のねーちゃんが一人で座って本を読んでいたいた。いかにもナードといった風の格好だが、乳はバルバラに負けていないだろう。こちらに気づいて書類を書く手をとめた。


「遅くまでご苦労様です、お泊りになられますか。生憎、個室は満員ですが。」

「それより、治療だ。一人重傷が居る!もう一人もケガしてる。止血してはいるが、腹に穴があいてやがる。」

「ケガしてるのはどなたですか?」


 黒髪のねーちゃんは、冷めた顔のまま告げる。焦りのようなものはない。ギルド員の怪我には馴れているのだろう。いや、もしかしたら死にすら慣れているのかもしれない。


「私はエレナ・ヴィジランテ。同行している“白タグ”のバルバラ・モンテビアンコが・・・“ドーナッツシューター”が、敵との戦闘で重傷を負ったと言えば、深刻さがわかってもらえるかしら。」


 エレナが、そう言うと、ブレスレットを受付の大魔石にかざした。大魔石は、黒色に怪しく光る。受付のねーちゃんは、大魔石に表示される名前を見ても顔色こそ変えなかったが、立ち上がって何かの準備を始めた。

「ヴィジランテ様。状況は理解いたしました。あなたたちほどの人が、これほどの傷を負うという程度に緊急事態だ、ということですね。当直の医師を起こして来ますから、少々お待ちください。」


 しばらくして、ねーちゃんが医者と看護師を連れて戻ってきた。


「私の声が聞こえますか?モンテビアンコさん。」


 看護師がバルバラを台車に載せて、医師とともにバルバラに話しかけながら奥の部屋へと連れて行った。


「モンテビアンコ様は、彼らに任せておけば、ひとまずは安心でしょう。」

「ねーちゃん、バルバラだけじゃなくて、エレナも見てやってくれ。動けるとはいえ、全身を打ったんだ。」

「そうですか。」

「・・・頑丈なだけが取り柄だから、大丈夫よ。」

「私はマックイーン支部長代理のミオ・トライトレス。お噂はお伺いしておりますが、お会いするのは初めてですね、ヴィジランテ様。わたしでは心もとないかもしれないですが、一応魔術に心得はありますから、見させていただきますね。」

「ミオちゃんっていうのね、気持ちは嬉しいのだけど、見ても分からないと思うわ。」


 ミオは、エレナの体に手を当てながら、様子を探る。魔法を流し込んで様子を探ろうとしているようだが、ミオは首をかしげる。


「なるほど、特異体質でしょうか?魔法が吸い込まれるように消えてしまい、診断ができないですね。ではしかたがありません。一応、わたしは魔術以外にも人間の構造にも詳しいので。ヴィジランテ様、すこし我慢してくださいね。」


 エレナ本人が「魔法は効かない」と言っていたが、攻撃魔法だけでなく、治療魔法も効かないということなのか。それは特異体質なのか?ともかくミオは、ぐいっとエレナの体を掴んでいろいろな部位を触りながら力を入れる。力を入れられるたびにエレナが顔を顰める。


「いたたたたたたた・・・・!」

「これは、打撲ですね・・・。それも全身打撲。湿布を貼って数日安静にしたほうがよさそうです。骨が折れていないのが奇跡です。打ち身、擦り傷も酷いですし、魔法が効きにくい体質なのだとしたら、香草薬を薄めずに原液のまま塗りましょう。」


 そしてミオは唐突に俺のほうを向く。


「あなたは・・・」

「アントニア・マルヴェルデだ。まだ新入りだがよろしく。」

「そうですか、マルヴェルデ様。では、すこし手を貸してください。ヴィジランテ殿を2階のゲストルームに連れていって治療します。」


 俺はエレナに肩を貸しながらミオに付いて階段を登って行った。ミオは銀の鍵を準備し、大きな部屋の扉を開けた。そこそこ格式のあるゲストルームだろうか。調度品も凝ったものが置いてある。おそらくだが、エレナが“黒タグ”だからこそ、通されたのだろうと思う。


「マルヴェルデ様。ヴィジランテ様をそこのベッドへ。」


 言われるままに、俺はエレナをベッドへ横たえる。大丈夫大丈夫と言いながら少し抵抗したが、ベッドに横になったとたん、安心したのか、大人しくなった。


「では、ヴィジランテ様の服を脱がしてください。」

「えっ、何をする気だ!?」

「何って、脱がさないと薬を塗れないじゃないですか。魔法治療なら、服の上からでもできますが、薬治療ですから。私は医務室に行って薬を取ってきますから、その間に脱がせておいてくださいね。」


 脱がせるっていっても、エレナの服を、俺がか?俺が躊躇していると、あろうことか、エレナが悲しそうに呻いた。


「ごめんね、ニアちゃん、めんどくさいよね。ニアちゃんを守るとか言っておきながら、役に立たなくてごめんね。いいよ、私一人で脱げるから。」

「あ、いや、そういうわけじゃないんだ。」


 エレナを悲しませるわけにはいかない。ここは覚悟を決めて脱がせるしかない。俺は、彼女の肩から、服を引き上げようとした。


「いッ・・!!」


 エレナは苦しそうな声を上げた。どこか痛かったのだろうか。


「まず、腰の・・・コルセットから、外さないと、引っかかって痛いよ・・・・」


 どうやら、脱がす順番を間違えていたようだ。言われるままに紐を解いていく。すぽりと皮製のコルセットが外れた。次は上を脱がしていく。腹から肩にかけて青あざが広がっているのが見えた。下着も脱がさねば。

「うっ・・・」


 何回か風呂にも入って、直接見ているが、俺が自分の手でエレナの下着を脱がすという行為に対してなんともいえない気持ちを抱いていた。雑に下着を脱がせると、胸部には青黒い内出血が広がっており、どう考えても痛いだろうことがわかると、そんな気持ちもどこかへ消え去ってしまった。


「痛いか?」

「すこし、ね。」


 気さくに答えてはいるが、相当つらいはずだ。俺は次にスカートを脱がしていった。複雑な形状のシフォンスカートは、なかなか脱げなかった。どこか痛むのか、無理に脱がそうとするとエレナは辛そうにうなった。


「エレナ、すまん。あとで弁償する。」

「べつにいいよ・・。」


 俺はナイフで彼女のスカートを裂いて脱がすことにした。びりびりと、嫌な音だけが部屋のなかに響き渡る。まるで空腹のスラムのガキが盗んできたオレンジを剥いているような気分だぜ。中の果実を傷つけないように慎重に皮をはがしていく。しばらくすると、エレナの真っ白く肉付きのよい太腿が露わになる。刃が肌に触れぬよう、紐を断ち切ると、完全に脱がせることができた。い、いや、さすがにパンツまでは脱がせなくていいんだよな・・・・?

 彼女の腹部には、大きな傷があることに気づいた。よく見ると、ほかにも体のあちらこちらに古傷が刻まれている。おそらくこれまで渡り歩いてきた死線の証なのだろう。そのひとつひとつに、過去と理由があるのだろうが、彼女がとくに話さないのであれば、俺のほうで詮索するのはやめておこう・・・。


「ニアちゃん・・・嫌なことさせて、ごめんね。」

「嫌なものか。エレナが苦しそうにしているのに放っておけるかよ。」

「ありがとう・・・。」


 丁度、ミオが部屋に入ってきた。


「薬を持ってきました。どうやら、モンテビアンコ様の容態は落ち着いたみたいです。」

「そう・・・よかった。」

「ヴィジランテさん。ですので、薬を塗ったら、安心してお休みくださいね。」


 ミオによって全身薬漬けにされたエレナは、眠りについたようだった。脱がせた服の片付けをしていると、ミオは俺を呼び止めた。


「マルヴェルデ様。一つお伺いしてもよいですか。」

「ああ、なんだ。」

「あなたは、一週間ほど前にデクスターで登録されたばかりだと記録がありましたが、ヴィジランテ様に相当信頼されているようにお見受けします。『孤高の狂刃』と呼ばれるとおり、ヴィジランテ様は、昔モンテビアンコ様とコンビを組んでいた時期があった以外に仲間を持ったことがなく、長らく一人で活動されていました。しかし、今、あなたとヴィジランテ様は一緒にいる。ヴィジランテ様が認める理由とは?一体、あなたは何者なのでしょう?」


 ミオは俺を見定めるような目で見つめてきやがる。整った顔をしているにも関わらず、感情が表情に見えにくいからか、彼女の顔は若干不気味にみえるぜ。


「さあね。なんでか、ね。一緒に居て落ち着くから、だったりしてな。エレナがどう思っているのかなんて、わからねぇや。」

「・・・やはり、魔力量の多さ・・・」

「何か言ったか?」

「いえ、何も。」


 余った薬や、湿布を片付けたミオは、そのまま部屋を出ていくようだ。


「マルヴェルデ様も、お休みください。体だけでなく、心の回復も必要ですよ。必要なものや食事があれば、お申し付けください。」


 俺も、少し寝るか。安請負しちまったおっさんの依頼のこともあるし、これから一仕事だ。エレナもバルバラもしばらく安静にしてなきゃならねぇってんなら、俺が一人で動かなきゃいけねぇってことだ。おっと、ちょうどいいところに革張りのソファがありやがる。俺にはこういう寝床がお似合いだ。



 朝がやってきた。ドンドンドンと断続的に発破音のような音が続き、部屋が揺れて目が覚めた。エレナは相変わらず眠ったままのようだが、不快な目覚ましに俺は上着を羽織って、部屋の外に飛び出し、1階に降りて行った。


「ああ、おはようございます、マルヴェルデ様。」

「おい、ミオ。一体なんだこの音は。」

「ああ、魔法の訓練のことでしょうか。騎兵隊の魔法部隊が、定時に射撃訓練を行うのですよ。このマックイーンでは日常茶飯事です。まあ時報代わりといったところでしょうか。」

「魔法の訓練?」

「マルヴェルデ様はこの街ははじめてですか?この要塞都市のすぐ北側は、帝国の支配領域外、つまり共和派分離勢力の影響下です。定期的に小競り合いが起こりますから、示威行動をとって牽制しているのです。」

「戦争してるってことか?」

「これを明確に『戦争』と呼ぶのかどうかは、政治や軍事に疎いわたしにはわかりかねます。そもそも帝国は共和派の存在を認めていませんからね。しかし、共和派も帝国からの独立を目指して破壊活動をしています。お互い殺し合いをしているという意味では『戦争』状態であるというのは、間違ってはいないと思います。」

「政治だとかそういう難しい話はオレにはわからねぇや。ようは、この街は、争いの渦中にあるってことだな」

「ええ、平たくいえばそうです。いますぐ戦火に焼かれるということは無いですが、緊張状態にあって、いつ共和派が襲い掛かって燃やされてもおかしくないということです。」


 俺の居たフアレスも、シンジケートと軍隊・警察の争いは日常茶飯事だった。人が対立して殺しあってる様子を戦争と言うんだったら、それはまさに戦争だった。この街は、特にそれが顕著ってことなのだろう。物騒な街だ。だが、逃げ出すわけにはいかない。エレナもバルバラも治療中で、しかもおっさんの事件を調べなきゃならねぇ。


「なあ、ミオ。ウォラック商会ってのは知っているか?」

「ええ。中央通りを進んだ最奥の騎兵隊司令部の手前あたりに本部があります。近くに行けば大きな建物があるのでわかると思いますよ。」

「どういう店なんだ?」

「各地の鍛冶職人や魔石炭鉱とも取引関係があって、生活必需品だけでなく武器や燃料も扱っていて、騎兵隊にも顔が利く総合商社です。騎兵隊とのつながりから、帝都ではなく前線であるこの街に本部を置いているようです。独自の流通ルートを持って交易もしている我々ギルドとは商売敵というところでしょうか。だからといって、対立しているわけではないですが。」

「ありがとう。とりあえず、いってみるぜ。」


 一通りの多い中央通りを抜けると小奇麗な区画が現れた。ぎゅっと施設が凝縮された城塞都市には似つかわしくないような、大きくて豪華な建物だ。1階部分は百貨店のような作りになっており、賑わっていた。ギルド支部と遜色ない、いやそれ以上の規模だ。警備はそこまでされていなさそうだが、建物の周りには騎兵隊の隊舎があるようで、ここに強盗に入ろうという奴はそうはいないだろう。おれは、客のフリをして店の中へと入っていった。床の大理石がまぶしいぜ。


「いらっしゃいませお客様。何をお探しですか。」

「ああ、特に目的はないのだが・・・」

「ギルドの方ですか?当商会はギルドの精算魔石とも共通でお買い物いただけますよ。」


 店員は、俺の魔石タグを見て言った。便利なシステムだぜ。アメリカでは電子マネーとやらが当たり前に使われていてどこでも買い物ができるらしいが、まさにそういうものといったところか。この世界、変なところで進んでやがるな。それにしても、いろんなものが売っているな。魔石、装飾品、ランプにコンパスか?うーん、エレナにお土産で何か買っていってやるか?


「じゃあ、こいつを一つくれないか」

「かしこまりました。」


 って、俺は別にウィンドウショッピングをしにきたわけじゃあない。もういっそ率直にきいてみるか。


「なあ、店員さんよ。実は、ラヴィニア・オネストって従業員について聞きたいんだが・・・」

「あっ・・・ラヴィニアさんのご関係者でしたか。・・・この度はご愁傷様でした。であれば、行商部の者を呼んでまいりますね。」


 店員は、俺のことをラヴィニアの関係者だと勘違いしたようだが、話が早くて助かる。しばらくすると、店員に連れられて、一層身なりのいい、若そうな優男が現れた。


「お客様、ごきげんよう。当商会の会計部長兼行商部長のロレンツォ・テラテニエンテです。ラヴィニア・オネストさんのご関係者だとか。今回のことは、とても残念です。彼女が所属していた行商部を統括する私も、優秀な同僚を失い非常に憤りを覚えております。一刻も早い事件の解決を願うばかりです。」

 

 こいつ、人の死を語るにおよび、どうにも軽そうな口調で話している。だから商人ってやつは嫌いなんだ。きっと人の命を損か得かでしか判断して無さそうって顔だ。


「オレはアントニア・マルヴェルデだ。ラヴィニアの親父さんのちょっとした知り合いだ。よろしくな、行商部長さん。」

「私のことはロレンツォで構いません。ヒエロニモ連隊長のお知り合いでしたか。お若そうなのに珍しいですね、もしや連隊長が支援していた孤児院のご出身とか?」

「いや・・・ま、まあ、そんなところだ。」

「そうでしたか。連隊長はお元気ですか?ラヴィニアさんの件でかなり落ち込んでいたようでしたから。無理もありませんが。」

「おっさんはな・・・死んだよ。」

「えっ・・・亡くなった・・・?」

「復讐心にな、殺されたんだ・・・。」


 さすがのロレンツォも神妙な面持ちで俺を見つめる。少し考えるような素振りをして言った。


「復讐心に、ということは、ラヴィニアさん殺しの犯人を見つけだして、返り討ちにあったということですか?」

「まあ、おおむねそういうところだ。」

「憲兵隊は犯人を見つけられていないようでしたが、彼には犯人の目星がついていたということでしょうか。」

「さあどうだろうな。俺にはわからないが。なあ、ロレンツォさん、あんたも何かラヴィニアの事件で知っていることはないか?些細なことでもいいから、教えてくれ。商会の中に恨んでた奴がいたとか。変わった様子があったとか」

「い、いえ、分かりませんね。品行のいい子でしたから、恨みを買うなんてことないと思いますが。私にこたえられることは無いと思います。」

「・・・そうか。じゃ、邪魔したな。」


 収穫はゼロか。俺は仕方なしに商会を後にした。いったんギルドに戻るとするか。それにしても大通りは往来が激しいな。人の波に沿っているとかえって迷ってしまいそうだ。大体のギルドの方角は覚えている。路地裏を抜けて、抜け道をするとしよう。


「やあ、お嬢ちゃん。こんなところに一人で出歩いてたら、人買いにさらわれちまうぜ」

「なっ・・誰だてめぇ・・・」


 不覚だった。俺は、後ろから男につけられていることに気づいていなかった。男に捕まれた腕を振りほどき、とっさにデザートイーグルを抜こうとするが、男のこぶしの方が早かった。みぞおちに衝撃が・・・く、くそ・・・




 ・・・どこだろうか。湿っぽい場所だ。くそ、まだ殴られた腹がいてぇ。「アントニオ」だったときは、いくら襲撃されようと遅れをとったことは無かったが、如何せんこの「アントニア」の体は脆すぎる。力づくで、しかも至近距離で抑えられちまうと、アウトだ。幸い、他に外傷はなさそうだから、気絶してる最中に骨を折られたりはしていないようだ。しめた、ガンホルダーは盗られていない。奴ら、デザートイーグルが何をする道具かわからなかったのだろう。辺りを見回す。天井付近の換気窓から水が滴っている。あそこが地面の高さだろうか。ということは、ここは地下室を改造した牢獄のような場所なのだろう。扉には厳重な鍵がかけられており、足と腕には手枷がはめられている。まるでベニート・フアレスに処刑される直前のマクシミリアーノ王の気分だぜ。錠前が開く音がする。


「目ェ、さめたか?嬢ちゃんよお、お前、何者なんだ?」


 髭面の胡散臭そうな男が、さっき俺を殴った野郎と一緒に牢獄に入ってきた。


「いきなり、街で歩いてるいたいけで可愛らしい少女を、こんなきたねぇ場所にご招待するなんてぇ、干からびたナスみてぇな根性してるあんたこそ何なんだ?」

「はっ、何がいたいけだ。とぼけるんじゃねえ。お前がラヴィニアの事件を嗅ぎまわってるのはわかってんだよ。俺らが贔屓にしてた集落が燃やされた後、お前の容姿に似た女と金髪の女が集落に現れたのを俺の部下が目撃してんだ。」

「ああ・・・あんたあれか、バルタザールか。」

「おう、なんだ、俺のこと知ってんじゃねえか。」

「んで、その悪徳商人様が俺に何の用だ?」


 バルタザールは、後ろの男に火を付けさせてタバコをふかし、俺の顔に煙を吹きかけた。はっ、効かないね。俺はもっと強いハッパをふかしてるんだ。


「あれだよ、ほら。商売上、あの事件は、カギまわられたら困るんだよね。あれはさ、流しの盗賊がやった。そういうことになってるのヨ。憲兵隊もそれでお手上げ、迷宮入りってことになるはずだぜ。」

「はぁん、やっぱりお前か。しかし、お前のお仲間にちょっとばかし、おイタさせてもらったが、何も知らなそうだったが・・・」

「あ?まあ、末端のやつらには、今回のことをちゃんと伝えてねぇからなぁ。いやぁ、とはいっても、別に俺はラヴィニアのお嬢ちゃんを殺しちゃいないぜ?」


 くせえ顔を近づけるんじゃねえ。髪を掴んで唾を飛ばすな、放しやがれ、きたねぇ野郎だ。・・くっそ、いってぇな、放し方にも限度があんだろ、いきなり床に放り投げるんじゃねぇよ。


「まあ、関わってないとも言えないがな。」


 興味をなくしたみたいに、バルタザールは踵を返し牢獄から出ていこうとしている。バルタザールの後ろにいた俺を拉致した男が、虚ろな目つきで俺を見下ろしている。去り際にバルタザールが吐き捨てた。


「大人しくなるまで、シメておけ。洗脳薬はいくらつかっても構わねぇ。ただ、見える部分には傷つけるなよ。せっかく見た目は可愛いお嬢ちゃんなんだ。『目玉商品』にするんだからよォ。それに、価値が下がっちまうから犯すのも今回は我慢しろよ。」

「わ、わかってますぜ、旦那。へへへ、俺はただ単純に、こういうガキをいたぶって従順にさせるのが大好きなだけなんすよ!たまに事故っておっ勃っちまうことがあるだけでさ。へへへ。」

「いい趣味してるぜ・・・じゃあ、あばよ、お嬢ちゃん。次に会う時には、俺のことどころか、自分が何者なのかさえ、これっぽちも覚えちゃいないピンクの若いブタに成り下がってるだろうがナ!ハハハ!」


 まさに不覚だった。いつもはエレナが隣にいるからか、この世界が無法の世界だってことを気にしていなかったが、俺もだいぶ油断していたということだ。エレナに頼りすぎていたツケだ。なんていったって、今のオレは、銃とハッパ以外は、無力なガキなんだ。しかし、バルタザールがこの事件にがっつりかかわっているということはわかったのは不幸中の幸いだ。そして、あいつの口ぶりだと、誰かがバルタザールの裏にいて、そいつが真犯人ってことも見えてきたぜ。そいつを見つけてぶっ殺せば、依頼は達成ってことになる。


 しかし、今の問題は、この状況をどうするかということだ。気持ち悪い笑顔を浮かべる野郎が俺のことをじろじろと見つめている。くそ、どうすればいい?何か抜け出すための手は?とりあえず従順に拷問も受けるふりをしてておくか?いや、体力を奪われるのはまずい・・・くそ、どうすれば・・・。

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