第2章 バニシングポイント
第7話 葉っぱのおうち
ここは荒野。メキシコよりもよりあの世に近い、地獄の一丁目。そして俺はしがない農家のアウトロー、アントニオ・マルヴェルデだったはずが、スウェーデン製のタンクローリーに轢かれたことからフ〇ッキンジーザスの差し金で、魔法と暴力の世界で少女アントニアとして放浪することになった。デザートイーグルを右手に、紙巻ハッパを左手に携えて、乾いた風に揺られている。
そんな俺の旅の道連れは、長剣使いの賞金稼ぎエレナ・ヴィジランテ。魔法を感知し、ぶっ壊すことが得意なイカれ…いや、イカしたブロンドのねぇちゃんだが、息をするようにならず者どもの首を落とす危険すぎる女だ。今のところ弱点らしき弱点は見当たらないが、しいて言うなら、パワープレイが過ぎるところと、なぜか俺を着せ替え人形か何かと勘違いしてることか。
昨夜もまた、エレナに連れられてギルド支部に併設されている温泉に付き合うことになった。鉱山地帯なだけあって、天然で湯が湧くのだろう。彼女は相当疲れていたのか、湯につかりながら寝そうになるのを繰り返し起こし、俺の方がのぼせそうな勢いであった。そういえば昔取引した、ヤスというジャパニーズヤクザから、メキシコのホテルにはバスタブは無いのか?と問われたことがあったが、メキシコじゃよほど高級ホテルでも無い限りシャワーが一般的だ。プールで我慢するか、郊外の温泉にでも行けと言ってやったのだが、ジャパニーズヤクザは温泉には入りたがらないらしい。彼らはよくバスタブに湯を貼って寝ることがあるとかほざいてやがった。ジャパニーズはとても狭い家に住んでいると聞くが、まさかベッドルームが無いからバスルームで寝るのか?と尋ねて苦笑いをされたのだった。エレナの昨日の様子を見て、そんな遠い昔のことを思い出していた。
今朝は、ニワトリが鳴くよりも早く目が覚めた。窓に巣食った朝露を蹴散らして、外の空気を吸った。薄霧の匂いがする中、スイスの文房具屋が作ったライターの音が響く。ハッパをふかしながら、鬱陶しい太陽がやってくるのを眺めている。魔女、黒い男、M29、フ〇ッキンジーザス。この世界は、わからないことだらけだし、これから俺はどう身を振ればいいのか見当もつかない。朝日を受けて、自分の髪が慣れない銀色に煌めいている。ベッドから抜け出したままの姿でバルコニーにもたれかかって煙を燻らせていると、俺以外世界に誰も居ないようなそんな気分になる。
「ニアちゃん、先に起きたなら、起こしてよ…」
エレナがネグリジェ姿で俺の隣に身を乗り出した。寝ぼけているのか、光に弱いのか、しきりに目を細めている。
「ああ、悪い。起こしちまったな。」
「何か考えごと?もし悩みがあったら、私に相談してね。」
「いや、どうってことないが、この後、どうしようかと思ってな。」
エレナは、背伸びしながら、大きなあくびをすると、唐突に真剣な顔になった。
「私は・・・私は、あの男を、デリンジャーを追おうと思う。とりあえず、ヴァランディガムが言ってた帝都に行こうと思うのだけれど。」
デリンジャーという男。危険な賞金首だという。俺のかつての相棒ジャンゴの愛銃だったM29カスタムを持ち歩いていたと思しき男。もしジャンゴが俺よりも先にこの世界に来ていて、最期を迎えたのだとしたら、そのデリンジャーという男は、ジャンゴの顛末に一枚噛んでいるのかもしれない。
だが、ジャンゴの最期を知ってどうなる?もしかしたら、デリンジャー自身に殺されたのかもしれねぇ。だとしたら、俺はジャンゴの仇を取ろうとするだろうか。たぶん、そんな感傷も怨恨も抱かずに、俺は単純に、得物として奴を殺すのだろう。掃除屋<バスレロ>と呼ばれた俺は、今もまたただの殺し屋で、淡々と標的を殺して金を稼ぐ、それだけだ。
「ああ、オレにとっても奴の存在は手掛かりだ。帝都とやらに、一緒に行くよ。」
帝都ブリンナーなる街に向けて、出立することになった。エレナがギルドから馬を2頭借りてきた。目的地のギルド支部で返還すると幾らか金が帰ってくるコーラの瓶みてぇなシステムの馬だ。
「ここからだと、どのくらいかかるんだ」
「えーっと、うまくいけば5、6日ってところかしら。」
「もっと早く着く手段は無いのか?魔石を運搬してる川で行くとか。」
「たしかに船室に空きがあれば輸送船に乗せてもらえるけど、10日以上かかるわよ?積み荷を降ろすのに近隣の村々に寄ることになるから。」
「じゃあ、5、6日野宿するってことか?」
「さすがに全日程野宿ってことはないわね。街道沿いに行けば、ギルド御用達の宿場があったりするからそこに泊まっていくわ。それに、マックイーン砦も通るわね。」
「マックイーン砦?軍事施設か?」
「あら、知らない?城塞都市よ。元々は百年ほど前の旧共和国戦争で建造された帝国の砦なんだけれど、紛争が起こるたびに人が逃げ込んできては砦の周りに住み着いて、いつのまにか街のようになったらしいの。まあ、私も歴史は詳しくないから受け売りなんだけどね。」
「ふぅん、歴史にゃあ興味ねえが、デカい街なのか?」
「そうね。デクスターよりは大きい街よ。帝都ブリンナーには劣るけど。あと、騎兵隊の精鋭が駐屯してるから、スラムみたいな街のくせして、昼間の治安は比較的良いわね。」
「騎兵隊?」
「ええ、デクスターは、北方の共和派の活動地域が近いから、特に厳重な警戒態勢がとられているの。」
まあ、デカい街なら、そこでもデリンジャーとやらの何らかの手掛かりが得られるかもしれないし、魔女だとかジーザスだとかの情報も手に入るかもしれない。治安も良い街なら、長居したとしても安心だろう。エレナが暴れなければ、だが。
「なあ、ひとつ聞いていいか。エレナはなんで、傭兵稼業をやってるんだ?」
「…そうね、これしか、剣しか、私には残されてなかったから、かしら」
「何か、きっかけがあったのか。」
「…ニアちゃんは、殺したいほど憎んだ人っている?」
エレナにも、あるのだろうか。エスペランサみたいに、愛する人が奪われた過去が。そして、あるのだろうか。奪った奴をバラバラに引き裂いてやりたいと思ったことが。俺は、ハッパに火をともしながら呟いた。
「ああ、『いた』ぜ…。エレナも、そうなんだな?」
そして、そいつらを殺した。その身に、憎しみを刻んでやった。俺の問いかけに対してエレナは沈黙で答えた。彼女が復讐を成し遂げたのか、そうでないのかはわからないが。
「あ、ニアちゃん。そろそろ一つ目の宿場町が見えてくるわ。何か腹ごしらえでもしましょうか。」
なんて言っていたが、なんだこのありさまは。老若男女が斃れ、建物は燃やされ煤けてる。死骸で築かれた山からのどかに流れる赤の川に、ハエがたかってやがる。
「山賊にでも襲われたのかしら。盗むものなんてあんまりなさそうな所なのに。」
「何らかの抗争に巻き込まれたか、さて」
「あ、あそこにまだ動いてる人がいるわ!息があるのかも。」
「まて、下手人かもしれないし、オレが行くぜ。」
銃を抜いて後ろ手に隠し、座り込んだ動く影に話しかける。泥まみれだが、どうやら、若い村娘のようだ。しかしなんだか様子がおかしい。口元はだらりとよだれをたらし、白濁した目は明後日の方向を向いている。瀕死というより、むしろ死体のような…
「何があったんだ?」
「たすけて…たすけて…」
「生きてる…のか?」
「たす…けて…」
「ニアちゃん!離れて!そいつから魔法の気配がする!」
エレナの声に反応して飛び退いた瞬間、村娘の体が大きく膨らむと、おおききな火炎が爆ぜた。そのままいたら、俺もチキンケバブになっていただろう。おそらく村娘だったであろう肉片がぼたぼたと地面を濡らす。
「ブービートラップか!?」
「死体に魔力で細工して、助けようとした人間に反応して殺す罠ね。惨いことを。」
こういう、異常な状況でも冷静でいられるというのは、荒野で生き残る必須スキルだ。それにしてもエレナは一体どんな修羅場をくぐってきたらここまで冷静でいられるんだろうか。二十歳いくかいかないかといった彼女に、そんなものを背負わせたこの世界はやはり異常だと言わざるを得ないだろう。
「それにしても、一体、誰がなんのためにこんな罠を・・ただの山賊にしては手が込みすぎてるわね。」
「仕掛けた奴のメッセージか?」
「とりあえず、この村の中に似たような死体トラップが無いか探しておきましょう。他に引っかかる旅人がいるとヤだし、何か情報が得られるかもしれないし。」
「そうだな・・・。」
結論から言おう。村は牛や鶏に至るまで皆殺しで、あと5人・・・5体のブービートラップが見つかった。いずれもエレナが魔石のコアを粉砕して事なきを得たが、いずれも若い娘の死体が使われていた。さすがに堪えたのか、終始エレナは無口だった。
「なあ、エレナ。」
「ねえ、ニアちゃん。私の仮説なんだけど、きいてくれる?」
俺は黙ってうなずいた。
「仕掛けた奴はね。たぶん、若い女の子だったら、誰だって助けようとするだろうと、そういう心理で女の子の死体を罠に仕立て上げたのよ。それにあの仕掛けられた魔石だけど、魔力に反応して起爆する仕掛けだわ。よほど高位の魔法使いが仕掛けたのね。魔力がある人は罠に引っかかって死ぬ。魔力が無い人は罠にかからずに素通りできるけど、この先の街道のどこかで待ち伏せしていて、力でねじ伏せようって魂胆なのかも。」
「つまり?」
「そいつは、とてもクレバーで、強力で、そして」
「そして?」
「殺してもいい奴ってこと。」
エレナはそういうと、にやりと、笑った。俺は、心底彼女の味方でいてよかったとそう思った。・・・味方・・・だよな・・・?
「進むしかないだろ?」
「そうね・・・。ニアちゃん、大丈夫?」
「オレは、大丈夫だ。なんせ、ここまでの悪党なら、賞金首かもしれないだろ?」
「たしかにそうね、ちょちょっと八つ裂きにしてボーナスゲットと行きましょう!」
そうこなくっちゃ。それでこそエレナだ。と、いうわけで、宿屋にはありつけなかったが、俺たちは、そのまま街道を進むことになった。とはいえ、そろそろ日も落ちてきたころだ。どこかで休まねばなるまい。馬も疲れてきている。干し草はあの全滅した町で食わせたものの、休ませるべきだろう。
「エレナ、この道は知ってるのか?」
「まあ、何回か通ったことは、あるわ。」
「こういっちゃなんだけど、エレナは疲れてないのか?あと、馬たちを休ませなきゃいけないだろ?どこかいい場所はないのか?」
「たしかにそうね。一つ目の街と二つ目の街の間の道沿いに、傭兵ギルドがひいきにしてる宿屋が、一件だけあるわ。親切なおかみさんがやってて、私も一度だけ泊まったことがあるわね。賊に滅ぼされてなければ・・・だけど。」
「じゃあ、寄ってみよう。」
エレナが言っていた建物は、外の明かりはついておらず、静まり返っている。馬小屋からかすかに動物の気配があるが、森の中の木々が覆いかぶさるような建物はファンタジーから抜け出してきたような独特の空気感を醸し出していた。
「まるで、葉っぱのおうちって感じの雰囲気だぜ。」
「誰か、いるかしら・・」
エレナがそっと扉を開けた瞬間、エレナの顔面目掛けて矢が飛んでくる。暗がりの中、とっさに掴んで放り捨て、剣を構え、次弾に備える。俺もデザートイーグルを抜く。案の定、宿屋は略奪されて、族の根城にでもされていたか?
「おお!エレナじゃないか!ギルドが誇る黒<ネグロ>の魔剣士、孤高の狂刃エレナ・ヴィジランテ!」
「そんなヤな名前で私を呼ぶのは誰・・・?」
エレナが不機嫌そうな顔で答える。いつでも戦闘に移行できるよう、剣の構えを崩さないまま、声の方向に向き合う。俺もそちらの方向に銃口を向ける。暗がりでよく見えない。
「ごめんごめん、あたしだよ、あたし。まさか忘れたとは言わないよな、元・相棒。いきなり入ってくるもんだから、賊だと思って撃っちまった」
声の主は、オイルランプを灯す。機械弓(コンパウンドボウ)を持ったねーちゃんだ。まるで水着かってくらい露出の高い軽快な服を着て、いかにも健康そうに日焼けした肌を出し、自身に満ち溢れてる戦士風の女だ。どうもエレナの知り合いのようだが?
「えーっと、誰だったかしら?」
「けっ、さすが孤高の狂刃様。自分以外には興味ないってか?ほら、バルバラ様だよ。本当に忘れたのか?」
「はあ、あんたのそのうるさい顔を忘れるわけないでしょ。バルバラ・モンテビアンコ。人呼んで『ザ・ドーナッツバター』さん」
「あー、そいつを言うなら。ドーナッツシューター。自分で言いたかねぇけど。それにフルネームでも呼ぶな。」
「ドーナッツシューター?」
すかさず突っ込んでしまった。なんだかかしましいねーちゃんだ。エレナの反応もなかなか新鮮だ。
「ああ。その昔、お尋ね者が咥えてたドーナッツの真ん中を、射抜いて仕留めたからついたあだ名さ。あんまし名誉な仇名じゃねぇけど。って、誰だお嬢ちゃん。ま、まさか、お前、娘なんていたのか、ヴィジランテ!」
「それ言われるの二人目よ。そんなわけないでしょ!私のこといくつだと思ってるの。」
「じゃあまさか、攫ってきたのか…。もしくは、人肌恋しくなって性奴隷として違法商人から買ったのか。」
「ばか!」
「オレは、アントニア・マルヴェルデだ。ギルドの新入りで、エレナに助けてもらって、それから行動を共にしてる。」
「ふぅん。あの狂刃が人助けなんて、めったなこともあるんだな。ギルド員なら、話は早い。あたしはバルバラ。見てのとおりギルド所属の弓術士さ。この機械弓と馬上戦闘を得意にしてる。」
「俺は一応、魔導士ってことになってる。まあ、得物は、機会があったら見せるよ。」
バルバラはギルドタグをネックレスにしているようだ。胸元できらりと輝いているが、魔石は白色をしている。この前の酒場の奴らの話を信じるならば、エレナほどではないが、相当の使い手ということなのだろう。
「エレナ。まさかとは思うが、このお嬢さんを、重ねているんじゃないだろうな。」
バルバラの何気ない一言に、エレナの顔が一瞬ゆがんだのがわかった。エレナの触れられたくない過去に繋がる何かがその言葉に含まれていたのだろう。バルバラもトーンダウンして、エレナに謝った。まあ、俺も追及したりしないし、エレナも俺に細かいことは聞かない。荒野で生き残りたければお互いに深入りしないことが賢明だ。
「ごめん、何でもない。」
「ええ。いいわ。」
「ま、とりあえず、このあたりは最近、物騒だからな。ここのおかみさんに雇われて、この数週間、三食付きであたしがガードマンを引き受けてたってわけだ。」
「昼間に通り過ぎた集落は、荒らされ放題でひどい有様だったわ。」
「ま、そんなわけで旅行者も減っちまったから、商売は上がったりみたいだし、このままだと店畳まないとって感じだけどな。さ、君たち、馬小屋に馬たちを繋いで来いよ。おかみさんにはあたしが話つけといてやるから、食事でもしようや。」
まあ、エレナの古い知り合いなら、まあ、すぐに殺されることはないだろう。ちょっとおっかないが、おっかなさで言ったらエレナのほうが上、いやなんでもねえや。
「ところでエレナ、あいつは、その、どんなやつなんだ?」
「まあ、裏表のないやつよ。戦い方は全然まっすぐじゃないけど、腕は立つわ。前にちょっとだけ一緒に仕事したことがあるのよ。ちょっと、ね。自分のことあいつにしゃべりすぎちゃったってだけ。あんまり気にしないで。」
「ああ、エレナが話したくないなら、気にしないぜ。」
「ニアちゃんはやさしいね!ありがと。」
「オレも、あんまり自分のことエレナに言ってないし、お互い様だぜ。」
「うふふ・・それもそうね。心配事があったらお姉さんに言ってもいいんだよ。」
「それも『お互い様』だぜ。」
厩舎には、おそらくバルバラのものと思われる気性があらそうな黒馬が繋がれている。馬上戦闘といっていたが、この荒馬を乗りこなして弓を撃つのだろうか。大したタマだ。俺たちの馬を一瞥すると、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。主ともども個性的なやつだ。
エレナが馬から荷物を下ろして背負い、明かりの消えた母屋へと向かう。相変わらず大きなバックパックだ。服以外にもいろいろと詰まってそうだ。
「いらっしゃい。お久しぶりねエレナちゃん、始めましてあなたが、アントニアちゃんね。先を急ぐ旅だとは思うけれど、十分に休んでいってね。」
「おばさま、お久しぶりです。せっかくなんですが、いきなりでご迷惑になるなら、馬小屋で寝ますよ。」
「大丈夫よ。バービーちゃんが代わりに馬小屋にいくから。」
「そりゃないぜ!」
「冗談よ。どうせお客さんもいないし、大したものも出せないけれど。」
人当たりのよさそうなおかみさんだ。一人でやっているのだろうか。宿の中は小ぢんまりとしており、1階は食堂を兼ねた広間とカウンターキッチン、そして小さな階段がある。おそらくその先の2階に客室があるのだろう。客室、といっても、広さからみて、多くて3,4人分のベッドがあるだけの簡素なものといったところか。
おかみさんが、ワカモレとトルティーヤ、豆のスープを持ってきた。懐かしい田舎の家庭料理という雰囲気だ。それに合わせて、バルバラが酒瓶を抱えて持ってくる。ラムかテキーラはかわからないが、いかにも強そうなやつだ蛇が書かれている。バルバラがエレナに絡む。
「よお、エレナ。久しぶりに一杯やるか?」
「ちょっとだけね。」
「お嬢ちゃん・・あー、ニアちゃんだったっけか?どうだ?さすがにやめとくか。」
「いいぜ、一杯もらうよ。」
「お、いいね!いけるクチか!」
結局、深夜まで飲みふけってしまった。エレナとバルバラは広間で寝ている。なんだかんだ言い争ってはいたが、気が知れた中なのだろう。俺もなんとなくジャンゴのことを思い出した。カウンターに座って洗い物をしているおかみさんと目が合う。
「そうだ、おかみさん、シャワーはあるかい?」
「発熱魔石が壊れ切らしてるせいで、お湯が出ないんだけどね。階段の下の手前がお手洗い、奥がシャワールームだよ。酔ってるなら気を付けて入ってね。」
「わかった。」
「お古の服だけど、タオルと一緒においとくから着替えにつかって。」
「ありがとう・・・。」
「私は、自室で仮眠するわね。何かあったら起こして頂戴ね。もし寝るなら、2階の部屋の一番奥はバービーちゃんの部屋だから、そこ以外なら、どこ使ってもいいよ。」
おかみさんは、あくびをしながら、カウンターの隣にある扉の奥に引っ込んでいった。そこが自室なのだろう。
服を破らないように十数分かけて丁寧に脱いでいく。エレナの手を借りずになんとか脱げたものの、はあ、改めて見ると、どこからどうみても少女だ。成長途中といった感じでなんだか脆く思えてくる。こんな壊れちまいそうな、ほそっこすぎて、こんな体して動き回っていた自分が怖いとも思えてきやがる。それに、ああ、なんといっても、股間がとても寂しいもんだ。だって、あるはずのものが無いんだぜ。想像してみてほしい。もし、朝起きてトイレに行ったら、お前の相棒が居なくなっている様を。ぞっとするだろ。しっかし、どうしてジーザスのやつは、俺をこんな姿にしたんだ?ジーザスはロリコンのペドフィリアだったのか?
はあ、なんだか、小さい頃の妹を思い出しちまった。風呂に入れてやったこともあったか。いや、待てよ。ジャンゴのM29がこの世界にあるんんだ。エスペランサも実はこの世界に転生していて、俺とは逆に屈強なおっさんにでもなって剛腕をならしているかもしれないな。でもそうだとしたら、お互い分からないだろうな。わからないうちに殺してしまうかもしれない。ああ、くそ、変なこと考えちまったじゃねえか。くそ、フ〇ッキンジーザス。改めて粋なことをしてくれる。
あんまり、冷水を浴びながら考え事してしまうと、風邪ひいちまうな。風邪は荒野では命取りになる。熱でも出してみろ。銃を出す判断が1秒遅れて、とたんにハチの巣さ。
おかみさんが置いてくれた着替え、若い女の子用の服で、俺の今のちっこい体にしっくりくる。なんとも複雑な気持ちになるぜ。はて、おかみさんには子供がいるのか?今はどうしているんだろうか。
シャワーから出るも、エレナとバルバラはまだ寝てるな。肩を抱き合って大いびきかいてやがる。仲のいいことだ。まあ、休めるときは休む、荒野で生き残るためには必要なことだ。殺し屋に追われて、36時間寝ずのハイウェイドライブを楽しんだエルナンデスとかいう野郎は、嫌味な紫色した中古のシボレーで、岸壁に転落して死んだ。睡眠不足でブレーキ踏むのを忘れちまったのさ。
さあ、俺も、明日以降に備えて、寝れるときに寝ておこうかね。幸い、この宿屋の必要最低限な大きさのベッドも、今の俺の体にとっちゃ十分な広さだ、悲しいことにね。この世界でも夜にはフクロウの声がするんだな、などと考えていたら、深いまどろみが襲ってきたのだった。
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