第6話 D.I.Jのピストル

 ここは荒野。俺、アントニオ・マルヴェルデはメキシコ生まれのアウトロー。流れ着いたこの魔法世界で、少女アントニアとして、魔法の杖すなわちデザートイーグルを振るう。メキシコでは銃撃戦なんざ日常茶飯事だった。幾度となく死線を超えてきた俺だが、ずっと意識してきたことがある。ガンマン同士の戦いになったとき、何が勝敗を決めるか、だ。それは、判断の速さ、位置取り、そしてなにより、その銃への信頼だ。


BANG!BANG!BANG!


 奴が取り出したM29は、ほかの奴らの魔石とは違い、間髪を入れずに俺に向けて発砲した。だが、その弾速は本物の.44マグナム弾よりもはるかに遅く、射撃精度も悪いようだ。おそらくそれが奴の作った魔石製の弾丸の欠点なのだろう。結論からいうと、魔石の力は、血と欲望に飢えた俺の弾丸にはかなわなかったということだ。あえて抒情的に言えば、マグナム弾のために作られたM29が、マグナム弾以外のまがいものの弾を拒絶したというところか。

 ヤツの弾丸は、俺をかすめて壁に着弾し、込められた魔法の力で爆ぜ、その辺りにあった器具を破壊したが、俺やエレナには何ら傷を与えることはできなかった。一方、俺のマグナム弾はヤツのM29を弾き飛ばし、両腿を挫いた。もっとも、魔石のように爆ぜたりはしないが、骨は砕いてやっただろう。そうなりゃもうヤツは戦えない。痛がりながらのたうち回っている。


「まだ、弾は残ってるぜ。まがいものの弾じゃなくて.44マグナムがよ。」

「ま、待ってくれ…話を聞いてくれないか。このラピタマギアの杖のことも話す。」

「いいから、はやく殺してギルドに戻りましょ。」

「まあ、エレナ、少しだけこいつから聞くことがある。待っててくれないか。」


 妙におとなしくなりやがった。エレナは渋々承知し、後方で退屈げに剣の掃除をしている。斬り殺しすぎて、刀身に油が浮いているようだった。


「俺はヴァランディガム。元男爵で、デクスターの街で領主をしていた。今はこんな盗賊稼業に身をやつしているが、これには深いわけがあるんだ。」

「ふぅん、てめぇの私利私欲のために市民をぶっ殺しておいて、都合悪くなったらお貴族様面なんて慈悲ぶけぇ奴もいるもんだ。」

「も、もともとは、俺のご先祖様が、魔石の研究のために炭鉱を開発したのがデクスターの街の始まりなんだ。でもな、数年前に都会から金にがめつい奴らがやってきて、炭鉱の経営権だけでなく、街の奴らと共謀して統治権まで奪って俺の一族を追い出しやがった。」


 エレナは、興味なさげに、討伐の証拠になりそうな品や、金目のモノを求めて死体やそのあたりの戸棚を漁っている。俺もM29の話になるまで長くなりそうなので、ハッパに火を付けた。


「ヴァランディガム家は魔導研究の家柄だ。そういう家こそ魔石炭鉱都市であるデクスターの統治者にふさわしい。中央のただ金持ちなだけの素人連中に務まるはずがない。だから、秘密裏に魔石の研究を続け、街の奴らに誰があの街の統治者にふさわしい調教してやろうって準備してたってわけさ。お前もガキとはいえ魔法使いならわからねぇか?魔法が強いやつが、街を統治すべきだってこと。」

「わかんねぇよ何も。それに街の奴らはお前のことなんて誰一人気にしてなかったぜ。お前は素人に負けて追い出された、それだけだ。んで、御託はいい。どこでそいつを手に入れたんだ?」


 俺は再び、デザートイーグルの銃口をヴァランディガムの額に押し当てながら、ハッパの煙を吹きかけて尋ねる。こいつの過去なんざ興味は無い。知りたいのはM29のことだけだ。


「…所詮ガキにはわからんか。ある男が現れたんだ。俺の魔石研究の噂を聞いて帝都ブリンナーからやってきた男だ。そして、『こいつが使えるように、対応する魔石を作ってくれ』と言って、この『ラピタマギアの杖』と活動資金を貸してくれたんだ。俺たちがデクスターの街を奪還するまで『杖』を好きに使って研究していいと。」

「何者なんだ、その男は。その杖をどこで手に入れたか言ってたか?」

「さあな、帝都ブリンナーで活動してるって話で、『デリンジャー』と名乗っていたが、仔細は知らねぇよ。奴もこいつを使えずに困っていたようだぜ。」


 どこかで拾ったのか?いや、でもこれが「武器」だってわかったのなら、きっとあっちの世界の人間じゃないのか?だとすると転生者か?しかし、その名前に反応したのは、俺ではなく、ちょうど実験器具を物色していたエレナだった。


「デリンジャー!?あいつが!あいつが関わっているのね!」

「どうした、エレナ、知り合いなのか?」


 俺がエレナの方を振り返ったそのスキだった。ヴァランディガムは古ぼけた本を懐から取り出した。


「お嬢ちゃんたち、魔女<ブルハ>って知ってるだろ。俺の先祖は、魔女を呼び出す術を魔導書にしたためていてな。この手は最後まで使いたくなかったが仕方ない。」


 エレナが剣を抜くと同時に、ヴァランディガムはその本を虚空に投げ、叫んだ。俺たちが話に気を取られ、油断する様子をうかがっていたのだ。本は燃え尽きながら光を放つ。


「羞明の魔女(ブルハ)・キリエよ!我に力を!」


BANG!BANG!BANG!


 ヴァランディガムに向かって何発か銃弾を打ち込んでみるが、見えない力にはじき返される。おそらく、結界というやつだ。そして、姿の見えない女の声が洞窟に響いたのだ。


“悪意の市場<マルシェ・ド・マリス>出張店へようこそ。私は魔女。羞明の魔女キリエ”


 魔女と名乗る声が収束し、ゴシック風ドレスといったシルエットの少女の影を形成する。さしずめ幻、というような実体感の無い少女の影は、ヴァランディガムを見、俺とエレナを見て、再びヴァランディガムに向き直った。


「魔女!たのむ!!お、俺に、このラピタマギアの杖の本来の力を授けてくれ!」


“そう。契約するにはあなたから対価を頂くけどいいかしら。”


「な、なんだっていい。対価だろうとなんだろうと、なんでも、持って行ってくれ!」


“契約内容は、この子の『今一番ふさわしい使い方』を教えてあげるってことでいいかしら。”


ヴァランディガムが、涙をためたまま、大きくうなずく。


“契約成立ね。”


 少女の声が止むと、ヴァランディガムの傷は癒え、取り落としたはずのM29を何事もなかったかのように構えて、俺に狙いをつけている。


「悪いな、お嬢ちゃん。俺は生き残って、この研究を完成させなきゃならねぇ!お前さんの変わった形のラピタマギアの杖も、有効活用させてもらうから安心しな。」


 BANG!BANG!


 俺は咄嗟に撃ち込むが、.44マグナム弾は結界のような何かに弾かれる。エレナも間合いを図りかねて踏み込めないでいる。その一方で、ヴァランディガムは笑いながら、俺に向かって引き金を引こうとする。しかし、どういうことか指が動かない。それどころか、彼の腕は彼の意志に反して、自分自身のこめかみに拳銃を突き立てていやがる。何が起きているんだ?


「ま、魔女!どういうつもりだ!こ、これは、一体…」


“だって、『今一番ふさわしい使い方』を望んだのは貴方よ。私はそれを叶えてあげるだけ。あなに今ふさわしいのは、敗北と、綺麗な幕引き、よ。そういうときに、その道具をどう使うか、知りたいのでしょう?”


 虚空にうっすらと浮かんでいる、少女の横顔がおぞましく笑う。ヴァランディガムは、目を血走らせ、必死の抵抗を試みるが、彼の指は無情にも、自らに幕を下ろした。


BANG・・・・・


 崩れ落ちたヴァランディガムを、まるでゴミでも見るかのように一瞥すると、魔女と呼ばれた影は、俺のほうを向いた。


“アントニア・マルヴェルデ、あなたに会いたかったわ。”


「黙れ、魔女。そして死ね!」


 俺の名を呼ぶ魔女と呼ばれた少女の幻影に向かって、エレナが飛び掛かり剣を突き立てようとするが、まるで手ごたえは無い。幻のようだ。


“黙ってあげてもいいけれど、契約の対価をもらうわよ?うふふ、冗談よ、エレナ・ヴィジランテ、怖い顔しないで。ねえ、アントニア、邪魔が入っちゃったから、また今度ね。運命の転生者(エル・レナトレロ)、あなたは絶対に私のもとに会いに来る。その日までごきげんよう”


「今、なんだって?お前、何か知っているのか?ちょっと待て!」


“・・・・・”


 エレナが虚空を切り払うと同時に、魔女の気配が消えた。嫌が応でもこの場から立ち去ったのだろうことがわかった。エレナは落ち着きを取り戻し、俺に詫びた。それにしても奴、俺のことを転生者と呼んだか?ジーザスの回し者か?


「ごめんね、ニアちゃん。驚かせちゃったね。お話くらいは聞いたことあるかもしれないけれど、あれが魔女(ブルハ)よ。しかも今回のはかなりの魔力を持った奴に見えたわ。」

「どういう存在なんだ?人間じゃないのか?複数いるのか。」

「そっか、知らなかったか。あいつら魔女<ブルハ>は、人の理を外れた魔法を行使する化け物のことなの。人の形をした天災か疫病みたいなもの。何体か確認されていて、それぞれ違った害を成すの。一見、意思疎通はできるんだけれど、願いをかなえると嘘をついて、大事なものを奪おうとする人に仇なすものよ。みたでしょあの男が殺されるところ。」

「あ、ああ。だが、オレのことを知ってるみたいだったけど…」

「きっとニアちゃんの魔力に目をつけているんだわ。あいつら、魔力が高い人間を騙して、その魔力を奪おうとすることがあるから。だから、絶対に奴らの言うこと聞いちゃだめよ。」

「あ、あ、ああ、肝に銘じるよ・・・。」


 なんとも腑に落ちなさを抱きながらも俺は、男の死体の前に投げ出されたS&W M29を拾い上げた。しかし、さすがの俺も目を疑ったね。M29なんざ、イーストウッドに憧れた奴がこぞって買いあさっただけあって、俺が知ってるマフィア連中でも持ってるやつは沢山いやがった。だが、俺はこの銃に、まさにこの個体に見覚えがあった。ダサい二匹の天使のエングレービングが施された銃身、グリップは焦げたような跡のあるマホガニー。


「これは“あいつ”ジャンゴ・イスキエルドJr.の、D.I.Jのピストルだ。」


 しかし、なんでここに、こんな拳銃がないはずの、魔法の世界にあるんだ?


「そういえば、こいつを『デリンジャー』とかいう奴が持ってたって言ってたが、『デリンジャー』とは何者なんだ。エレナは知ってる風だったが。」

「え、ええ。デリンジャーは、私が長年追ってる賞金首よ。大量殺人、違法物品の密売、人身売買に、破壊活動。私がこの手で殺したい悪党の一人。あまりにも危険だから、ギルドの中でも、限られた人にしか手配書が回ってないの。きっと違法な手段でこのラピタマギアの杖を手に入れて、デクスターの街を混乱に陥れようとしてたんだわ。」


 エレナの言葉は、強い感情が乗っているように聞こえた。何か因縁があるのだろうか。


「この杖は、オレの友人が使ってた奴なんだ。どうしてここにあるのかは…わからねえ。」

「えっ、じゃあその杖、ニアちゃんのお友達のモノ!?あいつに盗まれたのか、もしくは奪われたのか。そしたら、そのお友達は…もう…」

「さあね。オレにもよくわからない。」


 俺の相棒、ジャンゴ・イスキエルドJr.は、俺が.44マグナム仕様のデザートイーグルを使ってるのを見て、同じ弾を使えるS&W M29を手に入れた。そしたら、お互いピンチになったときタマ使いまわせるからってな。でも、あいつとオレはいつしか道をたがえて、どういうわけか、奇しくも奴は.44マグナム弾に撃ち抜かれて死んだ。


 そして今、あいつの銃がここにある。転生した俺のもとに、元の世界の元相棒が使っていた銃がころがりこんでくるなんて、天文学的な確率の奇跡が起こった?いや、そうじゃない。おそらくこれは、フ〇ッキンジーザスからの何らかのメッセージだ。まさか、D.I.Jもあの日死んだあと、俺と同じようにM29を持ってこの世界に転生し、ジーザスに課題を貸された?そして、あっちの世界に戻ることが叶わず、M29だけ残して命を落とした?もしそうだとしたら、明日は我が身なのかもしれない。


 そして気がかりなのは2つ。まずはデリンジャーという男の存在。奴は拳銃の存在を知っている可能性が高い。だとすると、俺と同じ転生者だ。そして賞金首の極悪人だとしたら、こいつを倒すことは罪の償いになると考えていいのではないか。そして、2つめが魔女の存在だ。魔女は俺のことを知っていたようだ。それに拳銃のことも。まさか、魔女はジーザスと裏で繋がっていたりするのか?ああ、わからないことだらけで頭が破裂しちまいそうだ。


「それより、奪われたお金よ!!一体どこにあるのかしら、金庫かしら?」


 エレナの声で我に返る。俺たちは、ギルドの奪われた金を探して、ヴァランディガムが居室として使ってたと思われる洞窟の突き当りの部屋をこじ開けた。エレナはそこで見つけた金庫の扉を、手近な鈍器で破壊した。なんという馬鹿力。


 金庫の中には、大量の現金輸送用の空袋と、ヴァラディンガムの名前と魔法陣が書かれた契約書。俺が拾い上げると、まるで魔法のように崩れ落ちた。エレナの顔が引きつる。


「うそ、からっぽ?あっ、魔女の契約書!さっき言ってた『対価』!さっきのクソ魔女の仕業だわ!」

「まさか、『絶対に会いに来る』って、取り返しに来いよって意味だったのか?」

「だから魔女は嫌いなのよ!こんど見たら絶対に殺す!」


 俺たちは、魔石の盗賊団を討伐した印として、持ち運べる研究道具の一部と、ヴァランディガムの死体から剥ぎ取ったいくつかの証拠品を持って、街へ帰ることにした。しかし、肝心の「ギルドの金」は魔女に持ち逃げされ、タダ働きとなってしまったという現実は、肩に重く伸し掛かってくる。



 デクスターの街に戻ると、ギルド支部で、傭兵たちや支部長が俺たちを待っていた。エレナが顛末を説明し、証拠の品を提出すると、地元出身の傭兵が訝しんだ。


「ヴァランディガム?たしかにこの街の領主だった奴だが、十数年前に街の運営費を使い込んで、憲兵隊に突き出されて追放された野郎だぜ。そんなこと企んでやがったのか。てめえの都合のいいことばっかり並べるなんて、ああいうやつは反省しないんだな。」

「どっちにせよ、あの厚顔無恥な野郎ももう居ねぇんだ。今日はみんなで乾杯しようぜ。」


 傭兵たちが歓声をあげる中、ギルド支部長はエレナに同情しながらも落胆したような顔を浮かべて告げた。


「みんなが喜んでるとこ、水を差すみたいで悪いが、依頼書は、取り返した額の10%が報酬ってことだったもんなあ。申し訳ないが、取り返した額がゼロなら、報酬もゼロだよなぁ。」

「そ、そうよね、そうよねぇ。あああああああああああああああああああ!!!!」


 エレナは悲痛な声をあげながら崩れ落ちた。やれやれと言った表情で支部長のおっさんが俺に近づいてくる。


「お嬢ちゃん。いや、アントニア・マルヴェルデ。」


 支部長のおっさんは、俺に緑色の魔石があしらえられたブレスレットを手渡してくる。俺は紙の会員証をおっさんに返す。


「報酬額はゼロになっちまったが、あんたのギルドへの正式加入を認めるよ。こいつが正規の会員タグだ。あんたの情報が記録されているから、身分証明書にもなるし、ギルド関連施設では財布代わりになる。魔石の色はクラスが上がるとそれに対応して変わっていく一生もんだから、無くさないでくれよ。もし悪用されでもしたら、持ち主にお咎めがあるからな。これからは、何かトラブルに巻き込まれたら、ギルド所属の傭兵を頼れば何か助けてくれるかもしれねぇ。まあ、ヴィジランテさんと一緒にいりゃ不要かもしれんが。」

「ああ、ありがとう。頼らせてもらうよ。それと、ひとついいか。」


 俺は証拠として一度支部長に提出したD.I.JのM29を譲ってもらうよう頼んだ。


「ダメだ。街を滅ぼそうとした奴の魔法杖なんだろ?どんな呪いが秘められているかわかったもんじゃない。まだ緑タグのあんたが持つのは危険すぎやしないか。ギルド帝都支部の研究部門に送って調べてもらわねば。」

「こいつにそんな力はねぇよ。ヴァランディガムが夢を見すぎてただけだ。それに、オレがもし呪いとやらのせいでこいつを使って暴れたとして、その程度で街が滅んじまうってのか?”緑”の奴一人の暴走でやられちまうくらいギルドはヤワだっていいたいのか?」


 多少意地悪な言い方をしちまったが、俺の言葉を聞いて、俄かに納得した支部長は、渋々俺にM29を手渡した。


「まあな、ラピタマギアが使える奴なんて早々居ないから、使える奴がもってたほうが安心かもしれないな。それにヴィジランテさんの保証もある。あんたに渡すが、くれぐれも取り扱いには気を付けてくれよ」

「ああ、こいつのコワさは十分にわかってるよ。なんていったって、元々似たようなもんを持ってるからな。」


 そんな俺と支部長のやりとりを、今回の件で不機嫌さを募らせたエレナが遮った。


「ああ、もう今日はつかれた!ふて寝する!まだ、昨日の部屋は空いてるわよね?」

「ああ、そのままにしてあるが・・・」

「より、じゃあニアちゃん!一緒にお風呂に入るわよ!」


 そして、またしても、俺はエレナに首根っこを掴まれて、風呂への道へと連行されるのであった。荒れ果てた世界の果てでは、人権も尊厳も存在しない。あるのは暴力だけ。腕っぷしが強い奴が正義だ。つまり、この場合、エレナの行動が正義ってことだ。


 この魔法と無法の世界の理というものが、なんとなく分かってきた俺だが、一つだけ明確であると言わざるを得ないことがある。結局のところ、エレナにだけは敵わないということだ・・・エイメン、ジーザス。冬のメキシコのように、今夜の月はきっと沈むまでが長い。

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