第5話 何も思わない
ここは荒野、メキシコははるか遠く、底知れぬ無法地帯。俺はフアレスのしがないサトウキビ農家アントニオだった成れの果て。今じゃ地獄の魔法世界で銀髪の少女アントニアという名前の「魔法使い」見習いってことになっている。傭兵ギルドの危険すぎる賞金稼ぎエレナとともに、デザートイーグルとハッパを頼りに、魔石を使って殺人を繰り返す強盗団を追っている。捜索中にまんまと捕らえた賊の一味に、アジトまでの道案内をさせているところだが、気がかりなことが一つある。奴らが無詠唱高速魔法「ラピタマギア」の杖と呼ばれる、銃に似た武器を見たことがあるってことだ。
「道案内ついでにいいか、お前ら、どこでこいつみたいな杖を見たんだ?」
「ボ、ボスがお前のやつに似たような魔法杖を持ってるんだよ!」
「道案内するのはいいが、お前らなんか、ボスの魔法にかかればただじゃすまないからな」
なるほど、こいつらのボスが「ラピタマギア」の杖なる武器を持っているってことは、魔石を強奪しているのも、これに関係する研究に使うからとみて間違いないだろう。もしかすると、こいつらのボス、俺のように銃のある世界から来た奴の可能性もあるな。ジーザスが俺をこの世界にぶち込んだのと何かしら繋がりがあるのかもしれねぇ。とりあえずぶち殺してジーザスの歓心を買うっきゃねえな。それにしても、まさかこの世界にきて数日でそういう奴に巡り合えるたぁ僥倖じゃねぇか。
「お前ら、じゃあ、魔石を強奪しているのもボスの魔法杖に関係あるってことなんだな?」
「だ、誰が言うかよ」
「威勢がいいじゃねえか。お前らのボスとやらが使うのと似た魔法で、お前らの頭がお空にバイバイする可能性もすこしは考えろよ。なあ、エレナ、ギルドの依頼はこいつらを壊滅させるのが目的だから、生きて捕まえる必要はなかったよなあ?」
「ええ。壊滅したことを証明できるなら、首だろうと腕だろうとなんでもアリよ。」
「ひぇ…」
奴らはお互いに目を見合わせている。囚人のジレンマというやつだろうか、どちらが先に言うのか探りをいれているのだろう。そんな様子をみたエレナが業を煮やしたのか、片方の背中に剣先を突き刺し始めた。
「い・・・痛ッ!!わ、わ、わ、わかった、言うよ。その通りだ。ボスは、ラピタマギアの研究のために魔石が大量に必要なんだ。研究を進めるために、俺らみたいな魔法に心得がある犯罪者ばっかり募集してな。」
「やっぱりそうか。じゃあ、現金馬車を襲ったのは?」
「改良した魔石で、傭兵を倒せるくらいの力があるか確認したかったんだ。おまけに活動資金も手に入るしな。」
「よくうごくお口だ、気に入った。お前らはボスを殺すまでは生かしておいてやる。」
しばらく、与太話をしながら歩いていたものの、何も無い森をぐるぐるを回っていることに気づいた。どうやらエレナも気づいたらしく、握った剣を奴らに突き付けた。やれやれ、いきなり切りかかってもしょうがねぇ。とりあえず俺から出方をうかがってみるか。
「おい、お前ら、おちょくってるんじゃねえだろうな。同じところを回ってるじゃねえか。」
「私たちをバカにすると、あなたたちのためになりませんよぉ?」
下っ端二人はびくっとしながら、飛びのき、俺たちのほうを振り向いて吐き捨てた。
「ば、バカめ!のこのこと防衛陣の中にハマりやがって!」
「あぁん?」
「お前ら二人がいるところはなァ、ボスが作った侵入者用の防御用捕縛魔法陣が張ってある!俺たち以外の奴が入り込んだら、閉じ込められて出られない結界ってやつよ。」
くそ、ぐるぐると回っていたのは、ここに誘い込むためか。魔法による攻撃は飛び道具だけだと勝手に思っていたが、成程、トラップなんかもあるのか。たしかに、向こう側の空間が陽炎立ってゆらいで見えやがるぜ。そこに何か見えない障壁があるというのは、嫌でもわかるな。さて、これはどうすりゃいいんだ、俺のデザートイーグルで壊せるか?
「そこで朽ち果てるまで突っ立ってな。おやおやお嬢ちゃん、『魔法』を使おうっていうのか?やめときな。この術は、結界が鏡みてぇな働きをするからな。結界の中から外に攻撃しようとしても、反射してお前さんに全部返っちまうんだぜ!」
「てめえは最後に殺すといったが、撤回しよう。ここで殺す。」
と威勢よく言ったものの、打つ手なしか?
「全部はねかえされる?それはどうかしら。」
待て待てエレナ、考えなしに動くとそれこそ奴らの思うつぼだ。荒野のメキシコでも軽率に相手の挑発に乗って手を出したほうが負けるって相場は決まってやがる。奴ら結界だなんだ通らないっていってるが。魔法なんて全く関係ない世界から持ってきた「.44マグナム」の攻撃なら打ちぬけるかもしれない。ここは慎重に試してみてから…
「はッ!」
それは止める間も無い一瞬、俺には何が起こったかよくわからなかった。目には見えない何かを、エレナがその大剣でたたき割ったような、そんな不可解な感覚に俺はさいなまれた。
「ええっと、何が反射するんでしたっけ?何が止めといたほうがいいんでしたっけ?」
「え…?」
俺が対処を考えている間に、その虚空を裂いた剣先は翻って舞い、あえて詞的にいえば、ワルツを踊る乙女のようだった。そして、バイオレット色のシフォンドレスを纏ったエレナは、風をひりつかせるくらいの加速度をもってごろつきどもに突っ込んでいった。奴らのうち一人の肩は片腕とオサラバして、もう一人は体が首に別れを告げた。フ〇ッキンクレイジービューティフォー。こんな鮮やかな殺しはメキシコでもそうそうお目にかかれないぜ。
「そんな小細工程度の低級魔法で、私を止めることはできないわ。」
血しぶきを避け、着地すると同時に腕をもがれた生き残りの胸板にその剣を突き立てた。口から噴き出る血をまたしても躱し、彼の耳元にささやきかけた。
「おばかさん」
黒<ネグロ>のタグは化け物の証だと酒場の連中が言っていたが、こういうことか。つまりエレナには小細工は効かないということだ。エレナは、魔法は使えないといっていたが、何かしら相手の魔法を無効にするような技があるのであろう。この世界の戦闘術はとても奥が深そうだ。
「このまま私が剣を引き抜いたら、あなたは血を噴き出して死ぬわ。引き抜かれたくなければ、私の言うことに正直に答えてね。」
おそらく声をだすのもつらいのだろう。無言で頷いてやがる。少し可哀そうな気もするが、相手は強盗殺人犯だ。同情するような余力があったら、アウトローなんかやっちゃいない。
「じゃあ、きくね。あなたたちの戦力、仲間の人数はどのくらい?10人以上?」
無言で頷いてやがる。
「ふうん、じゃあ20人以上いる?」
怯えた顔で横に振る。
「成る程!15,6人ってところか。じゃあ次の質問ね、アジトの方角は?」
残った腕の震える指で、木陰の獣道の方角を指し示す。たしかに、人が一人通れるくらいの道にも見える。言われなければ見落としてしまう程度だぜ。
「上出来!じゃあ、ほかにもこういった魔法陣はある?」
大きく頷いている。
「じゃ、気を付けていかないとね。まあ、私が全部壊すけど。さて、このくらいか。」
男は、慈悲を求める目で俺のほうを見ている。やめろやめろ、そんな目で俺を見るな。
「あ、そうそう。さっき、剣を『引き抜かない』とは言ったけれど、助けてあげるとも、手当してあげるとも、言ってないからね。だって私、治療魔法なんて使えないし!」
「!!!??」
男が瞳に絶望を浮かべるよりも先に、エレナはその剣の柄を捻り、肩口にかけて切り上げた。ごぼごぼと鈍い音が溢れ、男だったものの肉塊が横たわった。
「えげつねぇな…」
「ゴミはきちんと始末しておかないとね。下手に逃がしてまた悪いことをしたらたまったもんじゃないし。それに、必要な情報は聞き出せたでしょ。」
「ああ、それに関しては文句ないさ…。だが、できれば最後まで案内を頼めば楽だったかなって思っただけだ。」
「方向と、だいたいの人数が分かればあとはかたっぱしから殺すだけじゃない?」
「まあ、そうだが、そんなパワープレイを続けていたら疲れないか?」
「別に、何も思わない、かしら。それが傭兵の仕事だしね。」
「それもそうか・・・。」
何も思わないか。何が彼女をこうさせたのか。俺みたいに金のために悪事に身をやつして大事なものを失ったような、そんな過去が彼女にあるのだろうか。エレナは元の俺よりもはるかに若そうに見えるが、そんなものを抱えなきゃならないほどに、この世界は狂っているということなのかもしれない。
その後、いくつか魔法陣とやらに引っかかったが、その都度エレナがぶち壊したし、単純なブービートラップは俺が気づいて回避した。まあ、追われていることに気づいてない奴らの仕掛ける罠なんてものは、容易く躱せるもんだからな。むしろ、一番気を付けなきゃいけねぇのは、追い詰められた奴だ。手負いのバッファローは反撃でカウボーイを斃す。テキサス生まれのジョニーは、マイアミで取り逃がした密売人を追って俺の町に来た私立探偵だったが、ドアノブに仕掛けられた電気トラップにかかって感電死さ。手負いのバッファローに油断してまんまと轢き殺されちまったってとこだ。追い詰めたなら息の根を止めるまで気を抜いちゃならねぇ。ジョニーと同じ目に遭いたくなければな。
さて、だいぶ樹海を進んできたな。さっきの哀れな下っ端が指さした方角を歩いてきたが、もう河原についちまった。対岸を見るに、けっこう川幅があって、リオ・グランデ川よりもすこしばかり広いといったところか。船で魔石を搬出しているといっていたが、たしかに船が通れそうなくらいではある。しかし、アジトらしき建物も何も見当たらなかったが見逃したか?嫌なくらい静かな河べりを、エレナがひととおり見回して、何かに気づいたようだ。
「ここ。岩場から変な色の液体がしみだしてる。」
エレナは、崖になっている壁岸から、川に向かってわずかばかり紫色の液体がしみだしている箇所を見つけた。彼女は、目星を付けて崖に剣を突き立てると、ぐんにゃりと歪んで岩肌が弾け、用水路が流れる洞窟の入り口が現れた。入り口も魔法で隠していたってことか。
「認知阻害の魔法と防御結界ね。まあ、私にとっては紙の扉だけれど。」
「なあ、エレナは魔法使えないんじゃなかったのか?」
「・・・そのとおりよ。わたしは魔法を『使えない』。それは間違いないわ。でも、その代わり、かけられてる魔力を看過することと、それを破壊することはできるの。」
エレナは、俺の疑問に、少し逡巡するような素振りをしながら答えた。やはり、何かその辺りに彼女の過去がありそうだ。詮索はしないが。
「そういう技なのか?そういう訓練を積めばできるようになるのか?」
「あんまりうまく説明できないんだけど、普通は、無理、ね。」
「まあ、言いたくないなら聞かないが、ほかにはどういうことができるんだ?」
「ニアちゃんはものすごい魔力を持ってるなって、そういうこともわかるわね。」
「ん?オレの魔力が?うーん、そういうもんなのか。」
もちろん魔法なんて何も知らないが、この少女の体には、魔力が秘められてるってことなのか?フ〇ッキンジーザスからは何も説明が無かったが、魔法が使えるようになれば便利だな。使い方のレクチャーくらいあってもよかったのに勿体ない。
「このあたりのお話は、あとで落ち着いたところでしましょう。気を付けて、きっと、この洞窟の奥にアジトがある。」
「いつでも撃てるようにはしておくが、洞窟だと音が響いちまうから敵にばれちまうかもしれねぇし、待ち伏せされたら厄介だな。」
「そうね。じゃあ、私が啓開するわ。慎重に行きましょう。ついてきて!」
と、いうことで、雑魚の始末はエレナに任せて、奥へ奥へと進んでいく。用水路の水は洞窟の奥から流れ出ているようだ。眠そうにあくびをしているゴロツキが1人で行動してやがる。歩哨をするなら、2人一組が基本だろうに。自らのアジト内で油断しているのだろう。エレナが死角をとって頸動脈を捌いて用水路に沈める。エレナのこの手慣れた感じは、暗殺の仕事もしたことがあるのだろうか。水しぶきが立たないように作業的にいなしていく。仮眠している奴、軽食に夢中になっている奴、ポーカーに夢中になっている奴。スキを晒した奴に待っているのは冷たく暗い死のみだ。殺人機械と化したエレナが容赦なく葬り去る。俺も拾ったナイフでエレナを援護するが、あまりにもの一方的な暴力で、俺もエレナも次第に無言になっていった。
10人近く片付けただろうか。いつもは奇襲を仕掛ける側のフ〇ッキンギャングガイも、逆の立場になると弱い。洞窟を道なりに進んでいくと、化学実験室のような機材が敷き詰められた広間に出やがった。洞窟の中だからか、薬品の臭いが滞留して、まるで病院か死体安置所だ。用水路の水で精製した魔石を冷却しているようだが、特殊な薬品でも使っているのか使用済みの水が紫色に変色している。なるほど、これが染み出して外に漏れ出ていたのか。
「ここで魔石を精製しているみたいね。でも何かしら。魔法術式用の魔石に交じって、変わった形の魔石があるわ。見て。魔石をこんな小さな円筒形に、しかも先端だけ円錐に形成するのは何か意味があるのかしら…」
俺はエレナが指さした円筒形の「魔石」に見覚えがある。見覚えがあるどころか、今まさに俺の右手に握られているデザートイーグルの中に込められた.44マグナム弾によく似ている。まさか、さっきの下っ端が言ってやがったボスが使う「杖」とやら、こいつを込めてやがるのか。ということは本当に拳銃じゃないのか?
「おいおい、俺の結界術式が破られたから、何事かと思って見てみたら、お客さんじゃねえか。姉ちゃんたち。何をしてやがる。」
出てきやがったな。ガラの悪い兄ちゃんが、3人の取り巻きを連れて、満を持して登場だ。おとぎ話じゃ洞窟の奥には大抵、怪物が控えているが、まさに定石の通りだったな。
「おめぇら!敵だ!丁重にもてなしてやりな。」
威勢よくボスとやらは騒ぎ立てるが、当然のことながら、さっき俺とエレナで念入りに下っ端どもを始末して回ったから、ほかに控えは居ないのだろう。案の定、誰も現れない。ここまでくると、可哀そうにすら見える。
「ああ悪い。たぶんお前らが最後だぜ?ほかのお仲間はエレナが片付けて、今頃仲良く用水路の底でおねんねだ。」
「えっへん!がんばりました。」
「なん…だと…?ふざけるなよ、お前ら、やっちまえ!」
3人が一斉に腕を俺に向ける。コイントスの要領で魔石を指に乗せ、何かぶつぶつつぶやきながら念じ始める。しかしそいつは俺にとっちゃ隙でしかねぇ。相手よりも早く殺すためには、殺意を向けるよりも早く敵にタマを喰らわせなけりゃならない。魔石とやらは、速射性に欠けるようだ。成程、だから、エレナが俺のデザートイーグルを見て「高速無詠唱」と呼んだわけか。
BANG!BANG!BANG!
薄暗い洞窟に俺の銃声が響いている。可哀そうだが、その遅さじゃ俺と命のやり取りをするに値しないな。
「お、お前…お前もラピタマギアの杖の使い手なのか!?しかも、一人一発で仕留めるだと。こ、こんなガキが、俺の研究でもまだ出来ない精密な軌道の魔法を。一体どんな魔石を使ったんだ・・・」
「ああ、あんたも杖とやら、持ってんだってな。一連の強盗も、魔法と魔石を研究するためなんだろ?なにか目的があってやってんのか?」
「お前になんかに教えてやるもんかよ!くそ、どうしてお前のようなガキにできて、俺にはできねぇんだ!うまくいかないのは魔石の質の問題じゃなくて、使い手の条件に依存する?だとしたらお前はいったいどんな術式なんだ・・・」
ヤツは焦った素振りで「杖」を取り出した。いや、それは予想通りあちらの世界の「銃」だった。リボルバー式の銃、奇しくもその銃は、俺のデザートイーグルが使う銃弾と同じ.44マグナムを使うS&WのM29だった。弾はおそらく魔石を加工したまがい物のマグナム弾なのだろう。どの程度の威力が出るのか未知だ。
「よお、おっさん。立派なもんもってるじゃねえか。」
銃の無いはずの世界で、M29を構えた野郎と、デザートイーグルを持った俺が対峙しにらみ合っている。ここはまるでメキシコのギャング街だ。拳銃と拳銃での命の取り引きは、一瞬の油断で勝敗が決まる。ぽたり、と壁を伝う水滴の音が、湿度を帯びた空気を伝って俺の耳元を揺らす。
そして俺は、その水滴が地面に吸い込まれる音を合図に、デザートイーグルの引き金を引いた。
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