2.まずは実際の判決文を見てみよう(1)

 百聞は一見にしかず、ということで、まずはシンプルな刑事事件の判決文をひとつ見てみましょう。

 以下に引用するのは、平成29年10月、千葉地方裁判所で言い渡された判決です。ありとあらゆる判決文の中でもかなり短い部類のものです。

(出典:https://kanz.jp/hanrei/data/html/201710/087214_hanrei.html)


 まずは標題と「主文しゅぶん」から。




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平成29 1240号 威力業務妨害,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件

平成29年10月2日 千葉地方裁判所刑事第3部判決


主 文


被告人を懲役2年に処する。

この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。

被告人をその猶予の期間中保護観察に付する。

千葉地方検察庁で保管中の果物ナイフ1本を没収する。




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 冒頭にある「威力業務妨害,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件」というのは、この裁判のサブタイトルのようなもので、被告人が犯した罪の種類が書かれています。被告人は、刑法典に規定された「威力業務妨害」の罪と、「銃砲刀剣類所持等取締法」(銃刀法)の違反という、二種類の罪を犯したことについて裁かれているということですね。


 なお、実際にはこの下に「判 決」と書かれ、被告人の本籍・住所・実名などが記載された上で、「上記の者に対する●●被告事件について,当裁判所は以下の通り判決する」などと書かれるのですが、WEB掲載にあたってその部分は割愛されています(WEB掲載時の形式は裁判所によってまちまちであり、全項目が省略されず掲載されている判決文もあります)。


 「主文」以降の部分が、被告人に対する判決です。執行猶予付きの懲役刑ですね。ニュースでは「懲役2年・執行猶予3年の判決が下された」などと表現される内容です。

 この場合、被告人は直ちに刑務所に行くわけではなく、執行猶予期間である3年間を無事に(新たな罪を犯さずに)過ごせば、「懲役2年」の刑が執行されることはなくなります。その後に書かれている保護観察処分とナイフの没収はオマケのようなもので、が深く考える必要はありません。


 とにかく、被告人は、威力業務妨害と銃刀法違反の罪を犯して、執行猶予付きの軽めの懲役刑の判決を受けたのだな……ということが、ここまでの記述からわかります。逆に言えば、主文を読んだだけではそこまでしかわかりません。

 具体的に被告人がどんなことをしたのかは、この直後の、「理由」の内の「罪となるべき事実」の項目に書かれています。




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理 由


(罪となるべき事実)

被告人は,

第1 平成29年6月24日午後7時41分頃,株式会社Aがアイドルグループ「B」の握手会を開催中であった千葉市(以下省略)C内ホールにおいて,同所に設置された第1レーン用のブースに近付き,隠し持っていた発炎筒に点火して炎及び煙を発生させ,周囲を騒然とさせて同握手会を中断させた上,同レーンにおける同握手会の中止を余儀なくさせるなどして同社の業務に支障を生じさせ,もって威力を用いて人の業務を妨害し,

第2 業務その他正当な理由による場合でないのに,前記日時・場所において,刃体の長さ約12.6cmの果物ナイフ1本を携帯した

ものである。




 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 はい。これまで「威力業務妨害」としか書かれていなかった被告人の行為の内容が、具体的に判明しましたね。

 WEBに掲載される時点で、判決文中の固有名詞は「A・B・C」などの伏字にされてしまうのですが、ここに記載されているアイドルグループ「B」とは欅坂けやきざか46のことです。20代の男が握手会に発煙筒を持ち込んで騒ぎを起こし、ナイフ所持を理由に現行犯逮捕されたという事件で、当時、アイドルファン界隈ではかなり話題になりました。

 判決文の冒頭で、判決言い渡しの日が10月2日とあり、事件があったのは6月24日ですから、事件から3ヶ月ちょっとで判決に至ったということになります。まあ、早くもなく遅くもないくらいでしょう。これがもっと複雑な事件だと、逮捕から判決まで1年以上かかるということもザラにあります。逮捕から判決の日まで、被告人が留置場りゅうちじょう拘置所こうちしょで過ごした時間の長短に思いを馳せてみるのもまた一興です。


 さて、この「罪となるべき理由」の部分では、早くも、判決文独特の、他では見慣れない文体が登場しています。


「被告人は,

 第1 ~~~し,もって~~~し,

 第2 ~~~した

 ものである。」


 という、普通の小説や記事には出てこない言い回しと改行の仕方ですね。

 これは一種の様式美というか、複数の罪(ここでは威力業務妨害と銃刀法違反)がある場合、「第1」「第2」……などと項目ごとに改行を立て、それぞれの罪にあたる行為の内容を分けて書いていくことになっているのです。その際、最初の「被告人は~」から最後の「~ものである。」までは、どんなに長くなっても句点(マル)を打たず、一つの文として繋げてしまうのが普通です(あまりに項目が多すぎる場合などは例外的に文を分ける場合もあります)。

 小説であれば、ここまで極端な長文を書くのは不細工ですが、ひとたび判決文というものに見慣れてしまえば、むしろこの冗長さを様式美として楽しめるようになるでしょう。

 また、「~~~し,~~~し,~~~して,もって~~~した」という言い回しは、「もって」以降の部分が法律上の罪の定義であり、「もって」以前の部分にはその定義に合致する被告人の具体的な行動が書かれています。

 威力業務妨害罪の定義は「威力を用いて人の業務を妨害する」ことであると定められているのですが、判決文では、被告人のどんな行動がそれにあたるのかを「平成29年6月24日午後7時41分頃,株式会社Aが……」から「……同社の業務に支障を生じさせ」までの部分で説明し、「もって威力を用いて人の業務を妨害し(た)」と書くことで、この一連の行為が威力業務妨害罪にあたることを明らかにしているのです。



 疲れてきましたか。ちょっと休憩しましょう。

 https://www.youtube.com/watch?v=mNpPQXMgtmw

 欅坂46の数少ない癒やし曲「2人セゾン」でもお聴きになって、ゆっくり目と頭を休められたら、次のページへどうぞ。


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