3.「主文」をより深く知る

 ここからは、判決文を構成する各要素をより詳しく見てみましょう。

 まずは「主文」からです。


 主文には、被告人が無罪なのか有罪なのか、そして有罪ならどのような刑を課すのかが書かれています。先程の例は懲役2年・執行猶予3年の有罪判決でしたね。

 他にはどのような主文の形が有り得るのか、以下に主な例を示します。 




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(例1)


 「被告人を懲役ちょうえき4年よねん6月ろくげつに処する。

  未決みけつ勾留こうりゅう日数にっすうちゅう120日をその刑に算入する。」


 ……これは懲役刑の有罪判決です。先程の例でもそうでしたが、特に「有罪」とは書いてありません。「被告人を●●に処する」という一文に「これは有罪判決ですよ」という意味が含まれています。

 この場合、被告人は、控訴こうそせず判決が確定すれば、4年6ヶ月という期間、刑務所に服役することになります。なお、刑事裁判では慣例で「●ヶ月」を「●げつ」と言うことになっており、「4年6月」と書いてあれば「よねんろくげつ」と読みます。


 懲役刑には、執行しっこう猶予ゆうよが付く場合と付かない場合がありますが、この判決の場合は執行猶予のことが書かれていないので、被告人は(控訴しなければ)直ちに刑務所行きです。執行猶予が付かず、実際に刑務所に入ることを「実刑」と言います。


 また、「未決勾留日数中120日をその刑に算入する」とあるのは、逮捕されてからこの裁判の判決の日まで、被告人が留置場りゅうちじょう拘置所こうちしょの中で過ごした期間の一部を、既に刑務所に服役したのと同じ扱いにしてあげようという意味です。つまり、この判決の場合、懲役刑の刑期は4年6ヶ月ですが、その内の120日(約4ヶ月間)分は実際には執行されず、4年2ヶ月ほどで刑期が満了するということになります(実際には仮釈放などでもっと早くシャバに出てきますが)。

 未決勾留日数の算入は必ず行われるわけではありません。刑務所に入る被告人に対する、裁判所からのちょっとした温情のようなものなので、「コイツにはそんな救済をしてやる必要はない」と裁判官が判断すれば、1日たりとも算入されないこともあります。


 ちなみに、未決勾留日数の算入は、執行猶予付きの判決でも行うことができるのですが、実際にはほとんどその例はありません。執行猶予を付けること自体が既に温情であるためでしょうか。

 そのため、裁判所で判決の言い渡しを傍聴ぼうちょうしていると、「被告人を懲役●年に処する」の次の一言が「未決勾留日数中●●日を……」であれば、執行猶予はなく実刑判決なのだとほぼほぼ分かってしまいます。

 執行猶予が付くか付かないかの当落線上にいる被告人の場合、執行猶予付きの判決になるか実刑判決になるかはまさに天国と地獄の分かれ道であり、かなりの不安や緊張を抱えながらこの言い渡しを聴いているはずです(まあ、罪を犯したからには自業自得なのですが)。いずれの判決の場合でも、まずは「主文、被告人を懲役3年に処する」などと言い渡されるのは同じ。次の裁判官の一言が「この刑の確定の日から●年間……」であれば、晴れて被告人は執行猶予をもらってシャバに出られますし、裁判官の言葉が「未決勾留日数中●●日を……」と続けば、その瞬間、刑務所行きがほぼ確定してしまいます。「被告人を懲役●年に処する」の次の一行は実はすごくドラマチックなのです。




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(例2)


 「被告人を罰金40万円に処する。

  その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場ろうえきじょう留置りゅうちする。」


 ……こちらは罰金刑の有罪判決です。

 罰金刑は、もちろん、懲役刑よりも軽い刑罰です。「●年以下の懲役又は●●万円以下の罰金に処する」と定められている罪で有罪判決を受ける被告人の場合、自分が罰金刑で済むのか、それとも懲役刑を食らってしまうのかは、まさしく人生の分かれ道といったところでしょう。


 「罰金40万円に処する」の次の行に書かれている「その罰金を完納することができないときは……(略)……労役場に留置する」とは、被告人に現金がなく罰金が支払えない場合、そのかわりに、懲役刑のように身柄を拘束し、労働に従事させるという意味です。「労役場」という名の施設が独立して存在しているわけではなく、刑務所や拘置所の一角が「労役場」として用いられています。

 罰金が支払えずに強制労働だなんて、現代の日本でそんなことがあるのか?と思ってしまうかもしれませんが、2015年度のデータでは、年間5千人弱ほどが実際に労役場留置を受けたそうです。


 ちなみに、極めて稀な例ですが、罰金刑にも執行猶予が付くことがあります。筆者は漫画「島根の弁護士」の中でしか見たことがありませんが。




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(例3)


 「被告人を死刑に処する。」


 ……そのものずばり、死刑判決です。

 判例掲載サイトで何か検索してみようと言われたら、まずこれを調べる方が多いかもしれませんね。





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(例4)


 「被告人は無罪。」


 ……無罪判決の主文はこのように書かれます。

 無罪の場合、「被告人」ではなく「被告人」なのです。判決言い渡しで「被告人」と聞こえたら、その瞬間に無罪だとわかるというのは、法学クラスタや傍聴ファンの間では有名な話です。




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(例5)


 「被告人Aを懲役9年に,被告人Bを懲役6年に,被告人Cを懲役5年に処す る。

  被告人らに対し,未決勾留日数中各100日を,それぞれその刑に算入する。」


 ……刑事裁判の被告人は必ずしも一人とは限りません。共犯者が一つの裁判で同時に被告人になっていることもあります。そうした場合、主文はこのような形になります。


 そうなると当然、こんなのもあります。

 

 「被告人Aを懲役3年に,被告人Bを懲役1年6月に処する。

  この裁判確定の日から,被告人Aに対し5年間,被告人Bに対し3年間, それぞれその刑の執行を猶予する。

  被告人Cは無罪。」


 A・B・Cの三人が共犯として起訴されたが、審理を進めていく中で、Cは有罪にあたらないと判断されたわけですね。




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 いかがでしょうか。「主文」一つ取っても色々なパターンがあり、バリエーションを楽しめることがお分かり頂けるのではないかと思います。

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