第20話 脅威の核祭りデッキ

 そして、あれよあれよという間に、言悟はステージ上の筺体に座らされ、ヘッドギアを被って、バーチャル・リアリティの世界に潜ることになり――

 体験用アバターの少年の姿に身をやつして、雪風ミレイとのVR語彙大富豪に臨むことになったのだった。



「くすくす。わたしの語彙カードは『春の核祭り』! 言悟君のブラックジャック先生はー、核ミサイルの直撃でどっかーん!だよー」


 ヒマワリ柄のワンピースの裾をひらひらとひるがえし、その場でくるりとターンしたミレイが新たなカードを中空に投げ入れた。たちまち巨大化して実体化するカードがきらりと輝きを放ち、核爆弾の花がVR空間に咲く。


「何だよ、その意味不明な語彙は!」

「えぇー、知らないの? ポイントを集めたら漏れなく核ミサイルをプレゼントだよっ」


 言い返すのもバカバカしくなるようなミレイの詠唱。言悟が諦めて逆詠唱を見送ると同時に、本日何発目かわからないキノコ雲が濛々もうもうとコロシアムを埋め尽くし、言悟が召喚していた闇医者は呆気なく消し飛んで消えた。

 ぱりんと音を立て、言悟の眼前で「119」のカードが砕け散る。


「はぁーい、次はあなただよっ。ミレイちゃんの核祭りにー、勝ってるっかなー」


 ふわふわと機嫌良さそうに言葉を弾ませ、ミレイは次のターンプレイヤーである勇者コスプレの男性を上目遣いに見た。男性は三枚残った手札に目を落とし、苦しそうな表情をしている。


「……パスだ」

「えぇー、パスしちゃうのぉ!? あなたの語彙カード、もっと見てみたかったのにっ」

「だってそんな、君のは実質『核』五積みデッキだろ!? そんなにパワーカードばっかり持ってるかよ!」


 男性の悲愴な訴えに言悟も思わず頷いていた。これまでにミレイが切った語彙カードは、「核の炎」だの「ゲリラ豪核ごうかく」だの、核関連のものばかり。清々バカバカしいまでの核一色デッキなのだ。

 語彙大富豪の世界で「核」はメジャーなパワーカードの一つであり、核に対処できるかどうかはデッキの強さを図る一つの指標にもなる。核の一つもぎょせないで語彙大富豪のプレイヤーは名乗れない、とはよく言われることだが、しかし、それはあくまで、対戦相手が五枚のデッキの中に一枚だけ差してくる核に関しての話だ。

 五枚全てが核で染められているデッキなど、普通は仮想敵として想定すらしない。ゆえに、五枚の核全てを打ち破るデッキを普通のプレイヤーが持っているはずもない。


「だってわたしぃ、核使いのミレイちゃんだもんっ。くすくす、対戦相手の情報は分析してから挑んでこなきゃダメなんだぞー」

「く……!」


 勇者の男性が力なく肩を落とす。続いてミレイはモヒカン野郎を振り返った。


「はぁい、あなたの番だよっ。あなたにはー、そこそこ期待してるんだけどなー」


 ミレイの言葉に呼応するように、モヒカンはヒャッハァと声を張り上げる。


「199X年! 世界は核の炎に包まれた!――ってなァ! 俺様が出すこの語彙カードはよぉ、そんな核戦争後の世界で元気に悪役やってんだぜぇ。つまり核なんか怖くも何ともねぇってことよ! 出やがれ、『肩にトゲトゲのついたモヒカン』!」


 モヒカン野郎が勢いよくカードを投げ入れると、彼自身のアバターとよく似た姿をしたモヒカン姿の筋骨隆々の男が、荒廃した大地にバイクのエンジン音を響かせながら現れた。いかにも世紀末の世界を蹂躙じゅうりんしていそうなモブの悪役といった風情である。


「わぁー、やるじゃんやるじゃん! いいよいいよー、好きだよっ、その詠唱。じゃあハイ、次は言悟君ねっ。どうやって世界を救ってくれるのかー、ミレイわくわくー」


 グーにした手を胸の前に寄せて、ミレイが楽しそうに声を弾ませる。彼女のノリに惑わされないようにと考えながら、言悟は残った手札に目を落とした。

 言悟の手札は残り三枚。対するミレイは毎ターン核を撃ちまくって残り二枚。核耐性のある語彙で彼女を足止めし、アドバンテージを取り返すなら今しかない。


「オレの語彙カードは『仮面ライダーBLACKブラック RXアールエックス』! ワルモノの侵攻から皆を守る正義のヒーローだ!」


 言悟の召喚に応え、太陽の戦士が光の剣リボルケインを振りかざして現れる。核戦争後の街を荒らすモヒカンは容易く爆殺され、語彙カードの主のモヒカンが「畜生っ!」と大袈裟に悪態をついた。

 ミレイはくすくすと笑みを絶やさぬまま立っている。その可愛さの裏に秘めた底知れない恐ろしさを打ち破るように、言悟はびしりと手を伸ばして彼女を指差した。


「どうだ、核使いのミレイ! RXは核なんかじゃ破れないぜ!」

「くすくすくす。そうだよねー。仮面ライダーさんはー、みーんなのヒーローだもんねー」


 ミレイの調子は微塵も変わらなかった。彼女の華奢な指が、すっと一枚のカードを前方に投げ入れる。


「わたしの語彙カードは――『Littleリトル Boyボーイ』! 言悟君の『RX』は、この語彙に太刀打ちできないよー」

「何だって?」


 しゅるしゅると巨大化するカードを見ながら言悟は眉をひそめた。リトルボーイといえば、確か、広島に投下された原爆の名前だったはずだ。


「RXの耐久力なら、原爆の一発くらい……」

「くすくす、違うよぉ。わたしが出したのはただのだもんっ」

「はぁ!?」


 ミレイの詠唱に応え、幼稚園のスモックを着た男の子の姿が、RXの前に実体化する。


『がんばれ、かめんらいだー!』


 無邪気な声を張り上げる園児を前に、言悟は戸惑って目をしばたかせた。


「そんなのアリかよ……!」

「くすくすくす。まさか、ヒーローを応援する無垢なる子供をリボルケインで爆殺したりしないよね? 言悟君のパパさんはー、そういうプレイングはしなかったもんねー」

「く……!」


 彼女の言う通り、正義の味方は正義の味方として扱うのが、父から受け継いだ言悟のポリシーだった。

 あるいは、無垢なる子供の応援はヒーローに力を与えるものだから――という、「BはAに力を与えるからAの勝ち」というアド文脈に持ち込めば、まだバウンスの目はあったかもしれないが。

 ミレイのプレイングにあっけにとられ、言悟は咄嗟に言い返す気力を持つことができなかった。


「通った? 通ったよね? じゃ、次は勇者さん。この子をぶっ殺す語彙カードをどうぞっ」


 くすくすと楽しそうに微笑むミレイの姿に、コロシアムを囲む無数の観客達が喝采を浴びせている。

 この戦場が彼女ひとりの独擅場どくせんじょうであることは、誰の目にも明らかだった。

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