第19話 VR語彙大富豪
「いきなり呼び出したかと思えば、なんでゲーセンなんだよ」
「決まってるでしょ。特訓よ、特訓。今度こそ白馬のヤツに勝たなきゃいけないんだからねっ」
冬の風にツインテールを揺らし、百地コトハがつかつかと早足で言悟を先導する。やれやれと軽く頭を掻いて、言悟は彼女に続いて大型アミューズメント施設の門をくぐる。
語彙大富豪の東京都予選から僅か数日。予想よりずっと早く再会したコトハは、今日はケープの付いた
「……まあ、オレも、確かにもっと腕を磨かなきゃいけねーからな」
学校が年末休みに入っていることもあり、アミューズメント施設の中は若者や親子連れでごった返していた。歩きながらコートを脱ぐと、ふと振り向いたコトハが怪訝な顔をしてきた。
「なんで休みの日なのに学ラン?」
「うるせーな。服を買いに行く服がねーんだよ」
「アンタ、中三でしょ? もっとオシャレに気ぃ遣った方がいいわよ。今時スマホも持ってないっていうのも有り得ないし」
大会の日、ラインを教えろと言われ、ガラケーしか持ってないのだと言い返した際の、彼女の仰天した顔が脳裏にうるさく蘇る。
「そんなカネねーよ。母さんとオレだけなんだから」
言悟が言うと、コトハははたと立ち止まって、途端に気まずそうな表情で言葉に詰まっていた。
「……ゴメン」
「別に。……ていうか、あんたんとこだって、お姉さんの入院費とかどうなってるんだよ」
「……お姉ちゃんの婚約者さんが、お医者さんなの」
「へぇ。そいつは良うござんしたね。……ほら、行こうぜ」
コトハに必要以上に気を回されるのも嫌なので、言悟は何食わぬ態度を作って彼女を促した。ええ、と前を向いて、彼女は再び歩調を速めた。
彼女が特訓を急ぐ理由は言悟にも勿論わかっている。あの白馬をはじめ、公式大会の強敵達に今度こそ勝つこと。そして、言悟の父の命を奪い、コトハの姉を昏睡に陥れた、「闇の語彙大富豪」を名乗る謎の組織の陰謀を暴くこと……。それが今の二人の共通の目的なのだ。そのためには、何よりもまず、もっと語彙大富豪で強くならなければならない。
彼女が自分をこのアミューズメント施設に連れてきたのは、こうした遊び場には大抵、地域の腕利きが集まる語彙大富豪のプレイ台があるからだろう。ここ東京の大型施設ともなれば、休みの日には関東だけでなく全国から腕自慢のプレイヤーが遠征に来ることも珍しくないという。
今日コトハに誘われることがなくとも、近々そうした場所に足を踏み入れてみようとは思っていた。これまでは年齢制限で無理だったが、十五歳になった今、公式大会と同じく公共の場でのプレイもまた解禁されたのだ。
「……何よ、あれ」
エスカレーターを上がった先で、コトハが呟いて足を止めた。見ると、大型の特設ステージの周りに黒山の人だかりができていた。
ステージの上には大型のディスプレイが配置され、画面上部に「VR語彙大富豪エキシビジョンマッチ」の文字がきらきらと踊っている。
「すげぇ! またミレイの勝ちだ!」
「えげつねぇぇっ。ミレイちゃん、可愛い顔してハンパねぇぇっ」
ステージを囲む人々の間からそんな声が上がっている。どうやら、画面には語彙大富豪のプレイの状況が映し出されているらしいが……。
「え、あんた、コレを目当てに来たんじゃないのか?」
「うぅん。知らないわよ、こんなイベント。VR語彙大富豪って何?」
とにかく人の波をかき分け、言悟達はステージの前まで出てみた。ステージ上には、リクライニングのシートに座るタイプの大型
男性は頭に大きなヘッドギアを被り、その目元はゴーグルで隠されている。
「何だよ、あれ……」
大画面に映っている光景に言悟は目を見張った。光の飛び交う巨大なコロシアムに、四人のプレイヤーが立ち、語彙を実体化させて戦っているのだ。
『くすくす。わたしの最後の一枚は「核の津波」。これでゲームセットだよ、みんなっ』
ポニーテールにワンピース姿の女の子が甘い声を弾ませたとき、画面内に無数の核弾頭が津波の如く押し寄せ、爆炎の中に「GAME SET」の文字が七色に浮かび上がった。
「……くそっ! ミレイちゃん強ぇぇ!」
ヘッドギアを外し、男性がぶはっと苦しそうに息を吐き出す。ステージを囲む観客がざわざわと騒ぎ、次は俺だ、いや自分だと口々に挙手し始めた。
ステージの隅に立っていた司会者らしき女性が、慣れた調子でマイクを手に言う。
「はーい、話題のバーチャルアイドル・
司会者は画面を手で指し示した。画面の中からこちらを覗き込むようにして、この場の主役であるらしい雪風ミレイとかいうアイドルが、うぅーんと露骨な上目遣いを向けてくる。
「……つまり、ゲーセンでよくあるオンライン対戦ってことか?」
言悟が小声でコトハに聞くと、何やらスマホを
「でも、なんか、もっと進んだヤツみたい。バーチャルの世界にアバターを作って交流するのが、ネットに詳しいオタクに流行ってるらしくて……その中で語彙大富豪をやるのが、あのゲームってことでしょ」
「へぇ……」
自分には馴染みのない世界だ、と言悟が思った、そのとき。
『次の対戦相手かー。うぅーん、ミレイ迷っちゃう。だーれーにーしーよーぉーかーなー。あっ!』
ぴょこんとポニーテールを弾ませて、画面の中のミレイは細い指をこちらに向けてきたような気がした。
『じゃ、そこの学ランのキミ!』
言悟は思わず周囲を見回したが、学ランを着ているのは自分しかいない。
「オレ?」
自分を指さして問うと、ミレイはにこりと笑いかけてきた。
『そう、キミだよ、黒崎言悟君っ。初代語彙大富豪の忘れ形見。言っておくけど、わたしー、あなたのパパさんより強いからねっ』
得体の知れないバーチャルアイドルの言葉は、言悟の心に火をつけるには十分だった。
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