第19話 VR語彙大富豪

「いきなり呼び出したかと思えば、なんでゲーセンなんだよ」

「決まってるでしょ。特訓よ、特訓。今度こそ白馬のヤツに勝たなきゃいけないんだからねっ」


 冬の風にツインテールを揺らし、百地コトハがつかつかと早足で言悟を先導する。やれやれと軽く頭を掻いて、言悟は彼女に続いて大型アミューズメント施設の門をくぐる。

 語彙大富豪の東京都予選から僅か数日。予想よりずっと早く再会したコトハは、今日はケープの付いた臙脂えんじ色のロングコートを着ていた。いかにも童貞を殺す服のブランド謹製という印象を抱かせる、おとぎ話から出てきたような格好だった。


「……まあ、オレも、確かにもっと腕を磨かなきゃいけねーからな」


 連絡先メルアドを交換しておいたコトハからの突然の呼び出し。それが呑気なデートの誘いなんかではないことは、言悟も最初から勘付いていた。だから、コートの下の学ランのポケットには、しっかり語彙のカードプールを突っ込んできている。

 学校が年末休みに入っていることもあり、アミューズメント施設の中は若者や親子連れでごった返していた。歩きながらコートを脱ぐと、ふと振り向いたコトハが怪訝な顔をしてきた。


「なんで休みの日なのに学ラン?」

「うるせーな。服を買いに行く服がねーんだよ」

「アンタ、中三でしょ? もっとオシャレに気ぃ遣った方がいいわよ。今時スマホも持ってないっていうのも有り得ないし」


 大会の日、ラインを教えろと言われ、ガラケーしか持ってないのだと言い返した際の、彼女の仰天した顔が脳裏にうるさく蘇る。


「そんなカネねーよ。母さんとオレだけなんだから」


 言悟が言うと、コトハははたと立ち止まって、途端に気まずそうな表情で言葉に詰まっていた。


「……ゴメン」

「別に。……ていうか、あんたんとこだって、お姉さんの入院費とかどうなってるんだよ」

「……お姉ちゃんの婚約者さんが、お医者さんなの」

「へぇ。そいつは良うござんしたね。……ほら、行こうぜ」


 コトハに必要以上に気を回されるのも嫌なので、言悟は何食わぬ態度を作って彼女を促した。ええ、と前を向いて、彼女は再び歩調を速めた。

 彼女が特訓を急ぐ理由は言悟にも勿論わかっている。あの白馬をはじめ、公式大会の強敵達に今度こそ勝つこと。そして、言悟の父の命を奪い、コトハの姉を昏睡に陥れた、「闇の語彙大富豪」を名乗る謎の組織の陰謀を暴くこと……。それが今の二人の共通の目的なのだ。そのためには、何よりもまず、もっと語彙大富豪で強くならなければならない。

 彼女が自分をこのアミューズメント施設に連れてきたのは、こうした遊び場には大抵、地域の腕利きが集まる語彙大富豪のプレイ台があるからだろう。ここ東京の大型施設ともなれば、休みの日には関東だけでなく全国から腕自慢のプレイヤーが遠征に来ることも珍しくないという。

 今日コトハに誘われることがなくとも、近々そうした場所に足を踏み入れてみようとは思っていた。これまでは年齢制限で無理だったが、十五歳になった今、公式大会と同じく公共の場でのプレイもまた解禁されたのだ。


「……何よ、あれ」


 エスカレーターを上がった先で、コトハが呟いて足を止めた。見ると、大型の特設ステージの周りに黒山の人だかりができていた。

 ステージの上には大型のディスプレイが配置され、画面上部に「VR語彙大富豪エキシビジョンマッチ」の文字がきらきらと踊っている。


「すげぇ! またミレイの勝ちだ!」

「えげつねぇぇっ。ミレイちゃん、可愛い顔してハンパねぇぇっ」


 ステージを囲む人々の間からそんな声が上がっている。どうやら、画面には語彙大富豪のプレイの状況が映し出されているらしいが……。


「え、あんた、コレを目当てに来たんじゃないのか?」

「うぅん。知らないわよ、こんなイベント。VR語彙大富豪って何?」


 とにかく人の波をかき分け、言悟達はステージの前まで出てみた。ステージ上には、リクライニングのシートに座るタイプの大型筺体きょうたいが一つ置かれており、実際に若い男性がそこに腰掛け、ゲームに参加しているようだった。

 男性は頭に大きなヘッドギアを被り、その目元はゴーグルで隠されている。


「何だよ、あれ……」


 大画面に映っている光景に言悟は目を見張った。光の飛び交う巨大なコロシアムに、四人のプレイヤーが立ち、戦っているのだ。


『くすくす。わたしの最後の一枚は「核の津波」。これでゲームセットだよ、みんなっ』


 ポニーテールにワンピース姿の女の子が甘い声を弾ませたとき、画面内に無数の核弾頭が津波の如く押し寄せ、爆炎の中に「GAME SET」の文字が七色に浮かび上がった。


「……くそっ! ミレイちゃん強ぇぇ!」


 ヘッドギアを外し、男性がぶはっと苦しそうに息を吐き出す。ステージを囲む観客がざわざわと騒ぎ、次は俺だ、いや自分だと口々に挙手し始めた。

 ステージの隅に立っていた司会者らしき女性が、慣れた調子でマイクを手に言う。


「はーい、話題のバーチャルアイドル・雪風ゆきかぜミレイちゃんに勝った方には特製アバターがプレゼントされますからね! さあ、ミレイちゃんの次の対戦相手は誰でしょうか――」


 司会者は画面を手で指し示した。画面の中からこちらを覗き込むようにして、この場の主役であるらしい雪風ミレイとかいうアイドルが、うぅーんと露骨な上目遣いを向けてくる。


「……つまり、ゲーセンでよくあるオンライン対戦ってことか?」


 言悟が小声でコトハに聞くと、何やらスマホをっていた彼女は、「そうね」と答えて顔を上げた。


「でも、なんか、もっと進んだヤツみたい。バーチャルの世界にアバターを作って交流するのが、ネットに詳しいオタクに流行ってるらしくて……その中で語彙大富豪をやるのが、あのゲームってことでしょ」

「へぇ……」


 自分には馴染みのない世界だ、と言悟が思った、そのとき。


『次の対戦相手かー。うぅーん、ミレイ迷っちゃう。だーれーにーしーよーぉーかーなー。あっ!』


 ぴょこんとポニーテールを弾ませて、画面の中のミレイは細い指をこちらに向けてきたような気がした。


『じゃ、そこの学ランのキミ!』


 言悟は思わず周囲を見回したが、学ランを着ているのは自分しかいない。


「オレ?」


 自分を指さして問うと、ミレイはにこりと笑いかけてきた。


『そう、キミだよ、っ。初代語彙大富豪の忘れ形見。言っておくけど、わたしー、あなたのパパさんより強いからねっ』


 得体の知れないバーチャルアイドルの言葉は、言悟の心に火をつけるには十分だった。

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