VR語彙大富豪編

第18話 核使いのミレイ

「ヒャッハァァ! 俺様の語彙『ヤクザ』が『余命いくばくもない彼女』を容赦なく爆殺! リア充は爆発してろってな! どうだ、こーいうプレイがやりたかったんだよ、俺はよ!」


 言悟げんご上家かみちゃで、が下品な高笑いを上げる。彼の詠唱に従ってVRが、窓際のベッドで文庫本に読みふける少女に手榴弾しゅりゅうだんを投げつける。

 ぐわぁんと凄まじい爆発音が轟いて、虹色のライトに照らされたコロシアムには濛々もうもうと爆煙が立ち込めた。


「くっ……血も涙もない……!」


 言悟の対面トイメンに立つ勇者風のコスプレの男性が、モヒカン野郎とヤクザを見て悔しそうに唇を噛んだ。彼の眼前に実体化していた「余命いくばくもない彼女」のカードが、ぱりんと音を立て、ガラスが割れるように雲散霧消する。


「さぁ、次はテメーだ、! 俺様の武闘派ヤクザに生贄を捧げやがれ!」


 モヒカンがびしりと言悟を指差してきた。ふうっと息を吐いて、言悟は手札からカードを引き抜く。

 ここにいるのは言悟であって言悟ではない。言悟自身の身体はアミューズメント施設の筺体きょうたいに座っている。この空間で言悟の意志を受け戦っているのは、白い半袖シャツに紺のズボン、何の変哲もないスポーツ刈りの髪型をした、貧相な体験用アバターの少年だった。

 ネットリンクで大勢の観客が見守るコロシアムで、言悟のアバターが、言悟自身とは似ても似つかない声を発する。


「ヤクザ者だって所詮は人の子。どんなに悪さを重ねたって、自分を育ててくれた『母の愛』には背けない!」


 言悟アバターが宙に放ったカードがくるくると回転しながら巨大化し、彼の隣で輝きを放った。あぁんとメンチを切るヤクザの前に、割烹着かっぽうぎを着た優しそうな女性が現れる。


『……母ちゃん……!』

『たかし、アンタまだこんなことやっとるかね。人様に迷惑掛けるようなことしたらいかんよう』


 自らの意思を持つかのように、VR世界に顕現けんげんした語彙達が言葉を交わす。モヒカンの男は逆詠唱することができず、やがてヤクザは無垢な子供の姿に変わって煙のように消えてしまった。


「チッ……! やりやがったな、クソガキ……!」


 モヒカン野郎が恨みに満ちた視線を向けてくるが、言悟は彼に目もくれず、下家しもちゃのプレイヤーを見る。

 他のプレイヤーのことなど正直どうでもいい。この四人卓で言悟が気になっているのは、ただ一人、の存在だけなのだ。


「くすくす。そうだよねー、ママの愛って無限大だよねー」


 華奢な細腕を後ろで組み、ふわふわと天使のように身を揺らすヒマワリ柄の白いワンピース。つややかな黒髪ポニーテールがの動きに合わせてぴょこぴょこと跳ね、空間に残影を引く。

 年の頃なら高校生くらいだろうか――ぱっちりとした目とぷるんとした唇、あざと可愛い魅力をこれでもかと詰め込んだような彼女が、上目遣いの小悪魔スマイルで言悟を見てきた。


「でも、ざーんねん。我が子に寄り添う『母の愛』も、容赦なく『核の炎』で焼かれちゃったのでしたっ。えーん、かわいそう」


 鈴のような声色をころころと響かせて、彼女が両手をグーにして泣き真似をする。言悟があっけにとられた瞬間、閃光と爆音に次いで巨大なキノコ雲がコロシアム全域に広がった。

 破壊し尽くされた地上には、母親のむくろひとつ残らない。


「あんた……見かけによらず……!」


 ぎりっと奥歯を噛んで言悟は彼女を見た。彼女は自分の口元に人差し指を当て、なんでもないようにキョトンと笑っている。


「くすくす。わたしがVR界隈で何て呼ばれてるか知ってる?」


 丸く黒黒した瞳が言悟を見上げてきた。可愛さを煮詰めたような彼女の仕草に、なぜか言悟は底知れない戦慄を覚えて後ずさった。


「『核使いのミレイ』――。よろしく、黒崎言悟君♪」


 VR界隈で知らぬ者は居ないらしいバーチャルアイドル、雪風ゆきかぜミレイの天真爛漫な笑みが、言悟の意識をぞくりと捉えて離さない。


 言悟が人生初のVR語彙大富豪を彼女と囲むことになった経緯は、ほんの一時間ばかり前まで遡る――。

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