第15話 卑劣な策略

「波乱続きの決勝戦、いよいよ四巡目に突入です! 秋葉原アキバのゲームマスター・神田川選手、『どんな物でも防ぐ盾』を攻略し、優勝にリーチを掛けることはできるのか!」


 白馬のバウンスに一度は静まり返った客席も、実況の声に煽られて再び興奮を取り戻しつつあった。

 柳瀬の先程のプレイングを白い目で見る観客も決して少なくなかったはずだが、当の柳瀬はどこ吹く風といった顔で対面の神田川を見やり、彼の次の一手を待っているようだった。

 ただひとり三枚の手札を残すことになった白馬は、表向きはもう余裕の表情に戻っているかに見えたが、対面の言悟に彼がじっと向けてくる目線は、何かを言悟に伝えたがっているように見えた。


(オレなら共感するだろう、と言いたいのか……?)


 白馬から目をそらす直前、言悟は周りに悟られないように小さく彼に向かって頷いた。

 認めたくはないが、白馬のプレイヤーシップの根底に黒崎言四郎の精神が流れていることは間違いない。父の教えを受けたという白馬が、先程の柳瀬のような無理筋の詠唱を好まないのは当然のことといえる。「勝てばいいってものじゃない」――誰より勝利の味を知っていた黒崎言四郎だからこそ、そのことを白馬にもきっと教えていたはずなのだ。


(こうなったらせめて……オレが次の一手でオッサンに一矢報いてやる)


 言悟は手札に残った二枚に目を落とした。この二枚のいずれかを使って、次に出てくる神田川の語彙に打ち勝ち、さらに下家の柳瀬の手を封じることができるか……。敵である白馬を援護しようというのではないが、「語彙大富豪の王子プリンス」を名乗る彼が柳瀬に一泡吹かされた今、代わって自分が柳瀬をやり込めてやりたいという思いが強く沸き上がっていた。

 見せてやらなければ。黒崎言四郎の語彙は、小狡こずるい妨害詠唱になど負けないということを。


「くひひ……」


 ターンプレイヤーの神田川の引きつったような笑いが、言悟の意識を戦局へと引き戻す。


「い、いいザマだな、白馬! お前の手札は残り三枚! それじゃどうやっても追いつけまい!」

「……」

「拙者の語彙は『貫通ダメージ』! これで残り一枚だ!」


 カードを勢いよく切る神田川の目は、「盾」の主である柳瀬ではなく、もっぱら白馬への敵意に燃えているように見えた。


「おおっ、神田川選手の語彙カードは『貫通ダメージ』! 絶対的な防御力を誇る『どんな物でも防ぐ盾』に対し、防御されてもダメージを通すという能力を出してきた! 審査員の判定は当然『通し』! これも綺麗な10-0ですね」

「ええ、これは良いベストマッチですねえ。柳瀬もさすがにこれは逆詠唱できませんね」

「神田川選手、優勝まであと一枚となりました。続いてリーチで並ぶことができるか、黒崎選手! 場には『貫通ダメージ』!」


 実況と解説の掛け合いを聞き、詠唱の筋道を考えながら、言悟は胸に引っかかる何かを感じていた。


(――おかしい。あのオッサン、なんで神田川相手には逆詠唱で粘らないんだ……?)


 白馬の「綺麗な金持ち」に対してあれほど強引な逆詠唱を押し通した柳瀬のことだ。神田川の「貫通ダメージ」に対しても、「盾の持ち主に貫通ダメージを与えたところで、結局、盾を壊せていないことに変わりはない」とかなんとか、いくらでも屁理屈の付けようはあるはず……。


(白馬にだけ特別厳しく当たる……そんなプレイングがあり得るのか……?)


 自分のカードを出す間際、言悟はちらりと向かいの白馬の顔を見た。白馬はフッと笑い、小さく首を横に振ってきた。

 彼の目は何かを悟っているようにも見える。自分だけが執拗に狙われることを、あのイケメン野郎は受け入れているのか……?


「……『貫通ダメージ』なんか与えてくる奴は大抵ワルモノと相場が決まってる。なら、オレの語彙は『正義』! 貫通ダメージでボロボロにされようと、最後は必ず正義が勝つ!」


 複雑な感情を一旦振り払い、言悟は自分の詠唱に専念した。幸い、これに対して神田川が逆詠唱を試みてくることはなかった。


「審査員は満場一致で『通し』の判定! 貫通ダメージを受けても立ち上がり、場には『正義』! さあ、なりふり構わない詠唱力に定評のある柳瀬選手、この『正義』を打ち破ることはできるか!」


「『正義』ですか……では、これで革命といきましょう!」


 シンプルな言葉とともに、柳瀬は一枚のカードを卓上に出した。


「これは――『ヒーロー』! 柳瀬選手、『正義』に対して『ヒーロー』を出してきました! 審査員は間髪入れず革命承認! ここにきて本卓初めての革命が出ました!」


(「ヒーロー」を出して革命だと……!?)


 例によって喝采を上げる柳瀬の子供達を見やり、言悟は目をしばたかせた。

 革命というのは、闇雲に起こせばいいというものではなく、下流のプレイヤーを苦しめる戦略をもって打たれるものだ。「ヒーロー」という、勝てるものの範囲がかなり広い語彙を出しながら革命を打つなど、みすみす下家を助けるようなもの……。


(! そうか――)


 言悟が一つのことに気付いた瞬間、その答え合わせをするかのように、柳瀬が自ら口を開いた。


「白馬君。君のデッキには、『ヒーロー』に負けるような悪い語彙は積まれてないだろう」

「……!」


 柳瀬の言葉に客席がざわざわと反応し始める。言悟もまた、柳瀬のプレイングの恐ろしさにおののいていた。


(このオッサン、まさか、オレと白馬の間に立つとわかった時から――)


 言悟がデッキにヒーロー属性の語彙を好んで投入すること、また白馬が清廉潔白な語彙を好むことを知り尽くした上で、この革命のタイミングを虎視眈々と狙っていたのか。全員の手札が適度に減ってきた頃合いを見計らって、一気に白馬を叩き落とすために……?


「『綺麗な金持ち』のかわりに『汚い金持ち』でも積んでいれば乗り切れたものを。まず一人は脱落ですね」


 柳瀬の淡々とした言葉が、会場全体をぞくりと凍りつかせていた。白馬は柔和な笑みを崩していなかったが、ここまで徹底的に追い込まれ、彼も内心では動揺を隠せないはず――。

 白馬の状況を思い、言悟が無意識に唇を噛んだ、その時。


「卑怯よっ!」


 客席の最前列で立ち上がり、コトハが叫んでいた。引き寄せられるように目をやると、彼女はその水晶の瞳に怒りの炎を宿し、ぎらりとこちらを睨みつけていた。

 ――ん、


「おや、コトハちゃん。嬉しいね、嫌いなボクのために怒ってくれるなんて」


 観客達がコトハに注目する中、そんなことを言って彼女に笑いかける白馬の顔からは、まだ余裕は失われていなかった。

 コトハはそんな白馬自身とは目を合わせようともせず、何故か執拗に言悟を睨み続けている。


(何だよ、何でオレを……)


 きゅっと唇を結び、自分から目をそらさないコトハの表情を見て、ハッと言悟は気付いた。あれは睨んでいるのではない。彼女は、自分に何かを伝えようとしている……?


「百地コトハ選手、客席からのヤジは慎んでくださいね。……さあ、白馬選手、『ヒーロー』に負ける語彙はあるでしょうか!」


 客席がまだざわめいている中、実況者が白馬にプレイを促す。

 ツインテールを揺らして客席に座り、コトハはなおも言悟をまっすぐ見てくる。彼女は一体何を伝えたいのか――



『――突然、白装束の男達がお姉ちゃんの前に現れて、脅してきたの。これからも五体満足で語彙大富豪を続けたければ、大会でのに協力しろって……』



 屋上でコトハが語った言葉が、閃くように言悟の脳裏に蘇る。


(八百長――!)


 言悟は思わず下家の柳瀬の顔を見た。コトハに卑怯と名指しされたばかりの彼は、そんな言葉は耳に入らなかったかのような顔で悠然と戦局を眺めていた。


(……いや。このオッサンだけじゃない!)


 言悟の上家でくひひと笑う神田川。さては、この男も――?


(……オッサンが上家から白馬を苦しめ、下家の神田川が白馬の語彙をピンポイントで刈り取る……)


 神田川が白馬の語彙に刺さるカードばかりを堂々とデッキに投入できたこと。柳瀬が不自然なまでに白馬に対してだけ執拗な逆詠唱を見せたこと。

 白馬を負かすために、最初から二人が結託していたのだとすれば、全ての辻褄が合うのではないか。

 今の革命だってそうだ。神田川が言悟にヒーロー属性の語彙を出させるように仕向け、そこへすかさず柳瀬が「ヒーロー」で革命を打つ。そういう筋書きが最初から二人の間に共有されていたのだとすれば、こうも簡単に白馬が追い込まれてしまったのも頷ける。

 神田川は、全国大会で憧れのアイドルとやらに会うため、何が何でもこの試合に勝ちたいはず。そんな彼が裏で柳瀬に金を渡しでもして、自身の勝利に協力させているのだとしたら……。


(もしそういうことなら……コイツら、許せねえ……!)


 今にも席を飛び出して柳瀬や神田川に掴みかかりたい気持ちを必死に抑え、言悟が白馬の顔を見たとき――


「フッ。確かにボクのデッキには、『ヒーロー』の成敗の対象になるような薄汚い語彙は積んでいない……。しかし、ボクには、黒崎さんから受け継いだこの語彙カードがあります。革命宣言!」


 観衆の注目を一手に集め、彼は自信満々の顔でカードを切っていた。大画面に表示された、その文字は――


「おおっ、『仮面ライダーBLACK RX』! 黒崎言悟選手も使ったこのカードを、白馬選手もデッキに入れていた! 審査員の判定は当然、革命承認! 革命返しが成立し、場には『RX』!」

「ほう……白馬も『RX』を使ってくるとは。これは黒崎を意識したんでしょうねえ」


 解説者の言葉に「ええ」と頷き、喝采の中で白馬が言悟に目を向けてくる。


「キミにこの語彙の使い方を教えてあげようと思って入れていたのさ。おかげで助かったよ、言悟君」


 白い歯を見せてドヤ顔を決める白馬に、観客達はまたも最高潮の盛り上がりを見せていた。


(白馬……!)


 痺れるような鳥肌が言悟の全身を襲った。ここまで敵に弱点を突かれながら、このイケメン野郎、なおもそれを突破する切札カードを……!

 白馬の強さに震撼すると同時に、言悟は一つのことに思い至る。


「……あんた、なんでさっき出さなかったんだ? 『どんな物でも防ぐ盾』に対して後出し『RX』なら通るって、解説の人が言ってたじゃねーか」

「だからだよ、言悟君。解説の方が仰るそのままのプレイングをするのは、ボクのプライドに反した……ただそれだけさ」


 格好つけて言ってのけ、解説席や客席に軽く一礼までしてみせる白馬。そのソツのない振る舞いに言悟が思わず舌打ちしたとき、彼は再びまっすぐ言悟の目を見て言ってきた。


「……!」


 どくん、と心臓が強く脈打つ。

 先程見せた、何かを悟っているような目といい――

 白馬は既に気付いているのか。神田川と柳瀬が組んで彼を負かそうとしていることに。


(くっ……いいのかよ、白馬……!)


 革命返しで見事に窮地を乗り切ってみせたとはいえ、白馬の手札はやっと残り二枚。対する神田川は既に残り一枚なのだ。神田川が『RX』を倒した時点でもうゲームは終了してしまう。そして、同じく残り一枚の自分だって、ゲームを投げる気は毛頭ない。

 もはや、白馬が勝ちうるシナリオは、この『RX』に神田川も言悟も柳瀬も揃って封殺され、さらに白馬が出す次の一枚にも同じく三人とも封殺されるという、針に糸を通すような僅かな可能性しか残されていないのだ。


「さあ、白馬選手の好プレーが炸裂し、通常状態に戻った場には『仮面ライダーBLACK RX』! 神田川選手、最後の一枚で『RX』を破り、優勝を決めることはできるのか!」


 神田川は残った一枚に目を落とし、不気味な沈黙を見せていた。


(仮にコイツが最後の一枚を通せなかったとしても……もう、白馬のヤローが勝つ目は無いに等しい……)


 言悟は果てしなく沸き上がる憤りに拳を震わせていた。

 白馬ヤツを倒すのは自分でありたかった。卑劣な策略で追い込まれて敗退する白馬の姿など、決して見たくはなかった。


「く……!」


 白馬は自分に向かってフッと笑ってくるだけで、この証拠のない不正に対して声を上げようとはしない。

 怒りにたぎる胸を必死に押さえつける言悟をよそに、ターンプレイヤーの神田川が遂に口を開く――

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