第14話 対イケメン語彙
「さあ、早くも
皆が固唾を呑んで見守る中、イケメン白馬が一枚のカードを卓上に切る。画面に表示されたその語彙に、客席のみならず実況者までもが一瞬無言で目を見張った。
「な……何だ、この語彙は!? 白馬選手の
客席がたちまちざわめき始める。ははっと白い歯を見せて笑い、白馬は言った。
「この語彙が示すものは、もちろん、語彙大富豪の
仰々しく両手を広げて、会場全体に向けて宣言する白馬。極限までナルシズムを極めたその物言いに、観客達は一瞬ぽかんとした表情を見せた後、割れんばかりの拍手と笑いに転じた。
いいぞ、白馬――。そんな声が会場のあちこちから溢れかえる。ナルシスト芸で観客を味方につけた白馬に、審査員も敢えて
「いやあー、阿仁川さん。やってくれますね、白馬選手!」
「これはもう一周して芸術点ですね。元々、勝手知ったる者同士の内輪のプレイで、『俺』とかの
「色んな意味で、彼にしか使いこなせないカードだったというわけですね」
「ええ。ちなみにこの『僕』というカード、いざとなれば『しもべ』と読ませて別文脈での運用も可能という点で、『俺』よりも実用性に長けていると言えるでしょうね」
「ははぁ、なるほど……」
白馬を称賛する解説を意識の隅で聞きながら、言悟はイケメン野郎の爽やかなドヤ顔に視線を向けていた。向こうも戦意満々の表情でこちらに目を向けてくる。
(どこまでもスカしたヤローだ……!)
決勝でも必ず「イケメン」を入れてくるだろうというコトハの読みを斜め上の形で上回り、真剣勝負の最中に客席に笑いまで提供してみせるあの余裕ぶり。白馬の強さを改めて思い知らされ、言悟の中でも戦意の炎が一段激しく燃え上がる。
次の神田川がどう出るかわからないが、もしそのまま白馬の「
「さあ、
「ひひっ……で、出来るとも。白馬、お前は自他ともに認めるイケメン! 昔から、イケメンはこれをぶつけると死ぬと決まってるんだよ!」
その目にギラついた炎を宿し、神田川が勢いよくカードを切った。
「こ、これは! 『チーズバーガー』だっ! 神田川選手の
神田川が勝ち誇った表情で笑い、白馬が僅かに眉をひそめる。「
「阿仁川さん、これは明らかに白馬の『イケメン』とのマッチアップを狙ったデッキ構築ですよね」
「ええ。いやあ、白馬に負けず劣らず、神田川もやってくれますねえ。白馬を潰すためにわざわざ『チーズバーガー』をデッキに入れるというこのバカバカしさ。これぞ本来の語彙大富豪ですよ」
ひひひと笑って身体を仰け反らせる神田川。言悟は、いつの間にか口が半開きになっていたのに気付き、ぎゅっと唇を絞る。
(コイツ、マジか……!?)
神田川という男の胆力が、言悟には空恐ろしかった。
白馬が高確率で入れてくるであろう「イケメン」をピンポイントで討ち取る策は、コトハと自分も考えてはいた。その結果、自分達が辿り着いたのは、「イケメン」対策以外にもある程度の使い道が見込める「歳月」という語彙だった。普通のプレイヤーなら、誰だってそういう
だが、対する神田川は、この大一番で、「チーズバーガー」などというイケメン殺し以外に到底使い道が見つからない語彙を躊躇いなくデッキに差し、そして現に芸術点を稼いでみせた。
その前の「大統領」にしてもそうだ。上家となる白馬のデッキ構成を精確に読む能力、そしてその対策語彙を大胆にデッキに投入する度胸。是が非でも勝ちたいはずの一戦で、そんな綱渡りをやってのけるとは……。
ちらりと客席のコトハに目をやると、彼女も「やられたわね」という表情をしていた。神田川の打った一手と比べて、自分達の白馬対策は中途半端だったと言わざるを得ない。
「さあ、
「く……!」
言悟は残された三枚の手札に目を落とし、奥歯を噛んだ。
決して
「しょうがねえ。オレのカードは『仮面ライダーBLACK RX』! 『チーズバーガー』如き、雑火力で爆散させる!」
断腸の思いで唱え、カードを切る。一瞬静まり返る客席の空気が怖かった。
「おおっと、黒崎選手はここで『RX』を切ってきました! 審査員の判定は……『通し』!」
「まあ、敢えてチェックする理由もないですからねえ。決して芸術点の高い一手とは言えませんが、まあ、爆散させるって言われちゃったら、『はい、そうですか』って感じですよねえ」
言悟の顔面に熱い血流を送り込むものは、高揚とは真逆の感情だった。
確かに勝ってはいるが、こんな雑なカードの通し方は決して歓迎されるものではない。父ならこんな不細工なプレイングはしなかっただろう。
「黒崎選手、かろうじて命を繋いだというところでしょうか」
「……まあ、実際問題、『チーズバーガー』みたいな掴みどころのない
かろうじて命を繋いだ――実況者が述べたその一言が、今の自分の状況をこの上なく正確に表しているように言悟には思えた。
今の一手で言悟が何より恐れていたのは、神田川から「
「ともあれ、場には『仮面ライダーBLACK RX』! さあ、グッドスタッファー柳瀬選手、最強ライダーの呼び声高い『RX』を打ち破ることはできるのか!」
ようやく火照りが冷めてくるのを感じながら、言悟は下家の柳瀬に視線を向けた。雑な一手だったとはいえ、とにかく返しのターンでの防御力に優れる「RX」を場に残せたことは大きい。これで下家が「RX」に対応できなければ、カード枚数のアドバンテージを得ることができる。
「ふーむ、確かに『RX』の堅牢さを突破するのは難しいですね……。でも、まあ、防ぐことならギリギリできますよ。私の語彙、『どんな物でも防ぐ盾』ならね!」
「っ……!」
柳瀬の出した一枚が、静まっていた客席に再び熱狂を呼び戻す。
「おおっ、柳瀬選手の
このまま判定に入られてはまずい――言悟は慌てて逆詠唱の声を上げようとするが。
「RXのリボルケインなら、そんな盾なんか――」
「あいにく、私の盾には『どんな物でも防ぐ』と書いてあるんでね、どんな物でも防ぎますよ。核だろうと地球破壊爆弾だろうと、リボルクラッシュだろうとね!」
柳瀬の力強い一言に、何も言い返すことはできなかった。
(くっ……後出し有利の原則か……!)
「柳瀬選手、矛盾のない詠唱! 審査員の判定は満場一致で『通し』! RXのリボルケインをも退け、場には『どんな物でも防ぐ盾』! 阿仁川さん、さすがは三ツ星グッドスタッファー、いい手ですね」
「ええ。ここぞというところで活きる一枚ですね。これを出されると下家は厳しいですよ」
気を取り直し、言悟は次のターンプレイヤーである白馬に目を向ける。白馬は、余裕ぶった姿勢こそ崩さないものの、手元のカードに目を落として少し考える素振りを見せていた。
「黒崎が言いかけたように、『盾』に対して後出しの『RX』なら、ワンチャン『RXならそれでも破壊できる』で押し通せる可能性もあるんですがねえ。語彙大富豪というゲームは、いかんせん、後出し有利の世界ですから」
「ははあ、なるほど……。では、語彙大富豪の
観客の期待の声が高まる中、白馬は顔を上げ、手札から一枚のカードを抜き出した。
「フッ……。柳瀬さんは『矛盾』の故事成語から語彙を引いてきたわけですが……ならば、その『どんな物でも防ぐ盾』は商人の商品であるはず。『綺麗な金持ち』が買い取らせて頂きましょう!」
その指がぴしりとカードを卓上に切る。客席がおおっとざわめいた、その時。
「誰の所有物になろうとも、この盾の堅牢さは損なわれませんよ」
「なっ――」
「金持ちに買い取られた途端に盾が盾でなくなるとでも言うんですかね? 新たなオーナーの身を守るという役目を、この盾は立派に果たすでしょうよ」
白馬の詠唱を封じ込める勢いで、柳瀬の逆詠唱が炸裂していた。
(これは――!)
言悟は固唾を呑んで二人の舌戦を見守る。柳瀬の逆詠唱の筋道自体は、言悟が父から教わって実践しているものとそれほど異なってはいない。白馬の詠唱した「金持ちが盾を買い取る」という文脈を肯定した上で、それでも盾の価値は失われないと述べるものだ。
だが、白馬の詠唱はいわゆるコントローラー文脈と呼ばれるもので、「それを使う側だから勝ち」という理屈で枠外からの勝利を収めるもの。例えば、「核」に対し、そのボタンを押す権限を持つ「大統領」をぶつけるようなケースがその典型といえる。オフェンス側にこれを仕掛けられた時点で、普通はディフェンス側は譲るものなのだが……。
「っ……」
白馬の端正な顔に、僅かに悔しさの色が差したように見えた。
「柳瀬選手の粘り強い逆詠唱に、審査員は通し二票、
「まあ、この辺のバランスはね、言ったもん勝ちですからねえ」
柳瀬の後ろの客席では、子供達が無邪気にパパの詠唱勝ちを喜んでいたが、この結果に喝采の声を上げる観客は全体の半分にも満たないようだった。
(オッサン……。今のプレイングはちょっと、ねーんじゃねーのか……?)
白馬がちらりと言悟のほうを見てくる。僅かに「釈然としない」という表情を浮かべたままの彼に、敵とはいえ、言悟は若干の同情を禁じえなかった。
今のは、例えるなら、「核のボタンを押す側だから大統領の勝ち」と10-0の詠唱を決めたところへ、「ボタンを押すのが誰であろうと核の威力は損なわれない」と屁理屈を言われたようなものだ。語彙大富豪は確かに屁理屈をぶつけ合うゲームではあるが、こうした「普通こうなったら勝ち」という不文律までも覆すような抵抗は行儀が悪いとされている。
とはいえ、実際にそういう詠唱をされてしまえば、審査員もそれをもとに判断せざるを得ないし、それに対して白馬が文句を付けることなど出来るはずもなかった。不文律はあくまで不文律であって、守ることが義務付けられたルールではないのだ。
「――さあ、
言悟の、白馬の、観客達の。多くの者の動揺を引きずったまま、ゲームはいよいよ四ターン目に突入する――。
=====語彙ワンポイント解説=====
【僕】(使用者:白馬)
作中でも説明されている通り、現実の語彙大富豪界隈においても、「俺」という語彙を出してそのプレイヤー自身の特性を参照させる身内プレイングは稀に見られる。無論、気心知れた仲でなければ通用しない遊びである。こうした語彙と別の語彙の勝敗を判定する際には、例えば「俺(プレイヤーA)」VS「ゾンビ」であれば「Aさん、ゾンビ映画って平気で観れる?」のように、本人を諮問機関とすることも珍しくない。
【チーズバーガー】(使用者:神田川)
古くからの2ch系ネットミーム「イケメンにチーズバーガーをぶつけると死ぬ」を出自とする語彙。これについては、元々は「イケメンを鉄アレイで殴り続けると死ぬ」というネットミームが先にあり(イケメンであろうとなかろうと死ぬに決まっているというのが笑い所である)、そこから「チーズバーガーをぶつけると死ぬ」という不条理なフレーズが派生したものとされている。かつての2chでは、有名な「台風コロッケ」のように、ある一つの書き込みがコピペとして拡散されていつしか定番ネタになるという流れがよく見られた。
【どんな物でも貫く矛】&【どんな物でも防ぐ盾】(使用者:柳瀬)
言わずと知れた「矛盾」の故事成語を出自とする語彙。語彙大富豪において「そう書いてあるなら仕方ないな」で通し判定をするのは今や定番パターンであるが、これらの語彙はその本家本元とも言えるものである。「どんな物でも貫く」と書いてある以上はどんな物でも貫くのであり、「どんな物でも防ぐ」と書いてある以上はどんな物でも防ぐのである(ただ、逆詠唱や後出し有利の原則でそれに抗うことが可能なのもまた、作中で描写している通りである)。
本作作者の板野にとっては、本家鯖で初めて語彙大富豪に参加した際にデッキに入れていた、思い出深い語彙セットでもある。
尚、この二枚のうち片方しかデッキに入れないことは芸術点的に美しくないため、どちらか入れるならもう片方も一緒に入れるのがスタンダードとなるが、そうなると、現実のプレイ環境においては、例えば矛を先に出した時点で「おい、あいつ『どんな物でも防ぐ盾』も持ってるぞ!」と手札を読まれることとなる。勿論、出す側も、皆にそう言わせて笑いを起こすのを狙って出しているのである(同種の事例に、2018年元旦のプレイで初手「なすび」を出した板野に対し「あいつ『富士』と『鷹』持ってるぞ!」と皆がこぞって反応したケースがある)。
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