第13話 決勝の空気
「これより二分間、デッキ構築タイムとなります!」
アナウンスが告げるやいなや、言悟は事前にコトハと選んでおいた五枚のカードを改めて手元に広げた。
ステージ上の対戦相手の様子をちらりと確認する。
言悟の
「! か、
実況者が驚きの声を上げる中、オタク100%の風体をした細身の男性が、卓上に両手を付いて身を乗り出し、ふふんと鼻息を荒くしていた。
(何だって……!?)
言悟も驚愕に目を見張った。観客達もざわめいている。
「せっ、拙者は、この大会で優勝して、憧れのミレイちゃんに全国大会で会うんだっ。男には時に、絶対に負けられない戦いがあるんだっ!」
謎の宣言に声を張る神田川に、客席からはおおっと歓声が上がった。どんな理由であれ、場が盛り上がるなら観客達はそれでいいのだろう。
だが……。
(コイツ……そこまでして先攻を……?)
言悟には、この神田川という選手の行動が決して賢明とは思えなかった。対面の白馬の、ふふんと神田川を
この大会のように、一人抜けが勝利条件となる語彙大富豪のレギュレーションにおいては、確かに一番手を取ることのメリットは大きい。だが、だからといって、デッキのスキャンをあれほどまでに急ぐのが得策とは考えづらい。この大会のレギュレーションでは、一番手が決まった時点で全員の順番が確定するので、残りの三人はもうデッキ構築を急ぐ必要がなくなるからだ。
神田川が先攻を取った時点で、その下家の言悟が二番、柳瀬が三番、そして白馬が四番という順番は決まってしまった。こうなると、自身のスキャンが早かろうと遅かろうと何も変わらないので、言悟達は二分間をフルに使い、焦らず急がずデッキを考えればいいということになる。
だから、事前に組んでおいたデッキを使って先攻を取りたいのだとしても、せめて他プレイヤーの焦りを少しは誘発してから、頃合いを見てスキャンするのが賢いはずだ。そのくらいのことは、大会初参加の言悟にも容易に察せられるのに……。
「フフッ、残念ですよ、神田川さん。ゲームキングと名高いあなたが、アイドル如きに熱を上げて道を誤るとは……」
悠然と自身のデッキをコンソールにスキャンさせながら、白馬が彼を見下した笑いを浮かべて言う。
「う、うるさい! 全国大会には、神奈川大会を勝ち抜いてミレイちゃんが出てくるんだぞっ。お、お前のような優男を彼女の前に立たせるわけにはいかないんだっ」
「そうですか。まあ、ボクはアキバのパンチラ集団になんか興味はありませんけどね……」
「なにを! い、イケメンに何がわかる!」
卓から身を乗り出して口角泡を飛ばす神田川と、澄ました顔でそれを受け流す白馬。二人の様子を言悟がぽかんとして見ていると、コック服の柳瀬が「君達」と重たい声を発した。
「騒がないでくれ、気が散る。私はまだデッキを組んでるんだ」
「おっと、これは失礼」
白馬が小さく彼に目礼し、神田川もぐぬぬと不満そうな顔をしたまま口を押さえた。
言悟は唖然としたまま自分のデッキをスキャンさせる。これまでの戦いよりもずっと空気がピリピリと鋭い感じがした。単に白馬と神田川の相性が悪いということではなく、決勝戦ゆえの張り詰めた戦意のようなものを場から感じる。
やがて二分間の構築タイムが終わり、滑り込むようにカードをスキャンさせた柳瀬が顔を上げた。
「……さあ、ちょっとした盤外戦もありましたが、四選手とも準備が整ったようです。
大画面に大きく「任天堂」の文字が表示され、客席から期待を込めた歓声が沸き起こる。
「阿仁川さん、これはまたクセのある場札になりましたね」
「ええ。一時期、猛威を奮った『クソマンチビーム』への対策としてよく積まれた
「では、東京都大会決勝、ファーストターンは神田川選手! 秋葉原からの刺客・神田川選手、アイドル愛でもぎ取った第一ターンをモノにすることができるか!」
実況の声に煽られ、観客の注目が神田川に集まる。彼は迷わず一枚のカードを引き抜き、卓上に叩きつけた。
「に、『任天堂』如き、『5000兆円』で買収してやる!」
「おおっ、『5000兆円』! 神田川選手の第一手は、財力系パワーカードの王道『5000兆円』です! 審査員は満場一致で『通し』の判定! 時価総額6兆円の任天堂を容易く傘下に収め、場には『5000兆円』!」
「これは初手からわかりやすいパワーカードが出ましたね。決勝戦に相応しい盛り上がりが期待できそうですねえ」
「さあ、
客席から注がれる視線が熱い。言悟は五枚の手札に一瞬目を落とし、迷わず一枚のカードを選んだ。二回戦でも使ったその
「オレのカードは『119』!
言悟がそのカードを切るのを待っていたかのように、観客達がわっと盛り上がる。
「今回も炸裂しました、黒崎言四郎の形見の『
狙い通りの数字特効が決まり、言悟は拳をぐっと握った。父の遺した語彙を大舞台で使いこなせている自分が誇らしかった。
「いやあ阿仁川さん、黒崎選手の『119』も板に付いてきましたね」
「ええ。観客の見たいものをしっかり見せてくれましたね。5000兆と21を真面目に比べるという、このシュールさも、語彙大富豪の醍醐味の一つと言えますよ」
「さあ、
コック帽の位置をぎゅっと整え、柳瀬は口を開いた。
「『119』の
彼の切った
「おおっ、『ブラックホール』! 柳瀬選手が選んだ
通し判定の表示が画面に映ったとき、柳瀬の後ろの客席から「パパ!」と黄色い歓声が上がった。見れば、最前列の座席に園児から小学生くらいの子供が何人も陣取り、小さな腕を振り上げて柳瀬を応援している。
「柳瀬選手、子供達の見守る前でまずはパパの貫禄を見せつける一勝! さあ、
白馬にターンが回った瞬間、客席の熱狂のボルテージが一段上がったように感じられた。二回戦までで群を抜く強さを見せつけてきた彼に、観客達が寄せる期待は並々ならぬものがあるらしかった。
自分の時はここまで騒がなかったのに――と、燃え上がる対抗心を押さえつけ、言悟は観客や他の選手と一緒に白馬の言葉を待つ。
ブラックホール――。一回戦、自分が「いすゞのトラック」で辛くも突破したこの語彙を、白馬はどのように打ち破るのか。
「『ブラックホール』ですか……大変興味深い天体現象ですね。ならばボクは、その謎を解き明かす存在を出しましょう」
イケメン野郎の白い指が、一枚のカードを卓上に切る。
「おおっ、これは――『
「宇宙特効ですねえ。『ブラックホール』には、宇宙属性の上位
「ははぁ、なるほど……。白馬選手のモットー、『柔よく剛を制す』ということでしょうか」
解説と実況の掛け合いを、白馬はうんうんと得意げに頷きながら聞いていた。悔しいが、自分が一回戦で使った「いすゞのトラック」などよりも、遥かにスマートな「ブラックホール」の破り方であることは言悟も内心認めざるを得なかった。
「……では、一巡して、
「ひ、ひひっ、まんまと『NASA』なんか出しやがって。拙者の手札にはちょうど、この
引きつった笑いを浮かべ、神田川がばしりとカードを卓上に叩きつける。大画面に表示された文字は『大統領』だった。
「あ、アメリカ航空宇宙局といえど、『大統領』に予算を削減されてはひとたまりもあるまい! どうだ、逆詠唱できまい!? イケメン優男め!」
神田川に指を差され、白馬の口元が僅かに歪む。
「おおーっと、神田川選手の詠唱に白馬選手は痛恨の沈黙! 審査員は満場一致で『通し』の判定! 白馬選手の『NASA』、ピンポイントに封殺される形になりました。場には『大統領』!」
「さすがゲームキングと言われる神田川、白馬のデッキ構成をこの短時間でよく研究していますね」
「すると阿仁川さん、神田川選手は白馬選手の出方を読んだ上で『大統領』をデッキに入れていたのですか?」
「まあ、そうでしょうねえ。一回戦で『運営』、二回戦で『財閥』と、白馬は権威系
東西南北の配置で自分が白馬の下家になることは分かっていたはずですからね――と、解説者が付け加える言葉に、神田川はひひっと笑いながら頷いていた。
「……フッ、まあいいでしょう。最後にボクが勝てばいいだけです」
白馬が澄ました調子で言う。言悟は四枚の手札に目を落とし、「大統領」に打ち勝つ筋道を考えていた。
「
言悟の手札には、お決まりの「仮面ライダーBLACK RX」も入っている。他に上手い勝ち筋が見つからなければ、RXの雑火力で大統領を爆殺という手もあるだろう。だが、そんな芸術点の低い一手で場を白けさせるのはシャクだったし、せっかくのパワーカードをこんなところで切ってしまっては、後々もっと強い場札が出てきたときに後悔するかもしれない。
何より、汚したくなかった。父も愛した「RX」の
(だったら……『イケメン』対策に入れてたカードだが……やむを得ない!)
意を決し、言悟は一枚のカードを手札から引き抜いた。
「オレのカードは――『歳月』! 大統領といえど、任期が過ぎればただの人だ!」
「おおっ、黒崎選手、機転の効いた詠唱です! 神田川選手は……舌打ち一つで黙認!」
歳月を経ても功績は残るとか、人が代わっても「大統領」というポスト自体は失われないとかいった逆詠唱を言悟は恐れていたが、神田川は特に何も口を開くことはなかった。審査員の判定は満場一致で通しとなり、場には言悟の「歳月」が残った。
「さあ、この決勝卓では最年長の柳瀬選手! 最年少の黒崎選手が突きつけた『歳月』に勝てるのか!?」
「なるほど、我々中年にとって時の流れは残酷……。では、そんな『歳月』は『初期化』してしまいましょう!」
柳瀬の言葉に客席から笑いと拍手が起きる。審査員が通しの判定を出すと、彼の子供達が客席でわあっと嬉しそうに叫んだ。
「柳瀬選手、時の流れに『初期化』をぶつけるファインプレーです! グッドスタッフ使いの本領発揮ですね、阿仁川さん」
「ええ。時間属性のみならず、機械でも物語でも何でもリセットしてしまえる、汎用性の高い語彙ですね」
その解説を耳に捉え、言悟は柳瀬の出した語彙の優秀さを改めて噛み締めていた。
柳瀬の二つ名にある「グッドスタッフ」とは、元は遊戯王OCGのようなカードゲームで使われる用語であり、単体性能の高いカードを特段の捻りなく運用して勝ちを狙う戦術。シンプルな手法であるがゆえに、それで勝ちを狙うには、多様な戦局に対応できる
(このオッサン……相当ゲームに慣れてやがる)
神田川や柳瀬は眼中にないかのようなことを白馬は言っていたが、とんでもないと言悟は思った。「釣りはフナに始まりフナに終わる」などと言われるが、カードゲームの基本戦術といえるグッドスタッフをトーナメントレベルまで磨き上げ、「グッドスタッファー」の異名まで取るとなると、この中年親父、見かけによらず只者ではない……!
(これが……決勝戦か……!)
一瞬の油断も許されない、ひりついた空気。言悟が思わずごくりと息を呑んだところで、次のターンプレイヤーである白馬が口を開く。
「フッ。『初期化』ですか……」
白馬は微塵の動揺も感じさせない様子で、既に一枚のカードを引き抜いていた。
客席の注目を一手に集め、彼が切ったカードとは――。
=====語彙ワンポイント解説=====
【5000兆円】(使用者:神田川)
見ての通り財力系パワーカードの代表格。2017年頃にTwitterで流行した「5000兆円欲しい!」というネットミームを出自とする。財力勝負の文脈に持ち込めばまず負けることはない金額であるが、あまりの高額さゆえに小回りがきかないという弱点は本作第1話で阿仁川氏が解説している通り。
現実の語彙大富豪界隈における派生系としては、歳月系カードへと変じさせた「5000兆年」や、金額を微調整した「5000兆1円」といったものがある。後者は、『ファイナルファンタジー』に登場する魔法を出自とする「レベル5デス」という語彙への対処として積まれたもの。「レベル5デス」は5の倍数の数字を含む語彙に特効であるため、敢えて「5000兆1」にすることでその効果対象外としているのである。
ちなみに、「5000兆円欲しい!」のネットミームが流行ったことで、財力系パワーワードといえばまず「5000兆円」というのが定番となったが、歳月系パワーワードでそれに匹敵するものといえば「5億年ボタン」であろう。
【NASA】(使用者:白馬)
アメリカ航空宇宙局。作中で描写されている通り、宇宙属性のカードに対する一風変わった特効語彙として知られる一枚。宇宙系パワーカードには「太陽」や「ブラックホール」などスケールの大きいものが多いが、それらに力で挑むのではなく「観測・分析できるから勝ち」という詠唱で上を行くことを意図した語彙である。
この「理解の対象とできるから勝ち」とする文脈は、現実の語彙大富豪界隈においても今や定番詠唱の一つとして定着しており、学者系のカードも同様の要領で運用されることが多い。特に、『仮面ライダービルド』(2017)の放送中は、その主人公を指す「天才物理学者」という語彙が、あらゆる物理現象にこの文脈で優位を取れる上、普通に仮面ライダーとして戦わせても強いという利便性で流行したことがある。
ちなみに、これと全く真逆の使い方をされる語彙に「バカなJK」がある(JKとは女子高生のこと)。「ブラックホール」のような科学用語や、戦争・社会問題などの語彙に対して「難しいことはわからないから勝ち」というノリ詠唱を通すものである。ただ、これに関しては、逆に「わからないので負け」という詠唱もまた理屈が通っており、相互後出し有利の関係である。
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