第12話 宣戦布告

「黒崎言悟選手、決勝戦進出決定ーッ!」


 爆音の如く湧き上がる拍手の渦の中、言悟は熱い心臓の鼓動を抑えきれないまま対戦者達に一礼した。寂然は合掌とともに礼を返し、グラサンの荒浜も顎を突き出して「頑張れよ」と言悟を励ましてくれた。無口と思われたチェックシャツの佐野さえも、「お見事」と簡潔な言葉で言悟の勝利を称えてきた。


「いやあ、阿仁川さん。見事でしたね、黒崎選手の逆転劇」

「ええ、決勝での活躍が楽しみですね。白馬と黒崎言悟、黒崎言四郎の後継者に相応しいのは果たしてどちらか……」


 解説者の言葉につられるように、言悟は控え席の白馬に視線を向けた。白いジャケットのイケメン野郎は、ゆったりとした動作で拍手をしながら、言悟に向かってニカリと白い歯を見せて笑いかけてきた。


(――決勝でお前と勝負だ、白馬!)


 武者震いの拳を握り、言悟は試合ステージから降りた。

 次の試合の選手達の入場を告げるアナウンスがスタジアムに響き渡る。第二回戦は残り二試合。あと二人の決勝進出者が決まれば、いよいよ自分と白馬を含む四人での決勝戦が始まるのだ。


「危なかったわね、黒崎言悟」


 スタジアムの廊下で待っていたコトハが、ツインテールをふわりとかき上げ、ツンと澄ました顔で言ってきた。


「あんまりヒヤヒヤさせるんじゃないわよ。あたしの分まで戦うんでしょ」

「……ウルサイな。ちゃんと勝ったんだからいいじゃねーか」

「アンタ、決勝のデッキはどうするつもり?」


 コルセットで締まった腰に片手を添え、コトハは言悟の行く手を塞ぐように正面に立ってくる。そんなことしなくても逃げたりしないのに、と思いながら、言悟はカードの束を取り出した。

 すると、すいっとコトハが手を伸ばして、勝手にカードの束を引ったくった。


「何すんだよ」

「……やっぱり、黒崎言四郎が使いそうな語彙ばっかり。決勝もこれでいくわけ?」


 コトハの水晶の瞳が、きりっと鋭い輝きを宿して言悟を見上げてくる。

 彼女に言われるまでもなく、決勝のデッキは慎重に考えなければならないと言悟も思っていたところだった。黒崎言四郎の名を背負って白馬と対決する以上、父のコンセプトから外れたデッキでは挑みたくないが、さりとて同じ語彙カードばかり使っていては対戦相手に手の内を見透かされてしまう。


「お客さん達から、白馬が二回戦で使ったデッキを聞いてきたの」


 カードの束を言悟に突き返しながら、コトハは続けた。


「あの男、一回戦で使った『イケメン』を二回戦でも続けて入れてるわ。それがあのナルシストのトレードマークなのよ」

「……あのヤローのやりそうなことだな」


 あの白馬が爽やかなドヤ顔で「イケメン」のカードを切るところは、言悟にも容易に想像できた。「核」を手放せないプレイヤーや、テーマ語彙にこだわるプレイヤーが存在するように、その語彙を使って一種の芸術点を稼いでみせることが彼にとって譲れないこだわりなのだろうということも。


「だから、こういうのはどう? こっちは先回りして『イケメン』に勝てる語彙をデッキに差しておくのよ。『経年劣化』とか」

「……ああ。いいかもしれねえ」


 言悟は本心からそう答えた。普通なら、たった一人のプレイヤーの、たった一枚の語彙カードに勝つためだけの特効語彙カウンターを積むなどバカげた話でしかないが、今回に限っては不思議とそういうことをしてみたい気持ちになる。

 ドヤ顔で勝ち誇る白馬に「イケメン」特効の語彙を叩きつけ、ヤツの鼻を明かしてやる瞬間を思うと、心が小躍りするようだった。


「……だが、白馬のヤローのことだ、逆詠唱はきっとしてくるぜ。『経年劣化』じゃあ、イケメンの美しさは歳を経ても劣化しないとか何とか言われるのがオチじゃねーか?」

「そうかもね……。じゃあ、『鉄アレイ』でも入れとく? ホラ、『イケメンは鉄アレイで殴り続けると死ぬ』とか言うじゃない」

「なんであんたはそう、顔に似合わず物騒な発想ばっかりするんだよ……」


 一回戦でイケメン王子を隕石で圧殺していた彼女の姿を思い出し、言悟は思わず苦笑を漏らした。

 何よ、とコトハが詰め寄ってきたところで、後ろから新たな声が降ってくる。


「何を二人でコソコソ話してるんだい?」


 振り向いた先には、まさしく白馬その人が立っていた。軽く腕を組み、彼は余裕を湛えた口元をふふんと吊り上げてくる。


「アンタをぶっ倒す相談よ」


 コトハが言悟より先に口を開くと、白馬はどこまでも爽やかに笑った。


「ははは。構わないよ、二人がかりでも。コトハちゃんとはまた戦ってみたいと思ってたしね」

「馴れ馴れしいのよ。あたし、アンタみたいな男は嫌いだって言ったでしょ」

「無関心よりずっと嬉しいね。無関心っていうのは、矢印ベクトルの長さがゼロの状態。だけど、嫌いってことは、少なくとも一方向には感情のベクトルが伸びてるってことさ。あとはその角度を変えてさえやれば、好きになってもらえる」


 目の前で聞いている言悟には、ベクトルがどうこうというたとえの意味はさっぱりわからなかったが、白馬が屁理屈に長けていることだけは否応なしに伝わってきた。やはり語彙大富豪が強いだけのことはある。

 コトハがわざとらしくそっぽを向くのをよそに、白馬は言悟に向かって言ってきた。


「黒崎言悟君。互いに悔いの残らない戦いをしよう」


 白い歯を見せて微笑する彼に、言悟は「ああ」と力強く答えて頷く。


「あんたに見せてやるよ。黒崎言四郎の息子はオレ一人だってことを」

「フフッ。……さて、南ブロックの試合に決着が付くようだよ。神田川かんだがわさんの圧勝だろうね」


 白馬に言われ、言悟は実況の大画面を振り仰いだ。そこではちょうど、何やらアイドルの女の子の顔がプリントされたシャツを着た、わかりやすくオタクらしい細身の男性が、最後の一枚を卓上に叩きつけるところだった。


「――審査員の判定は『通し』! 秋葉原アキバのゲームキング、神田川かんだがわ選手、決勝戦進出を決めました!」


 実況の声に会場が盛り上がる中、白馬が「北ブロックは柳瀬やなせさんになるだろうね」と平然と言い、「じゃあ」と言悟達に再び目を向けてくる。


「相手がその二人なら、実質ボク達の一騎打ちさ。最強のデッキでぶつかってきなよ、言悟君」

「……ああ。あんたもな」


 きびすを返して去ってゆく白馬の背中に、言悟の隣でコトハがべっと舌を出す。


「……必ず勝ちなさいよ、黒崎言悟」


 キッと鋭い目で見上げてくるコトハに、言悟は「もちろん」と答えて頷いた。

 コトハには感謝しなければならないと思った。彼女と先に戦っていなければ、自分は前のめりな敵愾心てきがいしんだけを空回りさせたまま白馬の前に立っていたかもしれない。

 だが、彼女との私闘を経た今の自分には、それ以上に果たさなければならない使命がある。父やコトハの姉を襲った「闇の語彙大富豪」の真相に近付く鍵が、大会で勝ち続けた先にきっとあるのだ。

 その熱く燃える使命感が、逆説的に、戦いに臨む言悟を冷静な思考へと導いていた。


 北ブロックの試合は白馬の予想通り、柳瀬やなせという中年の男性の勝利に終わった。アナウンスを聞く限り、柳瀬は町の小さなレストランの店主で、男手一つで多くの子供を育てるクッキング・パパであるとのことだった。


(どんなプレイヤーが相手だろうと……オレは勝つ)


 コトハと顔を突き合わせて組み上げたデッキを手に、言悟はいよいよ決勝の舞台へと足を踏み入れる。


「語彙大富豪東京都予選、遂に決勝戦です! 一回戦、二回戦を勝ち抜き、決勝に駒を進めたのはこの四名!」


 実況の声と全方位からの歓声をバックに、眩しいライトアップが言悟達の姿を照らした。


「東ブロック通過者、語彙大富豪の王子プリンス・白馬選手! 西ブロック通過者、初代語彙大富豪の忘れ形見・黒崎選手! 南ブロック通過者、秋葉原アキバのゲームキング・神田川選手! 北ブロック通過者、三ツ星グッドスタッファー・柳瀬選手!」


 言悟と白馬は対面トイメン同士だった。三人の対戦相手が放つ無言の熱気が、言悟の肌を熱く煽る。


「東京都最強を決める戦いの火蓋が、今、切って落とされます!」

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