第16話 敵の真意
「ひひっ、白馬。く、苦し紛れの革命返しなんかしたところで、最早お前の勝ちは絶望的!」
引きつった声で笑う神田川を、言悟は怒りに拳を震わせながら見ていた。
恐らくは、柳瀬と事前にデッキの内容を摺り合わせ、白馬を完封するプレイングを進めてきたのであろう神田川。その彼がここで最後のカードを出し切れば、それでもう試合には決着が付いてしまう。
こんなことがまかり通っていいはずがない。こんなことが……。
「お前の『RX』如き、拙者の語彙、『極悪非道』でぶっ潰してやる!」
「!?」
瞬間、言悟はハッと目を見張った。神田川が出した
(RXに負け確の語彙……だと……!?)
「フッ……血迷いましたか神田川さん。『RX』は正義を貫く太陽の子! 『極悪非道』な悪の策略になど負けはしない!」
白馬が放った返しの一言に、客席の歓声が同調する。
「おおっ、白馬選手の逆詠唱が決まりました! 審査員は満場一致で
卓に両手をつき、ぐぬぬ、と悔しそうな表情を見せる神田川。その仕草が随分とわざとらしく思えたのは、言悟の気のせいだろうか?
「阿仁川さん、神田川選手の今の一手は明らかに精彩を欠いていたように思えますが……」
「まあ、手札は残り一枚ですからねえ、パスするくらいならダメ元でも出してみるというのは間違ってないですよ。ワンチャン、ここで『RX』にさらなる
「ははぁ、なるほど。神田川選手としては、より文脈強度を得た『RX』によって、続く二人がバウンスに追い込まれ、自身に再びターンが回ってくる可能性に賭けたということですか」
「ええ。残された手札で可能な限り足掻くなら、もう、それしかないですからね」
解説者のもっともらしい説明を聞きながらも、言悟は頭に浮かんだ違和感を拭い去れなかった。
――何かがおかしい。
柳瀬と共謀し、ここまで用意周到に不正を積み上げてきたのであろう神田川が、最後の最後で白馬の語彙を切れないカードを手元に残すなんて。
白馬の「RX」投入は神田川達にとっても想定外だったのかもしれないが、それにしても……。
「
実況者の言葉が客席の熱気を煽る。その通り、優勝の懸かったこの一手で、白馬の「RX」を自分が打ち破れるかどうかは、観客達にとって最大の関心事に違いないが――
そんなことより何より、言悟には今の状況が不自然に思えて仕方がなかった。
(こんなに簡単に勝ててしまっていいのか……?)
最大の強敵であったはずの白馬が窮地に追い込まれ、そのまま神田川が勝ち切るのかと思いきや、神田川はラストターンをいとも簡単に自分に回してきた。解説者は「RXにさらなるバフが乗れば下流プレイヤーにも厳しくなる」と述べていたが、実際、RXが悪を倒すのは当たり前のことすぎて、「極悪非道」のバウンスによってRXに新たな文脈が乗ったということにはなっていない。神田川の一手は、実質、パスと同じことだったのだ。
(やっぱり変だ……
言悟は上家の神田川をちらりと見やる。彼は不気味な沈黙を保ったままだった。特に言悟の方を見てくるということもない。彼にとって、言悟がここで最後の一枚を通せるかどうかは死活問題のはずなのに――。
実況者にプレイを促されてからもう数秒経っている。早く意思表示をしなければと思いながらも、言悟は脳内でぐるぐると渦巻く疑念を振り切れない。
そもそも、あの「極悪非道」という語彙は何だ? あれは白馬に刺さりやすそうな
(白馬の革命返しはコイツらの想定外だったはず……。なら、もし白馬が「RX」を持ってなくて、革命返しが出来てなかったら……)
最大のパワーカードである「RX」を既に使い切った状態で、自分は革命下でラストターンを迎えることになる――
(! コイツら、まさか……!)
言悟がデッキに入れるパワーカードが、「核」だの「ビッグバン」だのでなく「勇者」や「RX」なのは、前の二戦でわかっていたはず。
柳瀬が「ヒーロー」で革命を打つより先に、言悟にそれらのパワーカードを切らせ、強い語彙を手札から消しておく。今回は神田川の「チーズバーガー」に対して雑に「RX」を切るという立ち回りになってしまったが、本来は「貫通ダメージ」なり「極悪非道」なりで言悟のヒーロー系パワーカード提出を誘発し、それに対して柳瀬が「ヒーロー」をぶつけるという想定だったのではないか?
そうすれば、白馬には逆境が。言悟には革命下でカードを出しやすい状況が、それぞれもたらされることになる。
つまり――
これは神田川が勝つための八百長ではないのだ。奴らの狙いは――
(コイツら、オレを勝たせようとしてるんだ……!)
その可能性に思い至った瞬間、言悟の胸中にかつてない怒りが燃え上がった。
「ぐっ……!」
顔を上げると客席のコトハと目が合った。その瞳が語っている――「やっと気付いた?」と。
「おおっと、秒読みに入りました! 思い入れの深い『RX』を前に長考の姿勢を見せる黒崎選手、あと二十秒でタイムオーバーです!」
大画面で秒数のカウントダウンが始まっている。思わず対面の白馬の顔を見た。白馬はまたしてもフッと笑い、「構わないよ」とばかりに片手で譲る仕草をしてきた。
(そんなお膳立てされた勝利なんか……オレは要らねえ……!)
「残り十秒!」
「――オレはパスだ! パスするっ!」
残り一枚の手札を伏せ、言悟は激情に突き動かされるままに宣言した。目の前の勝利に飛びつくことよりも、不正野郎どもを許せない気持ちの方が上回った。
「なんと、黒崎選手はパスを宣言! 神田川選手とは対照的に、黒崎選手は苦渋の表情でパスを選択してきました! 残った一枚では『RX』を倒せないと判断したのでしょうか!」
「まあ、勝利の可能性が僅かでもあるなら、最後まで情報アドバンテージを保持しておくというのも一つの戦略ですからね」
「なるほど。さあ、勝利への挑戦権は柳瀬選手に移りました! 神田川選手と黒崎選手を2タテした『RX』を前に、柳瀬選手、最後の一枚を通して優勝を決められるか!」
本当に八百長なら、ここで柳瀬が勝つはずがないと言悟は思った。
これほどの注目を集める語彙大富豪の大会だ。裏で大金を賭けている者達もいるだろう。仮にそういう賭博の場があるのだとしたら、白馬と自分の対決はこの上ない高レートの賭け対象になっているはず。
そして、悔しいことだが、下馬評はどう考えても白馬が本命、自分はよくて大穴だろう。だからこそ、白馬を負かし、自分を勝たせる八百長が仕組まれたのだ。
裏にいる誰かを儲けさせるため、自分を勝たせるのが柳瀬と神田川の仕事。だとすれば、柳瀬がその役目に反して自ら勝ちを収めることは考えられない。
「私の語彙は『どんな物でも貫く
「いいえ、柳瀬さん。所詮は物理的攻撃力が相手なら、ボクの『RX』はバイオライダーの液状化能力で難なく切り抜けるはずです。相手が悪かったですね」
柳瀬の詠唱を難なくかわし、白馬がさらりと逆詠唱を浴びせる。審査員は揃って柳瀬の「矛」に
語彙大富豪において「RX」は基本教養のようなもの。RXを無敵たらしめているチート能力の一つ、バイオライダーの液状化を柳瀬が知らないはずがない。そして、柳瀬ほどの強引な詠唱力があれば、RXのあらゆる能力を念頭に置いた上で、それでも「矛」を通す詠唱がきっと出来たはずなのだ。
今の一手、柳瀬は明らかに手を抜いていた。理由は単純、彼自身が優勝してしまっては意味がないからだ。白馬を苦しめるという手段よりも、言悟を勝たせるという目的のほうが優先されたのだ。
(ふざけやがって……!)
明白な不正に声を上げることも出来ないまま、言悟は次の展開を思い描いていた。
白馬の出した「RX」が一周し、白馬はフリーでカードを出すことができる。神田川の残り一枚が「極悪非道」と割れている以上、白馬は残る二枚の手札から「極悪非道」では勝てない
だが、どの道、神田川が勝ちを狙いに行くことはない。今にして思えば、彼が不自然なまでにデッキのスキャンを急いだのも、アイドルに会うために何が何でも勝ちたいという理由はカモフラージュで、ただ白馬の順番を不利な四番手にするためだけの行動だったのに違いない。
「東京都大会決勝戦、いよいよラストターンです! 『RX』の三タテで場が流れ、フリーでカードを出す権利を得た白馬選手! ただ一人バウンスという圧倒的不利から復活し、逆転勝利を決めることができるか、語彙大富豪の
客席のあちこちから白馬コールが巻き起こる中、彼は誇らしげなドヤ顔を見せ、残り二枚の手札から一枚を引き抜いていた。
「イエス・キリストが受難から華麗に復活したように……ボクもまた、地獄の淵から蘇り、語彙大富豪の世界に
「お……おおぉっ! 白馬選手、神田川選手の残り一枚が『極悪非道』と知れていることを利用し、『悪を滅する』と先回りの詠唱を付加してきました! 神田川選手は――屈辱のパス宣言! この瞬間、神田川選手の優勝の目は消滅しました! 場には『神の裁き』!」
白馬のプレイングを観客は割れんばかりの拍手で称えた。そして、言悟のラストターン――。
「さあ、先程は『RX』を前にパスするしかなかった黒崎選手。『神の裁き』に勝ちうる
ここで最後の一枚を通せば、言悟の勝ち。
言悟が通せなければ……柳瀬の「矛」に「神の裁き」が負けることはないとみて、またも三タテとなる白馬が最後の一枚をフリーで出し、白馬の優勝だが。
(もしオレが勝てば……結局、八百長を仕掛けた奴の思い通り……!)
優勝を懸けたラストターンで白馬と向かい合っているのは、決して自分の実力で引き寄せた結果ではない。ここに至るまでの何もかもが、神田川と柳瀬に――いや、その裏にいる何者かに、お膳立てされてきたものに過ぎない。
自分が白馬の上流でプレイしていることも。初手でいやに容易く「119」を切れたことも。白馬の「NASA」や「
自分の手札に残った最後の一枚。きっと、この語彙の強さは「神の裁き」と互角だろう。出せば詠唱の真っ向勝負になる。だが、こんな状況で白馬に勝ったところで、亡き父が喜ぶはずが――
「あれこれ考えるのはやめなよ、言悟君」
突如耳に飛び込んできた白馬の声に、言悟はどきりとして顔を上げた。
「気にしなくていいって言ったじゃないか。キミはキミのしたいようにすればいい」
「……! オレは……!」
卓の向こうにはイケメン野郎の爽やかな笑顔。残り三十秒のカウントダウンが始まる――。
「……オレは、あんたと真剣勝負がしたい」
「今さら面白いことを言うね。ボクは最初からキミと真剣勝負をしているつもりさ」
白馬の言葉に、言悟の中で何かが吹っ切れた。
八百長野郎のシナリオ通りだろうと関係ない。今はまだ、自分の素の実力は白馬に及ばないのかもしれないが――
――ここで勝てれば、少なくとも、この
「――行くぜ、白馬!」
鋭く空気を引き裂き、言悟は最後のカードを切った。
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