第5話 非情なる戦い

「さあ、序盤から盛り上がりを見せております、第一回戦Bブロック! 本ブロック最年少、黒崎言悟げんご選手の妙手みょうしゅ『いすゞのトラック』に対し、核の使い手アトミック・マスターと名高い岡元おかもと選手は何を繰り出すのか!?」


 白熱のスタジアムに熱狂が木霊こだまし、実況の声が選手達の戦意を煽る。

 言悟の戦いは始まったばかり。彼の下家しもちゃに立つ筋肉質のオネエ男性――岡元は、実況の声に応えるようにフフンと笑い、手札から一枚のカードを抜き出した。


「以前のアタシなら迷わず『核』を切っていたでしょうね。だけど、今日のアタシは一味違うのよ」


 彼のぎらりとした視線から放たれる殺気が、言悟の頬をびりびりと刺す。岡元は他の選手達と客席を手早く見渡したかと思うと、手にしたカードを力強く卓上に置いた。


「時空の果てまで走り抜ける『いすゞのトラック』といえど、車両である以上、これには敵わないわ!」


 言悟の出した「いすゞのトラック」と並び、大画面に表示されたその語彙は――


「け、『警察』だぁっ! 審査員の判定は満場一致で『通し』! ブラックホールをも走破した『いすゞのトラック』ですが、取り締まりの対象にされてはひとたまりもない!」


 詠唱すら必要としないシンプルな属性勝負。客席の大歓声を聴きながら、言悟も思わず納得して頷いていた。なるほど、ここに集まったのは幾多の修羅場をくぐり抜けてきた猛者もさ達ばかり。そう簡単に自分の語彙カードで封殺されてくれる筈もない。


「さあ、『核』一辺倒からの脱却を印象付けてみせた岡元選手に対し、ライバルの相模さがみ選手は今大会でも勝ち越すことができるのか?」


 得意気とくいげな顔で腕を組む岡元に対し、スーツ姿のビジネスマン風の男性――相模さがみが、五枚の手札をぱちぱちと手元で鳴らしながら言った。


「驚きましたよ。岡元さん、貴方に『核』以外のカードを使いこなす知性があったとは。……だが、その程度で私に雪辱を果たせるとは思わない方がいい」


 そして、スーツに包まれた相模の手が、淀みなく卓上にカードを切る。


「おぉっ!? 相模選手のカードは『チート主人公』だ! しかしこれは――『警察』に勝てるのか!?」


「愚問ですね。町の人々に暴虐ぼうぎゃくを働く腐敗官憲かんけんを叩くのは、ファンタジー世界に転移した『チート主人公』が真っ先にやりそうなことではないですか」


 新企画のプレゼンでもするかのように、相模が堂に入った口調で述べると、たちまち客席から歓声が沸き上がった。

 審査員の判定は異議チェック一票、通し四票。相模は大画面の表示を見上げ、満足気まんぞくげに頷いている。


「相模選手、異世界ファンタジーの作劇セオリーを交えた知的な詠唱が決まりました! 腐敗した現地の『警察』はお灸を据えられ、場には『チート主人公』!」


 あっという間に手番ターンが一巡し、ファーストプレイヤー、灰原はいばらという盲目の老人に再び会場の注目が集まる。言悟は手に汗をにじませながら彼の挙動を見ていた。亡き父と旧知の仲であったと思しき歴戦の古豪、灰原は、今度はどんな試練を自分に課してくるのか――。


「ほうほう。若造どもが揃いも揃って良い語彙カードを持っておるわ。じゃが、いかな強力無比な主人公の織りなす物語と言えども、作者が筆を止めてしまっては如何いかんともしがたかろう?」

「なっ。まさか灰原さん、あなたのカードは――」


 ビジネスマンの相模が、たちまち冷水を浴びせられたような表情に変わる。老人の口元がにやりと楽しそうに吊り上げられた。


「さよう。この物語は、作者が飽きて『エタ』ってしまったのじゃ」


「お、おおっ! 灰原選手のカードは『エタ』! 審査員は直ちに満場一致で『通し』の判定を出しました! 解説の阿仁川あにかわさん、これは!?」

「まあ、どんな話題作でも、ものの三ヶ月も更新が空いたら読者に見向きもされなくなりますからね」

「なるほど。WEB小説作者の風上にも置けない失態ということですね。――さあ、今大会の最古参・灰原選手から、黒崎言四郎げんしろうの忘れ形見・黒崎言悟げんご選手に突き付けられる第二の試練! いかなる物語をも未完で終わらせる『エタ』という概念を前に、黒崎選手、どのように勝ちを取りに行くのか!」


 老人が再び自分を試すように笑っている。サングラスに隠されたその目元から、あるはずのない殺気の眼光が言悟の心を貫いてくるかのようだった。

 手札に目を落とし、言悟は考える。「エタ」という概念に「勝つ」とはどういうことか。物理的構造物と異なり、概念系の語彙に10-0を取るには高度な機転と詠唱力が要求される。紙が石に勝つとか、水が火を消すとか、そんな単純な相性ではない、オーダーメイドの詭弁きべんと勢いが。

 困った時に頼れるのは人の意志――。父の教えの基本が言悟の脳裏に蘇る。そう、こんな時こそ、この語彙カードだ!


「オレのカードは『意志の炎』! 不屈の意志に突き動かされ、作者はエタりかけた物語の続きを書き始める!」


 言悟の力強い宣言に、客席の歓声が被さる。溢れる熱気が肌を打つこの感覚、悪くない――!


「おおっ、黒崎選手の詠唱に審査員も満場一致で『通し』の判定! 阿仁川さん、このカードは確か!?」

「ええ、黒崎言四郎が十八番おはことしていた人情系カードの一つですね。敢えて父親と同じカードをデッキに入れてくるとは、やはり、白馬はくばへのアピールか……」


 解説者は見事に言悟の意志を代弁してくれていた。父の戦いを見守ってきたこの人が、自分の思惑を理解してくれていることが、言悟には何だか誇らしかった。

 言悟は出場選手用の控え席へちらりと目をやった。真っ白なジャケットに身を包んだイケメンの姿は遠目にもよく目立った。「語彙大富豪の王子プリンス」を名乗る白馬が、その端正な顔に柔和な笑みを浮かべたまま、言悟の方を見返してくる。

 言悟には分かる。白馬のその柔らかな笑みの裏に、自分が彼に対して抱いているのと同じ、熱い敵愾心てきがいしんの炎が燃え盛っているのが。

 上等だ。この一回戦を勝ち抜き、必ず白馬おまえを倒してやる――!


「さあ、手番ターン核の使い手アトミック・マスター・岡元選手に移ります! 今度こそ『核』の炎が炸裂するのか、それとも――」


「そんな無粋な真似はしなくってよ。炎は炎でも――アタシの語彙カードは『炎上』!」


 岡元の太い指がびしりと打ち出したカードに、客席からどよめきが起こる。「意志の炎」に対して「炎上」。これは――。


「こ、これは――革命です! 本日初めての革命が出ました!」


 実況の声に、客席の興奮は最高潮に達していた。

 語彙大富豪を頭脳マインド競技スポーツたらしめている重要ルール「革命」。場札と実質的に同義とみなせる語彙カードが切られた瞬間、場は革命状態に突入し、次の手番ターンからは場札に「負ける」語彙を出すことが要求される……!

 次のターンプレイヤー、ビジネスマンの相模が、じろりとオネエ男の姿を見て言った。


「私が知る限り、貴方が公式大会で革命を起こしたことは、『核』の撃ち合い以外に無かったはず……。なるほど、どうやら本当に今までの岡元さんとは一味違うらしい」

「ふふん。気取ってないで早くアンタのカードを出しなさいよ。『炎上』に負けるカードをね!」

「仕方がない……。こんなところでこの切札カードを切りたくはなかったですが、これを出すとしましょうか」


 岡元との間でバチバチと闘志の火花を散らしながら、相模は扇状に広げた手札から一枚のカードを抜き出した。


「おおっ、相模選手のカードは『封印されしエクゾディア』! 遊戯王ゆうぎおうOCGカードを代表する特殊勝利カードですが……!?」


 観客達の注目が一手に集まる中、相模はスーツのネクタイをくいっと片手で直し、手短に宣言する。


「紙切れである以上、燃やせば燃えますよ」


 その単刀直入な一言で客席は一気に盛り上がった。中には「待ってました」とばかりに拍手を贈る者達さえいる。何が起きたのかは言悟にも容易に理解できた。相模は、カードゲーム属性の語彙を「ただの紙」と見なす定番戦術を使い、革命下のターンを見事に乗り切ったのだ。


「審査員は全員『通し』の判定! 攻撃力無限大を誇る『エクゾディア』といえど、燃やしてしまえば灰! カードゲーム属性の語彙には定番の詠唱ですね、阿仁川さん」

「まあ、エクゾディアは意外ともろいですからね。なんなら船から捨ててもいいですし」

「なるほど……。さて、場は革命環境下のまま、盲目の虎・灰原選手に手番ターンが回ります!」


 客席の興奮冷めやらぬ中、試合はいよいよ三巡目に突入する。だが、観客達の熱狂に反し、サングラスで目を隠した老人の表情はどこか物足りなさそうだった。


「残念じゃよ、相模。ワシはおぬしのことも買っておったのじゃが……」

「なっ。そ、それはどういう意味ですか、灰原さん!」


 自信満々だった相模がたちまち動揺している。実況席が遠慮したように沈黙を保つ中、老人は続けた。


「革命下で『エクゾディア』じゃと? ワシはそれをただの紙切れとは見てやらんぞ」

「ハッ! そ、そうか――」

岡元ライバルと張り合わんとするあまり、おぬしは熱くなりすぎたのじゃ。己のターンを乗り切ることに精一杯で、下家しもちゃの手を封じることが頭から抜けておる。そんなことではワシには勝てんよ」


 そうか――と、言悟は老人の言わんとすることを理解した。「エクゾディア」を紙切れとみなして通した相模の一手は秀逸かもしれないが、後続の選手にとってはこれほど有難い状況はない。遊戯王文脈における最強手の一角である「エクゾディア」に「負ける」ことなど、赤子の手をひねるよりも簡単であるからだ。

 語彙大富豪というゲームは、全員が滞りなく手札を出し切っていけば、必然的にファーストプレイヤーが一番乗りで上がってしまう。下流のプレイヤーが勝つためには、上流のプレイヤーをパスや差戻しバウンスに追い込み、手札の消化を食い止めなければならないのだ。

 相模の今の一手からは、その観点が完全に抜けている――!


「まあ、遊戯王に存在する概念なら何を出しても通るわい」


 老人が切った語彙カードは「ゾンビ」だった。審査員の判定を見るまでもなく、そのカードの「負け」、即ち「通し」は必定ひつじょう。攻撃力無限大のエクゾディアと、ひ弱なゾンビアンデットでは勝負になる筈もない。


「今大会最古参の灰原選手、競技中に対戦相手にアドバイスとは流石の余裕です。さあ、引き続き革命環境のまま、場には『ゾンビ』!」


「さて、黒崎言四郎のせがれよ。この『ゾンビ』に負けてみよ」


 老人に言われ、言悟は手元に残った三枚のカードを見た。「ゾンビ」に負けを取れるカードといえばその中の一枚くらいだが、しかし……。


「ホッホッ、どうした、小僧。『幼女』でも『猫』でも構わん、容赦なくゾンビに食わせてしまうがいい」


 古豪の言葉に、言悟はゾクリと射竦いすくめられるような寒気を感じた。この老人は自分を試しているのだ。非情なる語彙大富豪の世界に本気で足を踏み入れる覚悟があるのかと。

 言悟はぎりりと奥歯を噛み締めた。詠唱は言悟がハッキリ苦手とする分野だが……勝つためには、やむを得ない。自分は一回戦なんかで立ち止まっている訳には行かないのだ。


「黒崎選手、苦渋の表情で一枚のカードを手にしております。老兵から三度みたび課せられた試練に、この若武者わかむしゃが選ぶ一手とは――」


 意を決し、言悟は卓上にカードを置いた。

 選んだカードは「母の愛」。これもまた、父が愛用していた語彙カードの一つだ。幼い頃、言悟が唯一観戦した父の公式戦で、父が全国大会二連覇を決めた際のラストカードでもある。

 あの時の棋譜きふは、百地ももちイロハの出した「荒んだ心」を「母の愛」が癒やして完結という美しいものだった。だが、父と同じ語彙カードをもとに、言悟がいま詠唱するのは――


「理性を失い『ゾンビ』と成り果てた息子には、『母の愛』ももはや通じず……母親は敢えなく食い殺され死亡」


 自分の詠唱に客席が息を呑むのが分かる。言悟とて、こんな話を進んで語りたい訳ではないが、しかし、勝つためには……。


「黒崎選手、カードの字面からは想像しがたい、凄まじい詠唱です。審査員達も苦い顔をしながら『通し』の判定。親子の絆は無残にも『ゾンビ』に食いちぎられ、場には『母の愛』!」


「ほっほう。この小僧、なかなかやりおるわ」


 老人は再び楽しそうに笑い声を上げた。


「黒崎の倅よ。この試合、おぬしがワシを下して勝者となるようなことがあれば、下の名を覚えてやろうかの」


 老人の姿を見据え、言悟は己の中に立ち上る烈火の激情に身を焦がしていた。

 これが、父が身を置いていた世界。これが、遊びではない真剣勝負の戦場――!


「……覚えてもらおうじゃないか。オレの名前を」


 言悟は強く拳を握った。そうだ、刻み付けてやる。灰原老人のみならず会場の皆の心に。自分こそが、初代語彙大富豪のただ一人の息子であることを!



=====語彙ワンポイント解説=====


【封印されしエクゾディア】(使用者:相模)

 言わずと知れた遊戯王の特殊勝利カード。「封印されしエクゾディア」本体に加え、「封印されし者の右腕」「同・左腕」「同・右足」「同・左足」の五枚を手札に揃えた時点で勝利が確定するというものであり、語彙大富豪においてはその揃った状態を指すものとして詠唱するのが一般的。そして、これに限らず、あらゆるカードゲーム属性の語彙に対しては、「所詮はただの紙」としてハサミ属性や水属性、火属性の語彙に負けさせるプレイングが有効なのは作中の描写の通りである。

 現実の語彙大富豪界隈においても採用率の高い一枚であるが、単に「封印されしエクゾディア」や「エクゾディア」と書くと五枚揃っていない可能性を指摘されるおそれがあるため、「初手から揃っていたエクゾディア」などと調整を加えて用いられることも多い。

 尚、『遊☆戯☆王』の原作において、主人公のエクゾディアのカードを敵が船上から海に投げ捨てて使えなくしてしまうというシーンがある。現実の語彙大富豪界隈においても、これをもって「エクゾディアは海に弱い」などと言われることがあり、作中の阿仁川氏の発言もこれを引用したものである。

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