第4話 立ちはだかる古豪

「さあ、Aブロックの試合はいよいよクライマックス! ブロック最年長の松永まつなが選手が出した切り札『無敵のババア』に、紅一点の百地ももち選手、同人作家の米倉よねくら選手とも、なすすべなく沈黙! ラスト一枚を残したイケメン白馬はくば選手に手番ターンが回ります!」


 白熱の試合は遂に決着目前だった。言悟げんごが目にする大画面には、いかつい眼力めぢからで対戦相手を睨みつける松永と、それに怯む様子もなく柔和な笑みを口元に浮かべる白馬の姿が映し出されている。

 白馬、松永ともに手札はラスト一枚。ここで白馬のカードが通れば白馬の勝ち。逆に、白馬がカードを通せなければ、一巡して場が流れ、フリーとなった松永が最後のカードを出して上がり。


「いやあ、阿仁川あにかわさん。強いですね、『無敵のババア』」

「何せ『無敵』ですからねえ。『ババア』だけでも汎用性が高く強力なカードなのですが、その上、特性付加エンチャントを乗せてくるとは。ただ……」

「ただ、何です?」


 解説の男性が珍しく言い淀んだところで、白馬が「おっと」と言って人差し指を立てた。


「解説の方が仰らんとしていることは、代わりにボクの口から言わせて頂きましょう」


 カメラが彼の姿をアップで映す中、白馬は手元に残った一枚のカードを手元でひらひらさせながら、得意気に語る。


「語彙大富豪は、シンプルな語彙に詠唱の力を加えて勝つゲーム。語彙カード特性付加エンチャントなどせずとも、詠唱一つで無限の対応力を発揮するのがこの競技の真髄である――。はそうボクに教えてくれました」


 白馬の口からその名前が出た瞬間、客席全体が騒然となった。言悟もあまりの驚きに思わず席から立ち上がっていた。語彙大富豪の世界で「黒崎」といえば、その名が指す人物はただ一人しかいない。


「なんと――白馬選手、その『黒崎』とは、あの黒崎言四郎げんしろう選手のことでしょうか!?」


「ええ。彼は存命の頃、まだ小学生だったボクに熱心に稽古けいこを付けてくれたのです。デッキの組み方から詠唱戦術に至るまで……。そう、言うなれば、ボクは初代語彙大富豪・黒崎言四郎の息子のようなもの。だから『語彙大富豪の王子プリンス』なのです」


 イケメン白馬が得意ドヤ顔で語る言葉に、会場の熱気がまた一段と上がった。彼が「王子プリンス」を自称する理由、そしてその強さの所以ゆえんにも一気に筋が通り、観客達は彼に惜しみない歓声を浴びせ始めたのだ。

 そんな空気の中でただ一人、言悟は控え席に立ち尽くしたまま、両の拳を強く握り締めていた。

 初代語彙大富豪として広く知られた父のことだ、生前に弟子の一人や二人居たっておかしくはないだろう。だが、あの白馬という男、言うに事欠いて、実の息子である自分おれを差し置いて「黒崎言四郎の息子のようなもの」だと……?

 それは怒りか、はたまた悔しさか。白馬の言葉を黙って見過ごすわけにはいかないという敵愾心てきがいしんの炎が、彼の中で激しく燃え上がっていた。


「御託はいいんだよ、クソガキ! さっさとてめぇのカードを出しやがれ! 何を出そうが、『無敵のババア』が捻り潰してやるがな!」


 松永の大音声だいおんじょうがスタジアムの音響を通じて響き渡る。白馬は涼しい顔で言った。


「フッ。無敵の戦闘力を持つお婆さんですって? そんな、ゲームバランスを著しく破壊するカードは――調整ナーフが必要だと思いませんか」


 そして、白馬の指が卓上にカードを切る。どこまでも得意げな笑みとともに。


「こ、これは! 『バランス調整』! 白馬選手の最後の一枚は『バランス調整』というカードです! 審査員の異議チェックは……無し! ゲームバランスを壊す『無敵のババア』はバランスを調整され、ただの『ババア』に弱体化だーっ!」


特性付加エンチャントがアダになりましたね、松永さん。柔よく剛を制す……これがボクの語彙大富豪の戦い方です」


「これにてゲームセット! 『語彙大富豪の王子プリンス』こと白馬選手、第一回戦通過決定ーッ!」


 勝ち名乗りアナウンスが会場を白馬への賞賛一色に染める中、屈辱の表情で拳を卓に叩きつける松永の姿が印象的だった。

 同人作家の米倉は最後まで無表情のままだった。女子高生の百地コトハは、悔しさに口元を歪めたまま、童貞を殺す黒スカートの裾をふわりとひるがえして舞台を後にした。

 白馬は、喝采を上げる客席全域に笑顔を振りまきながら、堂々と舞台を去っていく。

 言悟はその背中を追いかけて掴みかかりたいくらいの気持ちだったが、そうもいかない。すぐに自分の試合が始まるのだ。


「続きまして、第一回戦Bブロックの試合を行います。出場選手はスタッフの誘導に沿って舞台へお上がり下さい」


 スタッフに促され、アリーナの中央の試合ステージへと上がりながら、言悟は学ランのポケットから取り出した数十枚のカードの束を見た。父の死から七年――いつかこの戦いの舞台に立つ日が来ると信じ、鍛え上げてきた語彙の数々。

 Bブロックの卓を囲むのは全員男だった。上家かみちゃには、サングラスで目元を隠した老男性。対面トイメンには、スーツを着込んだビジネスマン風の男性。下家しもちゃには、季節感のないタンクトップに胸筋の形を浮き立たせた、筋肉質の男性。自分が最年少なのは一目でわかった。


「これはこれは、岡元おかもとさんじゃありませんか。パワーワードをぶっ放すしか芸のない貴方のデッキなど、私が知性で粉砕してみせましょう」

「フン、アタシがいつまでも『核』だけのプレイヤーだと思わないことね。今日はリベンジするわよ」


 ビジネスマン風の男性と筋肉質の男性が早くも盤外戦の火花を散らしている。筋肉質の方は、見た目に似合わぬオネエキャラを隠す気もないらしい。

 選手達が互いの姿を確認したところで、二分間のデッキ構築タイムが与えられる。だが、大会初出場の言悟には、どの選手がどんな戦略で来るかなんて分かる筈もない。それならば――。

 言悟は手元の束から五枚のカードを選び出し、操作盤コンソールにスキャンさせた。


(父さんの――魂の語彙カードデッキ!)


 脳裏に浮かぶのは七年前の記憶。雪の降りしきるクリスマスイブの晩、父がプレゼントの代わりに言悟に手渡してきたのは――「勇気」と書かれた一枚のカード。

 お前が語彙大富豪になれ、という父の最期の言葉が、言悟の耳の奥では今も絶えずリフレインしている。


「さあ、四選手とも準備が完了したようです! 第一回戦Bブロック、初期場札を決定する無作為シールド選出が――今、完了! 場には『太陽』だあっ! ファーストターンは歴戦の古豪、灰原はいばら選手!」


 デッキのスキャンが最も早かったサングラスの老男性が一番手に決まった。それ以降の順番は立ち位置に準じて時計回りとなる。老男性の下家に立つ言悟は二番目だ。

 三人の対戦相手の闘気に満ちた姿を見回し、言悟は誓った。必ずこの大会を勝ち抜いてやる。あの白馬をも倒し、自分こそが父の後継者であると皆に認めさせてやるのだ。


「阿仁川さん、これは別段のひねりのない場札になりましたね」

「『雑に強い』と言われるタイプのカードですね。こうなると、初手からパワーカードを切らされる分、上流のプレイヤーはややツラいかもしれませんよ。まあ、灰原には無用な心配かもしれませんが……」

「ええ、灰原選手、余裕の口元ですね。後に控えるのはBブロック最年少、中学三年生の黒崎選手。……ん、黒崎?」


 実況者の目が言悟に向けられた。ここぞとばかりに言悟は発言する。


「オレは黒崎言悟。黒崎言四郎はオレの父です」


 言悟が言った瞬間、客席全域がどよめくのが分かった。実況者も「おおっ!」と声を上げる。


「なんと、最年少の黒崎選手の正体は、あの黒崎言四郎の息子だとーっ!? 阿仁川さん、これは!?」

「私も知りませんでしたが……しかし、ウソではないでしょう。彼のあの目は確かに黒崎と同じ……」


 解説者が席から身を乗り出し、言悟の顔をじかに見下ろしてきた。言悟が頷きで応えると、彼は「なるほど。腕の程を見せてもらいましょう」とどこか楽しそうな顔で声をかけてくれた。

 言悟の名乗りを聞いて楽しそうな表情を浮かべたのは一人だけではなかった。上家の老男性――サングラスの灰原が、五枚のカードをぺらぺらと手の内でもてあそびながら、そうかそうか、と得心するように笑った。


「ワシの下家しもちゃはあの黒崎言四郎のせがれか。それは期待が持てるわい」


 そう言いながらも、彼の視線は言悟に向けられてはいなかった。サングラスに隠されたその目元からは、何故だろう、本来ある筈の殺気を感じなかった。


「爺さん、あんた、まさか、目が……?」

「さよう、ワシは生まれながらに目が見えん。だが、言葉をるには何の不自由もない」


 彼の衝撃的な発言にも、観客達や実況席は動じている様子がなかった。どうやらこの老人は語彙大富豪の大会における有名人であるらしい。


「黒崎の倅よ。ここで卓を囲むのも何かの縁。おぬしの力、ワシが測らせてもらおうかの」


 彼はしわだらけの手でカードの表面を軽く撫ぜ、にやりと口元で笑って、一枚のカードを卓に置いた。

 その途端、場札の「太陽」と合わせ、彼の切ったカードが大画面に並んで表示される。その語彙カードとは――。


「おおっ、盲目の虎・灰原選手が最初に切ったカードは『ブラックホール』だ! 雑な強さを誇る『太陽』に対し、同じ天体カテゴリで格上の『ブラックホール』をぶつけてきました! 審査員の判定は当然『通し』!」


 言悟は画面に映った語彙を一瞬だけ確認し、それからすぐ老人の顔を見た。老人は口元をつり上げて、ただ一言、「お手並み拝見といこう」と言った。


「さあ、黒崎言四郎の忘れ形見・黒崎言悟選手、大先輩からの試練をどう受けて立つのか!?」


 言悟は手元に目を落とし、自分の手札を再確認した。「ブラックホール」のような宇宙系のパワーカードには、宇宙そのものを終焉させる「熱的死ねってきし」や、全てを夢で終わらせる「夢オチ」のようなカードで対抗するしかないが、今回の五枚には入れていない。だが――。

 幼き日の父の教えが脳裏に蘇る。語彙大富豪はカードの見た目の強弱で勝負が決まるのではない。白馬が先程言っていたように、詠唱こそがこの頭脳マインド競技スポーツの真髄――!

 かっと目を見開き、言悟はカードを手札から抜いた。彼にとって初めての公式戦。初代語彙大富豪の教えを受けたのは、あの白馬だけではないということを見せてやる!


「ブラックホールは時間と空間を超越した存在。だったら、全ての時間と空間を走破するコイツで勝負だ! オレのカードは――『いすゞのトラック』!」


 言悟が勇気を込めて言い放つと、おおっ、と客席から声が上がった。いつまでも、どこまでも――ブラックホールが歪める時空間の果てまでも。そのトラックは走り抜けてくれる筈なのだ。言葉の力が確かならば……!


「おおっ、黒崎選手、コマーシャルソングを交えた頓智とんちの効いた詠唱だ!  審査員の評定は――異議チェック二票、通し三票! 僅差でブラックホールを走り抜け、場には『いすゞのトラック』!」


 実況の声が轟き、客席からの歓声が言悟を包み込んだ。

 危ういところだったが、何とか通った。言悟の語彙カードが、老人の『ブラックホール』を乗り越えたのだ――!


「阿仁川さん、さすが黒崎言四郎の息子といったところでしょうか」

「ええ、悪くないカードですね。通常のトラックとしての性能を兼ね備えている上に、コマーシャルに掛けた詠唱で時空間への耐性を持たせられる……。黒崎の愛用カード『折鶴』を彷彿とさせる一枚と言っていいかもしれません」


 解説者の声がどこかくすぐったかった。この「いすゞのトラック」は、父の教えをもとに言悟が自分で考えた一枚。それが今、公式大会で効果を認められ、解説者の評価を受けている――それはとても不思議な感覚だった。


「ほう。思ったよりは出来るようじゃな」


 老人はますます楽しそうに笑った。だが、たった一枚のカードを通しただけで喜んではいられないことなど、言悟にだってわかっている。

 下家に立つタンクトップのオネエ男性が、ぎらりとした目で言悟を見てきた。

 試合はまだ始まったばかり――。



=====語彙ワンポイント解説=====


【バランス調整】(使用者:白馬)

 チート系カードに対して特効となる語彙。いわゆる「ルール外から殴る」タイプの一枚であり、先述の「仮面ライダーBLACK RX」のように「強すぎる」ことが知られている語彙によく刺さる。

 現実の語彙大富豪界隈においては、本作作者の板野が2017年11月のプレイで「マッハ3.5で走る豚」に対して使用したのが初出。語彙大富豪発案者のU氏にその汎用性の高さを評価され、シールドパックの収録語彙に採用されて広く普及する語彙となった。

 尚、遊戯王やマジック・ザ・ギャザリングなどのトレーディングカードゲーム(TCG)においては、強力過ぎるカードに対して使用制限を掛けたり、テキストを修正したりといった「バランス調整(ナーフ)」が行われることがよくある。語彙大富豪本家鯖のプレイヤーにはTCGに明るい者が多く、この語彙の受容にTCG文脈が一役買った面は大きいと思われる。


【いすゞのトラック】(使用者:黒崎言悟)

 人呼んで「全時空を走破するトラック」。有名なCMソングの「いつまでも どこまでも 走れ走れ いすゞのトラック」というフレーズから派生した語彙。

 こちらも本作作者の板野が2017年12月に初めて実戦使用した語彙であり、作中の描写と同様に「ブラックホール」を走破する活躍を見せた。しかし、基本的にはただの車両であるため返しのターンでの防御力が心もとなく、また時空超越系のカードなら「火の鳥」など他にいくらでも有力候補があるため、その後の採用例はそれほど多くないようである。

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