第6話 瞬殺!炎天教育現場!
「
酷暑の教室に担任教師のキンキンした声が響き渡る。教室の後ろに立ち、汗を吸ったハンカチで額を拭いながら、新人の
「でも、それ、塩飴……お母さんが持って行けって……」
「何言ってるの、学校にお菓子は禁止! 幼稚園とは違うんですからね! これは没収します!」
担任はヒステリックに女の子の手から塩飴をひったくると、怒りの蒸気を背中から立ち上らせながら教壇に上がった。叱られた女の子の顔は祥子の位置からは見えないが、見るからにぐったりして元気がないのが分かる。
その子だけではない。クラスの児童のほとんどが、炎天下での体育の授業に疲れ切り、満足な水分補給もできないまま息も絶え絶えの様相だった。隣のクラスでは授業中に倒れて保健室に運ばれた子もいると聞く。十歳かそこらの子供にこんな苦行を強いるのが果たして教育なのか、と祥子は憤りを感じないでもなかったが、非常勤の立場上、先輩教師達にそんなことを訴えるわけにもいかなかった。教員採用試験の狭き門を通れず、やっとの思いでありついた非常勤の仕事なのだ。目立つようなことを言って学校側に睨まれてしまっては、次期の契約更新も危うい。
「みんな、もっとシャキッとしなさい! 先生があなた達くらいの頃は、夏の暑さなんかでバテたりしなかったわよ! ホラ、教科書の42ページを開いて――」
外は40度を超えようかという炎天下。教師が何食わぬ顔で児童を叱りつけられるのは、授業の合間にはクーラーの効いた職員室で涼み、よく冷えた麦茶をガブ飲みできるからだ。通勤は自家用車だし、退勤する頃には日が暮れている。だが、児童はたった一本の水筒だけを持って学校まで歩いて来て、クーラーもない教室や、灼熱の校庭で一日を過ごさなければならない。水筒の中身は水かお茶だけと決まっており、スポーツドリンクの摂取すら認められていない。
こんなことは明らかにおかしいと分かっているのに、声を上げられない自分が祥子は情けなかった。校長、教頭以下、教師達は誰もが「熱中症は甘え」などという根性論に凝り固まっているのだ。他県ではこの酷暑で死者も出たという報道があったのに、学校は悲劇を避けるための僅かな融通すら効かせようとしない。
――こんなものが教育だというのなら、自分はこの世界に居るべきではないのかもしれない。
祥子が教師という職に悲観しかけた、まさにその時、廊下の外でバタバタと慌ただしい足音が聞こえた。そして、からりと教室の扉が開いたかと思うと、別の学年の教師が血相を変えて顔を覗かせ、担任を手招きした。
そのまま二言三言話したかと思うと、担任は祥子に「自習をさせておきなさい」と言い渡し、教室から出ていってしまった。
何があったのだろうかと心配になりながらも、祥子は教壇に上がり、児童達に自習を告げる。教室の前から見渡すと、児童達の半数以上は顔色が悪く、熱中症になりかけているのは明らかだった。
「……具合の悪いひとがいたら、正直に先生に……」
たまりかねて祥子がそう言いかけたところで、先程担任から叱責されていた最前列の女の子が顔を上げ、何かを訴えるように祥子の目を見てきたかと思うと――
次の瞬間、その子の身体は人形の糸が切れたようにふらりと力を失い、椅子ごと音を立てて横倒しになっていた。
「水無さん!」
祥子はすぐさま彼女に駆け寄り、その小さな身体を抱え起こす。気を失った彼女は、呼吸をしているかも判別できなかった。教室の児童達にざわめきが広がっていく。
児童達に何か指示をする余裕すらないまま、祥子は倒れた子を抱いて教室から飛び出した。保健室の前には、教頭と数人の教師が集まり、何やら右往左往していた。
「どうしたの、根津先生」
担任が祥子の顔を見るなり言った。自習を放り出して何故教室から出てきたのか――そのヒステリックな視線はそう語っていた。祥子の腕に抱かれた児童のことなど、まるで見えてもいないかのようだった。
「この子が倒れたんです、救急車を――」
「何よ、熱中症くらいで大袈裟に! 見ればわかるでしょ、今、よそのクラスの子を病院に連れてくので皆大変なのよ。いい迷惑だわ、まったく」
担任の言葉に祥子が呆然としていると、別の教師達が、保健室から一人の児童を担架に乗せて連れ出したところだった。その子は見るからに青白い顔をしていて、ともすればもう命は無いのではないかとさえ思われた。
「えっ、先生方が病院に? 救急車は……!?」
「バカか、君は! 救急車なんか呼んだら大問題だろうが!」
教頭の怒鳴り声が廊下に響いた。びくっとした祥子の顔と、その腕に抱いた児童の顔を交互に見て、教頭は続けて言った。
「根津先生、君は教室に戻りなさい。その子はあっちの子と一緒に病院に連れてくから」
「で、でも、応急処置は――」
「いいから! 熱中症なんか少し寝かしとけば治るんだから!」
教頭に凄まじい剣幕で怒鳴られ、他の教師達からも露骨に白い目を向けられて、祥子には反論する気力など持てるはずもなかった。
……結局、その日の放課後になっても、病院へ運ばれていった児童達の安否が祥子の耳に入ることはなかった。常勤教師達のサービス残業にしばらく付き合わされ、やっと祥子が校舎を出られた時には、真夏の太陽はもう地平線の向こうに姿を消していた。
その時である。昇降口を出る祥子とすれ違いで、中年の男女が凄まじい顔をして校舎に駆け込んできたのは。
「校長先生は! 校長先生はどちらですか!」
「あっ、水無さん、どうされ――」
「どうもこうもない! ウチの子は学校に殺されたんだ! 校長を出せ!」
祥子はたまらず耳を塞いでその場から逃げ出していた。それ以上その声を聞いていると自分まで倒れてしまいそうだった。訪ねてきた男女が誰で、何があったのかは、聞くまでもなく分かってしまった。
ごめんなさい――。心の中で女の子の両親に謝りながら、祥子はアスファルトの道を走った。自分の前で倒れたあの子は――自分の腕に抱き上げたあの子は、救急車を呼んでもらうこともできず、ろくな応急処置も受けられずに、病院に担ぎ込まれたその先で――。
「あああぁぁっ!」
いつしか祥子は踏切の遮断器の前にうずくまり、膝を抱えて叫んでいた。カンカンカン、とやかましく鳴る踏切の警報音が、彼女の叫びを塗り潰していく。
自分には何も出来なかった。目の前で罪なき子の命が危険に晒されているときに、自分は声一つ上げることすらできなかった。
児童を見殺しにしたあの連中だけではない。自分にも教育者の資格などない。子供を守ることもできない教師なんて――。
線路の向こうから電車がやってくる。祥子がふらりと立ち上がり、自分でもよくわからないままに、何かの衝動に身を委ねようとした――そのとき。
「キミが教育への理想を捨てる必要はない!」
力強い男性の声が、彼女の耳に響いた!
その場に現れたのは、巨大なロケットランチャーを肩に担いだ覆面の男!
「許すな! 逃がすな!
「喰らえ、開幕ロケットランチャー!!」
瞬殺!!
ロケットランチャー仮面の構えたロケットランチャーが火を噴き、児童を見殺しにしたクズ教師が、教頭が、学校が、一瞬にして爆発四散する!!
「これにて一件落着!」
祥子と児童達を苦しめるものは最早何もなかった。呆然とする彼女に見送られ、ロケットランチャー仮面は夜の
弱者
瞬殺!ロケットランチャー仮面 板野かも @itano_or_banno
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