第3話 瞬殺!ブラックバイト!
「クリスマスケーキの販売ノルマ、君達だけまだなんだけど。どうなってんの」
糸美も一緒になって頭を下げると、店長は不機嫌を隠さない声のまま「あと一週間だからね」と言い残し、エプロンを脱いで事務所を後にした。
「そう言われても、無茶ですよねえ、一人10個の販売ノルマなんて。あたしまだ自宅用の1個だけですよ」
鬼店長が去った後、糸美が手早く着替えを済ませながら苦笑いで話しかけても、持子ははぁっと力なく溜息をつくばかりだった。
「……どうしたんですか?」
「ちょっとね……。個人的なことだから、糸美ちゃんが心配しなくていいよ」
「そんな。教えてくださいよ」
本当は聞いてほしいのだと先輩の横顔が訴えているような気がして、糸美は笑みを保って食い下がった。案の定、持子は元気のない目で糸美を見たかと思うと、「実はね」と前置きして語り始めた。
「ちょっと、親が倒れちゃってさ……。看病に帰りたかったんだけど、店長が休ませてくれなくってね」
「ええっ」
ちょっと、どころの話ではないのは、持子の顔色を見ればよくわかった。
彼女の実家は遠くの県だと聞いたことがある。高校生の糸美には、親元を離れて一人暮らしをするのがどんな感覚なのかは想像もつかなかったが、親の一大事だというのに看病にも帰らせてもらえないという持子の心境は痛いほどに伝わってくる。付け加えるなら、そんな状況でクリスマスケーキに自腹を切っているような場合ではないということも。
「もう、大学も辞めて実家に帰ろうかなって思うんだけど……店長、そう簡単にバイト辞めさせてくれそうにないし」
そこまで思い詰めていたなんて――。
いつも気丈で頼りになる持子が、今は泣きそうな顔になっているのを見て、糸美は自分のことのように胸が締め付けられる思いだった。
そんなに簡単に辞められると思うな、と店長の怒鳴る声が脳裏に蘇る。この店でバイトを始めてからの僅か一年で、何人ものスタッフが店長の執拗な叱責に遭うのを糸美は見てきた。脱サラしてフランチャイズオーナーになったという店長は、スタッフを叱るとき決まって言うのだ。そんなことで社会でやっていけると思うのか、と。
別の先輩スタッフなど、大学の勉強が忙しくなるからと退職を願い出ても、損害賠償請求をちらつかされて泣く泣く働き続けているという話だ。糸美には難しい法律の話などはよくわからなかったが、責任を果たさず店に迷惑をかけることは許さないと店長が怒鳴るのを聞けば、大人の世界はそういうものなのかと納得せざるを得なかった。
「糸美ちゃんもさ、無理しすぎたらダメだよ」
自分の何倍も無理をしている持子にそう言われ、糸美はなぜだかこっちまで泣きそうな気持ちになった。
小学生の弟がインフルエンザに倒れたのはその翌日のことだった。両親は仕事を休めないので、糸美は朝から高校を欠席して弟を病院に連れていき、帰宅後も高熱に苦しむ弟の看病に汗を垂らした。この日も夕方からバイトのシフトが入っていたが、さすがに休むしかないと思った。
だが、どうしても頭によぎるのは、昨日の持子の話だった。親が倒れても実家に帰らせてくれないあの店長が、弟の看病くらいでバイトを休ませてくれることがあるだろうか――?
案の定、電話越しの店長の声は、いつになく嫌味で、いつになく怒気に満ち、いつになく険しかった。
「そんな理由で休めると思ってんのか? 代わりは居ないんだからサボらず出てこい」
「で、でも、ウチは両親共働きで、わたししか看病できる人がいなくて……」
「赤ん坊じゃねえんだろ、一人で寝かしとけばいいだろうが。お前、社会に出てからもそんな理由で仕事休むつもりか!? 弟が風邪引いたから会社休みますって言えんのかよ! 大人の社会を舐めんじゃねえぞ!」
いいから出てこい、欠勤したら今月分の給料全部無しにするからな、と執拗にがなり立てられ、糸美はやむなく家を出た。弟は幸い、薬が効いて眠っていたが、親が家に帰ってくるのはまだ何時間も先だ。ただでさえ病弱で、幼稚園の時には肺炎で死にかけたこともある弟のことだ。たった数時間でも目を離すのは怖い。そんな弟を置き去りにして、自分はどうしてバイトになんて行けるのだろう。
トボトボと勝手に歩く足を何度も止めようと逡巡していた、そのとき。
「キミがバイト如きに縛られる必要はない! 無論、キミの先輩もな!」
力強い男性の声が、彼女の耳に響いた!
その場に現れたのは、巨大なロケットランチャーを肩に担いだ覆面の男!
「許すな! 逃がすな!
「喰らえ、開幕ロケットランチャー!!」
瞬殺!!
ロケットランチャー仮面の構えたロケットランチャーが火を噴き、糸美や持子を苦しめたコンビニが、店長が、一瞬にして爆発四散する!!
「これにて一件落着!」
糸美達を苦しめるものは最早何もなかった。呆然とする彼女に見送られ、ロケットランチャー仮面は夕陽の中に去ってゆく。
弱者
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