第2話 瞬殺!痴漢冤罪!

「ちょっとー、このヒト痴漢なんですけどー」


 それが自分のことだと園西えんざいきよしが理解したのは、電車がホームに停まった直後、屈強な男に突然スーツの腕をねじり上げられた瞬間のことだった。チャラそうな格好のその男の隣では、金髪と見紛うばかりの明るさに髪を染め、今時まだ生き残っていたのかと驚かずにはいられないルーズソックスを履いた制服姿の女子高生が、グロスでテカテカの唇を尖らせて潔に非難の目を向けている。


「なっ、違う、俺は痴漢なんか――」

「いいから電車降りろや、オッサンよお。ケーサツに突き出してやっからよ」


 男に腕をめられたまま、潔はすべ無く車外へと引きずり出された。周囲の乗客達が怪訝けげんそうな目を彼に向けてくる。違う、やってない、と言い続ける潔の抵抗も虚しく、やってきた駅員に誘導され、彼はあれよあれよという間に駅の事務室に連れ込まれてしまった。

 それからのことは、彼が思い描いた最悪のシナリオ通りだった。ものの二十分ほどで事務室に到着した警察官達は、無実を訴える潔の言葉を無視して彼に手錠を掛け、パトカーに乗せてしまった。手首に食い込む金属の冷たさは、彼が二度と普通の生活に戻れないことを象徴しているかのようだった。


「この時期、お前みたいな痴漢が増えるんだよなあ。まったく勘弁してくれよな、こっちも暇じゃねえんだから」


 潔が取調室に放り込まれるやいなや、中年の男性刑事は、手にしたボールペンで机の上をカンカンと叩きながらそう言った。潔は弁護士を呼んでくれと訴えたが、刑事は「あとで呼んでやるよ」と冷たく流すだけだった。


「お前みたいなクズに限って、人権だとか何だとか一人前のことを抜かしやがるんだよな。コラ、立場わかってんのか、てめぇ」


 ダアン、と刑事の拳が机を叩き、潔はびくりと震えた。

 取調室の煙草臭い空気と、パイプ椅子に身体を縛り付ける腰縄の感触。己の額を伝う脂汗を感じながら、潔は満足に回らない頭で、これからどうなるのだろうかと考えていた。ひとたび冤罪に巻き込まれてしまうと、裁判で無実を証明するのは途方もなく大変だと聞いたことがある。会社はクビだろうか。身重の妻は大丈夫だろうか。夢に見た第一子の誕生に自分は立ち会えないのだろうか――。

 すると、そんな彼の焦燥を見透かしたように、刑事は悪魔の誘いを掛けてきた。


「早くシャバに出てぇならよ、さっさと罪を認めちまうことだな。お前が強情張ってる限り、俺らは最長21日お前を拘束できるんだ。起訴されなくても勤め先は確実にクビになっちまうぞ」


 会社を解雇されることも勿論恐ろしかったが、潔が何より心配していたのは妻のことだった。子供はまだ安定期に入っていない。自分の逮捕のことを知ったら、もしかすると妻はショックで……。そんなことは断じて考えたくなかった。二人で足を棒にしながら不妊治療に強い病院を探し回り、苦節を経てようやく授かった子供なのだ。

 なんとしても、一日でも早く外に出なければならないと思った。被害を主張する女子高生の目的がカネなのは何となくわかっていた。金銭で済むことなら、済ませてしまった方が……。

 だが、潔が相手方との示談を望む意向を告げても、刑事はまともに取り合ってはくれなかった。「自分のやったことをカネで片付けようなんざ甘ぇんだよ」という一言が妙に頭に残った。


 結局、その日は弁護士は来なかった。明日の夜には来るだろうよ、と刑事は言っていたが、潔にはもう、誰かの助けに期待する気力すら残っていなかった。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 留置場で一晩を明かした翌朝、他の被疑者達と腰縄で数珠じゅず繋ぎにされ、潔が検察庁へ向かう護送バスのタラップを踏もうとした……その瞬間。


「キミが無実の罪で裁かれる必要はない!」


 力強い男性の声が、彼の耳に響いた!

 その場に現れたのは、巨大なロケットランチャーを肩に担いだ覆面の男!


「許すな! 逃がすな! 爆殺ぶっとばしましょう! ロケットランチャー仮面だ!!」


「喰らえ、開幕ロケットランチャー!!」


 瞬殺!!

 ロケットランチャー仮面の構えたロケットランチャーが火を噴き、潔の人生を滅茶苦茶にしようとしたクソ女が、共犯のクソ男が、違法な取り調べをした刑事が、一瞬にして爆発四散する!!


「うぎゃあーっ、認めますー、痴漢されたっていうのはウソでしたー」


 警察はクソ女とクソ男を虚偽告訴罪で逮捕し、違法刑事は減俸処分を受けた!


「これにて一件落着!」


 潔を苦しめるものは最早何もなかった。呆然とする彼に見送られ、ロケットランチャー仮面は青空の下を去ってゆく。



  空気かぜを引き裂く号砲は 勝利の凱歌か懺悔ざんげ瞬間とき

  弱者甚振いたぶる非道を憎み 硝煙しょうえん引き連れ一人渡世とせ

  おとこ ロケラン 何処へ行く!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る