瞬殺!ロケットランチャー仮面

板野かも

第1話 瞬殺!ブラック校則!

「だから、わたしの髪は本当に地毛なんです! 信じてくださいよぉ!」


 地神じがみ朱子あかこは涙で視界を歪ませながら必死に訴えた。膝下まである制服のスカートは、彼女自身が無意識に握り締めているためにくしゃくしゃの皺を生じていた。


「関係ないな。ウチでは生徒の髪は黒と決まっとるんだ」

「地神さん、高校生の内はルールを守って周囲に協調することが大事よ。つまらない意地張ってるんじゃないの」


 職員室の教師達は冷ややかな目で朱子を見下ろすばかりだった。入学以来、生活指導に従って何度も黒染めを繰り返したことで、朱子の髪は今や瑞々しいキューティクルの輝きを失い、ティーンエイジャーとは思えぬほどボサボサに傷んで乱れてしまっていた。

 両親を早くに亡くし、日々を生きるのもやっとの彼女には、本来なら定期的に髪を染めるような経済の余裕などない。それでも、かじりついてでも高校を卒業しなければ、大学の看護学科に進むことはできない。将来のためには理不尽な校則にも耐えなければならないと涙をのみ、今日まで頑張ってきた。だが、遂にその限界が来たのだ。


「月曜までに髪を黒にしてこなければ退学処分。これは決定事項だ」

「よく考えなさいね、地神さん。退学になったら、その先、大学だって簡単には行けなくなるわよ」


 高校を退学になる。大学に行けなくなる――。その重すぎる現実が、感情の雪崩なだれとなって彼女の心を押し潰していた。

 このままでは看護師になれなくなってしまう。朱子が白衣の天使を目指すのは、天涯孤独の女の身でも生活の糧を得やすくなるということもあるが、何より亡き母に託された夢だからというのが大きかった。女手一つで朱子を育て、過労がたたって倒れた母は、日々痩せてゆく腕を病床から伸ばして朱子に言ったものだ。アタシも手に職があればねえ、と。どんなに生活に困っても、身体しか売るもののない女にはなるな。女が真っ当に稼げる仕事といえば看護だ。アンタは看護婦になりな、朱子、ママとの約束だよ、と――。


「で、でも……おかしいじゃないですか。校則って、素行不良を禁じるためのものでしょう!? わたしの髪は生まれつきこの色なんですから、それを無理やり黒にしろっていうのは――」

「言い訳はよろしい! ウチはそういうルールなんです。嫌ならこの学校を選ばなければよかったでしょう」

「地神、知ってるぞ。お前の母親はガイジンで、しかも水商売の女だったそうだな。その卑しい血が流れているからお前も――」

「ッ……!」


 教師の言葉の最後は耳に入らなかった。朱子は耐えきれず職員室を飛び出してしまったからだ。教師が言ったことのあまりの辛辣さ、その視線のあまりの冷たさに、朱子の本能はそれ以上その場にいることを全力で拒絶した。

 誰かとぶつかりながら校舎を飛び出し、地面の違和感で初めて自分が上履き姿のままだったことに気付いたとき、近くにいた生徒達が「ガイジンじゃん」などと呟くのを朱子の耳は捉えた。彼女がぶつかってしまったらしき誰かも、「引くわぁ」「赤髪が伝染うつる」などと他の生徒と笑いながら言い合っている。


 学校ここに自分の味方はいない――。


 それからどうやってビルの屋上に辿り着いたのかは覚えていない。朱子のうつろな目はただ濁った空だけを見ていた。教師の言葉は朱子に全てを諦めさせるのに十分なものだった。大人も誰も助けてはくれない。全てはこの髪に生まれついた自分が悪いのだ。外国出身の親を持った自分が全て悪いのだ……。


「ママ……」


 わたしもそっちに行くよ、と。朱子が心の中で呟いたとき――


「キミが命を絶つ必要はない!」


 力強い男性の声が、彼女の耳に響いた!

 その場に現れたのは、巨大なロケットランチャーを肩に担いだ覆面の男!


「許すな! 逃がすな! 爆殺ぶっとばしましょう! ロケットランチャー仮面だ!!」


「喰らえ、開幕ロケットランチャー!!」


 瞬殺!!

 ロケットランチャー仮面の構えたロケットランチャーが火を噴き、朱子を苦しめた学校が、教師が、生徒達が、一瞬にして爆発四散する!!


「これにて一件落着!」


 朱子を苦しめるものは最早何もなかった。呆然とする彼女に見送られ、ロケットランチャー仮面は夕陽の中に去ってゆく。



  空気かぜを引き裂く号砲は 勝利の凱歌か懺悔ざんげ瞬間とき

  弱者甚振いたぶる非道を憎み 硝煙しょうえん引き連れ一人渡世とせ

  おとこ ロケラン 何処へ行く!

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